「山」を想起させる悲劇~ジョヴァンニの部屋
ジェームズ・ボールドウィン、二作目は『ジョヴァンニの部屋』。『もう一つの国』
より6年ほど前に発表された作品である。
パリ遊学中のアメリカ人青年ディヴィッドが回想する、イタリア人ウェイター
ジョヴァンニとの日々。一夜にして恋に落ちた二人は「ジョヴァンニの部屋」で同棲
を始めるが、あまりに脆かった二人の関係は悲劇的な結末へと舵を取ってゆく。
正直に言うと、ちょっと期待外れだったかもしれない。訳文は古臭くて違和感が
あったし、特に序盤の句読点の多さには閉口した。『もう一つの国』のような圧倒的な
力を湛えた作品ではないと思う。この作品が版を重ねて入手可能であるのに、『もう
一つの国』が絶版、というのはやはり納得行かないところだ。
『もう一つの国』には、過剰なまでに「愛」が溢れていた。濃厚で激しく、読んでいる
こちらまで息苦しくなるほどに。対して『ジョヴァンニの部屋』、この物語にはあまり
にも「愛」がない。そしてその欠落感は主人公ディヴィッドのパーソナリティそのもの
でもある。しかしこの作品はBBMを想起させる(またはBBMを観てこの作品を思い
出す)ものであり、私が手に取ったのもそのためだ。
ディヴィッドはジョヴァンニを愛しながらも、封印したはずの自分の中の「獣」を呼び
覚ましたジョヴァンニを憎み、同性愛者である自分自身をも受容できない。そんな
ディヴィッドを滅びにも似た激情を持って一途に愛するジョヴァンニと、迷いながら
もディヴィッドの愛を求めた婚約者ヘラ。ディヴィッド=イニス、ジョヴァンニ
=ジャック、ヘラ=アルマ(またはキャシー)と読み替えることもできるだろう。
更にはギヨーム=アギーレ、という見方もありかもしれない。そしてジョヴァンニの
「部屋」はブロークバック「マウンテン」だ。
ディヴィッドは、結局何を求めていたのか。自分自身を受容できず、同性愛者で
ありつつ同性愛者を嫌悪する、という自己矛盾はイニスと重なる。しかしぎりぎり
まで自己を抑制しながらも、終生ジャックから離れられなかったイニスに対し、ディ
ヴィッドはジョヴァンニを棄てる、それが最初から定められた道であるかのように。
イニスは間違いなくジャックを愛していたが、ディヴィッドはジョヴァンニを愛して
いたのか?否。そして彼は「誰も」愛してはいない。ジョヴァンニも、ヘラも、そして
自分自身をも。彼は愛を恐れている。その「恐れ」は、幼い頃の母の死や家庭不和、
さらには10代の夏、少年と一夜だけの関係を結んだことに根付くのだろうか。
イニスは自らの意思とは裏腹にブロークバック・マウンテンを後にし、それを恋
焦がれ求め続けた。対してディヴィッドは自らの意思でジョヴァンニの部屋を後に
し、結局心底からは何も求めることなく同時に全てを失う。これも一つの「若さと
イノセンスの喪失」を巡る物語だと言えるだろう。
ラスト、歩き出すディヴィッドに向かって吹き戻ってくる「風」は、ジョヴァンニ
の魂のように思える。BBMでも「風」はジャックの魂の象徴だったように。
(『Giovanni's Room』by James Baldwin・1956)
より6年ほど前に発表された作品である。
パリ遊学中のアメリカ人青年ディヴィッドが回想する、イタリア人ウェイター
ジョヴァンニとの日々。一夜にして恋に落ちた二人は「ジョヴァンニの部屋」で同棲
を始めるが、あまりに脆かった二人の関係は悲劇的な結末へと舵を取ってゆく。
正直に言うと、ちょっと期待外れだったかもしれない。訳文は古臭くて違和感が
あったし、特に序盤の句読点の多さには閉口した。『もう一つの国』のような圧倒的な
力を湛えた作品ではないと思う。この作品が版を重ねて入手可能であるのに、『もう
一つの国』が絶版、というのはやはり納得行かないところだ。
『もう一つの国』には、過剰なまでに「愛」が溢れていた。濃厚で激しく、読んでいる
こちらまで息苦しくなるほどに。対して『ジョヴァンニの部屋』、この物語にはあまり
にも「愛」がない。そしてその欠落感は主人公ディヴィッドのパーソナリティそのもの
でもある。しかしこの作品はBBMを想起させる(またはBBMを観てこの作品を思い
出す)ものであり、私が手に取ったのもそのためだ。
ディヴィッドはジョヴァンニを愛しながらも、封印したはずの自分の中の「獣」を呼び
覚ましたジョヴァンニを憎み、同性愛者である自分自身をも受容できない。そんな
ディヴィッドを滅びにも似た激情を持って一途に愛するジョヴァンニと、迷いながら
もディヴィッドの愛を求めた婚約者ヘラ。ディヴィッド=イニス、ジョヴァンニ
=ジャック、ヘラ=アルマ(またはキャシー)と読み替えることもできるだろう。
更にはギヨーム=アギーレ、という見方もありかもしれない。そしてジョヴァンニの
