人生の黄昏に、何を想う~『日の名残り』
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 イギリス文学の最高峰であるブッカー賞に輝いたカズオ・イシグロによる原作を、
ジェームズ・アイヴォリーが映像化した名作。いきなり名作と言い切ってしまえる
ほど、「大英帝国」そのもののように重厚で荘厳で、人生における普遍的な「喪失
を描き切った作品だ。

 かつては貴族の社交場であり、非公式の国際会議も行われていた英国のダーリントン
・ホール
。主人であったダーリントン卿の死後、富豪のアメリカ人議員ルイス(クリス
トファー・リーヴ
)に買い取られた屋敷で、20年以上に渡り執事であり続けるスティー
ブンス(アンソニー・ホプキンス)。人手不足解消のため、スティーブンスはかつての
女中頭ミス・ケントン(エマ・トンプソン)からの手紙を頼りに、彼女に会うための旅
に出る。スティーブンスの頭をよぎるのは、第二次大戦直前、ダーリントンホールが
一番賑わっていた日々。それはスティーブンスにとっても、人生で一番輝いていた日々
だった・・。

 自らを「無」、もしくは「透明な存在」に徹するかのような執事という職業。主人へ
の忠誠を誓い、自分の意思や考えを放棄して仕えるスティーブンスの姿は修行僧のよう
でもある。責任感と自負から感情を抑圧し、生涯たった一度の愛からも目をそらし続け
たスティーブンス
彼の元を去り、結婚という道を選びながら、その選択は間違ってい
たと悔やみ続けているミス・ケントン
。「あれからもう20年」「あの頃が一番幸せだった」
と語り合うふたりは、やがてそこにはもう二度と戻れないと悟る。
 私には、この二人、とりわけスティーブンスが、BBMのイニスに重なって仕方なかった。
自分を抑えて感情を押し殺し、一番必要なものから目をそらし続け、結局は失ってしま
う。これは誰にでも起こりうる悲劇であり、いつもは遅れて来るはずのバスがその日に
限って定時に到着するように、ままならない人生の悲哀が降りしきる雨と離れてゆく手
に凝縮されている。

 語り尽くされていることかもしれないが、この作品のアンソニー・ホプキンス、エマ
・トンプソンの演技は凄い。誰もが息を呑むであろう「」のシーン。二人の緊張感と
内にたぎる性的衝動、抑えに抑えた感情が画面を越えて伝わってくる。奇跡のような、
完璧なシーンだと思う。

 1930年代のヨーロッパ、ナチズムの台頭し始めた時代に、ユダヤ人の迫害や戦争の影
を絡めながら、理想と現実、選択と後悔、別離と喪失を描いて胸に迫る。イギリス貴族
社会の優雅で格調高い生活ぶりも溜め息が出るほど美しい。タイプキャスト王に君臨す
る直前のヒュー・グラントの演技も、脇役ながら秀逸だと思う。
 
 人生の後半、『日の名残り』を感じたとき、尚一層の深みと重みを感じられるであろ
う一作。原作も読まねば。

(『日の名残り』監督:ジェームズ・アイヴォリー
        主演:アンソニー・ホプキンスエマ・トンプソン/1993・USA)
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テーマ:色あせない名作 - ジャンル:映画

[2006/09/11 09:08] | DVD/WOWOW | トラックバック(3) | コメント(6) |
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コメント
真紅さん★カズオ・イシグロの『日の名残り』、映画化されていたのですね。知りませんでした。「ままならない人生の悲哀」というテーマはイシグロの得意とするところですね。新作『わたしを離さないで』はお読みになりましたか?多くの書評家が「カズオ・イシグロの最高傑作」と評価している作品ですが、評論家によっては「ただ単にカズオ・イシグロの最高傑作というだけでなく、今年上半期に出版された全ての長編小説の中でのベスト1小説!」とまで言い切っていた本なので、読んでみました。『日の名残り』とは違って「人生が黄昏れるまえに人生を終えなければならない人々・自分の運命を自分の力で変えることができない人々」を描いているので、ちょっと怪奇的で、何だか漬物石がのっかってきたような重い読後感がありましたが、でも「小説の作り方がうまい作家だなぁ」と思いました。ただ、『日の名残り』とは違ってこちらは映画化はされないと思います。映画『日の名残り』は真紅さんの文章を拝読して「My見たい映画リスト」に入れることにしました(この作品でのヒュー・グラントも気になります)。今回に限らず、いつも名作映画についての貴重な情報をありがとうございます。
【おまけ♪】
8/27の『プルーフ・オブ・マイ・ライフ』の真紅さんのコメントで「キャサリンはあの後数学者として幸せになってほしいし、そうなるべき」とおっしゃったあと、すかさず「ハルとは破局してくれていいんですけど(笑)」というつっこみ。読んでて思わず「うひひ・・・」と笑ってしまいました。ナイスです★
[2006/09/11 23:01] URL | メグ #- [ 編集 ]
こんばんは。今日もTBとコメント、ありがとうございました。

やはり「本」のシーンが最高に素晴らしいですね。
こんな描き方をする作品、ふたりの名優の力がこれ以上なく融合して出来上がった、
他のどの作品にもないシーン…
今もこの作品を思い出すと、胸がいっぱいになります。

