大佐と「ランボーの息子」 ~『リトル・ランボーズ』

SON OF RAMBOW
父を亡くした少年ウィル(ビル・ミルナー)は、厳格な戒律の教会に属する家庭
に育ち、テレビをはじめ映画、ポピュラー音楽など「俗世の娯楽」全てを禁じられ
ていた。そんな彼が、学校一の問題児リー・カーター(ウィル・ポールター)と出
逢う。
ミニシアターでひっそりと公開されている本作、全くのノーマークでした。しかし
予告を観て、「絶対に観たい!」と思ってしまったのです。そして期待に違わぬ、
素晴らしい作品でした。少年の友情と痛み、家族の絆、創造することへの抑え
難い憧憬が、いっぱいにつまった94分間。これは必見! また一つ、映画と映
画館にまつわる名作の誕生です。今年のベスト作の一本。

演技は未経験だったという、主役の二人の少年が最高にかわいい!! ヒュ
ー・グラントの少年版といった雰囲気のラブリーなウィル、こういう悪そうな顔の
ガキ、いるよね~(笑)、、という面構えのリー・カーター。時は80年代初頭、スタ
ローンの映画『ランボー』が大ヒットしている英国の田舎町。映画館の前で聖書
を朗読させられているウィル。その映画館でタバコ(!)をふかしながら、『ランボ
ー』を盗撮(!!)しているリー・カーター。理由は違えど、二人は教室の「はみ
出し者」だった。
BBCの素人ビデオ番組に投稿するため、映画を撮り始める二人。ミシェル・
ゴンドリーもビックリ、な超ローテクの特撮(?)と、教義そっちのけで「ランボー
の息子」に成り切っているウィルには笑い転げてしまう。彼の想像力と好奇心は、
どんな戒律や誓いを持ってしても縛ることはできない。YOUTUBE全盛の現代
なら、「大佐」と「ランボーの息子」はネットが生んだ大スターになっているかもし
れない。撮影を重ね、互いの父の「不在」について語り合い、「血の絆」で友情の
誓いを立てる二人。しかしそんな蜜月も、フランスからの交換留学生ディディエ
(ジュール・シトリュク)の登場により、暗雲が垂れこめる・・・。

誰にも媚びず、群れないリー・カーターが、何故あれほど傲慢で横暴な兄ロー
レンス(エド・ウェストウィック)にだけは従順なのか。ビデオカメラが壊れた時、
彼は「たった一人の家族」である兄をも失うことになると絶望しただろう。身も心
も傷ついた彼を乗せた救急車があの映画館に着いたとき、これから起こること
がわかったような気がして、涙が溢れて来た。しかし、実際にあの場所でリー・
カーターが目にした「映像」は、私の浅はかな予想を遥かに超えるものだった。
「今日は人生最高の日だ」。ウィルとリー・カーターの表情が、本当に、本当に
素晴らしい。最高の友情と、最高の映画に拍手。
( 『リトル・ランボーズ』 監督・脚本:ガース・ジェニングス/
主演:ビル・ミルナー、ウィル・ポールター/2007・英、仏、独)
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整理番号3番 (11/25 追記あり)

今日は休日。朝からシネマート心斎橋に『リトル・ランボーズ』を観に行って
来ました。素晴らしい作品でした(涙、涙、、)。感想はまた後日。
時間的に鑑賞は無理だったのですが、本日が限定上映2回目となる『スプ
リング・フィーバー』のチケットも購入。スタッフの方には「鑑賞は無理なので
すが購入します」 と断りを入れておきました。
劇場鑑賞できるといいのですが。。
--------------------------------
追記:11/25
アップリンク社長浅井隆氏によれば、↑この回立ち見が出たそうです(涙)。
うれしい~。。。
来月4日から一日二回上映。なんとか駆け付けます♪
http://www.cinemart.co.jp/theater/shinsaibashi/topics/#006410
テーマ : ☆.。.:*・゚中国・香港・台湾映画゚・*:.。.☆
ジャンル : 映画
香港映画健在なり~『コネクテッド/保持通話』

CONNECTED
シングルマザーのグレイス(徐熙媛バービー・スー)は、ある朝突然誘拐・監禁
される。壊された電話機をなんとか修復し、繋がった先は妻に逃げられたしがな
い男、アボン(古天樂ルイス・クー)だった。
香港映画界において、史上初めてハリウッド映画を「正式に」リメイクした作品。
オリジナルは『セルラー』(未見)。犯人役がジェイソン・ステイサム、か・・・、ちょ
っと観たいかも(笑)。例によって劉リウ・イエ目当てで鑑賞。う~ん、これは
面白かった! というか、「声に出して笑える香港映画」の神髄を観た、って感
じ?!
もうね、、あのちっこい車がビューーンと飛んで、どんだけ~、な破壊の連鎖
になるところなんて爆笑でしたよ。。同じアングルのカーアクションであっても、
他国の映画だとこうは笑えない。この「おかしみ」は一体、何なのでしょうか。
勿論、笑えるだけではありません。ストーリーの「運び」が巧みで、見せ場を
心得ている作りが憎い。これでもか、のどんでん返し、ラスト近くの落下シーン
のスローの使い方! アクションにメリハリが利いていて、全く飽きさせない。
この「メリハリ」が感じられなかったんだよね、『SP 野望篇』には・・・。リアリテ
ィを追求したのだろうことは理解できるし、「頑張ってる」とは思えても、アクシ
ョンにワクドキ感がないのだ。一方、観るものがどれだけ楽しめて心躍らせら
れるか、そこに命懸けてる感がある、この映画には。
大陸出身のグレイスの話し言葉で北京語と広東語の違いを際立たせ、警官
2004番(張家輝ニック・チョン)が犯行に気づく、というのも香港らしい。
で、誘拐グループの主犯を演じた肝心のリウ・イエですが・・・。率直に言うと、
『ブラッド・ブラザーズ -天堂口-』に引き続き、「悪役は合わない」のではな
いか、と。。。サングラスを外した瞬間に、あの人の良さそうな黒い大きな瞳(と
長過ぎる睫毛)が現れては、ちょっとテンション下がりますね(ファンとしては上
がるんですが、笑)。りうくんって基本的に、顔立ちが仔犬系善人顔ですから。
黒ずくめのファッションは、スタイルが際立って惚れ惚れしますが。あと、あの
帽子。台湾金馬奨授賞式での姿が浮かんできて仕方ない、藍宇熱ビギナー
な私なのでした(泣)。
( 『コネクテッド/保持通話』 監督・共同脚本:陳木勝ベニー・チャン/
主演:古天樂ルイス・クー、徐熙媛バービー・スー、劉リウ・イエ/2008・香港、中国)
テーマ : ☆.。.:*・゚中国・香港・台湾映画゚・*:.。.☆
ジャンル : 映画
来年は早起きするぞ!