「部屋」はブロークバック「マウンテン」だ。
ディヴィッドは、結局何を求めていたのか。自分自身を受容できず、同性愛者で
ありつつ同性愛者を嫌悪する、という自己矛盾はイニスと重なる。しかしぎりぎり
まで自己を抑制しながらも、終生ジャックから離れられなかったイニスに対し、ディ
ヴィッドはジョヴァンニを棄てる、それが最初から定められた道であるかのように。
イニスは間違いなくジャックを愛していたが、ディヴィッドはジョヴァンニを愛して
いたのか?否。そして彼は「誰も」愛してはいない。ジョヴァンニも、ヘラも、そして
自分自身をも。彼は愛を恐れている。その「恐れ」は、幼い頃の母の死や家庭不和、
さらには10代の夏、少年と一夜だけの関係を結んだことに根付くのだろうか。
イニスは自らの意思とは裏腹にブロークバック・マウンテンを後にし、それを恋
焦がれ求め続けた。対してディヴィッドは自らの意思でジョヴァンニの部屋を後に
し、結局心底からは何も求めることなく同時に全てを失う。これも一つの「若さと
イノセンスの喪失」を巡る物語だと言えるだろう。
ラスト、歩き出すディヴィッドに向かって吹き戻ってくる「風」は、ジョヴァンニ
の魂のように思える。BBMでも「風」はジャックの魂の象徴だったように。
(『Giovanni's Room』by James Baldwin・1956)
- 関連記事
-
- 皆様、いつもありがとうございます~『これだけは、村上さんに言っておこう』 (2006/06/10)
- 「山」を想起させる悲劇~ジョヴァンニの部屋 (2006/06/07)
- 終りなき愛憎と混沌の群像劇~ジェームズ・ボールドウィン『もう一つの国』 (2006/05/22)
スポンサーサイト
trackback
ジョヴァンニの部屋 著者:大橋 吉之輔,ジェームズ・ボールドウィン販売元:白水
2006-06-07 19:26 :
やっぱりゲイ術が好き?
コメントの投稿
真紅さん、こんにちは。
「ジョヴァンニの部屋」読まれたのですね、ご連絡ありがとうございました。
確かにBBMを想起させる小説かも。しかしディヴィッドは確かに冷たくジョヴァンニを棄てましたね。ディヴィットのジョーイとのエピソードを思えば当然の結果?
誰も愛せないのは、そもそも自分をも愛せないから。でもイニスは最後にはジャックへの愛に気づいたと思います。まだイニスの方が救いがあたのですね。
TBですが、またもや届いておりません。(涙)
こちらからはOKでしたのに。たまにしか成功しないのは何故なんでしょう…。
「ジョヴァンニの部屋」読まれたのですね、ご連絡ありがとうございました。
確かにBBMを想起させる小説かも。しかしディヴィッドは確かに冷たくジョヴァンニを棄てましたね。ディヴィットのジョーイとのエピソードを思えば当然の結果?
誰も愛せないのは、そもそも自分をも愛せないから。でもイニスは最後にはジャックへの愛に気づいたと思います。まだイニスの方が救いがあたのですね。
TBですが、またもや届いておりません。(涙)
こちらからはOKでしたのに。たまにしか成功しないのは何故なんでしょう…。
びあんこさん、こんにちは。コメント&TBありがとうございます。
こちらからTB出来てなくてごめんなさい。かいろさん宅にもできないし、やっぱり無理なんでしょうか?
でも何回か出来たのは何だったんでしょうね?困ります。
これからもめげずにトライしてみますね。でもTBできないと不便ですね、なんか寂しいし。。
さて、『ジョヴァンニ』ですが、読み通すのに『もう一つの国』より時間がかかったかもしれません。
薄い本ですが内容は重いですね。また読み返すと違う視点で読めるかもしれないと思いました。
(しばらく時間を置きたいですが)
これでやっと『カリフォルニア』に旅立てます。チケットの手配がまだですが(笑)
ではまた覗いてみて下さい。ありがとうございました。
こちらからTB出来てなくてごめんなさい。かいろさん宅にもできないし、やっぱり無理なんでしょうか?
でも何回か出来たのは何だったんでしょうね?困ります。
これからもめげずにトライしてみますね。でもTBできないと不便ですね、なんか寂しいし。。
さて、『ジョヴァンニ』ですが、読み通すのに『もう一つの国』より時間がかかったかもしれません。
薄い本ですが内容は重いですね。また読み返すと違う視点で読めるかもしれないと思いました。
(しばらく時間を置きたいですが)
これでやっと『カリフォルニア』に旅立てます。チケットの手配がまだですが(笑)
ではまた覗いてみて下さい。ありがとうございました。
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2006-06-09 00:21 :
:
編集