神様のしるし~『ヘヴン』
ヘヴン

 クラスでいじめの標的となっている14歳の「僕」は、ある日短い手紙を受け取
る。 「わたしたちは仲間です」
 それは「僕」と同じようにクラスで疎外され、虐げられているコジマからのメッ
セージだった。

 乳と卵芥川賞を受賞した、川上未映子の受賞後第一作。90年代初め
地方都市の中学校を舞台に、陰惨で絶望的ないじめの渦中で育まれる友情
思春期の戸惑い、別離の「向こう側」にある希望が描かれる。吐き気を催すほ
どの壮絶ないじめの描写に嫌悪感を覚え、しながらも、本を閉じることがで
きなかった。

 読み進みながら、この小説の中に「村上春樹」的な何かを感じていた。彼の
唯一のリアリズム小説『ノルウェイの森』に似たものを。
 孤独で内向的な、一人称で語る「僕」。何故かカタカナの「キズキ」と「コジマ」。
「僕」がコジマといるときの心の揺れワタナベくんと直子の逢瀬を思い出させ
るし、百瀬の詭弁としか思えない言葉の数々は、永沢が語る「システム」のよう
だ。そして、直子とワタナベくんも「文通」をしていたのだった。

 私の中学時代は校内暴力の嵐が吹き荒れていたけれども、その暴力の矛先
は自分たちの「外側」教師や、学校そのものであって、ここに書かれているよ
うな「同級生」たちへの内にこもるいじめは存在しなかった(と思う)。今は大人に
なった90年代の中学生たちにとって、この小説は悪夢のような記憶を呼び覚ま
す忌まわしきもの、なのかもしれない。

 女子のほうが精神的に大人で、男子はリードされる側、という思春期の男女の
立ち位置
が巧く描かれている。苛めに苦しみ、追い詰められながらも、コジマから
の手紙と共に過ごすひとときに微かな光明を見出す「僕」。悶々としながらも彼が
コジマを想う心は、間違いなく純粋な「恋」だったのだと思う。

 しかし、「僕」よりも少し大人びたコジマの言葉は、やや独善的に聞こえる。
の目がすきだよ・・・。わたしにとってのいちばんは、君なんだよ・・・。
そのささや
きは「僕」の心の中に波紋を描くけれど、「美しい弱さ」という言葉には自己陶酔
の匂いがする。コジマは確かに強く、やさしく、弱い存在だ。「僕」が傷つける側
に回ろうとしたとき、彼女は身を挺して「僕」を守ったのだと思う。それでも、彼女
は「僕」が変わろうとする気持ちを変えることはできないんだ。私は「僕」が逃げ
たのでも、負けたのでもない
と思う。私は信じている、彼はそうすべきだったのだ
と。その「世界」の美しさが、束の間の幻影だったとしても。。人間は、天国にはいら
れないんだよ


 「僕」を巡る大人たち、「母さん」と総合病院の先生が強く印象に残る。思春期
の子どもたちには、「親」でない大人の存在が必要なんだと。痛みや悲しみをくぐ
り抜け、生き延びている「大人」が。コジマにも、そんな誰かがいてくれればよか
ったのに。。。

 川上未映子さんは、映画女優になれるくらい美人で、歌手でもあり、(もう結婚
はされているけれども)望めばどんな玉の輿にだって乗れただろう。セレブタレン
トになって、奥様雑誌の表紙を飾ることだってできたと思う。しかし彼女は華やか
さとは対極にあるような「文学」の道を選び、(恐らく)苦しんで苦しみぬいて、こん
なにも私の心を揺さぶる「つくりもの」を産み出した。「僕」を苛めぬく主犯・二ノ宮
は、小説を「正真正銘の嘘」で「圧倒的につまらない」と言い放つ。しかし、小説が
「本物の魔法」になり得ることを、本作は証明している。この力強い傑作「作家」
川上未映子
に、私は拍手とエールを送りたい。

 (『ヘヴン』 川上未映子・著/講談社・2009)
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[2009/11/11 13:39] | 読書 | トラックバック(4) | コメント(8) |
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コメント
真紅さん~こんにちは!
そうっか・・・・そう言われれば、ノルウェイの森と、なにか通ずるものがある気がする!
で、、、、う~~ん、残念ながら、この小説の良さが、今ひとつ私には感じることが出来なかったんだよね・・・ そう言われれば、ノルウェイもダメだったしな・・・。
きっと何かどこかで、ノルウェイとかこの作品に通ずる部分、孤独についての部分かな・・・が、私のツボとズレてるのかもしれない・・・。
残念・・・・。