BRUTUS 2010年 12/1号「映画監督論」を買いに行ったら、、、あらまぁ
岡田くんじゃない♪ CUT、昔は毎号買っていたのですが、大きさが変わって
からは「何だかフツーの雑誌になったなぁ」と思ってしまい(すみません)。
今では「たまに」買う程度です。どちらも最後の一冊でしたよ。。ギリギリセーフ
さて。第二回「午前十時の映画祭」のラインナップが発表されましたね~。
実は第一回の今年は、全く観に行けておりません。しかし、、来年は絶対行く
ゾ! 早起きするゾ! というわけで、「絶対外せない7本」を自分のために覚
え書き。
『甘い生活』 2011/03/26(土)~2011/04/01(金)
『ザッツ・エンタテインメント』 2011/05/21(土)~2011/05/27(金)
『バンド・ワゴン』 2011/05/28(土)~2011/06/03(金)
『ディア・ハンター』 2011/07/16(土)~2011/07/22(金)
『シベールの日曜日』 2011/08/13(土)~2011/08/19(金)
『ミツバチのささやき』 2011/11/19(土)~2011/11/25(金)
『キャリー』 2012/01/14(土)~2012/01/20(金)
( ※ 日程は全てTOHOシネマズなんば )
一番観たいのは、『ミツバチのささやき』です。ちょうど一年後か。。その頃、
自分は何を考えているんだろう? ブログは続けていたいな。。
美味しい小説~『スープ・オペラ』

35歳・独身のルイは、還暦間近の叔母・トバちゃんと二人暮らし。ある日トバ
ちゃんが恋に落ち、家を出て行ってしまった・・・。ひとりぼっちになったルイの
もとに、二人の男性が現れる。
映画『スープ・オペラ』の原作小説。阿川佐和子氏の書いたものは、エッセイ
も含めて初めて読んだ。テレビ番組の司会や雑誌対談のホステスとしてはお
馴染みだったけれど、こんなにも面白い小説を書く人だったなんて・・・。映画
の世界観も大好きだったけれど、小説は映画以上に素敵。映画とキャラクター
は少しづつ違ったりもするのだけど、登場人物の一人一人が、活き活きして、
愛おしくて。。早く読みたいんだけど読み終わるのがイヤで、ゆっくりゆっくり、
読み進んだ。最後には、ルイが自分の大切な大切な親友のような気がして、
ぽろぽろ涙が出た。奈々子のセリフにも共感。
実は、あの小さな映画が私にもたらした影響は結構、大きいのです! 映画
を観て以来、夕食には必ずスープを一品、作るようにしているのだ。ルイみたい
に鶏ガラを煮込んで、というわけではなく、コンソメのキューブや顆粒を使った手
抜きですけど、お野菜たっぷり入れてね。身体によさそうでしょ?
この小説を読んで、「映画にしたい!」って思って、走り出してくれた方に、心
から感謝したい。そして出来上がった映画が、原作の雰囲気を大切に作られた、
地味だけど温かい作品であったことが、何よりうれしい。

( 『スープ・オペラ』 阿川佐和子・著/新潮社・2008)
悲しくてやりきれない (でもうれしいこともあった)
楽しみに待っていた映画『スプリング・フィーバー』が観られないかもしれま
せん。詳しくはこちらをご参照下さい。
http://www.webdice.jp/diary/detail/4973/
http://togetter.com/li/69768
悲しくて悲しくて、なんだかやりきれないです。シネマート心斎橋さん、大好
きな映画館でいつもお世話になっているのですが・・・、残念の一言です。
しかし、「いい映画を観客になんとかして届けたい」と日々奔走して下さって
いる、熱い映画人の心意気に触れることもできました。こうした方々のおかげ
で、私たちはさまざまな映画と巡り逢うことができるのですね。映画好きの端
くれとして、感謝の気持ちでいっぱいです。
そして昨日。ずっと更新が止まっていて、心配していたブロガーさんからメッ
セージをいただきました。うれしくて、思わずパソコンの前で泣いてしまいまし
た。。
ありがとうございます。またいつの日か、愛しい映画たちについてお話できる
日が来ますように。

