この宇宙のどこかに ~『ラビット・ホール』

RABBIT HOLE
ニューヨーク郊外の瀟洒な邸に暮らすベッカ(ニコール・キッドマン)とハウ
イー(アーロン・エッカート)は、8ヶ月前、4歳になる一人息子のダニーを亡
くしていた。ある日、ベッカは息子を轢いた少年ジェイソンを見かける。
最愛の息子を目の前で喪い、悲しみに沈む夫婦。もがき、苦しみ、ぶつかり
合いながらも、前を向いて少しだけ未来に進もうとする二人の姿を描く、ブロ
ードウェイ戯曲を映画化したドラマ。
ニコール・キッドマンが帰って来た! 主演とプロデュースを兼任した彼女
は、衰えないその完璧な美貌とともに、胸を打つ渾身の演技を披露。ゴール
デングローブとアカデミー主演女優賞にノミネートされた。監督は、ジョン・キャ
メロン・ミッチェル。前作までのような、彼の個性を前面に押し出した作品では
ない。しかし、傷ついた魂を癒すやわらかな光に包まれたような、やさしさ溢れ
る作風はやはり、ジョンのものなんだなぁと思う。

幼い子どもを喪うということ。子どもを「天に召した」神を、「サド野郎」と罵倒
するベッカ。彼女の気持ちはよくわかる。しかし逆縁を経験しても、その悲しみ
の表現の仕方は一人ひとり違うもの。たとえ夫婦であっても。夫婦二人の生活
に戻っても、夫には企業人としての時間が変わらずある。対して妻は、出産前
のキャリアウーマンだった自分には戻れない。そしてその小さなズレが、いつ
の間にか大きな亀裂に広がってゆく。妻を慮り、不満を口にしなかったハウイー
が、動画を消されたことで堰を切ったように声を荒げるシーン。涙せずにはいら
れなかった。
そして驚いたのは、『ミッション:8ミニッツ』 に続いて(?)本作でも多世界
解釈(パラレルユニバース)が引用されていること。「じゃあ、これは悲劇バー
ジョンね。この宇宙のどこかに、楽しくやってる私がいるのね」 私自身、この
分岐世界の考え方を知ったとき、とても救われる思いがしたことを憶えている。

