ジャズは死なず~『セッション』

WHIPLASH
父子家庭に育ち、幼い頃からドラムに親しんでいたアンドリュー(マイルズ・
テラー)は、全米屈指の音楽大学、シェイファー音楽院に入学する。伝説の
ジャズドラマーになる夢を抱いていた彼は、名物教授フレッチャー(J・K・シ
モンズ)と出逢い、彼のバンドの練習に呼ばれるのだが・・・。
ある時はピーター・パーカー(ことスパイダーマン)の上司、ある時は10代の
妊婦ジュノのパパ。誰もが知っている名脇役J・K・シモンズが、アカデミー賞
はじめ各賞を文字通り 「総なめ」 にした、各方面大絶賛の嵐の話題作。音
楽映画と言うよりはむしろ、J・K・シモンズの常軌を逸したと感じられるほどの
怪演により、サイコホラーの様相を呈している。怖いです。

甘い言葉で近づき、狙った獲物の弱みを握るや、徹底的に虐め抜く。一体何
が、フレッチャーをここまで歪んだ人格にしてしまったのか。余りにも不愉快(遅
いんか早いんか、、どっちやねん!)で、「映画史に残る衝撃のラスト9分」 も、
カタルシスを与えてはくれなかった。それほど、J・K・シモンズの演技が圧倒的、
ということなのだろうけれど。
「モラハラ」=モラル・ハラスメントという言葉がすっかり一般化した昨今だが、
被害者の辛さは、なかなか共感してもらいにくいと感じる。同じ言葉を浴びて
も、心にグサリと突き刺さる人もいれば、笑ってやり過ごせる人もいる。フレッ
チャーの恫喝に涙を流す者もいれば、耐え抜いて名声を得た者もいるのだろ
う。暴言を吐くフレッチャーに、下を向くバンドのメンバーたち。密室の、重苦し
く、耐え難い雰囲気。それは 「厳しさゆえに」 と考えるにはあまりに酷い仕
打ちであり、こんな場所から生まれるのが 「音楽」 と言えるのだろうか、と
思わずにはいられない。これじゃ 「音が苦」 でしょ、と。
そして道を究めるために人を遠ざけ、孤独に死すとも後世に名を残す人生
を選ぼうとしていたアンドリューも、どこか歪んで見えるのだ。

監督自身の経験に基づくというこの映画は、間違いなくアカデミー賞に値す
る傑作であることに疑いはない。時に芸術は、憎しみや痛みから生まれるの
だろうし、最後にアンドリューが仕掛けた 「逆襲」 は、確かに観る者の心を
打つ。しかしこの映画を 「好き」 とは思えない、気弱な私なのだった。
( 『セッション』 監督・脚本:デイミアン・チャゼル/
主演:マイルズ・テラー、J・K・シモンズ/2014・USA)
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男が女を愛する時~『傷だらけのふたり』

MAN IN LOVE
韓国・群山。高利貸しの取立てを生業とするテイル(ファン・ジョンミン)は、
昏睡状態の父親の借金の保証人となっている銀行員・ホジョン(ハン・ヘジ
ン)の元へ取立てに行く。美人で勝ち気だけれど、親思いなホジョンに一目
惚れしたテイルだったが、その感情が 「愛」 であることに気付けないまま、
彼はホジョンにある取引を持ちかける。
一昔前から、韓国映画で演技派俳優といえばソル・ギョング、チェ・ミンシ
ク、ソン・ガンホにハン・ソッキュ、というところだったと思う。しかし近年はハ
・ジョンウと、何と言ってもこのファン・ジョンミン! 彼の主演作は、観逃す
わけにはいかない。粗暴だが心優しく、愛に不器用なチンピラを演じたら、
この人の右に出る俳優はいない(断言)。正直、私は彼に惚れています。
(倒産した)アルシネテラン最後の配給作品。

