トム・ハーディ! ~『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』

LOCKE
夜のハイウェイ。1台のBMWが、ロンドンに向けてひた走る。ドライバーはア
イヴァン・ロック(トム・ハーディ)。彼の目的は、生まれて来る我が子の出生に
立ち会うこと。しかし彼には、妻と二人の息子が待つ家庭があった。
登場人物はただひとり、舞台は運転席のみ。車中にかかってくる電話の会話
だけで、ストーリーが進行する野心作。お目当てはもちろん、トム・ハーディ♪
初日に最前列で鑑賞(笑)。
しかしどうでもいいことだが、この邦題を考えたのは 『その土曜日、7時58分』
と同一人物ではなかろうか・・・。原題は主人公のファミリー・ネーム。彼は自分の
名に、誇りを与えようと生きてきた人物だ。

妻を愛し、息子を愛し、ヨーロッパ最大級ビルディングの建設現場監督とし
て、申し分のないキャリアを積んだアイヴァン。しかし彼は長期出張中、「た
った2本」 のワインが元で、「愛してもいない」 43歳の孤独なアシスタント
と関係を持つ。そして彼は仕事も家庭も全て投げ打って、生まれて来る子ど
もの元へ向かっている。
アイヴァンの行動を、「納得できる」 と考える人はむしろ少数派だろう。
優先順位が間違っている、あり得ない、と思われるかもしれない。しかし彼
は、口先だけの嘘は決してつかないし、自らの保身のために上手く立ち回
ることができない正直者なのだ。「人の感情に惑わされず、為すべき事をす
る」 という信念のもとに。

孤独な車中で、彼は父の亡霊と対話する。いや、亡き父に対し、恨みつら
みを吐き出していると言ったほうが正しい。もしかしたら、彼は幼い頃、父に
捨てられたのかもしれない。だから、生まれて来る子を見捨てることができな
かったのかもしれない・・・。
オレンジの明りが灯る、夜のハイウェイは美しい。ひとりロンドンを目指す
アイヴァン・ロックも、バカだけれど美しいと、私は思う。86分のランタイム
を、たった一人で走り切ったトム・ハーディに拍手。
( 『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』 2013・UK、USA/
監督・脚本:スティーヴン・ナイト/主演:トム・ハーディ)
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ジャンル : 映画
浄化と昇天~『トイレのピエタ』

美大を出たものの画家になる夢をあきらめ、窓拭きのバイトで日々をやり過ごし
ていた28歳の宏(野田洋次郎)は、ある日気を失って病院に運ばれる。検査結果
を家族同伴で聞くよう求められた宏は、病院で出逢った高校生・真衣(杉咲花)に
妹役を依頼する。宏に下された医師の診断は 「スキルス性胃がん・余命3カ月」。
シネコンで 「RADWIMPS・野田洋次郎 映画初主演!」 と大書されたポスター
を見かけても 「誰?」 としか思わずスルーしていた。劇場予告を観ても、さほど
心惹かれはしなかった。しかし、信頼する女優・片岡礼子さんの大絶賛ツィートを
見て、上映最終日の最終回、ギリギリ間に合ったのだ。2015年、上半期に観た邦
画は 『海街diary』 も 『あん』 も、『きみはいい子』 も素晴らしかったが、私は
この 『トイレのピエタ』 がベストかもしれない。ほんの少し、ヤン・イクチュンの
『息もできない』 を思い出させる佳作。

幼い頃から誰もが認める突出した才能を持ちながら、宏が何故、挫折したの
かは描かれない。「落ちても大丈夫、死ぬだけだから」 「俺達って虫みたいで
すよね」。自虐的に、死んだように生きていた宏が突然、突き付けられた余命
宣告。「あと三カ月で死ぬ、って言われた人間の気持ち、わかりますか?」
酔っぱらっても、田舎の実家に帰っても、宏は窓を拭く。彼にとってガラス窓は
キャンバスで、ワイパーは画筆だったんだろうな。画は止めたんだと言いつつ
も、彼の身体は無意識に、何かを描かずにはいられなかったのだと思う。
世の中全部を、敵に回したような真衣。大抵の場合、「死にたい」 っていう
のは 「逃げたい」 って意味だと、私は思っている。まだ恋も知らず、愛され
たことのない少女は、「死」 という言葉に憧れを抱き、そこに行けば辛過ぎる
日常から逃れられると信じているのだ。そんな思いとは裏腹な真衣の強い生
命力に、宏は 「マリア」 を見、最期の日々を 「生きる」 ことを選択する。
そんな彼をサポートする、横田(リリー・フランキー)のさり気なさが素晴らしい。
次々登場する大物俳優に驚きつつ、一番のサプライズはやはり、佐藤健。
たったワンシーン、あの役柄で登場するとは・・・。心の中で 「タケル! かっ
けー!!」 と叫んでいた。大竹しのぶと宮沢りえの母演技合戦、やはり軍配
は大竹しのぶ、圧勝。

