愛と同じくらい孤独~『トニー滝谷』

この風変わりな題名の映画は、村上春樹の短編を映像化したもの。短編集『レキシ
ントンの幽霊』に収められている『トニー滝谷』が原作だ。この短編集は村上作品の中
でも絶対にオススメできる一作で、この本が文庫とはいえ500円以下で買えるとは、
不当に安いのではないかと思ってしまうほど私は大好きな作品。どの短編も印象深い
が、特にそのユニークな題名と内容から忘れ難いのがこの『トニー滝谷』だ。
「ディヴィッド・リンチかウッディ・アレンからのオファーであれば、自作を映画化
する気はある(それ以外なら映画化しない)」こう公言している村上春樹が、市川準監督
に自作小説映画化の許諾を与えたことは意外であり、驚きでもあった。
生後3日で母を喪い、ジャズミュージシャンの父はいるがほとんど一人、孤独に育ち、
生きてきた男、トニー滝谷。彼が初めて愛した人と結婚し、当たり前に感じてきた「孤独」
を恐れるようになった矢先、妻は消える。妻の死を現実として受け止めるために、彼
は妻と同じ体型の女性を求める広告を出す・・。
「服を着るために生まれてきたようなひと」妻をトニーはこう表現する。「服は、自分に
足りない何かを埋めてくれるような気がする」と妻は言う。私は買い物依存症ではないけ
れど、この妻の気持ちや行動はとても理解できるような気がした。服を見たら買わずには
いられない、頭の中がその服のことでいっぱいになってしまう。服を着ることではなく、
買うことが目的になってしまう・・。ここまで極端でなくても、買い物をすることでストレス
発散した気分になることは、誰にでも覚えがあるのではないだろうか。そこに「孤独感」
や「欠落感」があろうとなかろうと。
映画は淡々と、感情を排した朴訥な語り口ながら、緊迫感のある西島秀俊のナレーション
に導かれるように流れてゆく。そう、画面は右から左へ、流れるように動いてゆくのだ。
そこに被さる深いピアノの調べ。音楽は坂本龍一、クレジットを観てこれは納得。
プリント手法に脱色処理を施し、セピア色の画面を基調にしつつ、買い物する妻の姿は
そこだけが天然色の世界だ。トニーと妻の周りをいつも微風が吹いているのも、映画に
独特の不思議な空気感を与えている。
トニーを演じたイッセー尾形の存在感ももちろんだが、宮沢りえの持つ儚げな雰囲気、
明るさを湛えながらもどこか寂寥感も漂う面差しが、この映画の生命だった。76分とい
う短い尺ながら(悪い意味でなく)その短さを感じさせない。原作の世界観を損なわず、
映画独自の喪失感をも獲得している。最後に一滴の希望を与えたラストシーンもいい。
派手さは微塵もないが、静かに評価されるべき優れた作品だと思う。
(『トニー滝谷』監督:市川準/主演:イッセー尾形、宮沢りえ/2005・日本)

(『レキシントンの幽霊』村上春樹・著/文藝春秋・1996)
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イッセー尾形の神経質で内省的な芸術家の風情がいい。周囲にバリヤを漂わせながら孤独な眼差しで遠くを見ている感じが。彼の持つ元々の雰囲気なのでしょうか、演技なのでしょうか。宮沢りえの二役も良かった。あのりえちゃんが今では立派な女優さん! 透明感のある不...
2006-12-02 10:02 :
Have a movie-break !
英語の字幕を見やりながら、デラシネな孤独を思い遣った。邦画を鑑賞するに際して、僕としては、初めてのちょっとした体験をした。この「トニー滝谷」という作品は、DVDで鑑賞したわけだが、英語の字幕というものを、体験してみたのだ。理由は単純だ。1996年出版の「レキシ
2006-12-27 12:08 :
サーカスな日々
コメントの投稿
TBありがとう。
いろんな人から映画化のアプローチがあるんでしょうね。それとも、春樹作品の映画化が困難ということが常識であり、みんな二の足踏んでいたのかな?
いろんな人から映画化のアプローチがあるんでしょうね。それとも、春樹作品の映画化が困難ということが常識であり、みんな二の足踏んでいたのかな?
kimionさま、こんにちは。コメントありがとうございます。
村上春樹はシネフィルとしても有名ですから、皆及び腰なのかもしれませんね。
市川準監督にどういう経緯で許諾が下りたのか、すごく興味があります。
ではでは、また遊びにいらして下さい。ありがとうございました。
村上春樹はシネフィルとしても有名ですから、皆及び腰なのかもしれませんね。
市川準監督にどういう経緯で許諾が下りたのか、すごく興味があります。
ではでは、また遊びにいらして下さい。ありがとうございました。
こんにちは♪
TBさせて頂きました。
我blogでのTBの件申し訳ありませんでした。
設定の関係でしたが訂正しましたので、もしお時間があれば試してみてくださいね。
いつもながら深~い理解と素敵な言葉のレビューですね。
原作者が監督の名を挙げていたのですね。
この映画も余韻が残り、ふとした時に蘇る良質な香りの様で大好きです。
原作も近々読んでみようと思います。
TBさせて頂きました。
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原作者が監督の名を挙げていたのですね。
この映画も余韻が残り、ふとした時に蘇る良質な香りの様で大好きです。
原作も近々読んでみようと思います。
lime-fizzさま、こんにちは!コメントとTBをありがとうございました。
TBは、他のブログさん宛でもよく弾かれますので、どうぞ気になさらないで下さい。またリトライしてみますね。
この映画、地味ですがなかなかよかったですね~。
ふとした時に薫る良質な香り・・う~むまさしくその通り!
原作、絶対オススメです、是非読んでみて下さいませ。
私もまた伺いますね。ありがとうございました。
TBは、他のブログさん宛でもよく弾かれますので、どうぞ気になさらないで下さい。またリトライしてみますね。
この映画、地味ですがなかなかよかったですね~。
ふとした時に薫る良質な香り・・う~むまさしくその通り!
原作、絶対オススメです、是非読んでみて下さいませ。
私もまた伺いますね。ありがとうございました。