魔都の異邦人たち~『上海の伯爵夫人』

THE WHITE COUNTESS
「今まで、君がこんなに美しいと知らなかった」
1936年、上海。亡命したロシア貴族で元伯爵夫人のソフィア(ナターシャ・
リチャードソン)は、一家を支えるために夜のクラブでホステスとして働いていた。
彼女はある夜、視力と家族を失い、抜け殻のように生きる元外交官のジャクソン
(レイフ・ファインズ)と出逢う。「君は完璧だ」
マーチャント/アイヴォリー製作、脚本はカズオ・イシグロ、撮影はクリストファー
・ドイルという豪華な製作陣の大作。劇場鑑賞は叶わず、DVDにてやっと鑑賞。
映像や美術が一級品なのは言うまでもなく、大人だからこそ出来る、たしなみ深
い抑制された愛情が全編を貫き、胸が熱い。この「抑制された」表現こそが、カズオ
・イシグロの特徴であり魅力ではないだろうか。もしかしたら、そこに物足りな
さを感じる向きもあるかもしれない。
日本生まれの英国人作家であるカズオ・イシグロの父は、上海生まれなのだと
いう。
「父は上海生まれです。私たち一家が日本を離れて英国に渡った後、父が持ってきた
家族のアルバムをよく見ました。多くは祖父の上海の会社関係の写真でしたが、
緊張に満ちた30年代の上海は魅惑的に思えました」(朝日新聞インタビューより)
この映画は、マーチャント/アイヴォリーの映画であるよりもむしろ、カズオ
・イシグロの記憶の中の写真から紡がれた物語なのだと、私は思う。
盲目となり、聴覚が鋭敏化したジャクソンは、ソフィアの声から彼女の抱える
哀しみ、苦しみ、愛情深さを瞬時に読み取ったのだろう。この人だけが、自分を
ありのままで受け入れてくれる、質問も答えもなしでも、きっと理解してくれる。
そんな風に感じたのかもしれない。
元エリートで、「国連最後の希望の星」とまで言われたジャクソンを、レイフ・ファ
インズがハマリ役で演じている(アメリカ人には見えない気もしたけれど)。
彼と「雇い主と従業員」以上の友情で結ばれるソフィアにはナターシャ・リチャード
ソン。元ロシア貴族の高貴な雰囲気を醸し出す、完璧な美しさ。ヴァネッサ・レッ
ドグレーヴの娘だと言われてみれば、どことなく似ている。彼女を食い物にした
挙句、置き去りにした家族たちには、身体が震えるほどの怒りを憶えた。

そしてもう一人の主要人物、ジャクソンの夢のバー「白い伯爵夫人(THE WHITE
COUNTESS)」に政治的混沌を持ち込む謎の日本人、松田(真田広之)。ほとんど
レイフとの二人芝居で、真田広之が膨大な英語台詞を澱みなくこなしていて感心
する。しかし、時折挿入された戦局を伝える新聞記事と、聴こえてくる日本語に
は憂鬱な気分になる。同じく1920年代の上海を舞台にしたアン・リーの最新作
『色、戒/ラスト・コーション(仮題)』でも、同じような気分を味わうことになる
のだろうか?
「一緒にいる」と約束した同胞のホステスが、雨の街で客引きをする姿を見かけ、
ソフィアが身を隠す場面が印象的。あの時代、誰もが疚しさなしには生きられな
かったのだろう。賑わうダンスフロアで、クーニャン同士のカップルが愛おしげ
に見つめあうショットも見逃せない。さすがマーチャント/アイヴォリー!