宏のハミングする 「威風堂々」 に泣き、エンドロールの 「ピクニック」 に
大泣き。間に合ってよかった、出逢ってよかったと、心底思える映画だった。
監督、ありがとう。
( 『トイレのピエタ』 監督・原作・脚本:松永大司/
主演:野田洋次郎、杉咲花、リリー・フランキー/2015・日本)
ままならない人生~『アリスのままで』

STILL ALICE
コロンビア大学で言語学の教授として教鞭を取るアリス(ジュリアン・ムーア)
は、夫ジョン(アレック・ボールドウィン)とは仲睦まじく、三人の子どもにも恵ま
れ、充実した日々を送っていた。50歳の誕生日を迎えた後、彼女は物忘れが
増えたことに不安を抱き、神経科を受診する。
「ハリウッドで一番我慢強い女優」 ジュリアン・ムーアがアカデミー主演女
優賞はじめ、数々の賞を総なめにしたドラマ。若年性アルツハイマーに侵さ
れた女性と、家族の葛藤と絆を描く。

他人事とは思えないドラマだった。アリスの場合は遺伝性の病気だけれど、
認知症で自分や家族のことさえ認識できなくなるなんて、、、恐怖以外の何者
でもない。そして大人ならば誰もが、少なからずこの漠然とした不安を抱えて
いるんじゃないだろうか。
「誰よりも頭がよかった」 アリス。彼女は人の何倍も努力してきただろうし、
運動も欠かさない。言葉を研究している専門家が、よりによって言葉を失う病
に侵されるなんて・・・。「癌ならよかったのに」 というセリフが身につまされる。
癌なら恥ずかしくない、という言葉は、「恥の文化」 である私たち日本人には
重く響くだろう。
更に、遺伝子検査の結果がアリスを打ちのめす。若年性アルツハイマーの
遺伝子は長女アナ(ケイト・ボスワース)に受け継がれており、それは100%
発症するのだ。残酷・・・。

しかし、アリスの家族の反応は意外と薄く感じた。キャリアであってもアナ
は不妊治療を諦めず出産するし(彼女がまるで葛藤していないように見え
たのを、嘘臭く感じたのは私だけ? 私ならこの世の終わりかと言うくらい、
悩みまくるだろう)、夫ジョンも全く動じず、混乱するアリスをやさしく受け止
める。ところで、この夫がアレック・ボールドウィンというキャスティングはど
うなのだろう? 確か 『ブルー・ジャスミン』 は昨年の作品のはず、2年続
けてオスカー女優の相手役、というのはちょっと(かなり?)新鮮味がない。
ハリウッド、中年男優は人材難、というわけでもなかろうに。。
次女リディアのクリステン・スチュワートがとてもよい。長男トムのハンタ
ー・パリッシュも超絶男前であった。それにしても・・・。人生って、思い通り
にはいかないものですね。
( 『アリスのままで』 監督・脚本:リチャード・グラツァー&ワッシュ・ウェストモアランド/
主演:ジュリアン・ムーア、アレック・ボールドウィン、クリステン・スチュワート/
2014・米、仏)
アラバマ州セルマ~『グローリー/明日への行進』

SELMA
1965年。人種差別が根強く残るアメリカ南部では、黒人の選挙人登録が拒否
され続けていた。選挙権を求めて立ち上がる人々を助けようと、ノーベル平和賞
を受賞したキング牧師(デヴィッド・オイェロウォ)は、ジョンソン大統領(トム・ウィ
ルキンソン)に働きかけるのだったが・・・。
アカデミー賞授賞式での主題曲パフォーマンスに大感動した本作。主題歌の
タイトルが邦題になっている! それほどあの演奏は素晴らしかった・・・。しか
し作品自体は物凄く地味なんだろうな、とさほど期待はしていなかったが、これ
がなかなかの良作だった。

