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映画が大好きです。いつまでも青臭い映画好きでいたい。 記事は基本的にネタバレありです by 真紅 (言葉を探す人)   ★劇場鑑賞した映画は Instagram にアップしています @ruby_red66

『原節子の真実』

原節子

承前

『東京物語』 その偏執的なまでのフレーム内フレーム、会話シーンの切り返しに 「これが小津調か〜」 と感激しながら、私は一人の登場人物に目が釘付けだった
「紀子」 という名の、亡くなった次男の妻 
「原節子だ…!」
彼女の映画を観るのは初めてだけれど一目でわかる
日本人離れした容姿と誰にも似ていないオーラ
唯一無二の存在感を放ち作品を支配している
今敏監督の 『千年女優』 を観たとき 「これは原節子がモデルなんだろうな」 と思った、その本人が生きて演じているのだ

世界の映画監督がベストワンに選ぶこの不朽の名作を私ごときが評価することはもちろんできない
ただ、もっともっと原節子を観たくなり 『東京物語』 とともに 「紀子三部作」 と呼ばれる 『晩春』 『麦秋』 を立て続けに観た
どちらも原節子演じる 「行き遅れ」(死語) の娘・紀子が嫁ぐまでの顛末を描いたホームドラマである

どちらの作品も価値観の古臭さは否めないものの、コミカルなシーンもあり 「意外と面白い」 というのが率直な感想
すっかり原節子に魅了されてしまった私が次にしたのは石井妙子氏のノンフィクション 『原節子の真実』 を読むこと

2年前に読んだ 女帝 小池百合子 の感想(IGにアップ)に 「私は石井妙子氏を信じたいと思う」 と書いている
ノンフィクションといえど書き手のバイアスがかかるのは当然で、そこに現れる 「真実」 とは書き手の考えるそれであろうことを念頭に読み進めた

本作も力作であり、テーマが女性著名人であること、昭和日本の映画史となっていることは平成日本の政治史ともいえる 『女帝』 と似ているが、決定的な違いは著者の対象へのまなざしであろう
永遠の処女と呼ばれ第一線で活躍しながら突然映画界を去り、世間から50年以上身を隠した伝説の大女優・原節子への憧憬と好奇心は隠しようもなく行間から滲み出ている

小津安二郎との関係や北野武へ贈ったとされる数珠の逸話など、これまで 「既成事実」 とされていたことの 「真実」 を知れたことは幸いだった
しかし彼女と 「義兄」(原節子の姉の夫、映画監督であり思想家の熊谷久虎) との関係については理解に苦しむし、正直嫌悪感でいっぱいになる

黒澤明の名作 『羅生門』、黒澤が望んだ主役の第一候補は原節子であり、それを許さなかったのは 「義兄」 であったと本書にはある
あの京マチ子が原節子だったら、、、どうか想像してみてほしい
喉から手が出るほど欲しかった役柄を潰され、恋愛から遠ざけられながらなぜ彼女は 「義兄」 に執着したのか? 
彼女ほどの逸材を羽ばたかせキャリア形成を助けるブレーンが他にいなかったのかと、一映画ファンとして悔しく、残念に思う
「義兄」 との一蓮托生を望んだのが原節子本人であったことは紛れもない 「真実」 であったとしても

戦前、戦中、戦後の日本映画界と、それを支えた原節子以外の人物たちについても数多く言及されている
映画は 「芸術」 とはほど遠い下等なものとされていたこと
女優がいかに見下された存在であり、低い地位に貶められていたか
同年代だった山中貞雄と小津安二郎は戦地に赴き、黒澤明は徴収さえされなかったこと(それは軍部と近い関係にあった東宝の口利きによるものであったという)
そして山中貞雄はひとり戦地で命を落とす
小津の悲しみ、悔しさはいかばかりだったことか
戦後、小津が黒澤に対して複雑な感情を抱いたとしても無理はないと思える
そんな彼らの 「ミューズ」 だった原節子もまた、彼らと同じく戦争の犠牲者だったのだ

今回新しい外国映画を観て、古い日本映画を知ることができた(温故知新の逆?)
今まで古い映画(特にモノクロ作品)は敬遠してきたところがあるのだけれど、これからは意識して観ていきたいな、と思ったり。。

( 『原節子の真実』 石井妙子・著/新潮文庫 )
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テーマ : 俳優・女優
ジャンル : 映画