せん。詳しくはこちらをご参照下さい。
http://www.webdice.jp/diary/detail/4973/
http://togetter.com/li/69768
悲しくて悲しくて、なんだかやりきれないです。シネマート心斎橋さん、大好
きな映画館でいつもお世話になっているのですが・・・、残念の一言です。
しかし、「いい映画を観客になんとかして届けたい」と日々奔走して下さって
いる、熱い映画人の心意気に触れることもできました。こうした方々のおかげ
で、私たちはさまざまな映画と巡り逢うことができるのですね。映画好きの端
くれとして、感謝の気持ちでいっぱいです。
そして昨日。ずっと更新が止まっていて、心配していたブロガーさんからメッ
セージをいただきました。うれしくて、思わずパソコンの前で泣いてしまいまし
た。。
ありがとうございます。またいつの日か、愛しい映画たちについてお話できる
日が来ますように。

テーマ : すごく観たい映画(公開前)
ジャンル : 映画
大義のために~『SP 野望篇』

警視庁警備部警護課第四係所属のSPを描くTVシリーズの映画版続編、二部
構成の第一弾。並外れた身体能力と危険察知能力を持つSP・井上薫(岡田准
一)が、尊敬する上司・尾形(堤真一)の不審な行動に疑念を抱きながら、職務
を全うすべく奮闘する姿を描く。SPのメンバーやテーマ曲など、TVシリーズを
丸ごと継続した作りになっている。
堤真一さん目当てで、TVシリーズは楽しみに観ていた。映画になると知って
大喜びしたのは、もう3年も前のこと。妊娠・出産した紅一点、真木よう子の復帰
待ちだったのだろうとは思うけれど、ちょっと待たせ過ぎでしょう。しかし公開3週
目の平日シネコンは8分の入り。ヒットしてますね~。小さなお子さんが親子連れ
でたくさんいたのには驚かされました。自宅でテレビ観てる感覚で「強いな~」
とかしゃべりまくってましたけど(苦笑)。
ドラマ版を観ていたはずなのに、井上が特殊能力を持っている、という設定は
すっかり忘れていた。冷静沈着で信頼感抜群の上司・尾形が残した「大義のた
めだ」というセリフは印象深かったのだけれど・・・。大義とは? 尾形の真の目
的とは?

映画だけに、アクションはスケールアップしていたと思う。しかし冒頭の追跡
劇は、いくらなんでもちょっと長過ぎでしょう。アクションって、長くて激しければ
いいってもんじゃないと思う。もうちょっとメリハリつけて欲しかったな。岡田くん
が頑張っていただけに、もったいないと思ってしまった。
お馴染みのメンバー(雷頭の事務服の「おばちゃん」まで! 爆笑!)に加え、
日本を代表する名優・香川照之が参戦。尾形たちの「大義」を支援する国会議
員、若き総裁候補役。「僕の学力じゃあ、東大には入れなかったけどな~」って
いうセリフが、とっても嫌味でよかった(笑)。堤さんとの2ショットは、贅沢です
ね♪
「俺たちの負けだ」という尾形のセリフでエンディングだった本作『野望篇』。
続く『革命篇』では、どんな「大義」が提示されるのか? 井上と尾形の関係は?
彼らの関わりには、まだ隠された秘密があるのか・・・。来年3月、楽しみに待っ
てます! 堤さんが悲しい最期、ってのはナシでお願いしますよ。。。

( 『SP 野望篇』 監督:波多野貴文/2010・日本/
主演:岡田准一、堤真一、真木よう子、香川照之)
テーマ : 「SP」THE MOTION PICTURE
ジャンル : 映画
暗黒物質/DARK MATTER~『アフター・ザ・レイン』

DARK MATTER
中国からアメリカに留学したリウ・シン(劉リウ・イエ)は、並外れた頭脳の持
ち主。「大発見をしてノーベル賞を獲る」という志の下、「超ひも理論」を研究する
ライザー教授(エイダン・クイン)の助手となるリウだったが・・・。
映画『藍宇』のDVD特典インタビューにおいて、「中国人留学生の役でハリウ
ッドからオファーが来ている」とリウ・イエが嬉しそうに語っていたのは、この作品
のことだったのですね。日本では劇場公開はなくDVDスルー、本国アメリカでも
2スクリーンのみという限定公開だった本作。監督も新人、超低予算だと思われ
るこの小さな作品に、アメリカを代表する大女優、メリル・ストリープが出演して
いることに驚く。実話を基にしたという、なんとも苦い後味の作品。もちろんリウ
・イエ目当てで鑑賞。
相変わらずの大きな瞳と長い睫、邪気のない笑顔で、「美しい国」と自らの才能
への希望に満ち満ちた青年を演じるリウ・イエ。尊敬する指導教官を信じ、敬う
彼の心には、一点の曇りもない。その純真さが、かえって観るものに「痛々しさ」
を感じさせることを、リウ・イエ自身は気づいているのだろうか。
実話を基にしているだけに、アカデミックな世界での駆け引きや嫉妬、出世競
争などは「よくある話」だと思う。名声の周りには常に魑魅魍魎が蠢き、終わるこ
とのない椅子取りゲームが繰り広げられる。自らの才能だけを盲目的に信じ、
処世術を身につけられなかったリウ・シンの、純粋が故の不運。しかし、彼の絶
望と心に受けた傷がどれほど深かろうと、それが「よくある話」であるが故に、彼
が最後に取った行動に同情の余地はない。
ジョアンナ(メリル・ストリープ)の頬に触れるリウ・シンの、指の震え、絶望に
縁取られた瞳・・・。世界的大女優相手に、一歩も引けを取らない演技。アジア
にはリウ・イエがいるのだ。
かつて、「藍(色)宇(宙)」という魅惑的な名を持った男の子が、宇宙に潜む
暗黒物質/ダーク・マターを研究する、という符丁。だからこそ、どうせカタカナ
邦題にするのなら、原題のままを採用して欲しかったと思う。リウ・シンが、全身
全霊をかけて明かそうとした宇宙の謎を。

