終わり無き負の連鎖~『ミュンヘン』
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 1972年9月、バレスチナゲリラ「ブラック・セプテンバー(黒い9月)」によって、
ドイツ・ミュンヘンオリンピックに参加していたイスラエル選手団11人が殺害された。
イスラエル政府は報復として、諜報機関モサドから暗殺チームを結成し、事件の指導
者11人を殺害してゆく。史実に基づく事件を題材にし、フィクションの形をとった
本作は、実行犯自らが著したという『標的(ターゲット)は11人 モサド暗殺チームの
記録
』(新潮文庫刊)を参考図書とし、自らもユダヤ系アメリカ人であるスティーヴン
・スピルバーグ
がメガホンを取った問題作だ。

 163分という長尺に「ありえない長さ」だと思って尻込みしていたのだが、観始める
と引き込まれ、長さは全く苦にならなかった国家(土地)を守りたいイスラエルと、
取り戻したいパレスチナ。両者の血で血を洗う報復合戦殺戮場面は悲惨の極み
が、不思議と映像から嫌悪感は受けなかった。そこには作り手の真摯なメッセージ
がある。暴力を暴力で征する虚しさと、憎悪と怨恨が連鎖してゆく恐怖

 映画は暗殺チームの諜報員たちを鍛え上げられた不死身のスーパーマンとしてで
なく、ごく普通の市井の人間として描いている。リーダーのアヴナー(エリック・バナ)
は「リーダーに統率力がなさすぎる!」とメンバーから叱責される気弱と言ってもいい
ほどの男だし、料理好きで妻子を愛するごく普通の男だ。その彼がテロリストとし
て活動し、敵や仲間の死に接し、人間性を恐怖と猜疑心に蝕まれていく様からは目
が離せない。背が高すぎてネクタイが常に短めのエリック・バナは、その「普通」の雰囲気
をうまく醸し出していたと思う。他のメンバーたちもよかった。話題の人、「」のダニエル
・クレイグ
も、碧い瞳と「ザ・逆三」なカラダが印象的。彼のニュー・ボンドがますます
観たくなった。

 黒い「9月」、11人の犠牲者、11人のターゲット、ラストシーンに映るマンハッタン
のビル群
が「9・11」を連想させることは言うまでもないだろう。30年を経てもなお終
わりなきテロと暴力。そこには勝利も敗北もなく、ただ犠牲者がいるだけだ
。争いが
止み、心の傷が癒される日はいつのことだろう?

 このような政治的に繊細なテーマを扱った作品は、スピルバーグだからこそ撮れた
のだとつくづく感じる。イスラエルとパレスチナの問題については生半可な知識しか
無い自分なのだけれど、イスラエルの報復を否定する映画を作ることはユダヤ系アメ
リカ人である彼にとって、簡単な決断ではなかったはずだ。エンタメに徹しておけば
いいとか、テーマを描ききれていないという批判も勿論あるだろう。それでも、財力
と名声とを得た今だからこそ、真実-暴力からは憎悪と恐怖しか生まれない-を描こ
うとした事は称賛に値すると思うのだ。この作品がアカデミー作品賞を受賞していた
としたら、私も多分、文句は言いつつあっさり引き下がっていたかもしれない。
ブロークバック・マウンテン』が獲るべきだった、という気持ちは変わらないけれども。

