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映画が大好きです。いつまでも青臭い映画好きでいたい。 記事は基本的にネタバレありです by 真紅 (言葉を探す人)   ★劇場鑑賞した映画は Instagram にアップしています @ruby_red66 ★Stay Blue

法で裁けない罪~『ヴェラ・ドレイク』

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 VERA DRAKE


 第二次大戦の記憶もまだ生々しい1950年の英国。夫と二人の子を持ち、家政婦
として働きながら困っている人々を助けずにはいられない一人の労働者階級の主婦、
ヴェラ・ドレイク。いつも鼻歌を唄い、夫と観る映画を楽しみに日々つつましく生
きている彼女には、家族にも言えないある「秘密」があった。
 罪と罰、法と良心、家族の絆、善と悪について、しみじみと考えさせられる傑作
監督は『秘密と嘘』マイク・リー、主演はイメルダ・スタウントン。2004年度の
ヴェネチア映画祭において、金獅子賞と主演女優賞をW受賞している。

「堕胎」という繊細なテーマを扱う作品だけに、この映画は賛否両論あるだろうこ
とは想像に難くない。ヴェラの義妹のように「そのうちに大変なことになるわよ」と、
ヴェラのしたことを否定的に見る人も多いのかもしれない。しかし、私は彼女を
否定する気には到底なれなかったし、ヴェラの心を「黄金以上、ダイアモンドだ」
誇らしげに語る夫スタン(フィル・デイヴィス)に共感する。ダイアモンドは傷つかな
いはずだけれど、この映画は傷ついたダイアモンドを描いているのかもしれない。

 ストーリーを追いながら、「何故、女性だけが心身に傷を負わなければならないのか」
という理不尽な怒りと悲しみで胸が潰れそうだった。希望の証であるはずの子ども、
神の賜物であるはずの妊娠が、貧困の根源として忌み嫌われる現実。父のない子を
産んだことで受けるであろう不当な差別。ヴェラの「秘密」と並行に、中産階級の女性
スーザン
「正当な」手順を踏んで堕胎するエピソードが描かれる。ここでマイク・リー
は、たとえお金があっても、女性の受ける傷は同じか、それ以上であることを訴え
たかったのではないだろうか
。レイプされて処女を失うという恥辱を受けた後に、
更なる屈辱が待っている酷薄。あまりに惨い。スタンやレジー、男たちが語る戦争
の記憶は、男の受ける傷として女の受ける恥辱と対比されているのだろうか?

 数々の受賞歴が証明するように、イメルダ・スタウントンの演技の素晴らしさは
言うまでもない。と言うよりも、私は彼女の本作での演技をどのような言葉で称賛
すればいいのかわからない。いかなる褒め言葉も白々しくなるほど、彼女の演技は
凄い。結婚指輪を外された左手薬指を所在無げに握る仕草など、細部まで表現し尽
くしたような凄まじいまでの「成りきり」ぶりと女優魂

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 ヴェラがどうして法を犯してまで「困っている」娘たちを助けようとしていたのか、
その行為の動機付けは語られない。けれど、ヴェラ自身が望まれない子どもだった
こと、「あなたも昔「困った」ことが?」という警部の問いかけに対するヴェラの表情
が、何らかの真実を語っているのだろう。

 しかし、この映画は彼女の「したこと」を糾弾するための映画ではないと思う。何が
あろうと妻を信じ、彼女の側で生きようとする夫スタンの。ヴェラの好意で家族
の温かみを知ったレジーが言う、「最高のクリスマス」という言葉。心に沁みる彼らの
こそが、本作の静かなテーマであるように思う。

 ラストシーンで描かれる、一家の精神的支柱である母の不在、寂しげな食卓。「狭い
ながらも楽しい我が家」を描写した、貧しいながらも温かさと愛が溢れる前半との
対比が鮮やか
だ。産科医と助産師であったという監督の両親に捧げられているこの
映画を観た後、法では裁ききれない「罪」もあるという真実について考えていた。

