殉愛~『北京故事 藍宇』

映画『藍宇(ラン・ユー)』の原作小説。インターネット上に覆面作家の作品とし
て発表され、賛否両論を巻き起こしたという問題作。
映画を観て、どうしようもなく心惹かれた私だけれど、何点か疑問に思うところ
はあった。その答えを探しに、80年代後半の北京の街を訪れてみることにする。
冒頭、あれから三年後。捍東ったらいきなり再婚してるよ! あり得ない・・・。
いや、陳捍東のあのキャラクターならあり得るかも、と気を取り直す。
映画では、捍東は正月に藍宇を自宅に招き、家族の皆に紹介している。捍東
が逮捕されたときも、藍宇と捍東の仲は公然のように見えた。21世紀の今以上
に、偏見と差別意識が強かったであろう80年~90年代の北京で、捍東の一家
は特別にリベラルだったのだろうか?
原作では、一家の長男であることや、老いゆく母の言葉にプレッシャーを感じ
る捍東の姿や、家族の偏見が生々しく描かれている。特に、捍東の妻・林静平
が藍宇を陥れた所業は強烈。捍東に何度諭されても、「僕は結婚なんかしない
!」と応える藍宇に涙してしまう。
離婚した捍東は再会した藍宇に、「彼氏はいるの?」と尋ねる。藍宇は「彼は
学生で、海外にいる」と曖昧に答える。この言葉は真実なのか? 原作では、
捍東がその「彼」を目撃する場面や、藍宇の部屋で写真を見つける場面がある。
しかし、「僕はあなたが好きなだけだ!」という、藍宇の言葉に嘘はない。
原作小説は捍東の一人称で描かれているため、当然ながら捍東の視点から
見た藍宇しか描かれない。藍宇の視点から描かれた『北京故事』が読みたいと
思うのは私だけだろうか。
ねぇ藍宇、初めて捍東を見たとき、どんな感じだったの? 彼のどこが一番
好きだった? 捍東はどんな身体つきをして、どんな表情を見せるの? 捍東
と一緒にいて、ずっと不安だった? それとも、ずっと幸せだったのかな。 どう
して「来世ではこういうふうにしない」って言ったの? 捍東は、天国でも地獄で
も、君と一緒にいたいって神様にお祈りしているんだよ・・・。
最初から最後まで、映画で描かれるよりずっとずっと、捍東は藍宇に執着して
いるように思えた。家族や会社や、「世間体」に囚われていた分、捍東の方が苦
悩は深かったのかもしれない。男同士だとか、同性愛だとかではなく、ただ「人間
同士」が愛し合うことが、これほどの苦難と葛藤を伴うなんて・・・。それでも、「現
世では後悔してない」と言った藍宇。彼の魂はどうしようもなく捍東を求め、どん
な困難も二人の愛を砕くことはできなかった。死でさえも。
( 『北京故事 藍宇』 北京同志・著/九月・訳/講談社・2003)
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村上春樹かく語りき~『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2009』 『考える人 2010年夏号』


作家・村上春樹初めてのインタビュー集。メディアの取材をなかなか受けない
村上春樹が、様々な国の、様々なインタビュアーに語った本音。
「僕たちはふれあい、結びつき、思い出を共有して別れる。この思い出は、僕ら
の心を温め、勇気づけるものです」
春樹さんの言葉を追いながら改めて思ったのは、彼が本当に誠実で謙虚な人
物だ、ということ。言葉の端々から「書くこと」 「作家になれたこと」に対する純粋
な喜びと、感謝の思いが伝わって来る。これほどの世界的名声を得ながら、今
なお作家として成長し、進化しようとする真摯な姿勢に感動すら覚える。私はこ
の人の、この「真面目さ」が好きなのかもしれないと思う。
そしてもう一つ印象的なのは、アメリカの短編小説作家、レイモンド・カーヴァ
ーへの深い愛情と尊敬の念。春樹さんの絶賛の弁にどうしても読みたくなり、
本棚へ走ってカーヴァーの『足もとに流れる深い川』を探した。私が持っている
のは『ぼくが電話をかけている場所』(中公文庫)なので、春樹さんの新訳(カー
ヴァー全集)を探して、読んでみたいと思う。
「あとがき」では、「ある編集者の死」が春樹さんの「個人的なこと」として明か
される。岡みどりさん、亡くなったんだ・・・。彼女は春樹さんのエッセイに、「オ
ガミドリ」さんとして度々登場していた女性編集者だと思う。抑えた筆致に、春樹
さんの深い悲しみと喪失感が溢れていて、涙してしまった。ご冥福をお祈りしま
す。
そして出版は前後するけれども、村上春樹の最新インタビューは『考える人
2010年夏号』で読める。これはもの凄くヴォリュームのある、ファン必読の三
日間に渡る缶詰ロングインタビュー。春樹さんって、小田原のシネコンに車で
行って、朝一の回の映画を観るんだって。近隣在住の方、要チェックですよ?!
( 『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2009』
村上春樹・著/文藝春秋・2010)
( 『考える人 2010年夏号』 新潮社・2010)
我愛、~『藍宇 情熱の嵐』

