It's Only A Paper Moon ~『1Q84』 【BOOK1】【BOOK2】
1Q84-1.jpg 1Q84-2.jpg

 1984年、東京。首都高の渋滞にはまった青豆は、タクシーを降りて非常階段
に向かう。小説を書きながら予備校の数学教師をしている天吾は、敏腕編集者
小松から、ある小説のリライトを依頼される。

 村上春樹による7年ぶりの長編小説。発売前から増刷され、新聞記事でさえも
「バカ売れ」と書き、出版社も「極めて異例」と言うほど、超・品薄状態のベストセ
ラー
。「秘密厳守」で「飢餓感」を煽る販売戦略、などと書かれているけれど、これ
はハルキさんの「予断を持たずに読んで欲しい」という希望に沿ったもの。ただ売
りたいだけなら、普通はもっともっと宣伝するでしょう。
 ここ数年の「ノーベル賞候補」騒動は凄かったし、イスラエルでのハルキさんの
スピーチ
がTVのニュース映像でも大きく取り上げられたりして、初めて村上春樹
を読んでみようか、と考えた人も多かったんじゃないかな。

 「どこを切っても村上春樹」だなぁとうれしく思いながら、ゆっくり、じっくり読み
進む。小説を、こんなにスローペースで読んだのは初めてかもしれない。全て
の文章に「血が通っている」この感じ。もっと、ずっと、ず~っと読んでいたかっ
た。そう、この小説、ちょっと短い。BOOK 5くらいまであってもよかったのに。

 実は私は『海辺のカフカ』がそれほど(比較的、という意味で)好きではなかっ
たので、『ねじまき鳥クロニクル』寄りの本作はとても好き。クラシック音楽が鳴
り、古いジャズと映画があって、孤独な主人公「もう一つ別の世界」に足を踏
み入れる、村上春樹のセカイジョージ・オーウェル近未来小説『1984』
未読ゆえ、この近過去小説『1984』とどう関連付けられるのかわからないのが
残念でもあり、どうでもいいことのようにも思える。そして、ハルキさんがこの小説
「日本語」で書いてくれたことが一番うれしかった。近年の、わけのわからない
カタカナ英語の頻出には辟易していたので、それが注意深く避けられていること
が。「9」「Q」とした言葉遊びも、日本語ならでこそ、だと思うから。

 ある意味、この小説はハルキさんにとっての「集大成」なんじゃないかと思う。
父との確執を抱え、母を求める主人公は『海辺のカフカ』、カルト教団について
の考察は『アンダーグラウンド』。少女が少年の手を取るのは『国境の南、太陽
の西』
。青豆とあゆみがチームを組んで「ハンティング」に出るのは『ノルウェイの
森』
の僕と永沢。闇からの使者・牛河が登場するのは『ねじまき鳥クロニクル』
小松には故・安原顕さんの人物像が少なからず反映されていそうだし、文壇
いうものをはっきりと、手厳しく批判しているのも、ハルキさんの「覚悟」のようで
興味深い。美しい悪魔のような比喩、そして主人公は「やれやれ」と溜め息をつく。

 80年代とは、(私を含む)多くの人々にとって「明るく、軽い価値観が幅を利
かせた時代」
だったのではないだろうか。テレビも映画も音楽も前向きに「この
素晴らしい世界」を謳歌し、キラキラ輝いて見えた。「失われた」90年代に起こ
った数々の暗い事件の萌芽を、あの時代に感じ取ることができていた人はいる
のだろうか?

 謎だらけのミステリアスな展開が、次第に大きな「二つの世界」を描き出しな
がら、ハルキさんは様々なメッセージを「パシヴァ」として提示する。そして読み
手が「レシヴァ」であれば、その一見荒唐無稽「見世物の世界」を受け入れる
ことができるだろう。

 「一人でもいいから、心から誰かを愛することができれば、人生には救いがある。
  たとえその人と一緒になることができなくても」


 BOOK 1を読みながら、青豆と天吾を会わせてあげたくてたまらなかった。しか
し、結末はどうであろうと、青豆の中にがある限り、彼女は救われている。死
は終わりではない。それでも、どう肯定的に考えても、青豆が可哀想で仕方なか
った。そんな風に思われるのは、彼女の本意ではないとわかっていながら・・。

