泣きなさい、笑いなさい~『サラエボの花』
サラエボの花


 GRBAVICA


「私を捨てるんでしょ?」「お前を捨てない、絶対に。何があっても」

 疲れた表情で、目を閉じた「眠れる美女」たち。一人の女性にカメラがフォーカス
し、決意したように彼女は目を開く。この物語の主人公、エスマ(ミリャナ・カラノヴィ
ッチ)。ボスニア・ヘルツェゴヴィナの首都サラエボ
で、一人娘のサラ(ルナ・ミヨヴィ
ッチ)
と暮らすシングルマザーだ。 

 オープニングで、さり気なくゴールデン・ベアのロゴが映し出される。ベルリン映画
祭で金熊賞
を受賞した作品だとは知らなかった。そして、こんなにも心を締め付けら
れる作品
であることも・・・。監督は、サラエボ出身ヤスミラ・ジェバニッチ。本作が
長編デビューとなる新人、女性、32歳

サラエボの花2

 90年代、熾烈を極めたバルカンの内戦から十数年。勝気な少女サラは思春期
入り口に立ち、時折情緒不安定なところのある母エスマとの関係にも、微妙な距離
が生じ始めている。彼女の修学旅行費用、200ユーロ(約32,000円)を捻出する
ために、トラウマを抱えながらナイトクラブで懸命に働くエスマ。

 両親を亡くし、医者になる夢も断たれ、幼馴染のサビーナ以外には心を開かず、
愛に背を向けるエスマ。彼女がたった一人でサラを育てたこと自体、奇跡のような
難行だったと思う。身を裂かれるような体験を、彼女は誰にも語らずに生きてきた。
どれほど凄まじい葛藤が、彼女を苛んできたか。「愛憎」という言葉すら、彼女の前
では生易しく響く。内戦は終結しても、彼女にとっては「生き抜くこと」自体が終わり
のない「闘い」
であるのだから。

「やっぱり、君も傷ついているね」

サラエボの花3

 サラが欲しかったのは「証明書」-父がシャヒード(殉教者)だという誇り、自らの
「起源」が知りたいという本能的な欲求-だった。真実を知らされたとき、「父と同じ色」
の髪を自ら剃り落とすサラ。娘から母への、精一杯の贖罪に息を呑む。サラを演じた
ルナ・ミヨヴィッチが素晴らしい。伸びやかな肢体に小さな顔、若さが孕む危うさに満
ちた表情。彼女は、自分の出自をサミルに告白しただろう。彼らのが、理不尽な
暴力に汚されないことを祈りたい。

 これ以上ないほど残酷な物語でありながら、監督の視線は驚くほど静かで抑制され
ている。母娘の痛みに寄り添いながら、所々に小さな希望を灯してもいる。たった一人
で闘っていたエスマに向けられる、工場で働く女たちの善意。彼女たちの中にも、また
別のエスマがいるのかもしれない。エスマを苦しめる辛い記憶は、映像には描かれな
い。しかし映画全体を支配する空気が、暴力への嫌悪と拒絶に満ちている。

 オーストリアに出国する同僚のペルダに「誰が遺体の確認をするの」と言い放つ
エスマ。その言葉は、何千体もの死者が眠るこの「グルバヴィッツァ(原題)」で生
きていく、という彼女の決意表明のように響く。グルバヴィッツァに建つ、砲弾で傷
ついた剥き出しのビルのように、エスマもまた傷だらけで立っている。性的な暴力
標的となる弱い存在でありながら、いや、であるからこそ、この土地にしっかりと
根を張り、生きていくのだ・・・。
一人の女性が生活の中に潜ませた計り知れない
痛み
を、全身で体現したミリャナ・カラノヴィッチの演技!