藍宇
LAN YU
1988年、北京。特権階級に属し、貿易会社を経営するプレイボーイ、捍東
ハントン(胡軍フー・ジュン)は、東北出身の貧乏学生、藍宇ラン・ユー(劉
リウ・イエ)と出逢う。
自らも同性愛者であることをカミングアウトしている關錦鵬スタンリー・クワ
ン監督による、100%のラブ・ストーリー。熱烈なファンを持ち、その素晴らし
さは恐らく語り尽くされているであろう、間違いなくクラシックとなる本作を、や
っと観ることが叶った。予想通り、完膚無きまでに叩きのめされました。我愛
藍宇。
「お前が去っても 思い出は去らない 今も心の内にいる 本当だ」
捍東のモノローグ。物語は、二人の「最後の朝」から始まる。身支度を整え、
まだベッドで眠る捍東を起こさないように、そっと上着を羽織る藍宇。
物語は一気に、10年の時を遡る。出逢いのシーン。金と欲望を持て余し、
精気に満ちた男がピンボールに興じている。「赤はまずい、黒を持って来い」。
女でなく、男が欲しいという隠喩。モノにした女の名前は憶えもしない男、捍東
が尋ねる。
「彼の名前は?」 「藍宇」。 運命の一瞬。
場面は転換し、不安と緊張で今にも泣き出しそうな表情の、藍宇のクローズ
アップ。この流れるようなオープニングの演出で、既に私の心は鷲掴みにされ
ていた。
伏線に満ちたセリフと構成、鏡を使って画面に奥行きと拡がりをもたらし、ガ
ラス越しの映像で閉塞感を表現する。最小限かつ的確なモノローグ、アクセン
トとなる切り返しやジャンプカット、微妙に変化する色彩。監督がこだわり、愛
し抜き磨き上げた作品だということがよくわかる(美術・編集は張叙平ウィリア
ム・チャン)。
そして何よりも私をノックアウトしたのは、胡軍と劉、主演二人の「演技を越
えた」演技。自信と欲望に満ちた捍東の視線、純粋で仔犬のように真っ直ぐな
藍宇の眼差し。再会の時、「4か月」と即答する藍宇、「2週間ぶり」と息を切ら
しながら、捍東のマフラーを首に掛けてやってくる藍宇。彼がどんな思いで、そ
の日々をやり過ごしてきたか。1989年6月4日、傷ついた藍宇を抱きしめる
捍東、彼の腕の中で嗚咽する藍宇。。
「全部貯金してる」 「俺が落ちぶれたら貸してくれ」。 「死んだら終わりだ」
「記憶に残っている間は、終わりじゃない」。 「言っておくが、好きだ」 「泣か
せないで、僕も大好きだ」。 「もう、知り過ぎた?」 捍東にとっては遊びにしか
過ぎなかった二人の関係は、藍宇にとっては唯一無二の絆だった。傷ついて
去り、傷つけられて去っても、運命は必然と化して二人を繋ぎとめる。車を呼
ぶと言いながら、捍東を絡め取る藍宇の黒い瞳。その穏やかな慈愛に満ちた
強烈な磁力に、一体誰が抗えるというのだろう? 藍宇の瞳には、捍東しか映
っていない。初めての夜から、最後の朝まで。「こんなに好きだなんて」。自分
でも「変」だと感じてしまうほどに。
どん底に落ち、捍東がようやくその「運命」を悟ったとき、唐突に二人の関係
は幕を閉じる。たった一つの愛に生きた藍宇、彼を近くに感じながら、穏やかな
心で生きようとする捍東。身も心も捧げ、役を生き抜いた胡軍と劉。それは
「迫真」ではなく「真実」だった。彼らの献身に、心からの感謝を。關錦鵬の信念
に、心からの敬意を。何度も、何度でも繰り返し観たい、愛の刻印。
( 『藍宇(ラン・ユー) 情熱の嵐』 監督:關錦鵬スタンリー・クワン/
主演:胡軍フー・ジュン、劉リウ・イエ/2001・香港、中国)
前言撤回・・・
すみません・・・。
録画したDVDを溜め込んだりしない、買ったことに満足するだけなんだから
DVDは買わない、「どうしても観たい映画があれば、レンタルに行けばいい」
なんて、前回の記事で中途半端な「断捨離」宣言してしまいましたが・・・。
その舌の根も乾かぬうちに、DVDを購入してしまいました。。だってだって、
あまりにも素晴らしくって、どうしてもメイキングが観たい! と思ってしまっ
たのです。傑作って罪作りだわ。
購入した物はまだ届いていないのですが、レンタルの方でリピート中。

