Fから始まる~『ゴッズ・オウン・カントリー』

GOD’S OWN COUNTRY
英国・ヨークシャー。家族経営の小さな農場を営むジョニー(ジョシュ・オコナー)は、病身の父(イアン・ハート)と祖母(ジェマ・ジョーンズ)との三人暮らし。行き場のない空虚な毎日を半ば自暴自棄に過ごす彼の元に、ルーマニア移民の季節労働者・ゲオルゲ(アレック・セカレアヌ)がやってくる。
本作は2017年に各国で公開され、絶賛を浴びたインディペンデント映画。2018年7月13日に、第27回レインボー・リール東京 ~東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で日本初上映されたけれど、公開は未だ決まっていない。「英国版ブロークバック・マウンテン」 なんて評判を聞いたら、観ないでいられようか? US版BD、英語字幕にて鑑賞。初めて円盤を未見購入してしまった。少し前に 『君の名前で僕を呼んで』 のUS版BDを購入していたので、海外版の円盤を買うことに抵抗はなかった。
「人は変わることができる」。どんな人間でも、やさしさで包み、傷を癒してくれる誰かに出逢うことによって変わることができる。そんな希望を強く強く感じさせてくれる作品だった。監督と主演の二人によると本作は 「Brexitに関する物語」 らしいのだけれど、それは傑作と呼ばれる映画が図らずとも時代性を帯びるということであり、歴史の文脈の中で後付けに定義されたレトリックに過ぎないだろう。
「ウィンストン・チャーチル没後50年」 とテレビで語られる場面があるので、時代設定は2015年頃。空っぽの目をして、人生に向き合うことを恐れていたジョニー。前後不覚になるまで痛飲し、吐き気とともに目覚め、行きずりの f*ck(それはセックスですらない)で欲望を紛らわせていた彼の変化を、ジョシュ・オコナーが大胆かつ繊細な表情演技で見せてくれる。(彼は本当に凄いことを成し遂げていると思う。これ一作で大ファンになりました)
どうしようもなく鬱屈したジョニーだけれど、彼は本質的には悪い人間ではない(そもそも、本質的に悪い人間、生まれつき悪い人間などいるのだろうか?)。それは、ジョニーが酪農仕事をする最初のシーン、妊娠した牛の背を撫でる彼の手の動きを見ればわかる。そして彼の孤独は、家を出た母に起因していることも。ゲオルゲに母を語るジョニーは、(世の男性のほとんどがそうであるように)母を責めない。「母さんはあんまり幸せじゃなかった、よく憶えてないけど」 と。
そんなジョニーの孤独を感じ取り、傷を癒し、心を溶かしてゆくゲオルゲ。彼がまとう素朴なのにどこか謎めいた雰囲気、言葉少なな代わりに雄弁に語る瞳、弱きものたちに触れるその手の、やさしく繊細な動き。ジョニー同様、それらに私も痺れまくった。テーブルに花を飾り、パスタの味を調える彼の仕草の一つひとつが尊過ぎる! あまりにも完璧に素敵な人なので、「ルーマニアに残してきた妻子がいる設定だったらどうしよう」 と心配になるほどだった。
彼らが最初に身体を交わす場面は暴力的なまでに強烈で、まさに 「f*ck」 ではあるが、それは絶対に必要な描写であったのだと、この映画を最後まで観れば納得する。身体を貪ることしか知らないジョニーに、ゲオルゲは互いを慈しむこと、触れ合うことの意味を教える。言葉ではなく眼差しと指の動きで導くその行為はまさしく 「makeLoveメイクラブ」 であり、欲望のままに相手を組み伏せる行為とは対極にある、崇高で美しいシーンとして記憶に残るのだ。
ジョニーが変わることで、そのやさしさは頑なだった父や祖母にも伝染する。主演ふたりはもちろんだが、父イアン・ハートと祖母ジェマ・ジョーンズの演技がまた素晴らしい! そして子羊が、子羊が・・・。あり得ないほどの可愛さと名演技で、私を腑抜けにする。
