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映画が大好きです。いつまでも青臭い映画好きでいたい。 記事は基本的にネタバレありです by 真紅 (言葉を探す人)   ★劇場鑑賞した映画は Instagram にアップしています @ruby_red66 ★Stay Blue

水面に揺れる夢~『弓』

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 韓国映画界の鬼才、というよりもはや「世界の」キム・ギドク監督12番目の作品。
船の上で暮らす老人と少女。老人は少女を10歳のときから育て、少女の17歳の
誕生日に結婚するつもりでいた。その日を数ヵ月後に控えたある日、釣り客として
訪れた青年に少女がをし、老人とふたりの生活に波風が立ち始める・・。
キム・ギドク作品をコンプリートされている方も多い中、現在日本公開されている
13作のうち7作しか観ていない私であるが、この『弓』は間違いなく傑作であると
思う。素晴らしい作品です。

 老人と少女は、映画の最初から最後までセリフはない。この素晴らしい映画から
感じたものを言葉で説明しようとしても、語れば語るほどどんどん映画から遠ざか
っていくような気がして、もどかしい。この映画は感じることができれば、言葉は
いらないのかもしれない
、それでも書かずにはいられないのだけれど。

 老人と少女の関係に、違和感や嫌悪感を覚える人も多いと思う。確かに老人は、
少女に対してあからさまに嫉妬や独占欲を見せ、かなりな俗物として描かれている。
船の上に10年間も少女を閉じ込めているに等しい状況は、確かに青年が言うよう
「悪魔」的であるし、社会とは隔絶された場所での「異様」な軟禁状態でもある。

 一方、囲われている少女には悲壮感はなく、むしろ老人とは固い絆で結ばれてい
るようにさえ見える。少女の体を丁寧に洗う老人、なすがままにされている少女。
薄着で船上のブランコを漕ぎ、矢を放たれても泰然と微笑む姿。徹底的にアンモラル
でありながら、観るものに不快感よりも陶酔さえ憶えさせるのは、クリアでいて美
しい映像の魅力によるところも大きいだろう。

 しかし、そのおとぎ話のようなふたりの関係も、青年という闖入者の登場で終わ
りを告げる。初めての恋、外の世界、少女の老人への反発、決別。そして少女の意外
な選択
。いや、意外というよりは、やはり・・という思いのほうが強かったかもしれ
ない。

20070519165833.jpg

『サマリア』で、売春する少女を演じたハン・ヨルムの存在感が凄い。一言もしゃべら
ず、何を聞かれても微笑むだけ。なんとも言えないあどけなさと、妖艶さが同居す
肢体。黒い瞳、白い肌、ぷっくりとした薄紅色の唇。キム・ギドクが彼女に惚れ
込み、自らの欲望を老人に託してこの映画を撮り上げたのではないか、そう邪推し
てしまうほど、何とも蠱惑的。クライマックス、老人と魂の交歓を果たす彼女の艶技
には息を呑んだ。老人の手の中にある少女に悲壮感が露ほどもないのは、「悪魔」で
ある老人に対し、彼女が十分「小悪魔」であるからかもしれない。

 唯一の不満は、老人が奏でる二胡と音楽がマッチしていないこと。音と奏でる姿
にずれがあるため、あの部分だけは興醒めだった。

「怒り」や「毒」は影を潜めてはいるけれども、独特の「キム・ギドク的世界」はまだ
まだ健在。「死ぬまで弓のように生きていきたい」という彼の、夢のように儚く、矢の
ように鋭く熱い映像世界
に、私も最後までついていきたい。

『弓』監督・製作・脚本・編集:キム・ギドク
    主演:ハン・ヨルム、チョン・ソンファン、ソ・ジソク/2005・韓国)
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テーマ : 心に残る映画
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2007-05-19 : BD/DVD/WOWOW/Streaming : コメント : 10 : トラックバック : 5
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弓 (2005  韓国)THE BOW 監督: キム・ギドク 製作: キム・ギドク 脚本: キム・ギドク 撮影: チャン・ソンベク 編集: キム・ギドク   出演: チョン・ソンファン ( 老人 )
2007-05-20 07:47 : ちょっとお話
『弓』
奇天烈なのに鮮烈な美醜紙一重ギドク・ワールドにうなる船上で暮らす老人と少女の物語。海に浮かぶ一隻の船の上で暮らす老人と少女。武器である弓は、楽器にもなり、韓国二胡=ヘグムの優雅な音色を響かせる。まるで神話の世界のような現実離れした幻想的な美しさが広がる。
2007-05-20 19:30 : かえるぴょこぴょこ CINEMATIC ODYSSEY
#62.弓
キム・ギドク作品は、それぞれの持つ映像美のおかげで、その予告まで、ありありと覚えているものが多い。『サマリア』も、あの予告だけで、「なんと美しい映像だろう」、と心が躍ったのを覚えている。そして、この『弓』も、以下のシーン↓が、あまりに美しくて。・・・上映
2007-05-20 22:11 : レザボアCATs
破綻しながらもなお莞爾たるギドク宇宙!
レンタルDVDも新作人気作はなかなか順番が廻ってこない。ようやく遭遇、ごひいきキム・ギドク鐔?沛州(2005)。ギドクは漢字に直すと<擬毒>或いは<戯毒>と、勝手に楽しむが、これもいかにもギドク、刻印は押されている。少女と老人が海上での二人暮らし、外界とのつ
2007-08-14 11:52 : この広い空のどこかで今日もいい日旅立ち
映画『弓』
原題:Hwal老人と若い女性と海と漁船、そして若い男性・・湖の中に浮かぶ寺と海の中の船の違いはあるけれど、"春夏秋冬そして春"と同じ孤立した世界を連想させる・・ その少女(ハン・ヨルム)は、老人(チョン・ソンファン)によって7歳のときに拉致され、以来
2007-11-13 00:34 : 茸茶の想い ∞ ~祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり~
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真紅さん、こんばんは。
スケベなじぃさんでしたねぇ。
ゼッタイ、フノーのクセに(笑)。
ボケたフリして息子の嫁さんのスカートの中に手入れるタイプですよ。