録画したDVDを溜め込んだりしない、買ったことに満足するだけなんだから
DVDは買わない、「どうしても観たい映画があれば、レンタルに行けばいい」
なんて、前回の記事で中途半端な「断捨離」宣言してしまいましたが・・・。
その舌の根も乾かぬうちに、DVDを購入してしまいました。。だってだって、
あまりにも素晴らしくって、どうしてもメイキングが観たい! と思ってしまっ
たのです。傑作って罪作りだわ。
購入した物はまだ届いていないのですが、レンタルの方でリピート中。

テーマ : ☆.。.:*・゚中国・香港・台湾映画゚・*:.。.☆
ジャンル : 映画
怪我の功名?
WOWOWやBS放映の映画を録画しまくっていたHDDが壊れた。突然。何
の前触れもなく。
HDDのおかげで、私はもう何年もレンタルに行っていない。映画はなるべく、
できる限り劇場で観たいと思ってはいるが、観たい映画の全てを観に行けるわ
けもなく。観逃した映画はWOWOWでフォローし、HDDに録画していたのだ
った。
そのデータが全てクリアされてしまった。ガーーーン! しかし、HDDが壊れ
たこと自体にはショックを受けた私だったけれど、消えてしまった映画には、さ
ほど未練がないことに気付いてしまった。
録画だけして観ていない「いつか観る予定」の映画で、HDDの容量はパンパ
ンだった。DVDを買っても、開封すらしていないものが何本もある。反省。
HDDは修理に出したけれど、WOWOWは止めた。どうしても観たい映画が
あったら、レンタルに行けばいいんだから。
と、思い立ったが吉日。近所に3軒あったレンタル店は、2軒に淘汰されて
いた。旧作100円、安! アジア映画の棚をウロついていたら、ず~~~っ
と観たかったあの作品を発見! 一瞬、目の錯覚かと思った。だって、宅配
レンタルにもなかなかない映画なんだから。これって、怪我の功名かしらん。。
の前触れもなく。
HDDのおかげで、私はもう何年もレンタルに行っていない。映画はなるべく、
できる限り劇場で観たいと思ってはいるが、観たい映画の全てを観に行けるわ
けもなく。観逃した映画はWOWOWでフォローし、HDDに録画していたのだ
った。
そのデータが全てクリアされてしまった。ガーーーン! しかし、HDDが壊れ
たこと自体にはショックを受けた私だったけれど、消えてしまった映画には、さ
ほど未練がないことに気付いてしまった。
録画だけして観ていない「いつか観る予定」の映画で、HDDの容量はパンパ
ンだった。DVDを買っても、開封すらしていないものが何本もある。反省。
HDDは修理に出したけれど、WOWOWは止めた。どうしても観たい映画が
あったら、レンタルに行けばいいんだから。
と、思い立ったが吉日。近所に3軒あったレンタル店は、2軒に淘汰されて
いた。旧作100円、安! アジア映画の棚をウロついていたら、ず~~~っ
と観たかったあの作品を発見! 一瞬、目の錯覚かと思った。だって、宅配
レンタルにもなかなかない映画なんだから。これって、怪我の功名かしらん。。
テーマ : こんなことがありました
ジャンル : ブログ
命尽きるまで~『雷桜』