主人公の性格は真逆だが、『八月のクリスマス』 にどことなく似ていると思
った。ロケ地が同じ群山市らしく、瑞々しい木々の緑と木漏れ日が、やさしい
雰囲気を醸し出している。
物語は2年の時を前後しながら、相手を思うあまりに器用に生きられず、堕
ちてゆくしかない男の姿を描いている。クンサンに向かう高速道路を走るファ
ーストシーンは、2年後のテイルの目線だと、中盤過ぎて気づくのだ。
「何が食べたい?」 「お前」。こんなベタ過ぎるセリフを日本語で聞こうもの
なら全身サブイボ状態だろう。しかし韓国語で聞くと、不思議と素直に涙腺が
刺激される。「愛」 という言葉の意味を理解しないまま、無軌道な人生を歩
んでいたテイルは、ホジョンと出逢って初めて、その意味を実感する。愛とは、
相手を自分よりも大切に思うことなのだと。そしてそれが真実の愛ならば、た
とえ相手が目の前から去ろうとも、決して記憶から消えることはないのだと。
この辺りも、描き方は異なるが 『八クリ』 と通じるところがある。

100%のラブストーリーではあるが、あまりにも主人公二人が可哀想で、不憫
で、、、。明るい気持ちには到底なれない、辛過ぎる結末だった。ファン・ジョン
ミンの演技は、変わらず 「最高」 だったのだけれど。
( 『傷だらけのふたり』 監督:ハン・ドンウク/2013・韓国/
主演:ファン・ジョンミン、ハン・ヘジン、チョン・マンシク)
出来の悪いコント~『マジック・イン・ムーンライト』

MAGIC IN THE MOONLIGHT
1928年。ベルリンで奇術師ウェイ・リン・スーに扮し、マジックショーを成功
させていたスタンリー(コリン・ファース)の元に、旧友ハワード(サイモン・マ
クバーニー)が訪れる。南仏で人々を虜にしているアメリカ人占い師ソフィ(エ
マ・ストーン)の正体を暴いて欲しいとハワードに頼まれたスタンリーは、南仏
に向かうのだが・・・。
ウディ・アレンの欧州紀行、これでもう何作目だろう? 今回は1920年代の
南仏を舞台に、霊感占い師と皮肉屋奇術師の恋のさや当てが展開する。コ
リン・ファースとエマ・ストーンという、個別では大好きだけれどケミストリーは
微妙(?)なカップルが主演。英国紳士コリンはスーツがお似合いで本当に
素敵だし、アメリカンガール・エマちゃんは安定のかわいらしさ。だけどストー
リーはイマイチだったなぁ。。アレン作品は基本、コントだけれど、今回は出来
が悪い。ちょっと残念。

大御所ウディ・アレンの映画について今更言うのもバカみたいだけど、とにか
く本作はセリフが多過ぎる。登場人物をめぐる背景や状況、何から何まで全て
言葉で説明しようとするから、観ていて煩わしいことこの上ない。ラストはスタン
リーとソフィが結ばれるのであろうことは観る前からわかっているから、内容の
ほとんどはどうでもいいような気が(暴言)。同じく1920年代のフランスが舞台
だった 『ミッドナイト・イン・パリ』 とは大違い。あの作品は大好きだったんだけ
どなぁ。
ただ、クラシックな衣装や車、南仏のキラキラした陽光、上流階級の人々の暮
らしぶりなどは目の保養になる。特にソフィのドレスがかわいい! お花のつい
た帽子も、どれも超ラブリー♪ 、、ってくらいしか、感想がない作品なのよ。
トホホ・・・。

( 『マジック・イン・ムーンライト』 監督・脚本:ウディ・アレン/
主演:コリン・ファース、エマ・ストーン/2014・USA、UK)
翔べ! ~『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』

BIRDMAN OR
(THE UNEXPECTED VIRTUE OF
IGNORANCE)
かつてアメコミヒーロー映画 『バードマン』 に主演し、一世を風靡したもの
の、今は落ちぶれつつある俳優のリーガン(マイケル・キートン)は、再起を
かけてブロードウェイの舞台に打って出る。しかし演出・脚本・主演で臨んだ
プレビュー公演直前に共演者が事故で負傷。代役として同じく共演者のレズ
リー(ナオミ・ワッツ)が推したのは、実力派俳優・マイク(エドワード・ノートン)
だった。
アカデミー賞で作品・監督・脚本・編集の4部門を制した話題作。全編ワン
カット(に見える)映像が凄い! さすがは名手エマニュエル・ルベツキ!
彼は天才ですね。
しかし切れ目のない映像というのは、観る側にとっても案外、注意力を要
するもの。神経を逆撫でするかのようなドラムロールと相まって、いささか疲
れる映画だった。もちろん素晴らしい作品であることは間違いないし、映画
好きには 「絶対に」 オススメしたい作品ではあるのだけれど。