( 『アフター・ザ・レイン』 監督・原案:チェン・シーチェン/
主演:劉リウ・イエ、メリル・ストリープ、エイダン・クイン/2007・USA)
白と黒~『映画は映画だ』

人気映画俳優スタ(カン・ジファン)は短気で粗暴な性格ゆえ、映画製作現場で
度々揉め事を起こしていた。共演者に重傷を負わせたため、孤立した彼は窮余
の策として、映画俳優志望だったヤクザ、ガンペ(ソ・ジソプ)に声をかける。
『義兄弟』がとっても面白かったので、チャン・フン監督のデビュー作を観てみ
る。キム・ギドク製作、原案ということで是非観なければと思いつつ、劇場鑑賞は
逃してしまっていたのだ。感想を一言で表すと、、ソ・ジソプがヤヴァイ!!

韓国ドラマは一作しか観たことがない。あの尋常でない中毒性は、常用する
には危険。特に、ソ・ジソプが主演している『ごめん、愛してる』の評判は凄まじ
かった。私も絶対、観れば即「ミサ廃人」まっしぐら、だったと思う。元来のハマ
リ体質ゆえ、自制が必要なのです(日常生活が崩壊する恐れアリ)。。だから、
動いているソ・ジソプを(カン・ジファンもだが)観たのは初めて。なるほど、、こ
の眼光にはやられますね。
彼の切れ長の目は無表情に見せかけておいて、捕まると無言で内に秘めた
情熱を投げ掛けてくる。この瞳はヤバイ、ヤバ過ぎる。白と黒、合わせ鏡のよう
な、光と影のようなスタとガンペ。影は光を見据え、「人生を無駄にするな」と語
りかける。ガンペが光の向こうに見るのは、叶わなかった「もう一つの」人生。刑
務所で、「会長」と碁を打つときもガンペは「黒」の石だ。舎弟と二人「映画を撮ろ
う」と言ってじゃれるとき、彼は初めて笑顔を見せる。控えめだけれど、本当に幸
せそうな笑顔を。

個人的な意見を言わせてもらえば、女優カン・ミナ(ホン・スヒョン)の登場場面
を切って、90分くらいの尺にした方がすっきりしたのではないか。白と黒、男と
男のガチンコ勝負を描くことに徹して、とことん男臭い映画にして欲しかった。
ドロレス状態になるラストの死闘。生身の人間同士がぶつかる美しさは、劇中の
監督でなくても自然と涙してしまう。「映画を撮る」ということは、ガンペにとっては
真剣勝負の人生、そのものだった。彼の「本気」に触れて、スタの俳優人生もまた、
変わってゆくのだろう。
( 『映画は映画だ』 監督・脚本:チャン・フン/2008・韓国/
製作・原案:キム・ギドク/主演:ソ・ジソプ、カン・ジファン)
悪魔は何を企てたのか? ~『藍宇』#2
映画『藍宇』のDVDタイトルって、実は『情熱の嵐~LAN YU~』なんですよね。
なんだか脱力。徹底的に的外れというか、ウケ狙いだったら完璧にスベってる。
「藍宇」っていう「悔しいほど魅惑的な名前」が全てなのに。このタイトルをつけた
人って、本当にこの映画を観ているんだろうか? 「嵐は去った」はずなんだけど。
DVDのカバー写真も、何故か黒い下着姿の林静平が登場。三角関係を暗示した
かったのだろうか。。謎

その林静平について、捍東は原作でこう述懐する。「林静平こそが自分を誘
惑したサタンだと思っていた」と。そして「その悪魔は俺自身だった」とも。
初見のときから、妙に気になる人物がいる。劉征。捍東の腹心の部下であり、
映画の中では唯一、友人らしき人物として描かれている。そして捍東と藍宇の
関係の節目には、必ず彼の影がある。
プールバーでの出逢い。「王に紹介する」と言いつつ、劉征は捍東が藍宇に
興味を示すことを最初からわかっていた。天安門事件の日、身重の妻を案じな
がら、「自分には彼女しかいない」と捍東に打ち明ける。愛する者を永遠に失う
ことへの恐れ。この感情は捍東に伝染し、確実にこの夜の彼の背中を押して
いる。
「才媛」林静平を捍東に紹介したのも劉征。捍東が逮捕されるときも、釈放さ
れたときも、会社を再建するときにも、常に劉征は捍東に寄り添う。そんな彼こ
そを「サタン」と呼んでしまうのは過剰反応かもしれないけれど、少なくとも捍東
と藍宇の関係は、彼が仕組んだことだと言えなくはない。
運命を必然たらしめる化学変化。劉征はその触媒であり、伝導体だったのか
もしれない。捍東も、藍宇も、林静平も、劉征という一人の人物に踊らされてい
たのだろうか。そして彼らに魅せられた私は、こうしていつまでも踊り続けてい
る・・・。
なんだか脱力。徹底的に的外れというか、ウケ狙いだったら完璧にスベってる。
「藍宇」っていう「悔しいほど魅惑的な名前」が全てなのに。このタイトルをつけた
人って、本当にこの映画を観ているんだろうか? 「嵐は去った」はずなんだけど。
DVDのカバー写真も、何故か黒い下着姿の林静平が登場。三角関係を暗示した
かったのだろうか。。謎

