中東までの距離~『パレスチナ・ナウ/戦争・映画・人間』
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 四方田犬彦氏が映画史家として自らの映画体験を総括し、とりわけイスラエルと
パレスチナ映画について分析、考察、パレスチナ問題の複雑さを我々に提示してく
れる一冊。我々とは、中東近代史、パレスチナ人とユダヤ人をめぐる体系的な知識
を持つ機会に恵まれず、映画『ミュンヘン』を撮ったスピルバーグに道徳的勇気を認め、
あの映画が「イスラエルとパレスチナを対等に見ようとしている」という素朴な感想を
持った私自身のことだ。

 本書ではまず、ここ数年で世界のパレスチナ観に対して最も決定的な影響力を持
ったと思われる映画『ミュンヘン』に対しての論考で始まる。著者はこの映画を、一見
二つの対立しあう民族を公平に描いているように見えて、実は巧妙に歴史を単純化
し、パレスチナ解放闘争の真実を隠微していると説く
。ミュンヘンにおける「黒い九月」
人質事件は、シオニストとパレスチナ難民との長年にわたる抗争の一コマに過ぎず、
パレスチナ人の「テロ」行為が諸悪の根源であるかのようなスピルバーグの描き方を鋭
く批判する。

 勿論、この本を読んだからと言って私自身のミュンヘン観を取り下げるつもりは
ない。終わり無き負の連鎖が生み出し続ける悲劇を、スピルバーグが彼なりに撮り
切った力作であると思うことに変わりはない。しかし著者の論考は非常に説得力を
持ち、膨大な知識と経験に裏打ちされた文章には無条件に引き込まれる。『ミュンヘン』
に続いて紹介される、「自爆テロ」にいたるパレスチナ人の内面の葛藤を描いた作品
『パラダイス・ナウ』は2007年3月、東京のみで単館公開されるという。DVD化された
ら必ず観たいと思っている。

 パレスチナ人とユダヤ人の抗争と共存を主題とする映画たちが語られ、イスラエ
ル建国が生んだ矛盾と破壊
、50年以上にわたる支配と抵抗の歴史が浮かび上がる。
バルカン紛争の舞台、旧ユーゴスラビアの映画についても触れながら、最終章では
1970年代から現在までの日本映画とパレスチナとの関わりに言及し、古居みずえ、
佐藤真、足立正生らによって撮られ、2006年に公開された三本のフィルム(『ガーダ』
『OUT OF PLACE』『幽閉者』
)が紹介される。

 映画はエンターテインメントではあるけれど、政治的背景から完全に自由な映画
もまたあり得ない。映画を観た後、遠い中東世界の成り立ちや戦争と平和について、
時には思いを馳せてみるべきかもしれない。

『パレスチナ・ナウ/戦争・映画・人間』四方田犬彦:著/作品社・2006)
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[2007/02/21 18:17] | 読書 | トラックバック(3) | コメント(7) |
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コメント
真紅さん、こんばんは。
TBありがとうございます。
関連記事でもジャンジャン送ってくださいね。
俺も 『ミュンヘン』 は大好きな映画だし、
真紅さんが抜粋してる著者の意見には、
軽く違和感を覚えたりもするんですけど、
それはそれとして面白そうな本ですね。
真紅さんは勉強熱心だ(笑)。

実は 『幽閉者』 のほかに、
『ガーダ』 と 『OUT OF PLACE』 についても、
ずいぶん前ですがレビュー書いてんです。
なので併せてTB返しさせてくださいね。
[2007/02/21 20:42] URL | 栗本 東樹 #NozZD2n6 [ 編集 ]
栗本さま、こんにちは。コメントとTBをありがとうございました。
この本、とっても面白いというか、わかりやすかったです。
私の中東問題に関する知識は小学生レベルなのですよ。
(まじで。高校で世界史未履修なので基本的知識がゼロなんです)
今大人になって曲がりなりにも「文化」に触れると、余りにも知らないことが多くて情けなくなるんですよね・・。
だから勉強というか、『ミュンヘン』観たらもう少し詳しく知りたいな・・と思ったんです。
広範な映画をご覧になっているのですね。『パラダイス・ナウ』のレビューも楽しみにしておりますね。
ではでは。
[2007/02/21 22:02] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2007/02/22 21:59] | # [ 編集 ]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2007/02/22 22:33] | # [ 編集 ]
こんにちは。コメントありがとうございます。
記事に追記しようかとも思いましたがこちらレスさせていただきますね。
山口淑子さんについても、少しですが記載されていました。
パレスチナ問題のTV報道を3年ほど続けられたのですよね。
四方田氏の本は、小難しい表現を使わず、わかり易く書かれているのでありがたいです。
またお話できる日を楽しみにしておりますね。ではでは!
[2007/02/23 10:53] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
真紅さん、こんにちは。
この本の存在はずいぶん前から気になっていたのですが、手にとって読もうという気になったのは、本書を年間ベストに入れていた真紅さんのおかげですー。
ありがとうございました!
パレスチナ・イスラエル関係映画といえば、先日、アモス・ギタイ監督、ナタリー・ポートマン出演の『フリー・ゾーン』がDVDリリースされましたので、よろしかったら観てみてください。
女優のハンナ・ラズロだったかがどこかの映画祭で賞をとった作品でもあります。

余談ですが、今さら失礼かもしれませんが、、
「真紅」ってなんて読むのですか??!
実は先日、とらねこさんとオフラインでお話をした際、互いに違う読み方で呼んでいた事実に気づいたのでした。(^_^;
[2008/02/01 07:26] URL | かえる #LkZag.iM [ 編集 ]
かえるさま、こんにちは。コメント&TBをありがとうございます。
この本は、本当に読み応えがありしかも難解でもなく、多くの方に読んでいただきたいと思っていました。
読んでいただいて、こちらこそ記事にした甲斐がありました。感謝です~。
ナタリー主演ということは、イスラエル関係の映画なのでしょうか・・・。
チェックしてみますね、ありがとうございます。

さて。「真紅」って、何て読むんでしょうね~、わはははは。
「しんく」ですよ。「しんくのしんきんぐでいず」なんです。
「think」ですね、平たく言うと(どこが平たいんじゃ・・)。
「真」という字と、赤色が好きなので、HNにしております。
というわけで、今後ともよろしくお願いします~。
[2008/02/01 14:36] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
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