マイケル・キートン・・・。心底思う、オスカーをあげたかった。ほとんど本人、
と言ってもいいほどの役柄は、彼のオスカー受賞で完成したであろうに。
彼だけでなく、多くのハリウッド俳優の実名が飛び出し、エドワード・ノートン
の口からあのライアン・ゴズリングの名前が出た時には大ウケ。メグ・ライア
ンから、この映画の関係者は訴えられたりしていないのだろうか?(笑)
リーガンの娘・サムを演じたエマ・ストーンは、目の周りが真っ黒なジャン
キー、まるで岡崎京子のマンガに出てくる女の子のよう。オスカー候補は
エマに譲ったが、前妻シルヴィアを演じたエイミー・ライアンも素晴らしい!
彼女にすっかり感情移入してしまい、開演直前のリーガンを本気で応援し
てしまう私がいた。ウザキャラ俳優、ザック・ガリフィナーキスもいい味。
エド・ノートンは言うに及ばず!!

迷路のような劇場のバックステージの閉塞感と、バードマンに憑依したリーガ
ンが、大空を駆けるシーンの開放感が対を為す。ショービジネスの世界で頂点
を極め、生涯その幻影としてしか生きられなかった男の悲喜劇。作り手から批
評家、観客への皮肉も込められている半面、「全てを捨てて」 芸術に身を捧
げているかに見えて、結局は 「名声」 やスポットライトを求める表現者の性
が刻印された作品。ザッツ・エンターテインメント。観逃し厳禁。
( 『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』 2014・USA/
監督・製作・共同脚本:アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ/
主演:マイケル・キートン、エドワード・ノートン、エマ・ストーン)
愛について語るときに我々の語ること

アカデミー賞授賞式で勝者となったアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥが
「テス・ギャラガーに感謝します」 と言っていて、アレ? と思った。
「バードマンって、レイモンド・カーヴァーが原作なん?」 と。
そうではなくて、劇中劇として 『愛について語るときに我々の語ること』 が
使われているらしい。事前に読んでおくと映画がより味わい深い、という意見
もあり、(なんと)25年前、1990年に買ったこの本を引っ張り出した。内容が
全く思い出せなかったから(笑)。
なるほど、レイモンド・カーヴァーの作品と人物について、少しでも知ってい
るか、いないかでは随分印象が変わるかもしれない、『バードマン あるいは
(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』 鑑賞。感想は後日。
★追記:感想アップしました! (2015/04/15)
⇒ 『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』
何も買わない、何も売らない~『ジヌよさらば ~かむろば村へ~』

元銀行マンの高見武晴(松田龍平)は、東京から東北の寒村、限界集落ギリギ
リのかむろば村へやって来る。彼はお金を見ると失神してしまう 「お金恐怖症」
であり、過疎の村で一円も使わずに生きていこうと決意していた。
劇場で観た予告では、大好きな龍平&阿部サダだし、めっちゃ笑えるコメディ
みたいだし、で観る気満々。何も考えずに思いっきり笑うゾ、と思っていたのだ
けれど、アレレ? ビジュアルのキーカラーは爽やかなイメージの青だけど、こ
れって結構、ダークでバイオレントな作品ですよ。もちろん、笑える映画ではあ
るのだけれど・・・。レイティングはG、しかしPG12かR15+でもいいのでは?
てかこれがGで 『プリデスティネーション』 がR15+、って納得いかないな~。
映倫の基準って、よくわかりません。コメディだからGなのか? 監督・松尾スズ
キの権力だったりして(笑)。