その林静平について、捍東は原作でこう述懐する。「林静平こそが自分を誘
惑したサタンだと思っていた」と。そして「その悪魔は俺自身だった」とも。
初見のときから、妙に気になる人物がいる。劉征。捍東の腹心の部下であり、
映画の中では唯一、友人らしき人物として描かれている。そして捍東と藍宇の
関係の節目には、必ず彼の影がある。
プールバーでの出逢い。「王に紹介する」と言いつつ、劉征は捍東が藍宇に
興味を示すことを最初からわかっていた。天安門事件の日、身重の妻を案じな
がら、「自分には彼女しかいない」と捍東に打ち明ける。愛する者を永遠に失う
ことへの恐れ。この感情は捍東に伝染し、確実にこの夜の彼の背中を押して
いる。
「才媛」林静平を捍東に紹介したのも劉征。捍東が逮捕されるときも、釈放さ
れたときも、会社を再建するときにも、常に劉征は捍東に寄り添う。そんな彼こ
そを「サタン」と呼んでしまうのは過剰反応かもしれないけれど、少なくとも捍東
と藍宇の関係は、彼が仕組んだことだと言えなくはない。
運命を必然たらしめる化学変化。劉征はその触媒であり、伝導体だったのか
もしれない。捍東も、藍宇も、林静平も、劉征という一人の人物に踊らされてい
たのだろうか。そして彼らに魅せられた私は、こうしていつまでも踊り続けてい
る・・・。
終わりの楽園~『ブラッド・ブラザーズ -天堂口-』


中国の貧しい田舎町で、病弱な母と妹と暮らすフォン(呉彦祖ダニエル・ウー)
は、幼馴染の兄弟、カン(劉リウ・イエ)とフー(楊祐寧トニー・ヤン)とともに上海
へ出稼ぎに行く。そこは、ナイトクラブが華やかな光を放つフランス租界。。
純朴な田舎の青年が血なまぐさい黒社会に巻き込まれ、大切なものを失ってゆ
く。1930年代の上海を舞台にしたノワール。垂涎の豪華キャストに、公開時にどう
しても観に行けなくて地団駄踏んだ作品。そういえば、りうくんはこれにも出ていた
のね、と思い観てみましたら、、、アレレレレ?

監督、張震くんに惚れているのでは? と思ってしまうくらい、彼が別格にカッ
コイイ!(ファン目線ではありますが) 苦悩する眉間の皺、細い顎、ソフト帽の
下の「でこっぱち」さえ素敵。。闇の殺し屋、マークにはまってる!
しかし、、「また張震と舒淇スー・チーか?」と思ってしまったのは私だけ? 他
に女優はおらんのか(男優は張震でいいのよ)。
お目当てのりうくんは、ケンカっ早くて度胸があって、やたらめったら腕っ節の
強い役どころ。う~ん、この役のりうくんは、あまり好きじゃあないなぁぁ。なんだ
か見ていて痛々しい。
1930年代の上海、という舞台設定なのに、なんだか全てが「セット」みたいで
現実味がない。照明も陰影が感じられないし、ペラペラの張りぼてみたいに見
える、全てが。そもそも、フォンとスーチェン(李小璐リー・シャオルー)が延々
とダンスを踊ってるシーンでもう、「これ、どうしよう?」って感じだった。
『モンゴル』でも強烈な印象を残した孫紅雷スン・ホンレイは、マフィアのボス
として迫力十分、存在感を示していたと思う。しかし、その演技が一人だけ浮い
てしまっていたかも?しれない。いくらマフィアとはいえ、あなたたち殺し過ぎで
しょうが。。

( 『ブラッド・ブラザーズ -天堂口-』 監督・共同脚本:アレクシ・タン/
主演:呉彦祖ダニエル・ウー、張震チャン・チェン/2007・香港、台湾)
天国に一番近い場所~『天上の恋人』

山間の小さな村に赤いアドバルーンが降りてきた日、一人の口が利けない
少女が、兄を探して村にやってくる。彼女の名は玉珍ユイチェン(董潔ドン・ジ
エ)。よそ者を威嚇する男たちから彼女を救ったのは、耳が聞こえない青年
家寛チャークァン(劉リウ・イエ)。同じ日、彼の父親は銃の暴発のため、視
力を失ってしまう。口の利けない少女は、耳の聴こえない青年と目の見えない
父親の家で、同居を始める。
『藍宇』DVDに収録されているインタビューで、劉は「2002年の東京国際
映画祭以来、日本に行っていません」と語っていた。その時にプロモーション
したのは、この作品だったのですね。切り立った山々を望む絶景が印象的な、
ちょっと不思議な味わいの映画でした。
観終わっての率直な印象は、これは『赤い風船』へのオマージュだな、とい
うこと(本当はアドバルーンだけど)。ラストで、家寛が想いを寄せる朱霊チュ
ーリン(陶紅タオ・ホン)が飛んでいくところ、風船が、いつも彼らを見守ってい
るところ。監督が、あの映画をお好きなのではないかな(間違っていたらごめ
んなさい)。
こんな山奥に、一体どうやって暮らしているの? と思うくらい、人里離れた
感のある村。しかし、そこに住む人々の表情は明るく、小さな子どももアディ
ダスのシャツを着ていたりして、貧困に喘ぐような雰囲気ではない。
舞台は、中国広西省チワン族自治区という地域らしい。地図で確認すると、
ベトナムとの国境にある亜熱帯気候で、二期作、三期作も可能という。なるほ
ど、村人たちは豊かに暮らしているわけだ。
清楚で儚げで、それでいて芯の強さも感じさせる、董潔が絶品。若い頃の
宮沢りえちゃんに似ているかな。お目当てのりうくんは、子どものままの心で
成長したような、天真爛漫な青年の役。どうして玉珍の想いに気付かないか
な~、と気を揉んだけれど、あの奇妙なラストシーンの後、きっと彼らの第二
章が始まるのでしょう。
( 『天上の恋人』 監督・脚本:蒋欽民ジャン・チンミン/
主演:劉リウ・イエ、董潔ドン・ジエ/2002・中国)
行く川の流れは絶えずして~『マザーウォーター』

