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映画が大好きです。いつまでも青臭い映画好きでいたい。 記事は基本的にネタバレありです by 真紅 (言葉を探す人)   ★劇場鑑賞した映画は Instagram にアップしています @ruby_red66 ★Stay Blue

オゾンの遺言~『ぼくを葬る』

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 またひとつ、「決して逃げず、引き受け、愛し、立ち去る」人間のドラマを観た。
がゆるぎなくそこにあるとき、一人の男はそれとどう向き合い、受け入れ去って
ゆくのか。監督・脚本はフランソワ・オゾン、主人公の内面を静かに見つめ、清廉
な生と死のありようを美しい映像の中でリアルに描き出していく。

 ファッション・フォトグラファーとして成功しつつある、31歳の美しいゲイ男性
ロマン(メルヴィル・プポー)は、ある日突然末期癌で余命3ヶ月と宣告される。
祖母以外の家族やパートナーには真実を告げることなく距離を置き、休暇を取
って仕事を忘れ、人生最期の日々に一人向き合うロマン。

★以下、内容に触れています★

 彼の最期の日々は、いわゆる「死への心理の五段階」否認、怒り、取引、抑うつ、
受容
、といった型通りには進まない。彼は告知された後、否認することなく死を
受容したように見えるし、抑うつ状態も最低限の描写しかされない。怒りは軋轢
のあった姉への言葉の暴力として表現され、「子作り」の依頼に応じることが取引
だととれなくもない。もちろん彼の胸は悲しみに溢れているし涙も流すけれど、
絶望に打ちひしがれはしない。

 自分を貫くことは孤独を引き受けること。それを知っている「似たもの同士」の
祖母(ジャンヌ・モロー)にだけは、死期が近いことを伝えるロマン。恋愛感情
に近いのではと思えるほど、深く細やかなふたりの愛情が胸を打つ。

20070122121644.jpg

 祖母と別れ際、写真を撮るロマン。パートナーの寝姿、姉と赤ん坊、彼の撮る
写真は商業的なファッション・フォトからパーソナルなものへと変化していく。
そして彼は最期までカメラを手放すことはない。

 フォトグラファーである彼は、写真とは被写体との関係性を撮るものだと本能
的に知っていたのだろう。ロマンが撮っていたのは自らの内面であり、祖母の家
で昔のアルバムを開いたように、写真は見られることで生き返りうることをも、
彼はわかっていたのだろう。

 ロマンは幼い頃の自分と何度も出逢う。これは彼の生が輝いていた頃への憧憬
であり、死ぬことは生まれる前の世界に還ることだという暗示でもある。

 元恋人と「最後にセックスしたい」という願いは叶えられなかったけれど、違う
形で、彼は自分が生きた証を遺すことができた。性描写がかなり過激だし、「子作り」
という依頼があまりにも荒唐無稽で受け入れ難いと感じる向きもあるだろう。し
かし彼が求めたものはあくまでも生の温もりであり、その結果授かった命は決し
て無意味でも、ただのエゴでもないはず。

20070122121811.jpg

 ロマンを演じたメルヴィル・プポーが素晴らしい。オーランド・ブルームをも
う少し精悍に、鋭さを加えたような美貌。やせ衰え、髪を切り、海辺でひとり、
沈む夕陽とともに永眠するラストシーンの感動に、エンドロールの波の音が重な
る。
説明的描写・セリフを一切排し、90分弱という尺の中で、濃密に生と死の折
り合いをつけたフランソワ・オゾンの手腕。見事です。

『ぼくを葬る』監督:フランソワ・オゾン
        主演:メルヴィル・プポー、ジャンヌ・モロー/2005・仏)
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テーマ : ★おすすめ映画★
ジャンル : 映画

2007-01-22 : BD/DVD/WOWOW/Streaming : コメント : 15 : トラックバック : 8
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2007-01-25 15:08 : ちょっとお話
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2010-05-11 11:43 : シネマな時間に考察を。
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非公開コメント

