過去への旅~『ザ・マスター』

THE MASTER
第二次大戦に水兵として従軍していたフレディ(ホアキン・フェニックス)は、
退役後もアルコール依存から抜け出せずにいた。職を転々としながら放浪して
いた彼は、密航した船中で新興宗教団体 「ザ・コーズ」 の 「マスター」、ラ
ンカスター(フィリップ・シーモア・ホフマン)と出会う。
ヴェネチア映画祭で銀獅子賞と男優賞を受賞した、ポール・トーマス・アンダ
ーソン(PTA)待望の新作。いやはや、凄いものを観てしまった・・・。ホアキン・
フェニックスの 「狂犬」 ぶりと、フィリップ・シーモア・ホフマンの 「美声」 だ
けでも一見の価値あり。二人のシーンは全て 「ガチンコ相撲」 で、手に汗握
る。ホアキンって、こんなに凄い俳優だったんだ・・・。
しかしこの作品は、賛否両論、毀誉褒貶あるのもむべなるかな、という感じ。
観終わって、カタルシスも明確なメッセージも感じられず、当惑される方もいら
っしゃるだろう。個人的には文句なしで 「熱烈支持」 させていただくが、「偉
大なる失敗作」 だと言えなくもない。映画好きの方々には、是非ご自身の目
で、判別式を立てていただきたい。

結局この映画は、マスター(教祖)とフレディとの 「愛憎の物語」 なのだろ
うか? 彼らの間にあったのは疑似的な父子関係であり、マスターがフレディ
に施す 「治療」 の過程は、行為を伴わないセ●クスそのものに見える(「ま
ばたきするな」)。魂の永遠を信じ、「来世で会おう」 という言葉とともに別れ
る二人は、いわゆる 「ソウルメイト」 なのだろうか。
PTAは新興宗教を断罪するわけではない。そこに描かれるのは、過剰にし
か生きられない、「何か」 にすがらねば生きられない人々だ。その 「何か」
が、フレディにとってはアルコールであり、教祖であり、ドリス・デイの幻影で
あった。
映像はあくまで美しく、クラシックで格調高い。青い海に残る船跡が、目に
焼き付いて離れない。PTAのこだわり、タランティーノやスピルバーグの映画
にも通じる 「しつこさ」 が、スクリーンからガンガン伝わって来て痺れる。そ
れは、映画のためならどこまでも 「残酷」 になれる、ということ。

謎の多い映画でもある。 「砂の女」 を抱いて眠るフレディ。全ては彼が観た
夢だったのか、それとも彼は母なる 「海」 に抱かれ、子宮に還ってゆくのか、
生まれ変わるために。
それにしても 「中国行きのスロー・ボート」 である。『マグノリア』 の空から
降ってくるカエルといい、PTAと村上春樹って、つくづくシンクロしてると思う。春
樹さんも、この映画どこかでご覧になったかな? 気に入って下さると、うれしい
のだけれど。
( 『ザ・マスター』 監督・製作・脚本:ポール・トーマス・アンダーソン/
主演:ホアキン・フェニックス、フィリップ・シーモア・ホフマン/2012・USA)
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輪廻する六重奏~『クラウドアトラス』

CLOUD ATLAS
世紀をまたぎ、国も性別も超えて転生する魂たち。6つの時代の異なる場所
で起こる出来事を並行して描きつつ、ひとつの命題に光を当てる壮大な物語。
「何故、人は同じ過ちを何度も何度も繰り返し、それでも命を繋いでゆくのか」
この作品、ウォシャウスキー姉弟とトム・ティクヴァが組み、3人で共同監督
したというところに興味を持った(トム・ティクヴァは音楽も担当)。豪華キャスト
は特殊メイクを施され、一人が何役もこなしているのには驚き。エンドロールで
配役の 「種明かし」 がされるまで、気付かなかった役もあるほど。元祖 「ヒ
ュー様」 ことラブコメの帝王ヒュー・グラントが、真面目な役(笑)を演じている
のも観どころのひとつ。上映時間はほぼ3時間、確かに長い映画ではあるが、
決して観て損はない。