主役は龍平、と宣伝されているけれど、実質はかむろば村の村長を演じた阿
部サダを巡って、ストーリーが展開する。村のみんなに 「タケ」 と呼ばれてか
まわれていた武晴が、自分を捨てて村中の世話をしていた村長の過去を知り、
ある事件に巻き込まれて、、というお話。そこに村の神なかぬっさん(西田敏行)
や役場の人々(村杉蝉之介&伊勢志摩の夫婦が最高)、旅館の女将(中村優子)
らが絡む。片桐はいりや荒川良々、皆川猿時まで出ているから 『あまちゃん』
と空目しそうにもなる(笑)。しかしそう考えると、『あまちゃん』 って 「大人計画
が朝ドラをやった」 ってことになるんだよね、、、それって改めて凄いことですね、
NHKさん。
そんな芸達者の中でも、存在感が全く薄まらない龍平、改めてイイ! 飄々と
した風貌が二枚目方面でなく、完全にコメディ方面に馴染んでいて、誰にも喰わ
れていない。あの失神演技、笑わずにはいられないわ。そしてその龍平やクドカ
ンも 「尊敬する人」 だと公言する、松尾スズキの凄みも感じたな~。

ちなみに、『夢売るふたり』 に続き、松たか子と阿部サダヲが夫婦を演じてい
る。あの映画も 「お金の話」 だったが、個人的にはこちらのほうが楽しめたか
な。阿部サダヲが(いつも以上に)振り切っているし、お松も軽いノリで演じてい
て、好感でした。
( 『ジヌよさらば ~かむろば村へ~』 監督・脚本:松尾スズキ/
主演:松田龍平、阿部サダヲ、松たか子、二階堂ふみ、西田敏行/2015・日本)
存在の環/輪廻の蛇~『プリデスティネーション』

PREDESTINATION
1970年のニューヨーク、連続爆弾魔による爆発が相次ぐ夜の街。ある酒場
のカウンターに、一人の男(サラ・スヌーク)がやってくる。バーテンダー(イー
サン・ホーク)は彼に興味を示し、身の上話をするよう促す。男の口から語ら
れたのは・・・。
ハインラインの原作、タイムトラベルSF、イーサン・ホーク主演。事前にこ
れ以外の情報はなるべくシャットアウトするよう気をつけて鑑賞。う~ん、こ、
これは・・・。もしかして、私は凄い映画を観たのではないだろうか。そして今、
激しく思っている、「もう一回、観たい!」 と。

映画を観るとき、先を読もうとしたり、推理しながら観る方ではない。字幕
を追いながらストーリーを解し、湧き上がる感情に身を任せる。しかしこの
映画は、冒頭から思わせぶりなシーンとセリフの連続。伏線が散りばめられ、
全く頭が休まる暇がない。
(強引に)一言で表すと、ストーリーは 「存在の環/輪廻の蛇」 そのもの。
理論的にはタイムトラベルは可能らしいけれど、そこに絶対に付きまとうのが
いわゆる 「タイムパラドックス」。 卵が先か、親鶏が先か。同じ時空に 「自
分が二人」 存在してしまうという矛盾。この映画はそれら全てを 「在り」 と
して、衝撃過ぎる結末へと一直線に向かう。そのパラドックスを理解するのは
簡単ではないけれど、映画としての面白さ、キューブリックのようなビジュアル
面を含めた完成度は、非常に高いと感じる。

イーサン・ホークは、このところ絶好調ですね。ジョディ・フォスター似の
サラ・スヌークも素晴らしい。ノア・テイラーもいい味出している。原作を読
んでみたくなった。
( 『プリデスティネーション』 監督・製作・脚本:マイケル&ピーター・スピエリッグ/
主演:イーサン・ホーク、サラ・スヌーク、ノア・テイラー/2014・豪)
『クロニクル』

CHRONICLE
こちらも評判が良かったのに、二週間限定公開という意味不明な縛りで観逃し
てしまっていた作品。デイン・デハーーーーーーーンン。

ボーイズ版 『キャリー』 ですねこれ。
( 『クロニクル』 監督:ジョシュ・トランク/2012・USA/
主演:デイン・デハーン、アレックス・ラッセル、マイケル・B・ジョーダン)
『マリーゴールドホテルで会いましょう』
森へ~『イントゥ・ザ・ウッズ』