 きっとこの小説も、ベストセラーの宿命として毀誉褒貶の嵐にさらされるのだ
ろう。しかし、ハルキさんにはきっとそんなことは折り込み済だろう。冒頭に掲
げられた「It's Only A Paper Moon」の詞。そして作中に登場する、別のパート
の詞。

 Without your love, It's a honky-tonk parade
 君の愛がなければ、それはただの安物芝居に過ぎない

 そう。その「愛」とは、私たち読み手の愛にほかならないのだから。

 (『1Q84』 BOOK 1・BOOK 2 村上春樹・著/新潮社・2009)
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テーマ:村上春樹 - ジャンル:小説・文学

[2009/06/11 08:29] | 読書 | トラックバック(7) | コメント(16) |
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コメント
すみません!作品とは、関係ないのですが、ブログを開設したので、よかったら遊びに来てください。読むに耐えないものだと思いますが、時間があれば^^
http://belmondo0919.blog72.fc2.com/
失礼しました。
[2009/06/11 23:08] URL | マキシ #- [ 編集 ]
真紅さま こんにちは。
先日までこちらのWhat's New? の欄が、かわいい「赤い風船」の写真から「1Q84 読書中」に変更されていたので、自分はまだ読み終えていないにもかかわらず、「真紅さんのレビューはいつかしら?」と楽しみに待っておりました。「ずっと、ず~っと読んでいたかった」の一文にハルキスト真紅さん(とお呼びしてもいいですよね?)の深い愛情が感じられます。この本、あまりにも大きな社会現象になってしまいましたから、おっしゃるように「毀誉褒貶の嵐」は必ず起きることでしょう。でもむしろ私は「少なからず存在するハルキ嫌いの著名人たちがなんと論評するか」も、ある意味楽しみです。特に、先のイスラエル文学賞での彼のスピーチをA新聞紙上で大批判した文芸評論家のS女史が今度はなんと批評するかな~とか(汗)。
村上春樹さんの座右の銘である「腹が立ったら自分にあたれ、悔しかったら自分を磨け」という言葉。私も今年から実行しようと思ってはいるのですが「まだまだ遠く及ばず」です。
今回拍手をお送りしました♪ すてきなブログをありがとうございました。
[2009/06/12 14:58] URL | メグ #OSjUVFqk [ 編集 ]
マキシさん、お知らせありがとうございます。
後ほどお伺いしますね。
[2009/06/12 19:25] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
メグさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
拍手もいただいたようで、ありがとうございました♪
そうなんですよ、あの欄にはこれから今読んでいる本の画像をアップしようと思っているんですが。。
結構、面倒ですね(笑)。
早々と挫折するかもしれません。
S女史とは、今A新聞で文芸批評を担当している方ですか?
そうそう、あれは私も読みましたよ・・・。
まぁ、外野は何とでもいいますからね。気にしない気にしない。
私はもちろん、胸を張ってハルキストだと言えると思います!
ところで、メグさんもこの本は面白く読まれたでしょうか・・。
何万部行くでしょうね。図書館の予約も凄いことになってそうです。
少しでも多くの方が面白く読まれるといいな~、と思っています♪
[2009/06/12 19:42] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
コメント&トラバありがとうございました。
集大成かあ。「ねじまき鳥~」のあとにそれを集成する作品が出るとは思いませんでした~

それからご指摘のとおり、「愛があるから救われているんだ」ということをこんなにはっきりと正面から言った作品はこれまでなかったのではないでしょうか?
そのことにとてもびっくりしました。