(『ミュンヘン』監督:スティーヴン・スピルバーグ/主演:エリック・バナ
         ダニエル・クレイグ、ジェフリー・ラッシュ/2005・USA)
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[2006/12/12 09:03] | DVD/WOWOW | トラックバック(6) | コメント(11) |
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コメント
真紅さん★『ミュンヘン』、私は運良く試写会に当たったので1月に観たんです。観終わったあと、「(ユダヤ人団体がものすごくこの映画を非難していたので)作品賞は絶対無理だろうけれど、今年のアカデミー監督賞はスピルバーグにあげてほしい」と強く思いました。もちろん、その後でBBMを観ましたから「アン・リーの勝ちっ!」て以後は思い直しましたけど(笑)。
でも、何としてもこの時期にこの映画を完成させようとしたスピルバーグの信念に、私は最大限の敬意を表します。「もうお金儲けのために映画を撮ってるんじゃない!メッセージを伝えるために撮ってるんだ!」という執念といいますか。
ユダヤ社会への配慮からか、この映画の中では「イスラエル政府は、反テロ作戦での無差別攻撃を禁じていた」という“事実”をくどいくらい繰り返していたけれど、でもそれでも監督自身の心の叫びととれるメッセージ、「テロは悪だ。しかし反テロ行為が善とは言えない。持続的な平和は相互の信頼と和解がなければ生まれない」という“叫び”に、多くの人々が、為政者が、もっともっと耳を傾けなくてはならない、と思います。
「あのとき、ミュンヘンの選手村で、そして空港でで。一体何が起きていたのか」--その総てが明らかに再現されるシーンは、当時の事件を鮮明に記憶している身としては、ほんとうにほんとうに衝撃的でした(うわぁ~~い、歳がバレちゃう??)。「正義のための殺人」に次第に喪失感を抱いてゆくエリック・バナ。とても良かったです。
[2006/12/12 18:29] URL | メグ #- [ 編集 ]
メグさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
試写会でご覧になったのですね!私も遅ればせながらですが、この映画を作ったスピルバーグに敬意を表したいと思いました。
2006年のアカデミー賞、作品賞候補になった作品をこれで一応全て観たわけなんんですが、やっぱり『クラッシュ』ってのは納得できないですね。
この記事の最後に、最初は「何でクラッシュやねん!」って叫びを書いていたのですが、あんまりしつこいかな~と思って止めました(汗)。
いまだに、あの結果には凄く違和感があります。この映画を観てますますその思いが強まりました。
私はこの事件の時、生まれてはいましたが幼稚園児だったので全く記憶にないんです(うわ~、歳がバレバレ、笑)。
逆に、30年経っても事態が好転しているどころか、ますます悪化してるのではないかと思って戦慄しました。
一人ひとりは平和を望んでいるに違いないのにね・・。どうすればいいんでしょうね。
答えは出ませんが、今日はこれにて!またお話しましょう、ありがとうございました。
[2006/12/12 19:22] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
真紅さんこんばんは
毎日お邪魔させてもらってます

ダニエル・クレイブ、「旬」の人なのですね(笑)
私はショーン・コネリーよりピアース・ブロスナンのスマートで優男な「007」に慣れていたので
今回、ダニエル氏がどんなボンドを見せてくれるか想像もつきませんでした
でも素敵でしたよ~
ピアース・ブロスナンより泥臭くて人間味に溢れていて、なんといってもマッチョだしね・・・・(汗)
真紅さんの仰るあの宝石のような青い瞳・・・
あぁ、引き込まれてしまいそうでした


>『ブロークバック・マウンテン』が獲るべきだった、という気持ちは変らないけれど

獲って欲しかったですね!
って、「ミュンヘン」も「クラッシュ」もまだ観ていない私・・・・
[2006/12/12 21:27] URL | レイラ #n64RtCaA [ 編集 ]
真紅さま、こんばんは~♪
コメントいただき、ありがとうございました。
おおお、久々にTBがちゃんと飛びました!!(喜)
「ザ・逆三」にはうけてしまいましたが・・。

この映画、本当に真摯で重い作品でしたね。かなり複雑な思いが余韻として残りました。
スピルバーグもすごい!と。ユダヤ系から叩かれても、創り上げた熱意は相当なのだろうなと思いました。
いつものスピルバーグらしい、ハラハラ感もあり、やはりこの人は映画屋だなあ・・という感じがしました。
[2006/12/12 22:39] URL | 武田 #qs0owOX6 [ 編集 ]
レイラさま、武田さま、こんにちは。コメントありがとうございます。レスをまとめさせて下さいませ。

☆レイラさま
ダニエル・クレイグ、旬ですよ~。『007』もうご覧になったのですね。いいな~。。
私は一作もまともに観たことないんです。だから小ネタとか(そんなのあるのか?)わかるかな~、とちょっと不安になりつつ、「ニュー・ボンド素敵!」という巷の声に背中を押されそうです。
惚れやすいのでちょっと心配です(笑)。でも年内は観れそうにないかな?
『ミュンヘン』も『クラッシュ』も、いい作品だと思いますよ。アカデミー作品賞にBBMを退けて選ばれる作品かどうかは別として、よくできていると思いました。
是非ご覧になって、また感想をお聞かせ下さいね♪
ではでは、ありがとうございました。