風の音。二人きりの山で羊の世話をする青年。荒涼とした寂しく美しい風景。じゃれあう二人を遠くから眺める人物。焚き火。水浴びと水遊び。そしてシャツ、ではなくてセーター。まさに 『ブロークバック・マウンテン』 感満載であり、『ブエノスアイレス』 の残像も感じられる。二人が最後に交わすセリフはFワードでありながら伏線を回収し、更に感動を呼ぶという離れ業であり、2018年の№1キラーセンテンスと思われたcall me by your name. にも匹敵する。初監督・初脚本のフランシス・リー、恐るべし、なのだ(ちなみにあのセリフが日本語字幕でどう訳されていたのか、とても興味がある)。
作り手が描きたいビジョンを明確に持ち、優れた俳優と優れた脚本でぶれない映画作りをすれば、たとえ低予算でも傑作になり得るのだと思う。この映画にはフランス文学もギリシア哲学も、ピアノもアプリコットもまばゆい夏の陽光もない。そこにあるのはただ切実な生活の厳しさと、美しいが過酷な労働が待つ大地だけ。しかしだからこそ、雲間から差すただ一筋の光が、ふたりの貧しき羊飼いへの祝福のように輝くのだ。『GOD’S OWN COUNTRY』 = 「神の恵みの土地」。この恋愛映画の極北と呼ぶべき作品が、日本で劇場公開されないことが何とももどかしく、歯がゆい気持ちでいっぱいになる。
『ブロークバック・マウンテン』 日本公開から12年。大きなスクリーンで、日本語字幕で、サラウンドな音響で、ヨークシャーの光と風を感じてみたい。

(過去記事) God's Own Country
( 『ゴッズ・オウン・カントリー』 監督・脚本:フランシス・リー/
主演:ジョシュ・オコナー、アレック・セカレアヌ/2017・UK)
- 関連記事
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- 自由と解放~『ゴッズ・オウン・カントリー』#2 (2018/07/28)
- Fから始まる~『ゴッズ・オウン・カントリー』 (2018/07/17)
- God's Own Country (2018/06/07)
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「何でオレだけ……。」
いつもジョン・サグスビーは思う……。
幼なじみたちは街に出て大学に通い、
そこはかとなく都会の匂いをまとって折々に帰郷する。
「アンタ、昔は面白かったのに……。」
「現実を知るまではな……。」
...
2018-12-25 21:17 :
匂いのいい花束。
イギリスはヨークシャーの広大で美しい農場で、1組の男同士のカップルが織り成す愛の物語。…なのであるが、いわゆる「コレ系」の作品の中でも、同性同士なのだというよりも、普通の男女の恋愛物語のように感じられた。ちょっと置き換えてみるといい。ルーマニアから農場の手伝いにやって来た無口な女。農場の息子は最初彼女のことを下に見ていたが、愛の営みによって形勢は逆転する。2人して羊の出産を補助する為に山籠り...
2019-02-15 12:45 :
ここなつ映画レビュー
ゴッズ・オウン・カントリー(2017)
GOD'S OWN COUNTRY
上映時間 104分
製作国 イギリス
監督: フランシス・リー
製作: マノン・アルディソン
ジャック・ターリング
製作総指揮: ディアミッド・スクリムショウ
アナ・ダッフィールド
メアリー・バーク
セリーヌ・ハダド
ポール・ウェブスター
カヴァ...
2019-02-19 15:46 :
ちょっとお話
「神の恵みの地」と呼ばれるヨークシャー地方。
年老いた祖母や病気の父に代わり、牧場の仕事をする青年ジョニーは孤独な労働の日々に心遊み、お酒におぼれる日々を送っていた。
そんな時、父は、羊の出産シーズンのため手伝いにルーマニア移民の季節労働者ゲオルゲを雇うことに。
反発するジョニーだったが・・・・・。
2019-09-22 11:14 :
Slow Dream
後味最高な映画。
2019-10-16 09:24 :
ポコアポコヤ 映画倉庫
コメントの投稿
こんにちは。
真紅さん、こんにちは。
ようやく観ることが出来ました。
ヨークシャーの美しいけれど寒々とした風景と、ジョニーの閉塞感。
画面から温度が見事に感じられる映画でした。
ゲオルク、あれは惚れるわ~(笑)
なんて優しい手の動き!!