将軍の血を引きながら、心の病に苦しむ清水斉道(岡田将生)は、静養先の村
で「天狗」と呼ばれる野生児・雷(蒼井優)と出逢う。彼女は20年前にさらわれた
庄屋の娘・遊であり、斉道の家臣・瀬田助次郎(小出恵介)が生き別れた妹だっ
た。
岡田将生が時代劇に初挑戦。月代も凛々しく、世にも美しい若殿様・斉道の苦
悩を、さすがの演技力で魅せてくれた。逞しいヒロインは同じく時代劇初挑戦の
蒼井優。
映画冒頭、ワラビ狩りをしながら天狗が住むという山に入り込む村人を、柄本
佑と高良健吾の二人が演じるという、なんとも贅沢なキャスト。しかし岡田くん
をはじめ、柄本明、宮崎美子とくればどうしても映画『悪人』を思い出してしまう。
この辺りのキャスティングは、もう少し被らないように配慮して欲しいもの。

制作発表から随分楽しみにしていた本作、予告編を観る度に、蒼井優の成り
切りっぷりに驚かされていた。ほぼノーメイク、髪はバサバサ。白馬に跨り、顔
をぐじゃぐじゃにして「なりみちぃ~~~」と叫ぶ姿はブサ○ク全開(ファンの方、
ごめんなさい!)。あんな華奢な身体の、どこから出しているのか? と思うほ
ど野太い声は迫力満点。本編でも、雷のほとばしるエネルギーを全身で表現
していて、本当に巧い女優さんだなと思う。さすがの岡田くんも、押され気味だ
ったような。。
野生に育った雷には、身分も、家柄も、ただ不可解なだけ。欲望の赴くまま
に走り、叫び、恋に落ちる。そんな雷と出逢って、初めて斉道の心は解放され
る。しかし、二人の間には結ばれるはずのない「定め」が横たわっていた。
雷をかどわかし、娘として育てた「親父さま」(時任三郎)と、斉道を幼少の頃
から見守り続ける御用人、榎戸(柄本明)は、ともに似通った運命を辿る。そこ
には、身を呈して子を守る「父性」が描かれるが、ちょっと過剰な演出だったよ
うな気がしないでもない。もっともっと、雷(遊)と斉道の悲恋に的を絞ってもよ
かったんじゃないかと思う。

18年後、遊に贈った櫛を手に息を引き取る斉道。遊に残された「忘れ形見」の
存在が明かされたとき、斉道と別れなければならなかった後の、遊の人生を思
う。彼女の耳に残るだろう、自分を呼ぶ斉道の声。共に生きられなくとも、愛を貫
くことはできる。
しかし改めて思う、岡田くんの美しさよ・・・。彼って肌がきめ細かくて、白くて
本当に綺麗なんですよね。このまま素直に、どんどん伸びて行って欲しいな。
( 『雷桜』 監督:廣木隆一/主演:岡田将生、蒼井優/2010・日本)
前向き、前向き。~『イエスマン “YES”は人生のパスワード』

YES MAN
銀行の融資係として働くカール(ジム・キャリー)は、離婚の痛手からひたすら
後ろ向きな生活を送っていた。そんな彼が、何にでも「YES」と答えるセミナーに
参加することになり・・・。
コメディ・キング、ジム・キャリーの爆笑コメディ。いや~、笑った。ジム・キャ
リー大好きなんです。彼を観ていると、いつも「捨て身」って言葉が浮かんでくる。
今回はバンジー・ジャンプまでやってくれてます。しかもヒロインが「サマー」こと
真紅的ハリウッド最旬ミューズ、ゾーイー・デシャネル! ジムったら、鼻の下伸
ばし過ぎなんですから(笑)。2010年現在、超売れっ子のブラッドリー・クーパー
も、カールの親友の弁護士役で御出演。先見の明があるキャスティングですね。
セミナーの主催者役のテレンス・スタンプも、いい味出してます。