ベッカの母を演じたダイアン・ウィーストの演技がまた、素晴らしい。自らも
息子(ベッカの兄)を亡くしたことで、娘に寄り添おうとする母。息子を恋うあ
まりに、麻薬中毒だった兄と我が子を同列に扱われることが耐えられないベ
ッカ。妹の妊娠、友人夫妻の子どもの成長。。ベッカの周りで起こる出来事
全てが、死んだダニーへと繋がってゆく・・・。
こういう映画を観ると、「そんなに急いで前に進もうとしなくていいよ。その
ままでいいよ」 と言いたくなる。でも、悲しみの渦中にいるって辛いんだよ
ね。なんとか抜け出そうともがくのが普通なのかもしれない。時間しか解決
できないことなのはわかっていても。。
ギリギリで踏み止まったハウイーは、きっとこれからも逃げずに、ベッカ
と共に生きる人生を引き受けるのだろう。それは、「息子の死」を受け入れ
る人生でもある。決して平坦ではないだろう二人のこれからに、寄り添うよ
うな静かなラストシーンも、素晴らしい。
( 『ラビット・ホール』 監督:ジョン・キャメロン・ミッチェル/
主演:ニコール・キッドマン、アーロン・エッカート/2010・USA)
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2011-11-15 22:17 :
佐藤秀の徒然幻視録
ラビット・ホール
2011-11-15 22:18 :
あーうぃ だにぇっと
ラビット・ホール - 映画ポスター - 11 x 17「ラビット・ホール」は、子供を失くした悲しみに向き合う夫婦の痛ましい物語だが、ファンタジーやユーモアをにじませる演出が絶妙。希望は ...
2011-11-15 23:13 :
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2011-11-16 12:08 :
心のままに映画の風景
2010年 アメリカ原題 RABBIT HOLE
タイトルのラビット・ホールとは『不思議の国のアリス』に由来する夫婦をおそった突然の悲劇を白ウサギに誘われてワンダーランドに落っこちた少女アリスのシュールな体験に擬えている
郊外の高級住宅街庭に花を植えたり、ケーキを...
2011-11-16 19:04 :
お花と読書と散歩、映画も好き
ウサギ穴の先にあるのは、不思議の国?それとも・・・
幼い息子を事故で亡くした夫婦の、喪失と再生の道程を描くヒューマンドラマ。
原作は、ピューリッツア賞に輝いたデヴィッド・リンゼイ=アベアーによ...
2011-11-16 22:18 :
ノラネコの呑んで観るシネマ
'11.10.25 『ラビット・ホール』(試写会)@よみうりホール
予告見て見たいと思っていた作品。幸運に試写会に行けることになり、行ってきたー★
*ネタバレありです!
「息子を事故で亡くしたベッカとハウイー夫婦。必死に前を向こうとするけれど、癒され方も立ち直り方...
2011-11-16 23:13 :
・*・ etoile ・*・
優れた人間ドラマ。
2011-11-16 23:17 :
或る日の出来事
幼い息子を交通事故で亡くした夫婦の物語です。
2011-11-17 11:23 :
水曜日のシネマ日記
並行世界ではなく生きるのは現実世界
【Story】
郊外に暮らすベッカ(ニコール・キッドマン)とハウィー(アーロン・エッカート)夫妻は、愛する息子を交通事故で失った悲しみから立ち直れず、夫婦の...
2011-11-19 10:41 :
Memoirs_of_dai
『ラビット・ホール』を日比谷のTOHOシネマズシャンテで見ました。
(1)クマネズミにとっては、久しぶりの二コール・キッドマンの主演作です〔以前、『毛皮のエロス』(2006年)とか『オーストラリア』(2008年)を見ました〕。
この映画は、4歳の愛児を交通事故で失...
2011-11-21 06:53 :
映画的・絵画的・音楽的
ラビット・ホール2010年 アメリカ
監督:ジョン・キャメロン・ミッチェル
出演:ニコール・キッドマン
アーロン・エッカート
ダイアン・ウィースト
サンドラ ...
2011-11-21 19:21 :
菫色映画
23日のことですが、映画「ラビット・ホール」を鑑賞しました。
息子を交通事故で失った夫婦の物語
子どもを失う苦悩・・・
設定としては ありがちだが
静に丁寧に描いている
出演者 皆 いい演技をしているが
ニコール・キッドマンの微妙な不安定加減が非常に巧い
ニコ...
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“あたたかでやわらかな感動でした” 2011年12月28日 新潟・市民映画館シネ・ウインドにて鑑賞(1月13日まで上映) おすすめ度:★★★★★ 息子を亡くした悲しみというのは共通しているのに、ベッカは自分と対峙の仕方が違う人々に苛立ちヒステリックになっていきます。...
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2012-04-30 00:18 :
映画の話でコーヒーブレイク
☆☆☆★(7点/10点満点中)
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ネタバレあり
2012-10-31 10:28 :
プロフェッサー・オカピーの部屋[別館]
コメントの投稿
真紅さん、訪問が遅れてすみません。
ベッカがキャリアウーマンに戻れないあのくだりはとても痛々しかったです。
あの時だけ活き活きとした表情を見せていたのがなんとも……。
夫婦で哀しみの処方が異なるというのがまた悲劇でしたね。
ラストはほんのりと希望を持たせてくれて好感が持てました。
今までジョン・キャメロン・ミッチェルを良いと思ったことがなかったのですが、こんなテーマでも映画が作れる監督さんなのだと知ってびっくりしました。
あ、ブログのサイドにブラッドリー・クーパーのお写真が♪
セクシー№1に納得です。
ベッカがキャリアウーマンに戻れないあのくだりはとても痛々しかったです。
あの時だけ活き活きとした表情を見せていたのがなんとも……。
夫婦で哀しみの処方が異なるというのがまた悲劇でしたね。
ラストはほんのりと希望を持たせてくれて好感が持てました。
今までジョン・キャメロン・ミッチェルを良いと思ったことがなかったのですが、こんなテーマでも映画が作れる監督さんなのだと知ってびっくりしました。
あ、ブログのサイドにブラッドリー・クーパーのお写真が♪
セクシー№1に納得です。
リュカさん、こんばんは! コメント&TBありがとうございます。
お待ちしておりましたよ^^
私も、あのシーンは胸が痛みましたよ。。。
ベッカは、きっととても優秀なキャリアウーマンだったと思うんですよね。
努力家で、完璧主義で。育児も完璧にこなしていたのでしょう。
彼女は、道を見失っているんですね。ニコールの虚ろな瞳が印象的でした。
>今までジョン・キャメロン・ミッチェルを良いと思ったことがなかった
ええーーーまじで!!
リュカさん、ヘドウィグ好きじゃないのね? それは意外!!
ファンである私も、JCM才能あるな~って改めて思いました。
ブラッドリー・クーパー、カッコイイでしょ♪
今年は彼で、私も納得です!
お待ちしておりましたよ^^
私も、あのシーンは胸が痛みましたよ。。。
ベッカは、きっととても優秀なキャリアウーマンだったと思うんですよね。
努力家で、完璧主義で。育児も完璧にこなしていたのでしょう。
彼女は、道を見失っているんですね。ニコールの虚ろな瞳が印象的でした。
>今までジョン・キャメロン・ミッチェルを良いと思ったことがなかった
ええーーーまじで!!
リュカさん、ヘドウィグ好きじゃないのね? それは意外!!
ファンである私も、JCM才能あるな~って改めて思いました。
ブラッドリー・クーパー、カッコイイでしょ♪
今年は彼で、私も納得です!