☆武田さま
おお、TBが来てる、扉が開いているぞ~とばかりにリトライしてみました。大成功♪
ウチからだけでなく、結構いろんな方からもうまく飛ばないのですね。悲しいですよね~、飛んでくれないと。
ほんま、スピルバーグは偉いわ。私最近の作品は未見ばっかりなんですけど、見直しました。
映画屋さんかぁ、まさしくそうですね。でも本人は「永遠の映画青年と呼んでくれ」とか言ったりして(笑)。
またお伺いしますね。『麦の穂』ご覧になれそうかしら・・。
ではでは、ありがとうございました。
[2006/12/12 22:58] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
お邪魔します~
コメントありがとうございました。
暗殺チームのメンバーたちは
映画通なら知っているけれど
そうでなければ、はじめてみるわ~という
顔ぶれのような・・気がしました。
その分変なイメージができていなくて良かったですよね。163分・・言われて見ると長いですよね。一気にみることができたのは
やはり作品に力があったのだと思います。
あ・・・真紅さんは『父親たちの星条旗』ご覧になったのですね。 いいな~。
こちらも色々思うことがありそうな作品のようで興味そそられます。
[2006/12/13 14:15] URL | みみこ #mQop/nM. [ 編集 ]
みみこさま、こんにちは。コメントとTBをありがとうございます。
私も後ほどリトライしてみますね。
暗殺チームの爆弾作りの人、どこかで観たな~と思っていたらアメリちゃんの憧れの君でした、ビックリ!
本当に、力のある作品ですよね。ズシ~ンと重くて。
そうなんです、『父親たちの星条旗』バリー・ペッパーとジェイミー・ベルが観たかったというかなり不純な理由半分で(笑)。
ところでみみこさま、すっごくお姉様的雰囲気なんですけど、実は私のほうがお姉さんかもしれません?!
『めぐりあう時間たち』のレビューをチラっと拝見したのですが、私もあの作品大好きで、DVD購入を検討中なんです。
またゆっくりお邪魔しに参りますね。ではでは、ありがとうございました。
[2006/12/13 14:50] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
真紅さん、もうあちこち失礼続きでごめんなさい。
わたしもキャストで観たうちのひとりです^^;
だって凄い面子なんですもん。
ちょうどTV放送で『アメリ』を観た時に、マチュー・カソヴィッツがこの作品に出ると聞いて、
どんな役柄だろう?と思ってたら、
この緊張感で息が詰まりそうな中、いい具合に空気を入れ替える、ホッとする役柄で・・・

こんなにいろいろ考えさせられる作品に、
俳優のコメントを残すだけのわたしでごめんなさいです・・・
[2006/12/13 16:11] URL | 悠雅 #- [ 編集 ]
悠雅さま、こちらにもコメントとTBをありがとうございます。
映画の成功はキャスティングがはまれば間違いないと言いますもの、キャスト目当てで鑑賞するのもきっと間違っていないはず!
ジェフリー・ラッシュの役は、最初はベン・キングスレーがキャスティングされていたそうですよ。
もうちょっと怖~い雰囲気になっていたかも・・?
アメリちゃんの彼氏って、全然別人でしたね。
彼が言った「ユダヤ人は高潔でなければ」っていう言葉も、結構重かったです・・。
どんなコメントでも大歓迎です(笑)、ありがとうございました!
[2006/12/13 17:47] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
クリントの硫黄島2部作に
関連する流れで、つい最近『ミュンヘン』を観ました。
この映画は撮影、編集から音響に至るまで、
超一流のプロの仕事に感じられます。
でも、何かが足りないと感じます。
その理由は、観た後のカタルシスの無さかもしれません。
クリントの硫黄島の共同作業で、
スピルバーグが更に進化することを
期待しています。

@_@ トラバさせてくださいね。
[2006/12/15 00:41] URL | TATSUYA #- [ 編集 ]
TATSUYAさま、初めましてこんにちは。拙ブログにお越しいただき、コメント&TBありがとうございます。
レンタル屋さんからのメッセージかと思ってしまいました(笑)
たしかに、スピルバーグにしか作れないような映画でした。音楽や美術、映像全て。
カタルシスがないのは仕方ないですね・・、現在進行形の、とてもデリケートな問題ですから。
これからも、スピルバーグには頑張って、たくさんいい映画を作って貰いたいですね。
最近未見ばっかりの自分が言うのもナンですが(笑)
ではでは、また遊びに来て下さいね。私も伺います。ありがとうございました。
[2006/12/15 01:33] URL | 真紅 #V5.g6cOI [ 編集 ]
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