他人から観れば、そんなに難しくはなさそうな選択も
本人にとっては、何か邪魔するものがあって、
それをクリアできなければ、前へ進めない…
観た当時はBBMを観る前だったので、被ることはなかったけれど、
そんな不器用な生き方しかできない男に歯痒い思いをしながらも、
惹かれてしまう自分をここでも見つけた気がします。
[2006/09/12 00:11] URL | 悠雅 #eoZXlpkA [ 編集 ]
真紅さま、おはようございます。
昨日はコメントありがとうございました。ちょうど『日の名残り』見直したいな・・と思っていたところだったのでなんとも嬉しいというかなんというか。「本」のシーン、一気に甦りました。
またお邪魔させていただきますね~。あ、今日はBSで「パトリオット」がありますね。一度挫折しているので今夜こそは・・・
[2006/09/12 07:50] URL | 武田 #4ARdecsc [ 編集 ]
メグさま、悠雅さま、武田さま、こんにちは。コメントありがとうございます。まとめてお返事させて下さい。

☆メグさま
そうなんです、実は私も今『わたしを離さないで』を読んでいる最中でして、読み終わるのがもったいなくて時間稼ぎ(?)に同じカズオ・イシグロ原作のこの作品を観たんですよ。
もうすぐ読了しますので、その時はエントリしますね。映画化、されませんかね? 微妙なテーマなので難しいかもしれませんが、手を挙げる監督はいそうな気がするのですが・・。
『日の名残り』、素晴らしい作品ですので是非ご覧になって下さいね。私はコメンタリを聴かずに返却してしまったので、また観たいと思っています。
『プルーフ』のキャサリンとハルはねぇ・・(無言)。あ、これもアンソニー・ホプキンス繋がりですね!
また覗いて下さいね、ありがとうございました。

☆悠雅さま
TBもありがとうございました。映画を観たら、悠雅さまのINDEXを見る習慣ができてしまいました、お世話になります。
ジェームズ・アイヴォリーの作品、名作揃いですがほとんど観てないような気がします。若い頃は、英国的なものに惹かれなかったんですよね・・。
時代を経ても映画は残るので、ありがたいですよね。とりあえず『モーリス』は観なければ・・。
新作も楽しみですね。
また遊びにいらして下さい、ありがとうございました。

☆武田さま
是非是非再見して下さいませ。私は『日の名残り』の原作も未読なので「次に読むリスト」に入れました。
ブッカー賞って、日本で言うとどのくらいの賞なのでしょうね? カズオ・イシグロも間違いなくノーベル文学賞候補のような気がします、今年はハルキ・ムラカミが受賞するか今から期待してます、ドキドキ。
『パトリオット』録画予約バッチリです!新聞に「ヒース・レジャー」の文字、うれし~い♪
ではでは、こちらもまた伺いますね。ありがとうございました。
[2006/09/12 10:37] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
真紅さん、はじめまして。

びあんこさんのところから時々覗かせていただいておりました。久しぶりにおじゃましましたら「日の名残り」の記事を見つけたのでコメントさせてください。
たまたまBSかCSをつけたらやっていたのですが、引き込まれてしまい、DVDを借りて全編を見ました。これぞ大人のための映画だと思いました。そして自分自身も歳を取ったんだと痛感しました。5年前なら見ない種類の映画です。
生きていくこの人生の中では本当に自分ではどうすることも出来ない事物が存在し、(あるいはどうにか出来たかも知れない機会を失してしまい)それに対する思いは自分の中に収めて生きて行くしかないのだと、主人公のスティーブンスを通して思い知らされました。と、こう書くとまるでBBMのようですが、当時はBBMは知りませんでした。今だから共通項が見えるのでしょうね。この映画でも時間というものが重要な役を担っていると思います。映画の中では過去と現在が交錯しています。平均寿命の半分を生きてきた自分の(BBMのジャックの台詞じゃないけど)never enough timeを実感して泣けました。
エマ・トンプソンも最近気をつけて見ています。素晴らしい女優なんですね。「エンジェルス・イン・アメリカ」も興味深く見ましたが、シュワちゃんの男が妊娠するコメディ(タイトルが浮かばない)で相手役だったのはびっくりしました。
「ラブ・アクチュアリー」は明るくなりたい時の必儒作品です。
長くなってしまいました。またお邪魔させてくださいね。

[2006/09/25 20:20] URL | kママ #7iSbDyII [ 編集 ]
kママさま、初めまして。拙ブログへようこそ!いつかお話したいなと思っていました。
コメントありがとうございます。
『日の名残り』は、まさしく大人のための映画ですね。私も、若い頃はこの映画の奥深さを理解できなかったと思います。
心に沁みる作品と言うのは、どれも皆「短い人生を、それぞれどう生きるか」というテーマを内包しているように感じます。
BBMも、この作品ももちろんそうですし、同じくカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』もそうでした。
『エンジェルス・イン・アメリカ』もうご覧になったのですね!私もこの作品は「近々絶対に観るリスト」に入れているのですが、常にレンタル中なのですよね・・。
でも絶対に観ますね!
また是非いらして下さいね。ありがとうございました。ではでは。
[2006/09/25 21:06] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
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[2010/03/16 20:53] ☆彡映画鑑賞日記☆彡
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いつまでも青臭い映画好きでいたい。愛おしい映画と、忘れがたき本たち。ときどきカフェとか。 記事は基本的にネタバレあり。 どうぞご贔屓に♪

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