思うに、カールはすっごく真面目な故に、融通の利かない性格なんでしょうね。
セミナー主催者との「誓約」を守って、とことん「YES」と答えまくる姿が笑える。
カールの上司で、コスプレマニアのノーム(リス・ダービー)も面白かった。いい
人なんだけどね~、あの趣味は、、笑。
しかし、アリソン(ゾーイー・デシャネル)のかわいいこと・・・! 彼女が着てい
た、紺に赤ラインのコート、欲しいな~。私はゾーイー・デシャネルの過去の出
演作、結構観ているのですが、『サマー』以前は全く印象に無いんです。こんな
にかわいいコに気付かないなんて、私の目は節穴だったんだろうか。。ショック
歌手活動もしているらしいゾーイー、唄うシーンもよかった。ハリウッド・ボウル
でのジムと二人の掛け合い、最高でした♪ Can't buy me love~♪

結局、人生何事にも好奇心を持って、前向きな態度で臨めば運も開けてくる、と
いうことなんですね。「魔法の言葉」って一時期(今も?)流行ったけど、口にする
言葉で運命が決まる、ってなんとなく私も信じてるかも。言霊ね。
( 『イエスマン “YES”は人生のパスワード』 監督:ペイトン・リード/
主演:ジム・キャリー、ゾーイー・デシャネル/2008・米、豪)
日本一のメートル・ドテル~『世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか』

1976年10月29日、山形県酒田市に未曾有の大火が起こる。火元となったの
は、かつて淀川長治も絶賛した、グリーン・ハウスという映画館だった。
この長い長い題名のノンフィクションは、出版当時から気になってはいた。忘れ
かけていたところに、先日読んだ片桐はいりのエッセイ『もぎりよ今夜も有難う』
にこの映画館の話が登場して、やはり読んでみようと思った。
弱冠二十歳で映画館の支配人となり、その徹底したサービス精神で唯一無二
の映画館を作った男、佐藤久一。客を喜ばせることに命を捧げた彼の、波乱の
人生が描かれる。実は佐藤が映画館の支配人として生きたのは14年ほどで、
その倍以上の時間を、フランス料理店の支配人として過ごしている。
佐藤の、客をもてなすための過剰なまでのサービスと、旬の素材を生かした料
理を作るための執念には頭が下がる。しかし、彼は商売人には不可欠の「バラン
ス感覚」を欠いた人物だった。損得抜きで客にサービスすれば、その店の経営が
破綻してしまうことは自明の理。佐藤は並外れた情熱を持った「夢追い人」ではあ
っても、経営者としては二流以下だったのだ。
日本中の食通をうならせるレストランの支配人として君臨しながらその地位を
追われ、亡くなったときには簡易保険の二百万しか残せなかった男。しかし、グ
リーン・ハウスがあの大火の火元になったことも含めて、彼が今も酒田の人々
の記憶に残る人物であることは間違いない。長い長い題名とは、矛盾するけれ
ども。
( 『世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ
忘れ去られたのか』 岡田芳郎・著/講談社・2008)
消耗品軍団~『エクスペンダブルズ』

