怒りと痛みの哀歌~『受取人不明』

ADDRESS UNKNOWN
70年代韓国、米軍キャンプに程近い村を舞台に、三人の男女の残酷な青春の
日々を描いた衝撃作。監督はキム・ギドク、私にとっては8番目のキム・ギドク
監督作品。主人公の一人は監督自身を投影したキャラクターであり、7割は事実、
創作部分は3割に過ぎないという。静かなオープニングから、2時間全く目が離
せない展開、ギドク・ワールド全開の一作。
米軍人と、娼婦だった母との間に生まれた混血児チャングク(ヤン・ドングン)は、
村はずれに打ち捨てられた「US AIRFORCE」の赤いバスに住む。チャングクの母
(パン・ウンジン)は、アメリカに帰国した夫に向けて手紙を書き続けているが、いつ
も「ADDRESS UNKNOWN」のスタンプが押されて返送されてくる。
チャングクの友人ジフム(キム・ヨンミン)は家庭の事情で進学できず、米兵相手の
肖像画店で働き、幼い頃に兄の打った銃弾によって隻眼となったウノク(パン・ミン
ジョン)に思いを寄せている。混血児であること、進学できなかったこと、隻眼で
あること。それゆえ差別され、生き難さを抱えている三人。言葉少なな彼らの
絶望、焦燥、痛み、悲哀がジリジリと観る側に伝わり、胸を打つ。
2001年に、キム・ギドクの7番目の作品として製作されたこの映画は、以降の
彼の作品の「原型」とも言うべきエッセンスが詰まった作品だった。
まず思い浮かぶのは『弓』。村の男たちが「進入禁止」の立て看板に向かって放つ
矢、たらいに沸かした湯での沐浴、裸の背を流す愛情のこもった手。
女子高生の夢、(合意の上ではあるけれど)春をひさぎ、夢を叶えようとする少女。
エリック・サティの「ジムノベティ」は『サマリア』。
チャングクの母の乳房に彫られた文字は、『悪い男』の娼館の女将を思い出す。
「銭湯に行けない身体になりたいか!」
そして、ウノクの白濁した瞳に米兵が雑誌の切り抜きを貼るシーンは、未見だ
が『絶対の愛』を想起させる。
同族を殺したことで叙勲される矛盾、愛玩物として犬を飼いながらも、売買し
食す矛盾。そして他国の脅威から韓国を守るという大義名分の下、駐留する米軍
は両刃の剣だという矛盾。英語をしゃべりたがる不良に対し「お前らみたいな英語
かぶれが、韓国をダメにするんだ!」と喝破し、在留米軍の功罪を真っ向ストレート
で描くキム・ギドクの男気と、責めの姿勢には脱帽する。
最も心に残ったのは、チャングクに対する母の愛。息子に殴られて泣き叫ぼう
とも決して殴り返さず、愛人に対しても「あの子はかわいそうな子なんだ、勝手に
殴るな!」とタンカを斬る母。いなくなった息子を探し、凍てつく荒地を走り、
息子の亡骸を食べ続ける異常なまでの深い愛。夫との日々、夫と自分を繋ぐただ
一人の息子が、彼女にとっては人生の全てだったのだろう。夫に送るために撮り
続けた息子のポラロイド写真とともに、バスに火を放つ彼女の最期。パン・ウン
ジンの鬼気迫る熱演と相まって、悲しくも名シーンと成りえていると思う。
キム・ギドク節炸裂の本作、血なまぐささも満載のため、観る人を選ぶ映画か
もしれない。それでも、韓国が生んだ天才映像作家のエネルギー溢れるこの作品、
私のこの記事ではその凄みを全く伝え切れていないのがなんとももどかしい。
未見の方は是非、ご覧になってみて下さい。
(『受取人不明』監督・脚本:キム・ギドク/主演:ヤン・ドングン、
キム・ヨンミン、パン・ミンジョン/2001・韓国)
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2010-06-19 20:22 :
☆彡映画鑑賞日記☆彡
コメントの投稿
真紅さま~こんにちは!
私は、ギドク作品の中で、これが一番かも・・しれないんです。
真紅さまのおっしゃる通り、この作品には、ギドクワールドが、色々と入っていますよね。
全編通して漂う、諦めにも似た悲しさが、なんとも言えず良かったです(私は、暗い映画が結構好きなみたいで・・・・)
あの母と、あの息子。あの2人の深い絆や思いが、切なかったです。
私は、ギドク作品の中で、これが一番かも・・しれないんです。
真紅さまのおっしゃる通り、この作品には、ギドクワールドが、色々と入っていますよね。
全編通して漂う、諦めにも似た悲しさが、なんとも言えず良かったです(私は、暗い映画が結構好きなみたいで・・・・)
あの母と、あの息子。あの2人の深い絆や思いが、切なかったです。
latifaさま、こんにちは~。コメント&TBありがとうございます!