早春の京都。滔々と川の流れるこの街では、人も時間もゆったりと、流れるよ
うに過ぎてゆく。ウィスキーしか出さないバーを営むセツコ(小林聡美)。コーヒー
がおいしい喫茶店を営むタカコ(小泉今日子)。豆腐店を営むハツミ(市川実日子)。
過去を失くしたように一人で生きる自立した女たちは、互いに引き合うように集う。
しなやかに、たくましく、美しく。
『かもめ食堂』 『めがね』 の制作陣による、スローで、エコで、ロハスな女性
映画シリーズ第4弾。京都オールロケ、小泉今日子が初参戦したことでも話題の
作品。フードスタイリストは、お馴染み「空きっ腹の敵」こと飯島奈美さん。
「今日も機嫌よくやんなさいよ」

このシリーズ(『プール』は未見だが)に「ストーリー性」や何かしらの「教訓」
や、激しく揺さぶられるような情動を期待すると、もれなくガッカリしてしまうだ
ろう。なんかゆったりした気分になりたい(いっそ眠ってしまいたい)、キョンキョ
ンとマダム小林の2ショットが観たい(このお二人同級生なんだって)、光石さ
ん(または加瀬くん)のファンだ、くらいの軽い動機のほうが楽しめる(?)映画。
何度も書いているけど、私は光石研さんを応援しているので、一応最後の理由
(笑)。とにかくこれといったストーリーがないので、小物とか建物とか後ろに映
り込んでいる人とか、細かいところまでじっと観てしまった。最後まで、不思議
と眠くはならず。
女優さんたち全員、子どもの扱いに慣れてない感じで抱き方が危なっかしい。
セツコとタカコの履いていた黒いサボが同じだったな。タカコのワンピース姿が
かわいい、セツコは白いブラウスが似合う! もたいまさこの相変わらずの「正
体不明」っぷりに笑える。どんな球を投げてもセツコにかわされる、ヤマノハくん
(加瀬亮)がちょっと気の毒・・・。しかしどの店も暇そうだな(笑)。あ、『悪人』に
引き続き永山絢斗くんも出ています。顔より、声がお兄ちゃんそっくりね。

以上、提供はサントリーとパスコでした♪
( 『マザーウォーター』 監督:松本佳奈/2010・日本/
主演:小林聡美、小泉今日子、市川実日子、加瀬亮、もたいまさこ)
寝ても覚めても
結ばれた絆~『義兄弟』

SECRET REUNION
国家情報院の対北スパイ活動員イ・ハンギュ(ソン・ガンホ)は、「影」と呼ばれ
る北の大物工作員の追跡に失敗し、解雇される。6年後、探偵稼業で糊口をし
のいでいたハンギュは、パク・ギジュンという偽名を使う工作員、ソン・ジウォン
(カン・ドンウォン)と再会する。二人は一目で互いを認識するのだが・・・。
韓国を代表する名優、ソン・ガンホと、若手人気俳優カン・ドンウォンがW主演。
韓国と北朝鮮それぞれのスパイが、国に見放され、はぐれそうになりながらも、
恩讐を越えて絆を深めてゆく。同じ民族でありながら、敵対しなければならない
彼らが背負った宿命を、スピーディなアクションと軽妙な笑いを絶妙にブレンド
し、ノンストップで魅せるドラマ。監督はキム・ギドクの助監督だったチャン・フン。
北の工作員「影」には、『四月の雪』でペ・ヨンジュンの義父を演じたチョン・グクァ
ンが顔を見せる。面白かった、ガンホ最高!!

カン・ドンウォンの出演作を観たのは初めて。噂に違わぬ、9頭身はありそうな
抜群のスタイルに目がとまる。演技も繊細で、身のこなしもしなやか。国家への
忠誠と、家族を北に残した孤独感とに苛まれる青年を熱演していた。しかし、や
っぱりガンホでしょう。熱い口八丁手八丁、俗物でいい加減だけど仲間には慕わ
れる、情に厚い中年オヤジ、というややタイプキャストを演じさせたら、世界中に
彼の右に出る者はいないのでは? たとえ眠っている演技でも、「ソン・ガンホ印」
を感じさせるんだから。。もしかしたら、彼って世界一の名優なんじゃないだろう
か(褒め過ぎ?)。そんなガンホとツートップを張るドンウォン。上手く渡り合って
はいたけれど、やはり美味しいところはガンホにさらわれてゆく。
韓国映画が凄いのは、「殴る」 「蹴る」がとにかくガチンコなこと。本作でも、
本当に、本気で痛そうに見える。生身のアクションのスピードも半端なく、とこ
とん泥臭くて、血なまぐさい。ギラギラした「生」のエネルギーが、観ているこ
ちら側にも伝わってくるのだ。

思想教育を施す側が続々と脱北してゆく中で、誰も裏切らずに潜伏活動を続
けるジウォン。ハンギュを殴る彼の顔が苦痛で歪んだとき、私の涙腺は決壊して
しまった。ラストはあり得ないおとぎ話のようでも、この映画の価値が損なわれる
ことはないだろう。南北分断というシリアスな問題に直面しながら、その厳しい
現実をエンタメ作品に昇華させる韓国の映画人たち。なんともしたたかで、心憎
い。
( 『義兄弟』 監督・共同脚本:チャン・フン/
主演:ソン・ガンホ、カン・ドンウォン/2010・韓国)
宙(ソラ)の名前~『藍色宇宙 藍宇・メイキング MAKING BLUE』