理不尽な運命と時代の波に翻弄され、故国や家族を失っても、ジャクソンと
ソフィアは愛をその手につかむことができた。家柄や名誉よりも大切な、心から
の愛。彼らの「約束の旅路」、船は穏やかに進んでいく。
(『上海の伯爵夫人』監督:ジェームズ・アイヴォリー/脚本:カズオ・イシグロ/
製作:イスマイル・マーチャント/撮影:クリストファー・ドイル/
主演:レイフ・ファインズ、ナターシャ・リチャードソン、
真田広之/2005・英、米、仏、中国)
- 関連記事
-
- 夢と偽りと賭け、そして、愛の物語~『オスカーとルシンダ』 (2007/10/12)
- 魔都の異邦人たち~『上海の伯爵夫人』 (2007/10/08)
- 美しい人の甘い人生~『マーサの幸せレシピ』 (2007/09/27)
スポンサーサイト
trackback
悲しい話なのにどこか懐かしく昔を思い出しているようなそんな過ぎ去った日々への憧憬が描き出されているような作品だった。 1936年上海。中国の大都会・上海には様々な国の租界が存在し、様々な国の人々がいた。 外交官、国を追われて来た者たち。かつては栄華を味
2007-10-08 23:43 :
藍空放浪記
上海の伯爵夫人 (2005 イギリス・アメリカ・ドイツ・中国) THE WHITE COUNTESS 監督: ジェームズ・アイヴォリー 製作: イスマイル・マーチャント 製作総指揮: アンドレ・モーガン 脚
2007-10-09 11:06 :
ちょっとお話
17日、今年初の映画館での鑑賞です♪欲張って、二本立てです。
2007-10-11 10:05 :
☆お気楽♪電影生活☆
コチラの「上海の伯爵夫人」は、1930年代の上海を舞台に時代の波に翻弄される元外交官のジャクソン(レイフ・ファインズ)と伯爵夫人のソフィア(ナターシャ・リチャードソン)の運命を描いたヒストリカル・ロマンスです。監督は、ジェームズ・アイヴォリー。脚本は、人...
2009-11-16 21:09 :
☆彡映画鑑賞日記☆彡
上海の伯爵夫人
THE WHITE COUNTESS
監督 ジェームズ・アイヴォリー
出演 レイフ・ファインズ ナターシャ・リチャードソン
ヴァネ...
2010-06-23 21:31 :
Blossom
コメントの投稿
こんにちは。劇場鑑賞できなかったんですね。私、これ2回劇場まで足運びました。こんな抑えた大人の愛を、だからこそより官能的に演じられるのは、やはりレイフならでは。これはスタッフ・キャスト見事に融合した作品でしたよね。「上海」は歴史に翻弄された街である一方で、日本人にとっても郷愁を誘う街でもあるんですよね。劇場には、恐らく当時上海にいたか、なんらかの思いがあるだろと思われる年齢の方々も多かったです。
2007-10-09 10:53 :
シュエット URL :
編集
お邪魔します~
彼女を食い物にした家族・・私もあれには憤慨しましたよ。あのままで終らず本当良かったわ
慎み深い2人の関係は、大人ならではですね
この時期観るのにふさわしい作品ですよね。
真田さんの頑張りは同じ日本人としてはうれしいです。レイフと共演できるなんてうらやましいですわ・・・笑
彼女を食い物にした家族・・私もあれには憤慨しましたよ。あのままで終らず本当良かったわ
慎み深い2人の関係は、大人ならではですね
この時期観るのにふさわしい作品ですよね。
真田さんの頑張りは同じ日本人としてはうれしいです。レイフと共演できるなんてうらやましいですわ・・・笑
2007-10-09 11:16 :
みみこ URL :
編集
シュエットさま、こんにちは~。コメントありがとうございます。
この映画は、関西では確か昨年末の公開だったと思います。
時間が作れなくて残念な思いをしましたが、DVDでも堪能できました。
2回もご覧になられたのですね~、羨ましいです。。
美術や当時の街を再現したセットなど、素晴らしかったと思います。
上海、今は凄いスピードで近代化していますが、当時は租界があっておしゃれな雰囲気だったのでしょうね。
レイフも素敵でした、私が支えてあげたかったです。
ではでは、またお伺いします~。
この映画は、関西では確か昨年末の公開だったと思います。
時間が作れなくて残念な思いをしましたが、DVDでも堪能できました。
2回もご覧になられたのですね~、羨ましいです。。
美術や当時の街を再現したセットなど、素晴らしかったと思います。
上海、今は凄いスピードで近代化していますが、当時は租界があっておしゃれな雰囲気だったのでしょうね。
レイフも素敵でした、私が支えてあげたかったです。
ではでは、またお伺いします~。
みみこさま、こんにちは♪ コメント&TBをありがとうございます。
あの家族は酷かったですよね~、もう、唖然!