私が一番惹かれたのは、1936年、「クラウドアトラス六重奏」を生み出した
作曲家志望の男、フロビシャー(ベン・ウィショー)の物語。ベン・ウィショーっ
て、なんとも言えない魅力のある俳優さんですね。。
I believe there is a another world waiting for us,
A better world. And I'll be waiting for you there.
どこかによりよい世界があって、僕らを待っていると信じている
そこで君を待っているよ
そして一番のサプライズは、アジア代表ペ・ドゥナが、「最重要」と言っても
いいほどの役どころだったこと。予告編やポスターでは、特に大きな扱いで
はないので、これは嬉しい驚きだった。
クローン人間ソンミ(ペ・ドゥナ)は、そのやわらかく透明な声で繰り返す。
「我々の命は、我々自身のものではない」 と。韻を踏んだ美しいフレーズは
耳に心地よく、頭の中にすぅ・・・っと入ってくる。
Our lives are not our own. From womb to tomb,
we are bound to others.
Past and present. And by each crime and every kindness,
we birth our future.
私たちの命は 私たち自身のものではない
子宮から墓まで 私たちは誰かとつながる
過去と現在。そして全ての罪と思いやりが、私たちの未来を産む
Fear, belief, love phenomena that determined
the course of our lives.
These forces begin long before we are born and continue
after we perish.
恐怖、信念、愛の現象--私たちの人生を決定づける出来事
それらは私たちが生まれる前に始まっていて、死んだ後も続いてゆく

最近の私は、輪廻なんてない、前世も来世も関係ない、死んだら終わり、
「無」だ。と、思い込もうとしていた。もう、この辛い人生を繰り返したくない、と。
でも、この映画を観て・・・。人は何度も何度も過ちを繰り返しながら、生まれ
変わって巡り逢う存在なのかなぁ、とまた思い始めている。死は扉に過ぎず、
扉を開けた新しい世界で 「あの人」 が待っている・・・。愛はずっと続くんだ、
と。
Yours eternally,
( 『クラウドアトラス』 監督・製作・脚本:ラナ&アンディ・ウォシャウスキー、
トム・ティクヴァ/2012・独、米、香港、シンガポール/主演:トム・ハンクス、
ハル・ベリー、ジム・スタージェス、ペ・ドゥナ、ベン・ウィショー、ヒュー・グラント)
隣のおじいちゃんとおばあちゃんのこと。~『愛、アムール』

AMOUR
元音楽教師のアンヌ(エマニュエル・リヴァ)とジョルジュ(ジャン=ルイ・トラ
ンティニャン)は、パリのアパルトマンに暮らす仲睦まじい老夫婦。悠々自適な
生活を送っていた彼らを病魔が襲い、アンヌは右半身が麻痺してしまう・・・。
「老老介護」 する夫婦の、愛と破滅を描いたドラマ。カンヌ映画祭パルムドー
ルを皮切りに、2012年度の映画賞をまさしく 「総なめ」 した話題作。監督は
「欧州の意地悪じいさん」 ことミヒャエル・ハネケ。
☆★ いきなりですが結末に触れています ★☆
この映画、驚くべきことにファーストシーンで物語の結末が明示されているの
です。手に手を取って弟子の演奏会に出かけていたハイソな老夫婦が、如何
にして 「終わり」 を迎えるのか。突き放すでもなく寄り添うでもなく、ただ淡々
とカメラは老夫婦を追います。そして、ラストシーンは夫婦の娘(イザベル・ユペ
ール)が、誰もいなくなったアパートの部屋で物思うショット。彼女は映画を観て
いた 「私」 であり、無音のエンドロールの後も、否応なく生老病死について考
えさせられてしまう。画面には全編ハネケ印の緊迫感がみなぎり、老優ふたり
の名演と相まって、重量級の宿題を課されたような余韻を残す秀作。
ただ、私はこの映画を 「至高の愛」 を描いた作品だとは思えません。