だけど、こんな言えば愛の変態絵巻を、
ヨーロッパ映画みたいに気どって描かないところが、
ギドクの男らしいところだと思います。ではでは♪
2007-05-19 20:12 : 栗本 東樹 URL : 編集
栗本東樹さま、こんにちは。コメントありがとうございます。
そうですね~、この映画別の視点で観ると「変態絵巻」ですよね。
青年も親を探すより、週刊誌の記者を連れてきたほうがよかったかもしれません(笑)
あの老人は逮捕ですよ。犯罪ですよね・・。

でも、そんな映画をここまで美しく欲望一直線に撮り切ったギドクに、私も脱帽です。
『魚と寝る女』今度観ますね。
ではでは、また伺います~。
2007-05-19 23:52 : 真紅 URL : 編集
お邪魔します~
今回、設定にちょっと嫌悪感をもちましたよ。
やっぱり・女性の方がそういう傾向あろうかと
思います。でもそうはいっても・・
水準の高い作品には違いないですよね。
サマリアの彼女・・小悪魔的でしたよね。
青年の手には絶対おえないでしょうね・・笑
私も・・ついていきますよ・
一緒にいきましょう~~♪・・・笑
2007-05-20 07:58 : みみこ URL : 編集
みみこさま、こんにちは。コメント&TBありがとうございます。
この作品、設定が物凄く非道徳的というか、批判されそうな感じですよね。
ギドクはいつも確信犯的にやってくれます。
ハン・ヨルムは『サマリア』でもとても印象的でしたが、今作でも魅力的でしたね~。
男性は皆メロメロなんじゃないでしょうか。
「ギドクコンプへの道」まだまだ先は長いですが、もちろんご一緒しますよ~よろしくお願いします!
ではでは。
2007-05-20 09:46 : 真紅 URL : 編集
真紅さん、こんにちはー。
"魂の交歓"シーンはお見事でしたよね。
ギドク作品はやっぱり水上ものがサイコーだなぁと感じています。
私はコンプならず、12作観た結果、強くそう思いました。
それから、台詞が少ないものが断然よいですね。
13作目のや初期作品はちょっと台詞が多めで、空気感が好みではなかったんですが・・・。
ハン・ヨルムちゃんホントに小悪魔的でした。
2007-05-20 19:31 : かえる URL : 編集
v-63真紅さん、こんばんは~v-63
私も、この作品、大好きなんです!!真紅さんがこれを見ていただいて、このような感想を持たれた、なんて、素晴らしいな・・・v-238
とっても、とっても嬉しいです!
そうなんですよね、不思議なまでに、魅力的な映像。わがままで身勝手な老人の恋なのだけれど、なぜだか、美しい、男と女の寓話のように思わせてしまうのは、もう、ギドクならではとしか言いようがなかったですよね!
2007-05-20 22:18 : とらねこ URL : 編集
かえるさま、こんにちは。コメント&TBありがとうございます。
そうですね、私も7作観た限りでも、ギドク=水のイメージがあります。
『魚と寝る女』は痛すぎる作品だと聞いて観てないのですが、近々観たいと思っています。
ギドクコンプはならなかったのですね、私もまだまだですがいつかは全作観たいなと思っています。
あのシーンは、ある意味全裸シーンより勇気が要ったのではないでしょうか。
ハン・ヨルムちゃん、あっぱれでした!
ではでは、またお伺いします~。
2007-05-21 02:34 : 真紅 URL : 編集
とらねこさま、こんにちは。コメントとTBをありがとうございます。
おお、矢が命中しておりますね♪
私も、ものすごく好きな映画です。魅了されてしまいました!
「倫理観と物語から受ける感動は別物」というご意見、なるほど~と思いました。
絶海という設定、あの映像美は素晴らしいですよね。
言葉がないのも寓話性を高めるのに一役買っているし・・。
ほんと、ギドクは凄いです。私もコンプ目指して頑張ります。
ではでは、またお伺いします~。
2007-05-21 02:35 : 真紅 URL : 編集
こんにちは♪
削除の件、了承いたしました。

この映画を見たのでTBさせていただいたのですが、ちょっと不調のようです(泣)
ギドク作品はまだ3作見ただけですけど、設定からしていつも惹かれますね。
どれも別の角度から見たら「えーー?」って感じですが、確信犯的にやっていると思います。
あのエ○ス(禁止ワードなのかしら、○にしないとコメントが入りませんでした)はなかなか出せるものではありませんよね。
男性監督はミューズに出会えると余計に感性を刺激されていい作品が撮れるのかもしれません。
2007-05-21 08:31 : ミチ URL : 編集
ミチさま、こんにちは。コメントありがとうございます。
お手数かけました、申し訳ありません。TBもいつもすんなり(?)いただけているのに、残念です。

ギドクの映画は私もまだ半分ちょっとしか観ておらず、とてもギドクマニアとは言えないのですけれど、凄い発想だなといつも思います。
観るのが痛すぎるような作品もあるのですが、最近は毒や怒りが薄まっているように感じます。
でもそれはあくまで表面的なもので、彼の内面はきっと変わっていないのでしょうね。
セリフの少ない中、ここまで観る者を惹きつける力は半端じゃないです。
また落ち着いたらお邪魔させていただきますね、ありがとうございました。
2007-05-21 09:02 : 真紅 URL : 編集
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