抑制されまくりの恋愛でも、最後に手を携えることができて本当によかったです。
本当、秋にピッタリですね~。
そうそう、私も同胞として真田さんは応援したいです、立派にこなしていましたよね。
これからもビッグなスターと共演して欲しいものです!
ではでは、またお伺いしますね~。
あの家族は酷かったですよね~、もう、唖然!
抑制されまくりの恋愛でも、最後に手を携えることができて本当によかったです。
本当、秋にピッタリですね~。
そうそう、私も同胞として真田さんは応援したいです、立派にこなしていましたよね。
これからもビッグなスターと共演して欲しいものです!
ではでは、またお伺いしますね~。
こんにちは♪
こんにちは♪
原作者はお父様の写真からあの世界を作り上げたのかしら?
哀しい時代だけど、自分の本当の心を失わずに
幸せを掴もうと生きる姿は美しいです。
同じ上海でも、撮り方でこうも綺麗に見えるとは・・・
そんな意味でも驚きのある作品でした。
原作者はお父様の写真からあの世界を作り上げたのかしら?
哀しい時代だけど、自分の本当の心を失わずに
幸せを掴もうと生きる姿は美しいです。
同じ上海でも、撮り方でこうも綺麗に見えるとは・・・
そんな意味でも驚きのある作品でした。
ひらで~さま、こんにちは!コメント&TBをありがとうございます。
上海は、カズオ・イシグロにとって特別な場所なのでしょうね。
素晴らしい創造力だと思います。滅びゆくものを美しいままで残したい、というのが創作の動機だったのでしょうか。
あの時代に、自分らしく生きることは困難だったと思いますが、最後に彼らが愛を手にできて本当によかったと思いました。
大人な作品でしたね~。
ではでは、またお伺いします!
上海は、カズオ・イシグロにとって特別な場所なのでしょうね。
素晴らしい創造力だと思います。滅びゆくものを美しいままで残したい、というのが創作の動機だったのでしょうか。
あの時代に、自分らしく生きることは困難だったと思いますが、最後に彼らが愛を手にできて本当によかったと思いました。
大人な作品でしたね~。
ではでは、またお伺いします!
真田さんの語学力は本当に羨ましい限りです。
あたしはどうも耳が悪いらしく、聞き取るのが
ほんとに苦手なんですよね~。
たくさん映画を観て、英語を聞いているハズなのに
全然上達してないみたいです(;・∀・)
ソフィアの家族の仕打ちは本当ひどかったですよね~。
あたしもわなわなしちゃいました( ´艸`)
あたしはどうも耳が悪いらしく、聞き取るのが
ほんとに苦手なんですよね~。
たくさん映画を観て、英語を聞いているハズなのに
全然上達してないみたいです(;・∀・)
ソフィアの家族の仕打ちは本当ひどかったですよね~。
あたしもわなわなしちゃいました( ´艸`)
miyuさん、こんにちは~。コメントとTBありがとうございます。
真田さん、ハリウッドで頑張ってますよね~。
彼が海外志向って意外な気がしましたが、今ではすっかり馴染んでますよね。
またこの映画の雰囲気に本当にマッチしていたと思います。
ソフィアを演じたナスターシャも、今はもう故人なんですよね。。
惜しい女優さんです。
後ほど伺います~。
真田さん、ハリウッドで頑張ってますよね~。
彼が海外志向って意外な気がしましたが、今ではすっかり馴染んでますよね。
またこの映画の雰囲気に本当にマッチしていたと思います。
ソフィアを演じたナスターシャも、今はもう故人なんですよね。。
惜しい女優さんです。
後ほど伺います~。