今はこの世を去った父方の祖父母も、この二人と似たような状況でした。しか
し病に倒れた祖母を、祖父は最後まで介護しました。私の母はもちろん、ヘルパ
ーさんにも随分お世話になったのですが、艶福家だった祖父の周りに女性がい
ることを祖母が嫌い、基本的には祖父が一人で、24時間介護したのです。
アンヌと同じように気高く美しかった祖母も、最後には寝たきりとなり、自宅で
眠るように亡くなりました。祖父も後を追うように亡くなり、、、。
映画でも描かれたように、周りは言うのです。「お二人で頑張っていらして、、、
素晴らしいご夫婦ですね」 と。でも、本人たちは本当にきつかったと思います。
元気だった頃を知っている身内も、老いて弱っていく彼らを見るのは本当に辛い。
出来れば目を背けていたい 「現実」 を描いていることが、この映画が評価され
た所以なのか・・・。

私はペシミストなのでしょう、こういう映画を観てしまうと 「どうして人生は
かくも長く、辛いのか?」 と思ってしまう。ハネケの過去作とは、随分後味
が違うけれど・・・。その「突き付けられた」感は、変わらないのでした。
( 『愛、アムール』 監督・脚本:ミヒャエル・ハネケ/2012・仏、独、オーストリア/
主演:ジャン=ルイ・トランティニャン、エマニュエル・リヴァ)
魔法の王国~『オズ はじまりの戦い』

OZ: THE GREAT AND POWERFUL
1905年、カンザス。奇術師のオズ(ジェームズ・フランコ)は竜巻に乗って
空から落ち、極彩色の国 「オズ」 に迷い込む。魔法使いだと勘違いされた
オズは、セオドラ(ミラ・クニス)とエヴァノラ(レイチェル・ワイズ)という美しき
魔女姉妹から、「この国を支配する邪悪な魔女、グリンダ(ミシェル・ウィリア
ムズ)を退治して欲しい」 と懇願される。
「夢と魔法の王国」 ディズニープレゼンツ、『オズの魔法使い』 前日譚。
いや~、面白かった! 楽しかった♪ これはまんま、テーマパークのアトラ
クションですね。予告篇では、内容にはあまり惹かれなかったのですが、キャ
ストが全員好きな俳優さんなので劇場へ。いや~、観てよかった。これは昨
年の公開映画の流れの一つ 「映画創世記」 モノに連なる作品かも。オス
スメ! 2D・字幕版にて鑑賞。

オープニングはモノクロで、 『アーティスト』 でも採用されていたスタン
ダードサイズの画面。オズが 「オズの国」 に迷い込んだ瞬間に、フルカ
ラー・スコープサイズに変わる転換が見事。
ジェームズ・フランコはじめ、キャストは皆オーバーアクト気味なれど、それ
がこのワンダーランドに巧くマッチしている。ミラ・クニスの相変わらず大き過
ぎる瞳、そしてレイチェル・ワイズの美しさよ! あの艶やかな髪と肌は、と
てもブリティッシュとは思えない。アジエンス入ってる?(英国民の方ごめん
なさい)
この、叶姉妹もビックリの美魔女姉妹に比べると、ミシェル・ウィリアムズは
ちょっと弱いかな? 一番かわいいのは 「陶器の女の子(チャイナ・ガール
って言うんですね)」 であることに異論はありませんが。
しかし、ラストの 「魔法の杖対決」 は、まんまハリー・ポッターですね。こ
こだけUSJだという(笑)。

オズが邪悪な魔女を退治するために製作した映写機、これ映画の原型で
すよね。『ヒューゴ』 や ジョルジュ・メリエスを思い出して、ちょっと感動。
カラフルなまま暗転しないエンドロール、「THE END」 までクラシック。
続編あるのかな? 楽しみに観たいです♪
( 『オズ はじまりの戦い』 監督:サム・ライミ/2013・USA/
主演:ジェームズ・フランコ、ミラ・クニス、レイチェル・ワイズ、ミシェル・ウィリアムズ)
夢、うつつ、まぼろし ~『マーサ、あるいはマーシー・メイ』