>完璧に素敵な人なので、「ルーマニアに残してきた妻子がいる設定だったらどうしよう」 と心配になるほどだった。
分かりますーー!!ナニモノーー!?って思いましたよ。
>ジョニーが変わることで、そのやさしさは頑なだった父や祖母にも伝染する
そうでしたね。父の「ありがとう」の言葉、泣けました。
ああいう土地で不自由になった身体、どんなにもどかしかったことでしょう。
ようやく観ることが出来ました。
ヨークシャーの美しいけれど寒々とした風景と、ジョニーの閉塞感。
画面から温度が見事に感じられる映画でした。
ゲオルク、あれは惚れるわ~(笑)
なんて優しい手の動き!!
>完璧に素敵な人なので、「ルーマニアに残してきた妻子がいる設定だったらどうしよう」 と心配になるほどだった。
分かりますーー!!ナニモノーー!?って思いましたよ。
>ジョニーが変わることで、そのやさしさは頑なだった父や祖母にも伝染する
そうでしたね。父の「ありがとう」の言葉、泣けました。
ああいう土地で不自由になった身体、どんなにもどかしかったことでしょう。
2019-09-22 11:13 :
瞳 URL :
編集
ありがとうございます!
瞳さん、こんにちは! コメント&TBありがとうございます~!
わ~いわ~い観ていただけたのですね?
ありがとうございます ← 関係者もどき発言
この映画、自分の感想を読んで思い出すだけでも涙してしまいます。
最近は観ていないのですが、2018年に一番ハマった作品でした。
この感想を書いた時点では日本公開もソフト発売も未定だったのです。
それがまさかの全国公開、円盤も出てこうして瞳さんにも観ていただけて。。。
本当にうれしいです。夢って叶うんですね。
後ほど伺いますね。
わ~いわ~い観ていただけたのですね?
ありがとうございます ← 関係者もどき発言
この映画、自分の感想を読んで思い出すだけでも涙してしまいます。
最近は観ていないのですが、2018年に一番ハマった作品でした。
この感想を書いた時点では日本公開もソフト発売も未定だったのです。
それがまさかの全国公開、円盤も出てこうして瞳さんにも観ていただけて。。。
本当にうれしいです。夢って叶うんですね。
後ほど伺いますね。
No title
真紅さん、やっと見たよ!
いやーー、すっごく良い映画だね。
真紅さんの思い入れ、この映画に関する沢山の記事、拝見させてもらったよ。
最初は限定公開だったのが、どんどん全国に広がって行く経緯を、ブログの記事で次々見て、胸がいっぱいになったよ。
本当に良かったね!!
こんなに多くの人の目に留まる様になったのも、真紅さんのSNSでの発信が、きっと力になったに違いないよ。
いやーー、すっごく良い映画だね。
真紅さんの思い入れ、この映画に関する沢山の記事、拝見させてもらったよ。
最初は限定公開だったのが、どんどん全国に広がって行く経緯を、ブログの記事で次々見て、胸がいっぱいになったよ。
本当に良かったね!!
こんなに多くの人の目に留まる様になったのも、真紅さんのSNSでの発信が、きっと力になったに違いないよ。
2019-10-16 09:18 :
latifa URL :
編集
No title
latifaさん、こんにちは~。コメント&TBありがとう~。
>いやーー、すっごく良い映画だね。
ありがとう(涙)。
これもう一年以上前なんだよね。早いなー。
映画祭で上映されてのむコレが決まって、全国公開、DVDも出て、、、
ってホント夢のような展開だったなぁ。
私はホント、勝手に思い入れだけでひとり上映運動(笑)してただけだけど、
私財を投じて買い付けてくださった方には本当に感謝だわー。
今もこれからも、この映画に出会って好きになってくれる人がいると思うと本当にうれしい!
ありがとう! 後ほど伺います!!
>いやーー、すっごく良い映画だね。
ありがとう(涙)。
これもう一年以上前なんだよね。早いなー。
映画祭で上映されてのむコレが決まって、全国公開、DVDも出て、、、
ってホント夢のような展開だったなぁ。
私はホント、勝手に思い入れだけでひとり上映運動(笑)してただけだけど、
私財を投じて買い付けてくださった方には本当に感謝だわー。
今もこれからも、この映画に出会って好きになってくれる人がいると思うと本当にうれしい!
ありがとう! 後ほど伺います!!