本作でもワンシーンのみ登場するマルコムXに比べ、キング牧師は知名度は
劣らないのに、映画化されることはなかったように思う。この作品はキング牧師
の生涯や、かの有名な 「私には夢がある」 演説を描いているのではなく、ア
ラバマ州セルマでのデモ行進が行われるまでの、牧師を中心とした人々の紆
余曲折が描かれている。
この頃からたった50年しか経っていないとも言えるし、半世紀も前の出来
事だとも言えるだろう。かの国では白人警官による黒人の射殺事件は未だに
後を絶たないし、つい最近も南部旗を掲げることが差別の象徴になっている、
と議論を呼んだばかり。極東の地から眺める世界一の大国は、自由と偏見が
表裏一体になっているように見えなくもない。

肌の色の濃淡だけで、虐げられる人々。「黒人」 だというだけで、何故隔離
され、選挙権さえ拒否されなければならないのだろう? 心ある人々が圧倒的
に多数だと信じたい、しかし極々少数の、過激で極端な考えの人々は大きな声
で力を誇示し、自らが正しいのだと主張する。あくまでも非暴力を貫いたキング
牧師は、凶弾に倒れた。しかし、肉体は滅びても彼の信念は生き続け、正義
だったと歴史が証明している。正しいことのために、立ち上がる勇気。今この
時代に、必要なのだと思う。
( 『グローリー/明日への行進』 監督:エヴァ・デュヴァネイ/
主演:デヴィッド・オイェロウォ、トム・ウィルキンソン/2014・英、米)
女たちのジハード~『マッドマックス 怒りのデス・ロード』 【3D・字幕版】

MAD MAX: FURY ROAD
What a lovely day!
核戦争後、汚染され荒廃した世界。元警官のマックス(トム・ハーディ)は家族
を失い、彷徨うように一人で生きていた。そんな彼がある日、水や石油を独占し、
残された人々を支配するイモータン・ジョー(ヒュー・キース=バーン)一味に捕
えられる。
「これは、サバイバルの物語。そして、希望についての話でもある」 ジョージ・ミラー
何度も予告を観て、ただでさえ期待値MAXなところに、試写を観た方々の
「凄い!」 「ヤバイ!」 「絶対映画館で観るべき!」 という絶賛しかない反応。
主演は 『欲望のバージニア』 で惚れてしまったトム・ハーディ。もう初日に突撃
するしかないでしょう! 結果、確かに 「凄い! ヤバイ!」 としか表現できな
い。予想以上の興奮度。私コレ毎日でも観られるな~。早く2Dで再見したい(3D
は確かに迫力はあるけれど、画面が暗いのがダメです。あと吹替えは論外)。
今年のベストワン!!(暫定)

しかしまぁジョージ・ミラー、御年70。凄い映画撮ってくれました。私自身は
メル・ギブソン主演の前シリーズに全く思い入れはないけれど、監督はこの
シリーズ、なんと30年ぶりに復活させたのだという。タイトル通り狂気満載の
カーアクション、サーカスのような山海塾のようなウォーボーイズ、最高にカ
ッコよく、美しく撮られている役者たち。最小限のセリフ、全編を貫くヒューマ
ニズム。太鼓軍団と火炎砲エレキを搭載した改造車が登場するに至っては、
「そこまでやるか!?」 と呆れながらも大興奮。監督の美意識を画面の隅々
に感じる、いやぁこんな映画、滅多にお目にかかれるものではないですよ。
タイトルロールはマックスだけど、実質の主人公は隻腕の女戦士・フュリオ
サ(シャーリーズ・セロン)。独裁者に反旗を翻し、頭を丸め、ドロドロになりな
がらイモータン・ジョーが囲う5人の妻を連れ、故郷を目指す。言葉少なな彼
女の、能弁過ぎる表情演技が素晴らしい! これは主演女優賞ものでしょう。
涙。

イモータン・ジョーに心酔しながらも、フュリオサたちと行動を共にすること
になるニュークス(ニコラス・ホルト)もイイ! 最近はジャガーのCMでも見か
けるニコラス、いい役者になったなぁ。一体誰が、『アバウト・ア・ボーイ』 の
ダサダサ少年の、こんなにも輝ける未来を予見できただろう? おばさん嬉
し泣きですよ。
映画って、まだまだこんな凄いことを成し遂げられるんだ、って改めて思わ
せてくれた大傑作。大満足! 続編が待ち遠しい~。。
( 『マッドマックス 怒りのデス・ロード』 監督・製作・共同脚本:ジョージ・ミラー/
主演:トム・ハーディ、シャーリーズ・セロン、ニコラス・ホルト/2015・豪、米)
テーマ : この映画がすごい!!
ジャンル : 映画