MARTHA MARCY MAY MARLENE
森を抜けた山中にある、カルト集団のコロニーを脱走したマーサ(エリザベス
・オルセン)は、たった一人の家族である姉ルーシー(サラ・ポールソン)に助け
を求める。カルトのリーダーであるパトリック(ジョン・ホークス)から 「マーシー
・メイ」 という名前を与えられていたマーサは、フラッシュバックするおぞましい
記憶に悩まされ・・・。
孤独な少女時代を過ごし、自らの 「居場所」 「役割」 を求めた結果、虐待
を伴う破壊的カルト集団に身を委ねてしまった女性を描いたサスペンス。劇場
予告を観た瞬間から期待度はMAX、そしてそれを裏切らない異色作。ミニシア
ターでひっそりと上映されるタイプの作品ではあるけれども、全国で6館という
上映数は、あまりにも寂しい。是非多くの方に、それもなるべく若い方に観てい
ただきたい作品だと思う。

それはやさしい顔をしてやってくる。新しい名前を与えることで過去と決別
させ、歌を捧げることで心を惹きつけ、「お前はリーダーで教師だ」 という言
葉で自尊心をくすぐる。常識やモラルを破壊し、虐待を 「浄化」 と言い換え、
殺人さえも正当化する異常集団。いつの間にか人格の全てを奪われ、犯罪
に手を染めても、罪悪感を抱くこともない、マインドコントロールの恐怖。霞が
かかったように薄ぼやけた映像と、不協和音のような音楽が、マーサの、そ
して観る者の不安と恐怖を煽る。
本作が映画デビュー作だというエリザベス・オルセンが、「こわれゆく女」
を体現して見事。現実と記憶との駆け引きの中で、何とか踏み止まろうとも
がきながらも、どうしようもなくどんよりと曇ってしまった瞳の演技が素晴らし
い。
ティアドロップことジョン・ホークスも、包容力とカリスマ性を感じさせる佇ま
いが役柄そのもの。彼の立ち姿は、それだけで森を神話が生まれる場所に
変えてしまう。夢とうつつが交錯する、まぼろしのように美しくも恐ろしい物語
を現出させたショーン・ダーキン監督も、本作が長編デビュー作だという。驚
くべき才能ではないだろうか。

マーサを救うためには、専門家の手に委ねるしかないという結論に姉夫婦が
達したとき、追手はすぐそこまで迫っていた。マーサは逃げ切れるのか? 心
身の傷を癒し、社会復帰できる日はやってくるのか。何処にも行くあてはなく、
希望も見えない。何ともやりきれない幕切れ。しかし、安易に主人公を救うハッ
ピー・エンディングではないところにこそ、この映画の 「良心」 がある。
( 『マーサ、あるいはマーシー・メイ』 監督・脚本:ショーン・ダーキン/
主演:エリザベス・オルセン、ジョン・ホークス、サラ・ポールソン/2011・USA)
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壮大過ぎるホラー映画(笑)~『キャビン』

THE CABIN IN THE WOODS
週末を人里離れた山小屋で過ごすために出かけた、若者5人。「いかにも」 な
風情のそこには地下室があり、彼らは古い日記を見つける。そして、そんな彼ら
の行動は全て、ある場所である組織によりモニタリングされていた。
「予測不可能ホラー」 「今年のベスト10に絶対入る!」 「超オススメ!」
という前評判に、普段ホラー映画は観ない(てか観られない、怖くて)私も、前売
り券(!)まで購入して楽しみにしていた作品。初日の初回に鑑賞。しかし・・・。
結論から言うと、ノレなかった自分が悲しい(泣)。いや、言い訳をさせてもら
うと、寝不足で・・・すみません。しかし、確かに、全く怖くはなかった。ホラーが
苦手な人でも大丈夫。むしろ楽しめるでしょう(くれぐれも睡眠はたっぷりで)。

◆ ※ ◆ ネ ◆ タ ◆ バ ◆ レ ◆ ※ ◆
リチャード・ジェンキンスやクリス・ヘムズワースというビッグ・ネームも主役級
で出てはいるが、まぁ女優陣の安っぽいこと、、、と思っていたら何ですかあの
人のサプライズ登板は(驚)!! 日本も出てくるし、笑いどころもあって楽しめ
るけれど、やっぱりホラー好きな人のための映画、という気がしないでもない。
基本、B級作品だと思うのですが、後半の怒涛の展開はまさに予測不可能。
そして、何なんでしょうあのラストカットは・・・。もしかして世界は終わるのか?
マジで? それは困る(笑)。
う~ん、何だか 『スペル』 を観たときの感覚と非常に近いです・・・。