 不条理すぎる現実に打ちのめされ、これ以上ないほど傷つきながらも、再生に向
かう母と娘。最後の最後で語られたエスマの体験、流された涙、そしてサラの笑顔
一人でも多くの人に、この映画を観て「何か」を感じて欲しい。監督が「愛についての
映画」
だと語る、この小さな母娘の物語を。

(『サラエボの花』監督:ヤスミラ・ジェバニッチ
     主演:ミリャナ・カラノヴィッチ、ルナ・ミヨヴィッチ/2006・
        ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、オーストリア、独、クロアチア)
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[2008/01/31 13:44] | 映画 | トラックバック(11) | コメント(15) |
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コメント
真紅さま~こんばんは!
映画の最初の方で、エスマがバスに乗って気分が悪くなるシーンで、あぁ・・・トラウマがあって引きずっているんだな・・・って解りましたね・・。
「あなたになら言える・・・」でも、石鹸で手を洗いまくってる映像があったけれど・・・
こういうシーンは切ないです・・・。
エスマ、この子を育てていくのに、どれだけ大変だったでしょうか・・・。まだ子育てが終わったわけじゃないけれど・・最初2人が仲良くじゃれているシーンがふと蘇りました。

PS SPの最終回ごらんになられましたか?
う~ん、全話見終わった感じで、、なんだか尻つぼみな印象でした。最初の方は凄く面白くて期待したんだけど、なんだか、ちょっと・・個人的には、最終回もいまいちだったし・・・残念でした。
[2008/01/31 21:26] URL | latifa #SFo5/nok [ 編集 ]
真紅さん、いつもメッセージとTBありがとう。
さて、この監督…気に入った!女性ならではの視線とセンスと切り込み方、そして潔さ。彼女のセンスは好きだわ。ここんとこ女性監督作品に響けなかった私には大いに響いた作品でした。
先日もコソボ自治州の独立にセルビアが反対し、そのセルビアをロシアが支援しているってニュースに本作も重なり胸が痛みました。この民族浄化の戦争犯罪人を追っている国連検察官カルラさんに密着したドキュメント「カルラのリスト」も見応えありましたよ。戦争が終ってから本当の悲劇が始まるってことを実感しました。

[2008/01/31 22:39] URL | シュエット #- [ 編集 ]
誠実な素晴らしい作品でした。
戦争そのものを描くことは男たちにまかせて、
女性ならではの物語を紡いでくれたことには嬉しくなります。
ゴダールが『アワーミュージック』でサラエボに降り立つのとは大いなる違いがあるそこに住む人々の物語。
なんて四方田的目線で見つめてみたりして。
[2008/02/01 08:09] URL | かえる #LkZag.iM [ 編集 ]
latifaさま、こんにちは。コメントありがとうございます。
あの最初のじゃれ合いのシーンでも、エスマがサラに押し倒されて「もうやめて」っていうところがありましたね。
エスマがサラを育てるのに、どれほどの葛藤があったか。考えると目眩がしそうです。
薬を飲みながら働いていたけれど、精神面でのケアはちゃんと受けたのかな・・と思いました。
もう、本当に、辛くて悲しい、切ない映画でしたね。

『SP』最終回なんですけど、私は最後の最後で「おおおおお~~~?」と。
途中何回も抜かしたんですけど、あの尾形さん(堤さん)の「大義のためだ」っていうセリフは何?ナニ?と一人で狼狽しておりました。
スペシャルで真相があきらかになるのかな・・・。
その先に、映画化もされそうな予感ですね。
と、ちょっと楽しみにしている感じです。
ではでは、またお伺いします~。
[2008/02/01 14:19] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
シュエットさま、こんにちは。こちらこそコメントとTBをありがとうございます。
いつも、シュエットさまは私が観たい映画を早々にご覧になるので、観た後にお邪魔するのが楽しみなんですよ。
今後ともよろしくお願いいたしますね。