INTO THE WOODS
パン屋を営む夫婦(エミリー・ブラント、ジェームズ・コーデン)は、子宝に
恵まれないことを悩んでいた。自分たちに魔女(メリル・ストリープ)の呪い
がかけられていると知った二人は、呪いを解く4つの品々を魔女に捧げる
ため、森の奥深くへと足を踏み入れるのだが・・・。
赤ずきん、ジャックと豆の木、シンデレラなど、童話の世界をミュージカル
に仕立てたディズニー作品。監督はロブ・マーシャルだし、メリル・ストリー
プは(カリフォルニア州法により)アカデミー助演女優賞にノミネートされて
いたし、豪華キャストだし、、、でもなんだか評判悪そう? いやいや、やっ
ぱ自分の目で確かめてみないと! というわけで観てきましたが、、、撃沈
でした(爆)。

もちろん、キャストはハリウッドの綺羅星のごときスター達ですから、歌は
素晴らしい! んだけど、赤ずきんの女の子がまぁ、かわいくないわ歌は耳
に付くは・・・(汗)。エミリー・ブラント&ジェームズ・コーデンはよかったです
よ。『ワン チャンス』 では全編吹替えだったジェームズ・コーデンがちゃん
と歌える人なんだな、というのがわかったし。しかしアナ・ケンドリック、シン
デレラにはちとトウが立ち過ぎていませんかね。。注:個人の感想です
物語は中盤から 『進撃の巨人』 の様相を呈し、ご贔屓エミリー・ブラント
が退場した後は睡魔に抗う気力もなく、爆睡でした。気付いたらエンドロー
ルだった・・・。とほほ。
パン屋夫婦や、ジャックや魔女はどうなったのか? ちょっと気になる。
でもこれ、テレビ放映あっても観ないと思うなぁ。ディズニー映画らしから
ぬ、ダークトーンの作品でした。あ、ジョニー・デップも出ていますよ。

( 『イントゥ・ザ・ウッズ』 監督・製作:ロブ・マーシャル/2014・米、英、加/
主演:メリル・ストリープ、エミリー・ブラント、ジェームズ・コーデン、アナ・ケンドリック)
私写真の系譜4/自分だけの神様~『たまきはる』

前夫・坪内祐三への思いを引きずりながらも、「末井さんと生きていこう」 と
結ばれた前作 『たまもの』 から12年。難産の末、やっとの思いで産み落とさ
れた、神蔵美子による私写真集/私小説。聖書をひも解きながら 「神」 につ
いて、夫婦について、愛と死について、時には鬱に苛まれながら、著者が考え
続けた記録。「たまきはる」 とは 「魂極る(霊剋る)」 の意。
あかあかと一本の道とほりたりたまきはる我が命なりけり (斎藤茂吉)
前作 『たまもの』 と同様かそれ以上に、著者の思考は過去へ、過去へと遡
る。著者が関わった超個性的な面々、特に寺山修司との関係には衝撃を受け
た。一番大きな出来事は、最愛の父の死。映画を 「シャシン」 と呼ぶ技師だっ
た父に著者は愛され、多大な影響を受けたのだろう。「父の娘」 であるという決
してぶれない芯が根底にあるから、彼女は 「愛の嵐」 の混沌の最中でも、鬱
の闇の中でも表現を模索する。奔放で我がままで、好き勝手に生きているよう
に見える著者を支えているのは、ただ無条件に愛された記憶。
愛の入り口では、誰もが 「自分だけの神様」 を探す。彷徨い続けた著者は
最後に 「父の愛」 に回帰し、与えられた愛の大きさを思う。そして読み終わっ
た私は改めて、著者の夫・末井昭という人に、思いを馳せずにはいられない。
表紙を飾りながら、どこか存在感の薄い登場人物としての 「スエイ」。名著
『自殺』 の著者であり、毎日欠かさず、「戦争反対」 とツィートし続ける末井
さん。彼こそが、神が著者に与えた 「たまもの」 なのだと。
( 『たまきはる』 神蔵美子・著/2015・リトルモア)