( 『キャビン』 監督・共同脚本:ドリュー・ゴダード/2011・USA/
主演:クリステン・コノリー、クリス・ヘムズワース、リチャード・ジェンキンス)
2013年2月に読んだ本/6冊

先月は 「ここ数年読んだ小説、向こう数年読むであろう小説」 の中でも
ベストと思える小説に出会いました。ところが、ある土曜日。カーラジオから
流れてきたのは 「村上春樹が4月に新たな長編小説を発表する」 という
ニュース。楽しみですねぇ。
ニュースといえば、『小さいおうち』。文庫化されて、映画化のキャストも
発表されましたね。時子奥さま、松たか子さんか・・・。うーん。。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『そして、人生はつづく』 川本三郎・著 ★★★★☆
映画タイトルをもじった川本さんのエッセイは大好き。今回はキアロスタミ
です。奥様を亡くされてからのひとり暮らしは、変わらない 「妻恋の日々」
でもあります。しかし、川本さんって基本 「ミーハー」 だと思うんですよね。
臆面もなく 「井上真央のファンになった」 とか書いているし(笑)。ずっとお
元気で。
この本の中で、川本さんが紹介されている本を2冊、読んでみました。以下。
『母の遺産-新聞小説-』 水村美苗・著 ★★★★★+
大佛次郎賞を受賞した長編小説。水村美苗さんの著作は初めて読みまし
たが、もう、凄いです。圧倒されます。「モノが違う」 というのはこのことです
ね。
「最上のわざ」 とは真逆な、超がつく俗者の母。嫌悪感でいっぱいになり
ながらも、ページを繰る手が止められない。文体はもちろん、描写力、構成
力全てに隙がなく、重層的で緻密でありながら感情を疎かにしない。真っ当
な文学であることは、すなわち最高にエンターテインメントでもあることを証明
した大傑作。
2010年代を代表する小説であることは間違いないでしょう。特に、女性に
オススメいたします。
『高く手を振る日』 黒井千次・著 ★★★☆
刊行当時、書評欄で話題になり、気になっていた作品。妻を亡くした男が、
大学時代同窓だった(そしてほのかな思い出を共有している)女性と再会す
る。古希を過ぎた男女の恋愛。正直、ここまで「抑制」しないといけないもの
かとも思いましたが・・・。携帯メールによるやり取りが、21世紀してます。
『第二図書係補佐』 又吉直樹・著 ★★★★
「第二」でしかも「補佐」。解説や書評ではなく、「自分の生活の傍らに、常
に本という存在があることを書こうと思いました」。私も、ずっと本に助けられ
てきた一人です。又吉くんのことが、ますます好きになった一冊。
『空想読解なるほど、村上春樹』 小山鉄郎・著 ★★★★
村上春樹を長年読み続け、取材してきた著者だけに、様々な 「トリビア
(へぇ)」 が満載です。ハルキストなら面白く読めるはず。そういえば、ハ
ツミさんのワンピースも 「ミッドナイト・ブルー」 だったなぁ、とか。
『水瓶』 川上未映子・著 ★★☆
高見順賞を受賞した、著者の第二詩集。でも、これ限りなく散文に近い詩、
ですよね?(或いは、詩に近い散文?) 「バナナフィッシュ」 は好きです。
妹の赤ちゃん
Dは発音しない~『ジャンゴ 繋がれざる者』