『ヴェラ・ドレイク』監督・脚本:マイク・リー
    主演:イメルダ・スタウントン/2004・UK、仏、ニュージーランド)
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テーマ : 心に残る映画
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2007-08-31 : BD/DVD/WOWOW/Streaming : コメント : 18 : トラックバック : 7
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『ヴェラ・ドレイク』
ヴェラ・ドレイクCAST:イメルダ・スタウントンヴェネチア国際映画祭 金獅子賞 主演女優賞授賞1950年、ロンドン。家政婦の仕事をするヴェラ・ドレイク(イメルダ・スタウントン)は、夫と2人の子供と平和な毎日を過ごしていた。ヴェラは、無償で体の不自由な隣人の家を訪
2007-08-31 18:37 : Sweet* Days**
ヴェラ・ドレイク
彼女の心は黄金だ
2007-08-31 19:51 : 悠雅的生活
ヴェラ・ドレイク
2004年 フランス・イギリス・ニュージーランド 監督・脚本:マイク・リー 製
2007-08-31 22:31 : 銀の森のゴブリン
映画「ヴェラ・ドレイク」
映画館にて「ヴェラ・ドレイク」★★★★ストーリー:1950年、イギリス。ささやかだが幸せに暮らすドレイク家の主婦・ヴェラ(イメルダ・スタウントン)。しかし彼女は家族にも話すことができない大きな秘密を抱えていた。それは望まない妊娠をして困っている女たちに、堕胎
2007-09-02 23:02 : ミチの雑記帳
「ヴェラ・ドレイク」マイク・リー
ヴェラ・ドレイクはいつの世にもいた人なんだろう。社会的にどうでも女性にとって必要な人。でも男性はどう思うのか。なぜかその答えはいつも曖昧のようである。 ヴェラは幸せになれる人なんだろうか。 自らは優しい夫と二人の子供を持ついい母親で幾つかの家の下働きを
2007-09-03 18:00 : 藍空放浪記
「ヴェラ・ドレイク」
Vera Drake2004年/イギリス/125分登場人物の心の襞が伝わってくるような…マイク・リーの演出が光る作品。1950年イギリス・ロンドン。労働者階級の人々が多く住む町に暮らすヴェラは45歳。夫のスタン、息子と娘の4人家族。息子が14歳の時、夫は第二次大戦の兵役につき、戦争
2007-09-06 22:42 : 寄り道カフェ
映画DVD「ヴェラ・ドレイク」
2004年 イギリス、フランス、ニュージーランド 監督:マイク・リー 主演:イメルダ・スタウントン ヴェネチア国際映画祭 金獅子賞、女優賞受賞作品  ■ストーリー1950年冬のロンドン。自動車修理工場で働く夫と二人の子供と充実した...
2007-09-20 17:57 : 映画DVDがそこにある。
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本当に、何と言っていいかわからないほど、イメルダ・スタウントンの演技は凄かった。それしか言えません。

この作品は、ヴェラの「人助け」の是非を問うのではなく、
その時、ヴェラとその家族がどうしたか、の物語ですね。
レジーの存在と、一言一言が、どれもいいですねぇ…
また、数人の警察官が誰も紳士的で、あの悲しい思いの中、唯一の救いでした。
何と、いい脚本と、素晴らしい演技者たちが集まった作品なんだろうと思います。
2007-08-31 20:28 : 悠雅 URL : 編集
真紅さん TBありがとうございます。
微妙な問題を扱った映画ですので意見が分かれると思いますが、僕の感想は真紅さんとほぼ同じです。
イギリスという階級社会とそのダブル・スタンダードが生み出した「望まれざる命」の処理をめぐって法のあり方、社会のあり方が問われています。とてつもないインパクトを与える映画ですね。
イメルダ・スタウントンの演技は演技の域を超え、たとえ大女優ジュディ・デンチが演じたとしてもこれを超えられたか疑問に思うほどです。
普通の主婦にすぎないヴェラは法廷で泣く以外に何もできませんでした。それはリアルなのですが、とても残念です。もし彼女がもっと図太い性格で思いのたけを全部ぶちまけていたら、そう思って書いたのが「ヴェラ・ドレイクに声ありせば」という戯れ文です。ホームページの「電影時光」のコーナーに入れてありますので、よければそちらも読んでみてください。
2007-08-31 22:49 : ゴブリン URL : 編集
悠雅さま、こちらにもコメント&TBをありがとうございます。
当方からはTBのみで失礼しましたが、たくさんのコメントありがとうございました。