真紅さん、こんにちは。
素晴らしかったですね、映像も、配役も、勿論ストーリーも。
自分の命の時間が限られた時こういう選択肢もあるのだと知りましたが、それにはとても強い心が必要だという事も、、、。
消えつつある自分の命と、仕事、家族、恋人、新しい命の対比がとても簡潔に、でも冷たくはなく、描かれていて考えさせられます。そして今生きていく事は死への準備であるということ、間違いなく死へ向かって生きているという事、ロマンに限らず、私たち全てがそうであるという事を強く思わざるをえませんでした。
真紅さんの「決して逃げず~」、まったくその通りで、もう私がこれ以上何か言う事もないですね!
鮮やかな夕陽が闇に変わっていくラストシーンは忘れられないものとなりました。この映画に出会えて良かった。

ジャンヌ・モローの色気さえ感じられる存在感、圧倒されます。映画公開時に新作紹介TV(CS)でメルヴィル・プポーのインタヴューを見ました。「僕はロマンのような選択はしない。子供と一緒にいたい」と言ってたのが印象的。
こんなに美しい人があのようにやせ細って、、、演技者って本当にすごい!と思いました。
2007-01-22 16:31 : kママ URL : 編集
真紅さま、こんばんは♪
tbとコメントをいただき、ありがとうございました。
ほんとエゴではなかったですよねえ。
祖母との関係がすごくよかったです。メルヴィル・プポーはこの役にどんぴしゃでしたね。他の人では、もしかするとナルシストに映ってしまったかも・・なんて思いました。
ただ、ラストは私は、人がたくさんいる中で横たわるのはイヤだよ~、最初から一人がいいよぉ~、ついでに服も着る~などと、アホなことを感じたんでした(笑)
2007-01-22 22:14 : 武田 URL : 編集
真紅さん、深い!
真紅さん、ご覧になったんですね♪
「オゾンの遺言」…さすが真紅さんですね!
そうかぁ、監督が自身を深く見つめた作品でしたものね!
いつもながら、鋭くて深いレビューですね!!
>自分を貫くことは孤独を引き受けること
ロマンも祖母も強い人でしたね。
TBさせて頂きました。
2007-01-22 23:28 : fizz♪ URL : 編集
kママさま、こんにちは。コメントありがとうございます。
自分の命の期限を知ったときどう生きるか、という主題の物語は多くありますが、この作品のようなアプローチは珍しいかもしれませんね。
大抵は、周囲の人との温かな交流や愛を描くと思います。
だから受け入れられない、という方も多いと思うのですが、私もkママさまと同じく、この映画に出逢えてよかったと思いました。
私はいざ死期が近いと知ったらバタバタ騒ぐかも、と思います。
ロマンのようにはとても生きられないですし、共感するとも言えませんが、彼なりに命について真摯に考えていたところは学びたいと思いました。
本当に、ラストシーン美しかったですね!あれは映画館で観ていたら尚更忘れられないものだっただろうと思います。
ジャンヌ・モロー、すっかりおばあちゃんですけれど貫禄ですね。
CSで、そんなインタビュー番組があるのですか!いいですね~。。
メルヴィル・プポー、惚れました(笑)。
ではでは、また遊びにいらして下さいね!
2007-01-23 09:28 : 真紅 URL : 編集
武田さま、こんにちは。コメントとTBをありがとうございます。
本当に、メルヴィル・プポー熱演でしたね。。技巧をこらしているわけではなく、自然体というのとも違う・・。
表現が難しいのですがとてもよかったですよね。
アップになる度に「なんて美しいの・・」と溜め息モノでしたわ。
美しいラストでしたが、私もイヤですよ~、実際ああなるのは(笑)
でもね、いいのよロマンが横たわると!美しいんだから・・←結局それかい!
また伺いますね~。
2007-01-23 09:29 : 真紅 URL : 編集
fizz♪さま、コメントとTBをありがとうございます。
そうなんですよ、この作品、ものすごく監督自身を投影していると思いましたよね。
「遺言」なんて書いてしまいましたが、ロマンが写真を遺すように、オゾンもこの映画を遺すのか・・とか思ってしまいました。
鋭くて深い、というのはこの映画ですね。この映画を受け取れて感想が書けて、すごく幸せでした。
私も強く生きなければ・・。
ではでは。また覗いてみて下さいね。
2007-01-23 09:30 : 真紅 URL : 編集
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2007-01-23 21:46 : : 編集
こちらにも。
波の音は印象的でしたよね。
余韻が残る終り方でしたわ。
それにしても、だんだんやつれていく彼。
いたたまれなかったですよね。
祖母との会話で少しでも心の重みが
軽減できたのではないかな・・。
メルヴィル・プポー熱演でしたね。
フランス映画らしい・・作品でした♪
2007-01-25 15:25 : みみこ URL : 編集
みみこさま、こちらにもコメント&TBありがとうございます。
オゾン作品は『まぼろし』しか観てないと思うのですが、もっと観てみたいと思いました。
あのおばあちゃんとだけは、幼い頃から心が通い合う感覚があったのでしょうかね・・。
メルヴィル・プポー素敵でしたね~♪ ではでは。
2007-01-25 16:43 : 真紅 URL : 編集
真紅さん、こんばんは~!お久しぶりです☆
今日『ぼくを葬る』を観ました!レンタル屋さんに行ったらちょうど目のつくところにあって、そういえば真紅さん宅で紹介されていたな~と思い出し、つい手にとってしまった次第です。

