必見~『パラダイス・ナウ』
パラダイス・ナウ



 PARADISE NOW


 ヨルダン川西岸地区、ナブルス。イスラエル占領下の町。銃声が響き、常に緊張
状態にあるこの町で、自動車修理工として働くサイード(カイス・ネシフ)ハーレド
(アリ・スリマン)
。若い彼らはこの町で生まれ育ち、鬱屈を抱えながら暮らしている。
そんな彼らに、パレスチナ解放を目指す組織から、自爆攻撃の任務が下される。

 2005年、ゴールデングローブ賞外国語映画賞を受賞したこの作品はアカデミー
賞にもノミネート
され、世界各国で議論を呼んだ。四方田犬彦氏のパレスチナ・ナウ
を読んでから、ずっと観たかった本作、DVDにて念願の鑑賞。予想通り、比類なく
重いテーマ
と主人公達の葛藤を描きながらも、映画作品として素晴らしい傑作だと
思う。特にミュンヘンユナイテッド93を観て、何か感じるところがあった方
には是非、手にとっていただきたいと思う。

「牢獄にいるのと同じ」占領下の町に住み、何処へも行けない彼らには、神への信仰心
家族友との絆しか信じられるものがない。冒頭、イスラエル兵による検問
自動車修理を巡るやり取りから既に、彼らの焦燥ややり場のない苛立ちが伝わって
くる。

 町へ入るには、占領軍兵士の銃を突きつけられながら検問を受けなければならな
いという屈辱。片足を失ったり、密告者として処刑された彼らの。繰り返し出て
くる「汚染された水」とそれを浄化する「フィルター」の話。彼らは自らを犠牲にして、
自爆攻撃と言う報復の道を選ぶ。しかしそれは彼らにとって単なる「犠牲」ではなく、
神の元で天国に葬られるというたった一つの希望でありなのだ。

パラダイス・ナウ2

 彼らが交わす言葉の一つ一つが、圧倒的な重みを持って胸に迫る。「この議論には
果てがないわ」「平等に生きることはできない、しかし平等に死ぬことはできる」

彼らにとっては常に自分たちの傍らに在る日常だ。最後の晩餐で、美しく気高い
母(ヒアム・アッバス)をじっと見つめるサイード。犯行声明を録画するビデオに向か
い、手作りのパンを持たせてくれた母へ、新しい浄水フィルターを買えと語りかけ
るハーレド。残される家族へ思いを残しつつ、自爆するために身を清め正装する彼
ら。「結婚式だと言うんだ」自爆攻撃が、二人にとっては「ハレの日」に等しいという
やり切れなさ・・・。

「何か他に方法はないのかな」作戦直前までそう語っていたサイードと、殉教すること
に迷いがなかったハーレドの思いは、作戦の失敗後、スーハ(ルブナ・アザバル)との
関わりによって交錯し、逆転する。弱者である彼らの父とは対照的に英雄だった父
を持ち、外国育ちのスーハ。父祖の土地に対する彼らの思いは同じでも、自分たち
が行くべきだと考えるは同じではない。何世代にも渡る家族の抑圧の歴史が、一人
一人の信条に影響を与える「負の連鎖」として暗示され、特にサイードの心境の変化
強い印象を残す。家族のために密告者となり、同胞であるはずのパレスチナ組織に
よって殺された父について、彼が組織のリーダーに語る場面は圧巻。抑圧され続け
た年月に澱のように溜まった行き場のない怒りと諦観が、じわじわと伝わる名場面
だと思う。

パラダイス・ナウ3

 サイードの母を演じたヒアム・アッバスは、マリアでも母親役を演じていた。
イスラエル生まれのパレスチナ女優だという彼女、撮影風景で見せている笑顔とは
対照的に、演技者として私などには想像もつかないような葛藤を抱えているのだと
思う。サイード役のカイス・ネシフ『マリア』に出演。「ベンジャミン」という役名
は記憶にあるが、どんなキャラクターだったかは思い出せない。

 映画製作時から数年経っても、パレスチナの現状混沌を極めたままだ。今日も
また、新たなサイードやハーレドが生まれているのかもしれない。勝利も敗北もな
いまま、新たな犠牲者だけが。

『パラダイス・ナウ』監督:ハニ・アブ・アサド/主演:カイス・ネシフ、
    アリ・スリマン
/2005・パレスチナ、仏、独、オランダ、イスラエル
関連記事
スポンサーサイト