DJANGO UNCHAINED
”Django. The D is silent.”
南北戦争の2年前、テキサス州のどこか。元歯科医で賞金稼ぎに転向した
ドイツ人シュルツ(クリストフ・ヴァルツ)は、お尋ね者の顔を知る黒人奴隷ジャ
ンゴ(ジェイミー・フォックス)を見つける。シュルツはジャンゴを相棒にし、二人
は旅を始める。
黒人が、奴隷として虐げられていた時代の南部アメリカを舞台に、極悪な大
農園主カルビン・キャンディ(レオナルド・ディカプリオ)に買われた妻・ブルー
ムヒルダ(ケリー・ワシントン)の奪還に身を投じる男=ジャンゴの姿を描いた
活劇。面白かった、、滅茶苦茶面白かった! 予告編も含めると、3時間近く
シアターの椅子に座っていたわけだが、長さは感じない。だって面白かったか
ら。
私はマカロニ・ウェスタンにもB級映画にも全く詳しくないので、(恐らく)タラ
ンティーノが引用(オマージュとも言う)しまくっているのであろう 「元ネタ」
は全くわからない。しかし、この映画が 「面白かった」 ということを感じるこ
とはできる。タランティーノの過剰さ、これでもか、という 「しつこさ」 が、ど
んな巨匠監督にも負けないほどの 「映画愛」 から来ているのだろうという
ことも。QT、アカデミー脚本賞受賞おめでとう! しかし・・・。

ここからは、20年来のレオナルド・ディカプリオファンとして一言。オスカ
ーよ、アカデミー協会よ。どーしてレオがノミネートすらされていないのです
か?
ヴァルツさんは、そりゃあ素晴らしい演技でしたよ。。「儲け役」 と言って
もいいくらいの 「いい役」 だったし。しかし、彼が巧いのは 『イングロリア
ス・バスターズ』 で、もう十分わかりましたから。今回の彼の演技が、あの
役を凌駕していたとは、私には思えません。同じ監督作で、助演賞を2回、
授与するなんて、ちょっと芸が無さすぎるのでは? 私には、レオだって
十分助演男優賞に値すると思えるのですが・・・。レオ、「休養宣言」 にはビ
ックリさせられたけど、『ギャッツビー』 楽しみにしているからね♪ これか
らも、いぢわるされてもがんばるんだよ。

エンドロールの、最後の最後まで楽しませてくれる本作。こういう映画観る
と、「映画が好きでよかったなぁ」 って思います。是非、劇場で!
( 『ジャンゴ 繋がれざる者』 監督・脚本:クエンティン・タランティーノ/2012・USA/
主演:ジェイミー・フォックス、クリストフ・ヴァルツ、レオナルド・ディカプリオ)
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囚われた男~『フライト』

FLIGHT
ベテランパイロットのウィップ(デンゼル・ワシントン)は、制御不能に陥った
旅客機を彼にしかできない驚異的な操縦法で不時着させる。多くの人命を
救い、一躍時の人となったウィップだったが、彼はある秘密を抱えていた。
ロバート・ゼメキス、久々の実写映画。デンゼル・ワシントン主演ということ
で、楽しみにしていた作品だった。勇んで鑑賞したが、うーんちょっとイライラ
した時間が多かったかな? 長尺は気にならないが、主人公と、彼を擁護す
る敏腕弁護士(ドン・チードル)や組合理事(ブルース・グリーンウッド)たちの、
あまりの倫理観のなさに唖然とすることしばし。飲酒運転は犯罪だし、アル
コール依存症は病気です。しかしそのイライラも、ラストシーンへの 「大いな
る助走」 だと思えばいいのかもしれないけれど・・・。

表向きの主題は、ウィップという男の良心の揺れ。刑務所入りを恐れ、依
存症を隠し、嘘をつき続けて偽りのヒーローとして飛び続けるのか。それとも、
真実を語ることで、翼を失うという「罰」を甘んじて受けるのか。ウィップは逃
げ切るのか、それとも立ち止まるのか?
そして、月の裏側にあるもう一つの主題は、「神」 の存在。「お天道様が
見ていますよ」 とでも言うべきか。
入院中の癌患者の言葉や、副操縦士夫妻(怖過ぎる!)の 「説教」 に、
ウィップの心にも 「見えざる存在」 の姿が少しずつ浮かび上がっていたの
かもしれない。土壇場で、彼はやっと抱え続けた 「重荷」 を下ろす。「本当
のこと」 を語ること、それは即ち失うと恐れていた 「自由」 を得ることであ
り、彼の心に初めての平穏をもたらしたのだ。