で、彼女、結婚してるんですか?! それは知らなかった・・・。
[2009/11/11 17:31] URL | latifa #SFo5/nok [ 編集 ]
読ませていただいて、心から感激しました
わたしにとっても、ヘヴンは特別で大切な小説です
[2009/11/11 21:09] URL | とおりすがり #- [ 編集 ]
真紅さん、こんばんわ。
ヘブン、私もトラックバックさせていただいたのですが、
なぜか????で文字化けしまくってて、ごめんなさい。
怪しいトラバになってしまったので、削除していただけると
ありがたいです。
そして、肝心の本の感想なんですが、
コジマが僕の眼を直すのに反対する・・・ところから
ああ、コジマは純粋であろうとするがゆえに心が
固まってしまった!と思いました。
現実がつらすぎて、純粋さを守ろうとすることで
正気を守っていたのかもしれません。
私は純粋でなくてもいいから、いい加減にいきながら、
少しずつ成長していきたいな・・・。
[2009/11/11 23:19] URL | ミツバチ #- [ 編集 ]
latifaさん、こちらにもありがとう~。
そうそう、なんかこう、村上春樹の小説に似たものを感じてしまったのだわ。。
「僕」のキャラが特に。継母との会話なんかもハルキちっくだったわ。
そうね~、映画も小説もそうだけど、ツボって一人一人違うもんね。
だからどの感想が正しくて、どれが間違ってるってことはないと思う。
人それぞれだからね。。体験なんかも関係してくるし。
私は最近、もう開き直って自分がいいと思ったら「いい!」って言ってますけどね。
川上さんは、芥川賞受賞した時にはもう既婚者だったと思います。
お相手は知らないんだけど。。一般の方かな?
[2009/11/12 20:40] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
とおりすがりの方、コメントありがとうございます!
私もこの小説には心打たれました。
読了してもう数日経ちますが、まだ余韻が抜けないです。
感想アップしてよかったです、ありがとうございました。
[2009/11/12 20:44] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
ミツバチさん、こんにちは~。ようこそいらっしゃいました!
コメントとTBありがとうございます。
TBなんですが、文字化けしてるだけでクリックするとミツバチさんの記事にちゃんと飛ぶんですよ。。
なんで文字化けしたんだろう。。ごめんなさいね~。
後ほど削除しておきますね。
で、本作ですが。。コジマをどう捉えるか、で好き嫌いが分かれるかもしれないですね。
私も、コジマは周りが見えなくなっていたんだと思います。
現実が辛過ぎて・・・、そうですね。
あと、この小説を読んで、両親の不仲(もしくは離別)って子どもに大きな影響を及ぼすんだな、、って改めて感じました。
コジマは、お父さんが好きだったんですよね。。
自分も結構四角四面なところがあるので、柔軟さを意識して生きていきたいです。
お話できてうれしかったです、ありがとう~。
[2009/11/12 20:55] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
お邪魔します~
やっと読んだわ。正直よくわからない
部分もあったけれど、コジマと僕の関係に、
いとおしいものを感じたわ。
そうか・・・村上春樹の作品か・・。なるほど・・。
百瀬の言い分は凄かったわ。
そういう考え方で物事をみていたのかって・・。
エッセイで川上さんがおっしゃっていたことに通じるものがあるわね・・・って
思ったわ。どこを重視して読むかで
感想もいろいろかな・・・って思いました・・・
あ・・・関西弁で書かれた小説の方は
また雰囲気違うのかな・・・。
挑戦してみるね~~
[2010/06/10 16:30] URL | みみこ #mQop/nM. [ 編集 ]
みみこさん、こんにちは~。コメント&TBありがとうございます。
読まれましたね~、ついに!!
で、「正直よくわからない部分」ってどのへんなんでしょう?? 気になる、気になる~!!
百瀬はね、大人ぶってるけど登場人物の中で一番子どもですよね。
関西弁で書かれた小説、というか文体が全然違うので、受ける印象が全く違いますよね。
でも、書かれてることは同じ、って気もするのですが。
今から飛んで行きますね~。
[2010/06/10 18:32] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
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「ヘヴン」川上未映子 げんなり・・・・
最後の方で、何かどんでん返しとか、凄く明るいシーンとかあるんじゃないか?とイジメの辛い描写を耐えて読んでいたのに、私的には、ああぁ・・・これでお終いか・・・と思ってしまったので・・・2つ★半~3つ★ ただ、ぐいぐい読ませる文筆力はありますね。
[2009/11/11 17:33] ポコアポコヤ
ノルウェイの森
ワタナベ君と直子の恋が結ばれないことは初めから分かっていてとっても切ないですでもある程度以降は恋は努力して実るもんじゃないし、ワタナベ君の努力は義務感から来るもの。
[2009/11/12 12:09] Life is good
ヘヴン    著  川上 未映子
ヘヴン    著  川上 未映子 斜視が理由でいじめられている"僕"。 汚い、臭いという理由でいじめられている‘コジマ‘ ある日、僕...
[2010/06/10 16:31] ちょっとお話
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[2010/09/29 17:27] 子育てパパBookTrek(P-8823)
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