テーマ:考えさせられた映画 - ジャンル:映画

[2007/12/17 21:56] | DVD/WOWOW | トラックバック(6) | コメント(10) |
<<波乗りコディ~『サーフズ・アップ』 | ホーム | 映画閑談~『映画を見ればわかること 2』>>
コメント
真紅さん、こんにちは。
力強いレビューですね♪
そう、これは必見の秀作だと思います。
日本ではどうしても、ここらへんの国ことに興味をもってくれる人は少ないのですが。
(アカデミー賞の『クラッシュ』なんかを観て、考えてくれる人はたくさんいるのに・・・)
四方田氏の「パレスチナ・ナウ」も読んでみたくなりました。
DVDの特典映像も魅力的ですねー。
来年1月のはじめにアモス・ギタイ監督の『フリー・ゾーン』がDVDリリースされるので、こちらもよろしければチェックしてみてくださいー。
マリアも映像目当てで観に行く予定ですー。
[2007/12/18 10:03] URL | かえる #LkZag.iM [ 編集 ]
かえるさま、こんにちは~。コメント&TBをありがとうございます。
とても素晴らしい映画でした。上映館が少なかったので、DVDで多くの方に観ていただきたいですよね。
(私が借りたところでは4本並んでおりましたよ♪)
『パレスチナ・ナウ』なかなか力作ですし、クストリッツァについても記述があったと思います。
機会があれば是非読んでみて下さい。
『マリア』はね、『トランシルヴァニア』思い出してしまいました。
「ベンジャミン」くんとマリアの母にご注目下さい!
『フリー・ゾーン』ですね、了解です♪ いつもいろいろ教えて下さり、ありがとうございます!
ではでは、またお伺いします~。
[2007/12/18 16:49] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
この映画、アカデミー賞にもノミネートされていたんですか。
そのわりに、こっそりと公開されてしまいましたが、世界の広さを知ることができる貴重な一本だと思いました。
「パラダイス・ナウ」というタイトルも意味深長ですね。
[2007/12/18 21:53] URL | ジョー #SFo5/nok [ 編集 ]
真紅さんTBとメッセージありがとうございます。
自爆テロの立場からパレスチナを描いた。記事でも書いたけどイスラエルもパレスチナも数世紀に及び歴史に翻弄されたことも事実であり、歴史の一番の被害者はイスラエルでありパレスチナであり、ともにそこに生きる人々であるということ。パレスチナの歴史は、先進諸国のエゴの歴史であり、人類の負の歴史だといえるよね。
そして彼らにとって、映画は娯楽作品でも商業作品でもなく世界に向けて自分達の意思表示ができるる媒体であるということ。10月に46歳の若さで亡くなった女性フォト・ジャーナリストのアレクサンドラ・ブーラ。彼女もいったんは画家の道を歩んだけれど絵筆を捨てカメラをもってバルカン半島に赴き写真を撮り続けた。コソボ、パレスチナ、イラク…世界中で起きている紛争の実態を映画や写真などでしか知りえないけれど、アンテナだけは磨いておきたいよね。
[2007/12/19 00:15] URL | シュエット #- [ 編集 ]
ジョーさま、こんにちは。コメントありがとうございます!
この作品のアカデミー賞ノミネートに対しては、反対運動が起こったそうです。
授賞式に、監督はFBIの護衛付きで臨んだそうですよ。
日本では、マスコミのほとんどがあまり話題にしませんでしたね。
「今(その瞬間)、天国へ」っていう自爆攻撃の建前を表しているのでしょうね。
本当に、広く観られるべき稀有な作品だと思います。
ではでは、またお伺いしますね。
[2007/12/19 09:10] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
シュエットさま、こんにちは。こちらこそコメント&TBをありがとうございます。
何世紀、何世代にも渡る歴史の積み重ねがあって今の現状があるわけですよね。
この映画だけを観て何かを言うことはできないのかもしれませんが、彼らの意思表示として受け止めることはしたいと思います。
芸術の力、文化の力って本当に大きいですよね。
亡くなった女性ジャーナリストの方のことは存じませんでした。
私もなるべく広い視野で、世界を見たいと思います。それを叶えてくれる芸術家やジャーナリストには、心から敬意と感謝を贈りたいです。
ではでは、またお伺いします!
[2007/12/19 09:21] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
TBありがとう。
決して、ヒロイズム的に美化はしていないですね。録画VTRが、うまくまわっていなくてやり直しとかね。あえて、ああいうシーンを入れることによって、戦争の日常化を暗示しているのかな、と思いました。
[2008/04/22 20:35] URL | kimion20002000 #fOhGkyB. [ 編集 ]
kimion20002000さま、こんにちは。こちらこそコメントとTBをありがとうございます。
ビデオ撮影とか、あとは「水」ですね。
繰り返し「水」を綺麗に、浄化しないと・・・という会話がありました。
生きるための最低限の水さえも危険にさらされているという、彼らのギリギリの「日常」が込められた会話なんだなと思いました。
重い映画ですが、多くの方に観ていただきたいですね。
ではでは、またお伺いします!
[2008/04/22 21:56] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
真紅さん~今更ですが、この映画をさっき見たばかりです。
予想外に素晴らしい出来で、見て良かったな~としみじみ思いました。
サイードとお母さんが「マリア」に出演されてるんですか?それは見る意欲が増しました。