「メイキングは必見」 「本編とメイキングで一つの作品」 という多くのレビュー
を読んで、どうしても観たかった映画『藍宇』のメイキング・フィルム。胡軍、劉
のインタビューも併せて、なるほど、これは「必見」。本編以上に詩的な、一つの
「作品」と言えるかもしれない。
胡軍と劉、この二人の「相性」は全く持って完璧。最早私の中では「ニコイチ」
になってしまっているかも。元々私は「のっぽ好き」であるので(照)、二人の身長
が185cm、というだけでもう眼福、眼福。。
ラストシーンに流れる主題歌『你怎麼捨得我難過』を、劉がささやくように歌
う。。心が震えます。一番好きなシーンかも。これ、自分も絶対カラオケで歌い
たい! って思った。最初は「情緒的過ぎる」と思ってしまったメロディなのに、今
じゃ頭の中で無限ループしてる有様。
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『藍宇』を観たいと思ったのもBBMがきっかけだし、『藍宇』とBBMの関連を指摘
する意見も多い。どちらも「ゲイが主人公のラブ・ストーリー」の傑作ではあるけれ
ど、私は『藍宇』を観ている間、正直BBMのことは全く思い出さなかった。と言うか、
私が思い出していたのは他の映画だった。『ブエノスアイレス』。

『ブエノ』にも、『摂氏零度』という有名な(有名過ぎる?)メイキングがある。
実は映画冒頭、プールバーで遊ぶサングラス姿の捍東を見て「王家衛みたい」
と思ってしまったのだ。郷哥ホテルの部屋でクローゼットを開ける捍東が、角度
によってはレスリーに似ても見えた。胡軍によると、一番最初に撮影したのは
劉との「初夜」だったという。「一番困難なシーンから入る」という監督の意図
だったらしいが、これもあのショッキングなベッドシーンから撮影に入ったという
『ブエノ』を思い出させる。劉の白ブリーフも、、、ミナマデイウナ
そして、『ブエノ』もまた、エンディングに流れるフランク・ザッパを最初は唐突
に感じたものだった。しかし今では、「あれ以外にはない」と思っている。
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天安門事件の夜の撮影も、真冬に行われたんだな。胡軍の吐く息が白い。しか
も彼はアンダーシャツ一枚! 過酷な撮影の合間の、二人の笑顔が眩しい。
プールバーのホールの向こうに、本当に藍宇は立っていたんだ。所在無げに。
底知れぬ自らの魅力にも気づかないままに。藍宇に「一目惚れ」だった捍東。
藍宇--「なんてセクシーな名前なんだ」。結局、この果てない謎と光と闇を内包
した「藍(色)宇(宙)」という名前、これこそが全てなのかもしれない。
彼に魅せられた者たちが彷徨う、藍色の宇宙。果てなき果てを探し求めて、もう
戻っては来られないのかもしれない。でも、私はそれでもいいかな。行かない?
一緒に。
おやすみのキスは?~『怪盗グルーの月泥棒』 【3D・吹き替え版】

DESPICABLE ME
世界一の大泥棒になりたいグルーは、ガザのピラミッドが盗まれたと知って焦
る。そうだ、自分は月を盗もう!
ユニバーサルが初めて手がけ、本国アメリカで大ヒットした3Dアニメ。母親の
無関心に傷ついて育った冷血な男が、親のいない三姉妹と心を交わすことで、優
しい心を取り戻してゆくお話。主役のグルーは、声優初挑戦の笑福亭鶴瓶が大阪
弁で演じている。芸達者な鶴瓶さんゆえ、違和感も文句もなく安心して観ていられ
た。特に、絵本を読み聞かせる場面がとってもお上手だった。さすが噺家さん。
でも、やっぱり吹き替えはプロの声優さんがいいと思う。

この映画は3Dでしか公開されていないのだけど、遊園地のシーン(ジェットコー
スター)なんかは臨場感たっぷりで3D効果はあったと思う。でも、他の場面は別
に2Dでもいいんじゃないか、と個人的には思うのですよ・・・。3D化の流れは、もう
止められないだろうけれど。
あまり似ていない三姉妹、かわいかったです。特に末娘のアグネス。つぶらな
瞳がもう、うるうるで! ライバルのベクターはスネオキャラ。バナナから作った
という「ミニオン」も奇妙で面白かった。彼らが列をなして、グルーに「おやすみの
キス」をねだる場面、かわいかったな~。。
しかしまぁ、ナンですねぇ。。今年は『TS3』と『ヒクドラ』という別格の作品があ
りますから。ちょっと見劣りするかなぁ。。