さて。小国の歴史が大国の経済的事情に翻弄される、というのは今までずっと繰り返されてきたことですよね。
『カルラのリスト』も、実は貴記事をチラっと読ませていただいたんですよ。
この映画の中にも、「戦争の頃より憎み合ってる」っていうセリフがありましたね。
民族浄化の犯罪人たちがしたことは、何世代にも渡る憎しみを根付かせること・・・。
気が遠くなるような悲劇ですね。
そんな状況で、「愛」について小さな希望を灯した作品だったと思います。
ではでは、またお伺いします~。
[2008/02/01 14:29] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
かえるさま、こちらにもコメント&TBをありがとうございます!
そうですね、女性ならではの反戦映画と成り得ていると思います。
サラエボに住み、悲惨な戦争を経験した女性が描き出した映画ということも、とっても感動的でした。
四方田視点、いいですね~。フィールドワークも大事ですね。
ではでは、またお伺いします~。
[2008/02/01 14:41] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
こんにちは。
女性監督の独自な目線なところがとても好印象です。
でも私はとっても疎くて;サラ目線で母のエスマを見つめておりました。
だから余計に事実が分かった時に衝撃的で。
そんな内に秘めた哀しみなどこれ見よがしに周囲に見せることもなく、ただ娘を育て生きるのに必死な姿を改めて思い出して涙したのでした;;
そんな母を見て育つサラもまた強く美しさを放つ花となり得ていくのでしょうね・・・
このような女性の物語にはいつも勇気をもらいます。

[2008/02/01 17:16] URL | シャーロット #gM6YF5sA [ 編集 ]
シャーロットさま、こんにちは。コメント&TBをありがとうございます。
そうですね、母にも娘にも寄り添っているところが、女性らしい視線だと思いました。
私は、戦時レイプについての物語だと知っていたので、衝撃はなかったのですよ。
ただただエスマの姿に涙してしまいました。本当に、無償の愛ですよね・・・。
最後にサラが見せた笑顔が希望の灯りですね。母娘の今後に幸多かれと祈らずにいられません。
素晴らしい作品でした!
ではでは、またお伺いします~。
[2008/02/02 16:00] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
これはまた・・素晴らしい作品を紹介していただきました!!

題名だけは知っていましたが
まだ観ておりません!
これから観る作品の場合、記事はほぼスルーしてしまう私ですが、ついつい読んでしまいました!
結果..すごく観たくなりました!!!
いつもありがとうございます♪
[2008/02/04 08:54] URL | D #k0GcsowQ [ 編集 ]
Dさま、こんにちは~。コメントありがとうございます。
この映画、小さな物語ですが本当に素晴らしい作品でした。
是非是非ご覧になって下さいね、早くソフト化してくれるといいのですが・・・。
ネタバレしてしまって、すみません!
Dさまの感想、楽しみにしておりますね♪
ではでは、またお伺いします~。
[2008/02/05 09:18] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
TBありがとう。
冒頭の、エスマとサラがくすぐりあいながらじゃれあっていて、突然我にかえったように行為をやめるシーンが、あとから振り返ると、象徴的なシーンでしたね。
[2008/06/29 16:51] URL | kimion20002000 #fOhGkyB. [ 編集 ]
kimion20002000さま、こんにちは。こちらこそコメントとTBをありがとうございます。
そうなんです、あのシーンで母と娘の関係が暗示されていましたね。
この映画、地味ですが今年のベストに入れたいと思っています。
自分にとっては、とても大切で心に残る映画です。
ではでは。。
[2008/06/30 11:39] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
真紅さん こんにちは♪
これは観ていて辛い作品ですが、これほど女として母として考えさせられる物語はないですよね。
だって、子供は喜びの中で生まれるという前提がないわけですから・・・。
憎しみと、母としての母性愛が交錯する初めて母乳を与えるところの彼女の告白には涙が溢れます。
この監督、初作品でこの出来栄えという才能!!!
ほんとうに素晴らしい作品と出会いました。
[2008/07/25 09:13] URL | なぎさ #- [ 編集 ]
なぎささま、こんにちは。コメントとTBをありがとうございます。
戦争時、母性が踏みにじられるというのは許しがたい蛮行ですね。
辛く、苦しい映画でした。観ている間中涙が止まりませんでしたし、今でも思い出すと涙が出ます。
しかしその苦しみの中においても、美しい花は咲かせられるという希望を持った作品でもあったと思います。
若い女性監督が撮ってくれたというのもうれしいですね。
忘れられない映画です。多くの方に観ていただきたいですね。
ではでは、またお伺いします!
[2008/07/25 17:47] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
[2014/06/14 11:30] URL | 株の初心者 #- [ 編集 ]
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