2022-08-08 : 読書 : コメント : 4 : トラックバック : 0
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そう……真実ね。
真紅さんへ。
こんにちは。
熱波の日々……如何お過ごしですか?
僕の初大阪はこんな熱波の8月でした……40年前ですけど(苦笑)
高速バスを降りたらスニーカーがアスファルトにくっ付いたの(爆)
さて、面白そうですね……読んでみようかな。
茅ヶ崎の海岸からほど近いところに「茅ヶ崎館」と言う宿があります。
その昔、小津が籠って脚本を書いたそうです。
小津が泊まった部屋、原節子が泊まった離れ……。
今でも頼めば泊まることが出来ますよ。
僕は「午前10時〜」で「東京物語」を見た足で泊まりに行き、
小津が泊まっていた部屋で1晩過ごしました。
それから思いの外、食事がいいのです。
大女将の話しも当時を忍ばせて興味深いし。
眉を剃ってメーキャップテストを受けた京マチ子の逸話は有名ですけど、
原節子が真砂だったら……さて、どんなでしょうかね。
任じゃないのは分かり切っているけれど、そこは女優ですからね。
「ジキル氏とハイド氏」のバーグマンみたいに、
自分の柄じゃない役をやりたいと思うハズだし……。
興味深い本を紹介して下さってありがとう!
暑い大阪、気を付けてお過ごしくださいね!

ブノワ。
2022-08-09 13:45 : ブノワ。 URL : 編集
藪の中
ブノワ。さんこんにちは。コメントありがとうございます。
暑いですね、、、でも寒くもあります。
映画館とかビルの中とか寒いほど冷房が効いていて、寒暖差で身体がおかしくなりそうです。
冷暖房って難しいですよね、、。

ところで『東京物語』ですが、やはり午前十時で上映があったのですね。
近年は黒澤作品はあるのですが小津作品はないような、、、また復活してほしいです。
湘南茅ケ崎の宿、いいですね~。映画を観てその足でなんて、、、素敵すぎる!!
小津のお墓が北鎌倉にあると聞き、墓参したいなと思ったりします。
その前にもっと作品を観ないといけないですけど。

この本は文庫になっていますし、とても読みやすいです。
古い日本映画に興味がある方なら、尚更面白く読めるのではないかと思います。
バーグマンと言えば、この本によると原節子はバーグマンに憧れていたそうです。。
うちの母もバーグマンが好きと言っていたなぁ。

コロナも大変なことになって身近にヒシヒシと迫っておりますが、なんとか無事に過ごせますように。
ブノワ。さんもご安全に。そしていい映画観ましょう!

真紅拝
2022-08-09 19:05 : 真紅 URL : 編集
No title
真紅さん、こんばんは。

ご心配かけました、コメントありがとうございます。
「原節子」紀子3部作ご覧になったんですね。
小津映画好きの息子と以前観たのですが、食いしん坊なので「麦秋」のケーキのシーンが一番印象に残ってたりします。

なんとも不思議なおかしみ?もありますよね。小津作品におかしみ?なんて言っていいのか分かりませんが・・・。 

>『羅生門』、黒澤が望んだ主役の第一候補は原節子
知りませんでした!!ビックリーー!!
あの役が彼女だったら・・・・、うわーー、想像しちゃいます。
原節子さん自身については全く知らないことばかりなので、本作読んでみたいです。息子に読んでるか、聞いてみよう(笑)
2022-08-17 20:39 : 瞳 URL : 編集
No title
瞳さん、こんにちは。こちらこそコメントありがとうございます。
すみません、まだ治療中でいらっしゃるのに。。
どうぞご無理のないようになさってくださいね。
わー、息子さん小津映画お好きなのですね♪
うちは『東京物語』しか観てないらしいのですが高評価でしたよ。
(前のエントリで書いた「ノーラン信者でも『東京物語』を高評価する」、というのは息子のことなんです)
『麦秋』のケーキのシーン、そうそう。子どもが起きてきたら隠すところなんて笑いましたよね。
小津監督って生涯独身だったのに、家族の物語を描き続けたところが不思議だなーと思います。
原節子さんに関しては、たくさんの関連本があるそうですね。
私はもちろんこの本しか読んでないのですが、今まで通説とされていたことを覆しているらしいです。
毀誉褒貶あったと思いますが無言を貫いた、、、簡単にできることじゃないですよね。
本当に凄い女性だと思います。かくありたい(笑)
2022-08-18 17:53 : 真紅 URL : 編集
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