( 『怪盗グルーの月泥棒』 監督:クリス・ルノー/2010・USA)
他生の縁~『砂の上のあなた』

35歳の主婦・美砂子は、実を結ばない不妊治療に焦りを感じ始めていた。ある
日、彼女は鎌田浩之と名乗る男に呼び出される。
温厚篤実で社会的地位も高く、誰よりも自分を愛してくれた亡き父に愛人がい
た。その愛人の息子だと名乗る男と、美砂子は関係を結んでしまう。。
白石一文氏の、直木賞受賞第一作。『ほかならぬ人へ』 『私という運命につい
て』どちらも物凄く好きな作品だったけれど、本作も期待に違わぬ力作。冒頭の
一文「きみは女の人の割にえらく理屈っぽいんだね」 に思わず吹き出しそうに
なる。理屈っぽいのは白石さん、あなたでしょう! しかし、その理屈っぽく、人
の運命や縁についての深い考察がなされる作風は、むしろ好きだったりする。こ
の作家は、高学歴で賢く、仕事も料理もできる女が好きで、そしてどうしてもそう
いう女たちに子どもを産ませたいのだな、という穿った見方もできなくはないけれ
ど。
謎解きを含めて、物語は展開する。最後に美砂子が下した決断にはどうしても
納得はいかないけれど(彼女のエゴに思えて仕方なかったし、子育ては理詰め
では難しいと思うから)、この一文には衝撃を受けた。
「そして私は何よりも、この子の幸福を願うような愚かなことは絶対にすまい」
私自身も、自分(とその子ども)の幸福にかまけて、周りが見えなくなってしまっ
ていなかったか? 私の目は、広く世界に向けて開かれているだろうか。人生の
節目にいる全ての、特にアラフォー世代の女性に読んで欲しい。
( 『砂の上のあなた』 白石一文・著/新潮社・2010)
小さな十字架~『冬の小鳥』

Une vie toute neuve
1975年、ソウル郊外。父に連れられた一人の少女が、カトリック系の児童養護
施設にやってくる。
韓国系フランス人監督のウニー・ルコントが、自らの幼少期の体験を脚本化。
その脚本に惚れ込んだ韓国の名匠、イ・チャンドンがプロデュースした感動作。
大好きな父に捨てられた9歳の少女が、周囲に馴染むことなく父を待ち、反抗と
反発を繰り返す。喪失と嘆きの日々の後の、少女の魂の再生を描く。
これは・・・。参りました。身体がぶるぶる震えるほど泣いてしまった。終映後、
借りていたブランケットを返却するのに、まだ泣き過ぎていて松本支配人にお
礼も言えなかった。ごめんなさい。左右の席の方も、引いていらっしゃったよう
な気が・・・、すみません。
台詞も少なく、泣かせようという演出などは皆無なのに、ジニ(キム・セロン)
の瞳に宿る悲しみ、痛み、絶望、希望、、が苦しいほど胸に迫って来る。まだ
幼い少女たちの、無邪気な笑顔。おかっぱ頭にセーターにタイツ。記憶の中
の写真のようで、懐かしい。

自分が「捨てられた」という事実を、どうしても受け入れられないジニ。怒りに
任せて食器をひっくり返し、塀に登って逃亡を図る。しかし空腹には勝てず、夜
更けの台所で残飯を漁る。かまってくれたオンニたちも、一人、また一人と養女
としてもらわれてゆく。「一緒にアメリカに行こう」と約束したスッキ(パク・ドヨン)
までも。足の悪いイェシン(コ・アソン)が去った後の、寮母(パク・ミョンシン)の
やり場のない怒り。無力な自分への。弱者である子どもたちへの。彼女たちを
捨てた、親たちへの。
死んでしまった小鳥の墓を掘り返し、自らの墓穴を掘るジニ。穴に入り、土を
かぶせ、自ら生き埋めになるジニ。彼女は、一度「死ぬ」しかなかったのだ。父
を忘れるために。新しい自分になるために。ここを去って、「どこか」へ行くため
に。小さな十字架は、捨てられた彼女自身を悼み、生まれ変わろうとする彼女
が背負ってゆく過去。

ジニの父を演じたソル・ギョングは、大好きな俳優さん。彼をスクリーンで観
たい気持ちも大きかったけれど、何よりも全編出ずっぱり、迫真の演技を披露
した、キム・セロンの演技から目が離せない。期待と不安が入り混じった、空港
でのラストシーン。待ち受ける養父母の表情。光に溢れた新しい国。新しい自分。
たった一人で歩く少女の勇気と生命力に、幸多かれと祈らずにはいられない。
( 『冬の小鳥』 監督・脚本:ウニー・ルコント/2009・韓国、仏/
主演:キム・セロン、パク・ドヨン、コ・アソン、ソル・ギョング)
その名前を忘れない~『乙女の密告』

圧倒的に女子学生が多い、京都の外国語大学。ドイツ語のスピーチゼミに参加
しているみか子は、スピーチコンテストのための暗唱練習に明け暮れていた。与
えられた課題は、『ヘト アハテルハイス(後ろの家)』、即ち『アンネの日記』。
第143回芥川賞受賞作。京都生まれだという著者による、関西弁を駆使したユ
ーモア小説であり、「アンネ・フランクを密告したのは誰か?」という謎解きでも
あり、絶滅危惧種である「乙女」の生態とアイデンティティの拠り所を模索しよう
とした意欲作でもある。数時間で読み通せる、短編小説と言っていいボリューム
の物語ではあるが、読後、しばしの咀嚼が必要だった。
ドイツ語学科教授、バッハマン氏の「変人キャラ」が凄い。最初はただの「あほ
なおっさん」でも、みか子にスピーチの本質を悟らせようとする終盤の姿には、
鬼気迫るものがある。
「乙女の皆さん、アンネ・フランクを正しく思い出してください」
ユダヤ人であるために、隠れることを余儀なくされたアンネ。彼女は「戦争が
終わったらオランダ人になりたい」と書いた。わたしは他者になりたい、と。しか
し、彼女はそう望むことで「名前」を失い、疎外される「他者」となった。異質な
存在は、「他者」という名のもとに排除される。ホロコーストは、ユダヤ人たちの
命や財産だけでなく、名前も奪った。その名前を忘れないこと。忘れるというこ
とと戦うこと。二度と悲劇を繰り返さないために。
( 『乙女の密告』 赤染晶子・著/新潮社・2010)