で、大ベストセラーですが、意外に世間の話題はフェイドアウトな感じですねえ(笑)
[2009/08/14 00:34] URL | manimani #3JGacFHI [ 編集 ]
manimaniさん、こんにちは! こちらこそコメント&TBありがとうございます~。
ハルキさんは『カラマーゾフ』ばりの総合小説を書くのが目標みたいですから、今後もどんどん集成していって欲しいです。
私は『ねじクロ』大好きなんですよ!
また、愛についてもそうですが、語られるメッセージが今までHPなどで発していたものと変わってなかったことも、私はうれしかったです。
ハルキさんの人生観、仕事観、恋愛観が現れてる小説だとも感じました。
いろいろ解説本も出てるようですが、ちょっと読む気がしないですね、今は。
[2009/08/16 19:37] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
真紅さん、こんにちは!やっと読みました。
面白かったけれど、解らないところもありました(^○^) そういうところがあっても私は、あまり気にしないで、スル~してどんどん先に読み進むので、ちゃんと理解してない部分がもしかしたら一杯あるかも・・・。
私は1巻は面白かったんだけれど、2巻中盤から、ちょっと好みじゃない方向へ・・・。
真紅さんもおっしゃっているとおり、分厚い本なんだけど、2巻じゃ、ちょっと短かった気が・・・。3,4巻ともっと突っ込んで書いて欲しい部分があったな~。
青豆可哀想だったな・・・。
[2009/08/28 09:17] URL | latifa #SFo5/nok [ 編集 ]
latifaさん、こんにちは! コメントとTBをありがとうございます。
今、この本母に貸してるんですよ。
とても気に入ったようで「今までの村上春樹で一番面白い」と言っています(全作は読んでないと思うんですが)。
早く返してくれ~、お母さん~~~。。
で、2巻中盤からの「好みじゃない方向」わかりますわ~。
そのことは、↑のmanimaniさんの記事にコメントさせていただきました。
そうよ、青豆可哀相だったよね。。でも私が一番泣いたのは、他の部分なんです。
後ほど伺いますね~。
[2009/08/28 21:22] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2009/08/30 10:08] | # [ 編集 ]
鍵コメを下さった方、どうもありがとう。
そうなんです、なんだか本当に、ホっとしているの・・・・・・。
期間はまだよくわからないんだけどね。
取りあえず今の状況に感謝、です。
また伺いますね♪
[2009/08/31 19:59] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
こんにちは♪
ちょっと前に読んだのですが、ようやく記事を書きました。
これまで読んだ村上作品の中で一番面白く読みました。
ハルキストじゃないので考察は全然できてないんですけど、真紅さんのレビューを読ませていただいたらなるほど~と思えることばかりでした。
本棚にある村上作品を再読しようかと思っているところです。
あと、「1984」にもすごく興味アリです!
[2009/09/10 23:29] URL | ミチ #- [ 編集 ]
ミチさん、こんにちは~。コメントとTBをありがとうございます!
読まれたのですね~、なんかうれしいな~♪
「これまでの村上春樹で一番面白い」とおっしゃる方、多い気がします。
私はずっと愛読者ですが、ハルキさんの著作の中でもかなり上に来そうな気がします。
再読したら、また受ける印象も変わってくるでしょうね~。
そして、さすがミチさん! 「1984」読まれるのですね。
ビッグ・ブラザーってどんな感じなんだろう・・・。
後ほど伺いますね♪
[2009/09/10 23:51] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
こんにちは。ごぶさたです。
私はハルキストから最も遠い所にいる者です。しかし1Q84を読んでしまい、その世界にはまってしまいました。真紅さんに記事を読んで過去の作品の位置づけもよく分かりました。感謝。
[2009/09/12 19:36] URL | ふる #- [ 編集 ]
ふるさん、こんにちは! コメントとTBをありがとうございます。
いえいえ、ふるさんは私の中では「村上春樹に最も近づいた男」という認識でございますことよ♪
村上春樹のセカイにはまっていただき感謝・感激です。
私はただの一ファンではありますが、この作品に対する肯定的意見が多いことに喜んでいます。
後ほど伺いますね。
[2009/09/12 23:31] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
真紅さん、こんばんは。
遅ればせながらー。
いやー、盛りだくさんでとても面白かったですー。
サラリとリズミカルに読みやすいのに、今までにないような熱い思いを感じられたりもして、不思議な感銘の連続でしたー。
映画の趣味は20年前とは大きく変わったはずだけど、村上春樹ワールドは20年たっても好きでいられるんですよねー。
[2009/10/02 01:42] URL | かえる #- [ 編集 ]
かえるさん、こんにちは。コメントとTBをありがとうございます。
そうそう、これはか~な~り~の力作ですよね。
私も20年以上村上春樹を読み続けている読者の一人です。
彼の小説を読んだ時だけに起こる、あの独特な感覚。
うまく説明できないんですが、きっと多くの人とこれを共有しているんだ、とずっと信じてきました。
かえるさんとは共有できてたんだ、と感じられてうれしいです。
[2009/10/03 01:11] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
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いつまでも青臭い映画好きでいたい。愛おしい映画と、忘れがたき本たち。ときどきカフェとか。 記事は基本的にネタバレあり。 どうぞご贔屓に♪

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