イメルダ・スタウントンは『ハリー・ポッター』にも出演しているのですよね。
見てくれは「普通のおばちゃん(失礼!)」なのですけど、「これが演技?!」という凄いモノを見せてくれました。
それから記事中に書けなかったのですが、プロダクション・デザインも素晴らしかったですね。
悠雅さまも書かれていたあのスイカ?みたいな手編みのテーコーゼ!!
細かいわ~。。あれ、誰が編んだんでしょうね? ドレイク家の温かさが伝わってくるようでした。
今後もお邪魔させて下さいね、どうぞよろしくお願いします。
ではでは。。
2007-09-01 07:05 : 真紅>悠雅様 URL : 編集
ゴブリンさま、こんにちは。コメント&TBをありがとうございます。
TBのみで失礼いたしました。どなたもコメントをつけていらっしゃらなかったので、コメントなしで帰ってきてしまいました、ごめんなさい。。
さて。おっしゃる通りテーマが微妙ですので、賛否両論あるのは想像に難くないですね。
と言うか、欧米では宗教的観点からも、日本以上に反論は大きかったのではと想像します。
イメルダ・スタウントンは凄い女優さんですね。。全く違和感がありませんでした。
「ヴェラ・ドレイクに声ありせば」ももちろん読ませていただきましたよ!
法廷では「有罪です・・」としか言えなかったヴェラは、法に触れることだともちろんわかっていたのですよね。
描かれたこと一つ一つを考えさせられる、とても深い映画でした。
ではでは、またお伺いします!
2007-09-01 07:16 : 真紅>ゴブリン様 URL : 編集
こんばんは。この映画、劇場で見たときは、親切でおせっかいなヴェラおばさんが好きになれなかったんです(笑)。本作よりフランス映画「主婦マリーがしたこと」のマリーの方が納得いきました。
その後、改めてDVDで観ました。
イメルダ・スタウントンの演技は見事。
ヴェラには堕胎を「困った人」を助けてあげる親切の延長で堕胎を行い、「大変なことをしてしまった」以上の問題意識がなかったんではないかしらって思います。これが当時の女性の意識…そして、これがどれだけの悲劇を生み出したか…マイク・リーは一方で、その時代の女性の置かれていた立場、女性の意識を描こうとしたのではないかしら。
そして、真紅さんのいわれるように、本作は、ヴェラが堕胎に対する問題意識のなさや、彼女の行為そのものより、そんなヴェラを、愛する妻を受け止める夫の愛。戦争の悲劇を味わったがゆえに、幸福や愛の重み、家族の絆、そんなことの大事さを思い知っている彼らだからこそ、家族の愛を守ろうとする、そんな市井に生きる人を、愛の姿をこんな形で描いた作品だと思いました。「サイダーハウス・ルール」」観られました?これも良かったですよ。
2007-09-02 01:19 : シュエット URL : 編集
シュエットさま、こんにちは。コメントありがとうございます。
偶然ですが、この映画に関してなぎささまもシュエットさまと同意見でした。
『主婦マリーがしたこと』未見ですけれど内容は公開当時から映画評などで読んでいました。
この映画では宗教的観点が出てきませんよね。食事のシーンでもお祈りの場面はありません、マイク・リーは敢えてそうしたんでしょうね。
戦争体験を語る場面は女性の辛さとの対比なのかと思ったのですが、家族の大切さを思い知らせる役割があったのですね。。
『サイダーハウス・ルール』は地味だけれど、とてもいい映画だと思います。
(ラッセ・ハルストレム監督の映画は結構観ているんですよ)
ジョン・アーヴィングの勇気に感動しました。子どもたちもかわいくて、彼らを見ているだけで涙がでました。
オスカー受賞したのもとてもうれしかったです。
2007-09-02 04:45 : 真紅 URL : 編集
真紅さん こんにちは♪
そうでしたか、監督のご両親って産婦人科医だったのですね。

>法では裁ききれない「罪」
この部分は考えさせられますねぇ。
ヴェラのした行為が、そんなに悪いことだったとは同性として思えないですから。

上のシュエットさんのコメントを拝見して驚いたのですが、私と同じなんですね!