ううぅ、切ない。見終わった後、胸が重かったです。いろいろ考えさせられました。くすん。
それにしてもメルヴィル・プポーさんの演技、すばらしかったです!またこの人の演技を見てみたい!と思いました☆

それではまたお邪魔しますね♪
2007-02-11 23:56 : kabio URL : 編集
kabioさま、こんにちは。コメントありがとうございます。
お久しぶりですね、お忙しそうですがお元気ですか?
「死」というテーマ自体切ないものなのに、ロマンの若さと美しさ(!)で切なさ倍増でしたね。
メルヴィル・プポーさんは久しぶりの映画出演だったそうなのですが、本当に素晴らしい演技でした。
美しかったわ・・。
また是非遊びにいらして下さいね。私も伺います!ではでは。
2007-02-12 01:07 : 真紅 URL : 編集
主演のメルヴィル・プポー、オーリーに似てない!?と
いっしょにDVD鑑賞していた娘と騒いでいました。
今自分の方のコメントにも書いたんですけど真紅さんの文章の中にも
オーリーの名前が出てきてニヤリです( ̄m ̄*)

余命を知った彼が打ち明けたのはおばあさんだけだったでしょ。
今夜おまえと死にたいという祖母の言葉には胸が熱くなりました。
何も言ってもらえない親の気持ちは・・・・と自分はもう親の立場なので
すごくそんなことを感じてしまったんですが、それが
彼の選んだ最期の生き方だったんですよね。。。
ラストの海辺のシーン、いつまでも続く波音が心に残ります。
2007-08-15 23:30 : ジュン URL : 編集
ジュンさま、こんにちは。コメント&TBありがとうございます。
お嬢さんがいらっしゃるのですね!しかもこの映画をご一緒に鑑賞されるくらいの娘さん・・・。
いいですね~、うらやましいです。私は娘がいないので。。
メルヴィル・プポー、似てますよね~、オーリーに!!
すっごく素敵な俳優さんだなぁと思いました。

親子の関係って難しいですよね。
無償の愛情で結ばれているはずですが、気の合わない親子もいる。
子に黙って去られるのは辛いと思いますが、それがその親子の関係なのだと思います。
ラストシーンが本当に美しかったですね。
ではでは、またお伺いします。
2007-08-16 12:00 : 真紅 URL : 編集
こちらにも、
ブロークバック・マウンテンと同じ思いで書いた「ぼくを葬る」TBさせていただきますね。
2007-08-30 16:22 : シュエット URL : 編集
シュエットさま、こちらにもコメントとTBをありがとうございます。
劇場で観られたのですよね、とっても羨ましいです!!
素晴らしい映画でした。感想、読ませていただきますね。
たくさんのコメントありがとうございました。ではでは、後ほど。。
2007-08-30 17:29 : 真紅>シュエット様 URL : 編集
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