メリッサ・レオが事故調査委員長で登場するが、ちょっと彼女には役不足だ
ったかも。しかし、冒頭の乱気流&墜落シーンはマジで怖かった。迫真の映像。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
教訓(1) シートベルトはしっかりと締めましょう。
教訓(2) 飲んだら乗るな。乗りながら飲むな!(怒)
( 『フライト』 監督・製作:ロバート・ゼメキス/2012・USA/
主演:デンゼル・ワシントン、ドン・チードル、ケリー・ライリー)
君のサインを見逃さない~『世界にひとつのプレイブック』

SILVER LININGS PLAYBOOK
妻の浮気相手を殴り、精神病院送りになった挙句、妻への接近禁止令を言い
渡されたパット(ブラッドリー・クーパー)。彼は友人の義妹ティファニー(ジェニフ
ァー・ローレンス)と出会う。彼女もまた、夫を亡くしたショックから立ち直れず、
精神的に不安定な状態だった。
ジェニファー・ローレンスがアカデミー主演女優賞を受賞した、ヒューマン・ロマ
ンティック・コメディ。ジェニファーだけでなく、主演男優、助演男女優部門でもオ
スカーにノミネートされ、俳優陣のアンサンブルも素晴らしい作品。監督・脚色
は、才人デヴィッド・O・ラッセル。エンドロールのサンクスのトップに、故シドニ
ー・ポラックの名前がありました。これは今年のベスト作の一本。期待はしてい
たけれど、それ以上に大・満・足、でした。

思えば監督の前作 『ザ・ファイター』(クワッカー!) も、「過剰な」 家族を
描いた作品だった。この映画も、基本、ラブコメではあるのだけれど、個人的に
印象に残ったのは、家族の絆。(恐らく)リーマン・ショックで職を失った父(ロバ
ート・デ・ニーロ)は、熱烈なファンである地元アメフトチーム、イーグルスへの
「賭け」 で一攫千金を狙っている。そんな夫に寄り添い、キッチンで黙々とゲン
を担ぐための 「カニの唐揚げ」 を作る母(ジャッキー・ウィーヴァー)。息子を
愛し、実力行使でパットを病院から連れ戻したのも、この母だった。
そんな両親の元、パットはキレたい放題。夜中に両親の寝室を急襲し、ご近
所を恐怖に陥れる。いい歳をしたそんな愛息子を、両親はただ 「見守って」 い
る。それがどんなに難しいことか!
この 「過剰な」 家族に違和感を覚えた人は、この映画を心底愛することは
できないかもしれない。 『ザ・ファイター』 を年間ベストに挙げる人が、とても
少なかったように。最近気付いたのだが(遅)、私自身も相当 「過剰な」 環境
で育ったので、この一家を他人事とは思えないのだった。

そして、誰もが認めるであろう、この作品で最高に光り輝いているのはジェ
ニファー・ローレンス! クレイジーで、愚かだけど、愛おしくてたまらない仏頂
面ヒロインを、はちきれそうな肉体を駆使して全身全霊で演じる様は、感動の
一語に尽きる。彼女、天才かもしれない。巧い、巧過ぎる。
元妻からの手紙に隠された 「サイン」 を読み取ったパットが、その時を境
に 「正気」 に戻り、父の一世一代の後押しを得て真実の愛に辿り着く--
言葉にすれば、少し陳腐なこのシチュエーションも、ダニー・エルフマンの音楽
とクリスマス・イルミネーションの魔法にかかれば、最高にロマンティックなハッ
ピー・エンディングに変わる。折れた翼は再生可能。過去に囚われなくていい、
何回だって人生はやり直せる。観終わって、元気になれた映画だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
しかし、最後までわからなかったのは原題の意味。調べてみると、Every
cloud has a silver lining.という諺で、逆境にあっての希望の光、という
意味らしい、なるほど。劇中では聴き取れなかったが、トレイラーを観直して
みると確かに、パットが”silver lining!”と言っている。邦題を考えた人は、
SMAPかマッキーがお好きなのかな。
( 『世界にひとつのプレイブック』 監督・脚本:デヴィッド・O・ラッセル/
主演:ブラッドリー・クーパー、ジェニファー・ローレンス/2012・USA)
テーマ : この映画がすごい!!
ジャンル : 映画