2007-09-02 11:32 : なぎさ URL : 編集
なぎささま、こんにちは。コメントありがとうございます。
監督のご両親は産科医と助産師さんだそうですよ。
やはり、『主婦マリーがしたこと』をご覧になった方は、少し観点が異なるのですね。
私も観たいのですが、DVD化はされていないようですね・・。残念です。。
ではでは、またお伺いしますね!
2007-09-02 19:12 : 真紅 URL : 編集
真紅さま こんばんわ
まさに心にズシンと来る作品でしたね。「秘密と嘘」の監督さんですか。そうですか,納得です。イメルダさんは,知り合いのおばさんにちょっと似ているのですよ。だから,昔から親近感を感じていたのですが、こんな見事な演技ができる女優さんだとは。彼女が法廷でさめざめと泣くシーンは,圧巻でした。
堕胎や婚前妊娠が有無を言わさず罪として裁かれた時代・・・。私は「マグダレンの祈り」を思い出しました。こういう作品を観ると,何が罪であり,そうでないのか,もしかしたら人には裁く権利などないのではないかとさえ思ってしまいます。
ヴェラの夫を初めとする家族の愛もまた,心に痛いくらい沁みました。
2007-09-02 22:21 : なな URL : 編集
こんばんは♪
この手の映画を見ると、とにかく「なぜ女性だけが理不尽な目に遭わなくちゃいけないの?」という気持ちが先走ってしまって、あとは何も考えられなくなってしまうんです。
ヴェラがもう少し法廷で毅然と物を言ってくれたら・・・というのは幻想ですね。
(少々イライラしてしまったのは事実ですけど)
その点よりもやはり妻を受け止めた夫の愛や家族愛の方に重きを置いていたと見るべきなのでしょうね。
2007-09-02 23:09 : ミチ URL : 編集
ななさま、こんにちは。コメントありがとうございます。
BBM#15にもTBありがとうございました。
『秘密と嘘』も秀作だと思いましたが、私にはこの作品のほうがはるかにガツンと来ました。
とにかくイメルダ・スタウントンの演技が半端じゃないですよね。
『マグダレンの祈り』!って、ピーター・ミュランが監督しているんですよね?
『マイ・ネーム・イズ・ジョー』でミュランに惚れたので、絶対に観たいな~と思っていたんです。
かなり重い、滅入る内容のようですが・・・。「英国映画強化期間」なので、近々是非観たいと思います。
また映画についていろいろ教えて下さいね!
ではでは、またお伺いします。
2007-09-03 04:34 : 真紅>なな様 URL : 編集
ミチさま、こんにちは。コメント&TBありがとうございます。
私も同感です。「なぜ女性だけが・・・」っていう怒りと悲しみで胸がいっぱいでした。
ヴェラの法廷でのふるまいを残念に思う方もいらっしゃいますね。
ゴブリンさまが↑上のコメントで、「ヴェラ・ドレイクに声ありせば」という記事を紹介して下さっています。
よければミチさまも読んでみて下さい、少しは気が晴れるかも?です。
また伺いますね。ではでは~。
2007-09-03 04:44 : 真紅>ミチ様 URL : 編集
最近、話題になったもので、感想書きたくなってのupです。始めの感想は昨年DVDで見終わった後の感想、後半に劇場鑑賞時に持った感想も書いてます。これが、なぎささんとばっちり重なるんだわ(笑)
3回も見たから、演技面での感想よいマイク・リーのテーマのほうにウェイトおいた感想になってるかな?
彼の日本初公開作「ネイキッド」見られました?
かなりきついけど、面白いですよ。
2007-09-06 22:55 : シュエット URL : 編集
シュエットさま、こんにちは。記事書かれたのですね!コメント&TBありがとうございます。
マイク・リーのテーマ、それはとても興味深いです。
『ネイキッド』という作品は残念ながら未見なのです、マイク・リーは本作と『秘密と嘘』以外は観ていないと思います。
どのような作品なのでしょう、気になります・・・。
後ほど伺わせていただきますね、ではでは!
2007-09-07 09:36 : 真紅 URL : 編集
私、マイク・リーで評価してるのはネイキッド、それに加えて本作だわ。「秘密と嘘」は普通。
ネイキッドはかなりきついけど、一度見てください。これが彼のメッセージ詰まってると思う。イギリス社会に対する彼のメス感じる。
2007-09-07 13:03 : シュエット URL : 編集
シュエットさま、再びのコメントありがとうございます!
『ネイキッド』、探してみますね。どんな作品なんでしょう、ドキドキ・・・。
ではでは、またお伺いします~。
2007-09-07 14:29 : 真紅 URL : 編集
TBありがとうございます。
絶賛されている方に申し訳ないですが
私には合わなかったようです。
悲しすぎます。
2007-09-20 22:12 : maimai URL : 編集
maimaiさま、こんにちは。コメント&TBありがとうございます。
私も、大好きな作品というわけではありませんが、映画としてとても優れていると思います。
確かに悲しいですね。あまり希望はないかもしれません。
しかし、観る価値のある映画だと思います。
ではでは。
2007-09-21 09:56 : 真紅 URL : 編集
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