ギドク作品の中でこれが一番、とおっしゃるの、わかります。。
私は初ギドクが『悪い男』だったのでやっぱり一番印象的なんですが、この作品のパワーも凄いと思います。『悪い男』の次かも?です。
諦めにも似た悲しさ・・、そうそう、そうですね~。
私も、暗い映画結構好きかもしれません。明るいラブコメも大好きなんですけどね♪
またお伺いしますね、ではでは。
ギドク作品の中でこれが一番、とおっしゃるの、わかります。。
私は初ギドクが『悪い男』だったのでやっぱり一番印象的なんですが、この作品のパワーも凄いと思います。『悪い男』の次かも?です。
諦めにも似た悲しさ・・、そうそう、そうですね~。
私も、暗い映画結構好きかもしれません。明るいラブコメも大好きなんですけどね♪
またお伺いしますね、ではでは。
自身
TBありがとう。
シフムの造形に、家を飛び出す前の、ギドク監督が色濃く投影されているようにも、感じられました。
シフムの造形に、家を飛び出す前の、ギドク監督が色濃く投影されているようにも、感じられました。
kimion20002000さま、こんにちは。コメント&TBありがとうございます。
当方からはTBのみで失礼いたしました。
ジフムは、明らかにギドク自身を投影したキャラですね。ちょっと男前でしたね(笑)
ではでは、また。
当方からはTBのみで失礼いたしました。
ジフムは、明らかにギドク自身を投影したキャラですね。ちょっと男前でしたね(笑)
ではでは、また。
お邪魔します~遅くなりました・・・ごめんね。
こちらは痛い系の作品でしたね。
うつせみあたりはソフトなので初めての方には
お勧めしやすいですが、こちらは、気軽にはね・・ちょっと・・・という感じですよね・・・笑
でも真紅さんがおっしゃるようにギドク
エッセンスがたくさん盛り込まれているのですからファンとしては抑えておきたい一本ですよね。
私が観たいのはね・・
魚と寝る女。。。だっけ?なの。
相当インパクトあるみたいだけど、置いていないのよね・・・お互い今後も作品を追いかけていきましょうね。♪
こちらは痛い系の作品でしたね。
うつせみあたりはソフトなので初めての方には
お勧めしやすいですが、こちらは、気軽にはね・・ちょっと・・・という感じですよね・・・笑
でも真紅さんがおっしゃるようにギドク
エッセンスがたくさん盛り込まれているのですからファンとしては抑えておきたい一本ですよね。
私が観たいのはね・・
魚と寝る女。。。だっけ?なの。
相当インパクトあるみたいだけど、置いていないのよね・・・お互い今後も作品を追いかけていきましょうね。♪
2007-08-28 17:24 :
みみこ URL :
編集
こんばんは、TB&コメントありがとうございました。
この作品の強烈さは、キム・ギドク作品でも一番のものだと思います。
プラスアルファ、お笑いシーンをいろいろと散らしていたのも
見逃せませんね。三人が眼帯をつけているシーンは、劇場でもかなり
ウケていました。
雑誌の目を切り抜くくだりは、たしかに最新作『絶対の愛』にもありますね。
ただ、この作品はあまり期待しすぎると肩すかしにあう可能性もなきにしも
あらずなのですが・・・。これまでの三作品、『サマリア』『うつせみ』『弓』
にくらべると、ぐっと身近な世界を描いているように思います。
またDVDリリースされたときに、『絶対の愛』をご覧になってみてください。
この作品の強烈さは、キム・ギドク作品でも一番のものだと思います。
プラスアルファ、お笑いシーンをいろいろと散らしていたのも
見逃せませんね。三人が眼帯をつけているシーンは、劇場でもかなり
ウケていました。
雑誌の目を切り抜くくだりは、たしかに最新作『絶対の愛』にもありますね。
ただ、この作品はあまり期待しすぎると肩すかしにあう可能性もなきにしも
あらずなのですが・・・。これまでの三作品、『サマリア』『うつせみ』『弓』
にくらべると、ぐっと身近な世界を描いているように思います。
またDVDリリースされたときに、『絶対の愛』をご覧になってみてください。
みみこさま、こんにちは~。コメント&TBありがとうございます。
こちらこそ宿題追い込みでお忙しい中、連日お邪魔してごめんなさいね。
これはかなり痛い・・、目を背けてしまいたい描写もありましたね。
でも、観てよかったです、本当に。
『魚と寝る女』!私もずっと観る勇気がでなくて未だに未見なのですが、そろそろいいかな?と思っていたところなんですよ~。
こちらもかなり痛~い映画のようですが、ギドクを語るには欠かせない作品のようですよね。
今後も「ギドク・コンプへの道」ご一緒しましょう~♪
ではでは、またです~。
こちらこそ宿題追い込みでお忙しい中、連日お邪魔してごめんなさいね。
これはかなり痛い・・、目を背けてしまいたい描写もありましたね。
でも、観てよかったです、本当に。
『魚と寝る女』!私もずっと観る勇気がでなくて未だに未見なのですが、そろそろいいかな?と思っていたところなんですよ~。
こちらもかなり痛~い映画のようですが、ギドクを語るには欠かせない作品のようですよね。
今後も「ギドク・コンプへの道」ご一緒しましょう~♪
ではでは、またです~。
丞相さま、こんにちは。お久しぶりです、コメント&TBありがとうございます。
ギドク作品では丞相さま一押しのこの作品、観られてよかったです。
確かに、眼帯シーンはちょっとコミカルだったかな?
あと、チャングクの逆さの足も、見ようによっては笑えるかもですね。
『絶対の愛』の目の切り抜きをコラージュしたポスターはすごく印象的ですよね。
DVD、是非楽しみに観たいと思います。
その時はまたお邪魔させて下さいね。
ではでは!
ギドク作品では丞相さま一押しのこの作品、観られてよかったです。
確かに、眼帯シーンはちょっとコミカルだったかな?
あと、チャングクの逆さの足も、見ようによっては笑えるかもですね。
『絶対の愛』の目の切り抜きをコラージュしたポスターはすごく印象的ですよね。
DVD、是非楽しみに観たいと思います。
その時はまたお邪魔させて下さいね。
ではでは!