やっぱり母の目線でつい見てしまうので、サイードとハレードのお母さんの気持ちを考えると(特にサイード)、言葉が出て来ないほどです・・。

「パラダイス・ナウ」の本もお読みになられたんですねー!私も色々なジャンルの本も読んでみねば(^O^)
[2008/11/18 14:24] URL | latifa #SFo5/nok [ 編集 ]
latifaさま、こちらにもコメントとTBをありがとうございます。
そうなんです、これなかなかな映画ですよね!
サイードのお母さん役の女優さん、『画家と庭師とカンパーニュ』にも出てはったんですよ!
必見ですよ~、あの憂い顔はそのままです(笑)。
『パレスチナ・ナウ』という本は、四方田さんが自分の足で歩いて、目で見たことしか書かれていません。
とてもいい本だと思うので、是非読んでみて下さいね。
ではでは、後ほどお伺いします~。
[2008/11/18 17:15] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバック URL
http://thinkingdays.blog42.fc2.com/tb.php/360-2319b5c8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
『パラダイス・ナウ』
抑制された演出で真摯に訴えかけてくる、シンプルながら力強い。 イスラエル占領下のナブルスに住むザイードとハレードが、自爆攻撃を遂行することになった48時間を描く。この『パラダイス・ナウ』という映画のタイトルを認識したのは去年のアカデミー賞ノミネート作...
[2007/12/17 23:48] かえるぴょこぴょこ CINEMATIC ODYSSEY
『パラダイス・ナウ』ハニ・アブ・アサド
Paradise Now この映画で最も驚いてしまったことは鑑賞後に監督から聞いた「自爆攻撃は究極のサスペンススリラーになりうる」という言葉だった。 「自爆攻撃」をパレスチナの映画監督が扱った作品と聞けば非常に深刻なものであると受け止めてしまう。無論、そこに描かれる..
[2007/12/18 00:13] 藍空放浪記
「パラダイス・ナウ」ハニ・アブ・アサド
パラダイス・ナウ 2005フランス/ドイツ/オランダ/パレスチナ 監督:ハニ・アブ・アサド 脚本:ハニ・アブ・アサド、ベロ・ベイアー 出演:カイス・ネシフ(サイード)アリ・スリマン(ハーレド)ルブナ・アザバル(スーハ)アメル・レヘル(ジャマール)ヒアム
[2007/12/18 03:28] Mani_Mani
「パラダイス・ナウ」
イスラエル占領地ナブルス、 自爆攻撃へと向かう二人の若者の48時間 2005年/フランス/ドイツ/オランダ/パレスチナ/ 90分 at:シネ・ヌーヴォ 解決の糸口の見えないパレスチナ問題を、自爆攻撃に向かう2人の若者の視点から描いた作品。中東のテロリズ...
[2007/12/18 23:41] 寄り道カフェ
mini review 08289「パラダイス・ナウ」★★★★★★☆☆☆☆
イスラエル占領下の町ナブルスを舞台に、自爆攻撃に向かう二人のパレスチナ人青年の苦悩と葛藤(かっとう)を描いた問題作。第78回アカデミー賞では、自爆攻撃の犠牲者遺族が外国語映画部門ノミネートから外すよう抗議があったなど、世界各国で上映され論争を引き起こした...
[2008/04/20 19:18] サーカスな日々
「パラダイス・ナウ」4つ☆半~5つ☆
いやぁ~凄く良く出来た映画でした。イスラエルとパレスチナのことを詳しく知らない人でも、心臓の弱い方でも、安心して見れ(爆発とか流血...
[2008/11/18 14:11] ポコアポコヤ 映画倉庫
真紅のthinkingdays


いつまでも青臭い映画好きでいたい。愛おしい映画と、忘れがたき本たち。ときどきカフェとか。 記事は基本的にネタバレあり。 どうぞご贔屓に♪

Recent Entries

Categories

What's New?

真紅

Author:真紅
Every cloud has a silver lining.

Recent Comments

Recent TrackBacks

Archives

My Favorite

Search this site

RSS

Thank You!