THE EXPENDABLES
バーニー(シルヴェスター・スタローン)が率いる、歴戦の精鋭傭兵部隊「エクス
ペンダブルズ」。海賊から人質を無事救出することに成功したばかりの彼らに、新
たな依頼が舞い込む。
シルヴェスター・スタローンが監督・共同脚本・主演を果たした、豪華キャストの
アクション映画。予告を観てもさほど惹かれるものはなかったのだけれど、ジェイ
ソン・ステイサム&ジェット・リーがどんな感じか気になったので鑑賞。し、しかし。。
う~ん、私はダメでした! ちょっと火薬の量が多過ぎたかな。
ジェイソン・ステイサムはスタローンの相棒的な役どころで、まぁまぁ、イケて
たのですがジェット・リーの扱いが・・・。残念です。もう一人、気になっていたミッ
キー・ロークも、元傭兵の一員で今は引退し、メンバーの溜まり場になっている
ショップを経営しているおじさん。完璧なお客さん状態です。ブルース・ウィリス
に至っては完全に「顔見せ」でしたね。アーノルド・シュワルツェネッガー(本物)
が登場したのには驚きましたが。。
まぁ、こういうタイプの映画はただ単純に楽しめればいいのでしょうが、ちょっ
と苦手なタイプのアクション映画でした。どこがどう、というのでなく、生理的に、
としか言いようがないかな。途中で出ようかと思ったほど。。残念。
しかし、そんなこと思った割には長渕剛の歌声にビックリして、エンドロール終
了までしっかり座っていたのでした(別に長渕さんのファンというわけでは全くな
いのですが)。ジェイソン・ステイサムのセリフがよかったな。そう、好みじゃない
んだよね。。

( 『エクスペンダブルズ』 監督・共同脚本:シルヴェスター・スタローン/
主演:シルヴェスター・スタローン、ジェイソン・ステイサム/2010・USA)
男女逆転~『大奥』

ニノがスクリーンに帰ってきた! 『GANTZ』も待機中。
18世紀初頭、江戸の町では男しか罹患しない病が流行し、男が激減。男女の役
割が逆転する世となっていた。
貧乏旗本の長男・水野祐之進(二宮和也)は、幼馴染の大店の娘・お信(堀北真
希)への思いを振り切るため、大奥へ上がる。眉目秀麗、剣の達人でもある水野は
たちまち頭角を現し、将軍吉宗(柴咲コウ)に見染められる。しかしそれは、大奥を
牛耳る藤波(佐々木蔵之介)とその愛人、松島(玉木宏)による策略だった。
よしながふみの原作漫画の映画化。原作は未読だが受賞歴のある傑作漫画だ
という認識はある。

時代劇ではなく、漫画の映画化だと思って観ればいい映画なんだと思う。それ
もかなり荒唐無稽な設定の。男女逆転した世の中では、大奥は男の居所で、花
魁や遊女も男。時代劇の常連俳優らしき人は見当たらず、ムロツヨシ、金子ノブ
アキなんていう面子が目新しい。水野に憧れ、思いを寄せるお針子・中村蒼もか
わいらしかった。
水野が大奥に上がり、頭角を現すまでが少し長く感じてしまったかな。鶴岡(大
倉忠義)との二度目の対決は、大奥の非情さを表現した場面なのかもしれないけ
れど、ちょっと退屈。一体、いつになったら柴咲コウが出てくるんだ? と思いな
がら観ていた。
佐々木蔵之介と玉木宏はさすがの存在感だし、いかにも気の強そうな顔立ち
の柴咲コウも、男勝りな将軍にハマり役。しかし、やっぱり私が泣かされたのは、
二宮和也の演技だったな。抜擢された歓びも束の間、大奥には「将軍の初夜の
相手をした者は打ち首」、という定めがあったのだ。いきり立つ世話係の杉下(阿
部サダヲ)を「それ以上言うな、心が曇る」となだめ、寝所で将軍を「お信」として抱
き寄せる水野。想いを残して去ってしまった幼馴染への恋情が溢れた、ニノの名
演技だったと思う。音楽は、ちょっと久石譲入ってる? と思ってしまった。ジブリ
(トトロ?)の曲に似ていた気がしたんだけど・・・。
なんて事を思いながら、中盤の退屈さも忘れてすっかり満足、劇場を後にした
私なのだった。

( 『大奥』 監督:金子文紀/主演:二宮和也、柴咲コウ、堀北真希/2010・日本)
私が寝てる間に・・・~『ナイト&デイ』

KNIGHT AND DAY
ボストンへの帰路の空港で、ジューン(キャメロン・ディアス)はロイと名乗る男
(トム・クルーズ)とぶつかる。同じ飛行機に乗り合わせた二人だったが、ロイは
機内で乗客・乗員を皆殺しにする。呆気にとられたまま、ロイと行動を共にする
ジューンだったが・・・。
ハリウッドの二大スター、トム・クルーズ&キャメロン・ディアス共演のアクショ
ン映画。いや~、面白かった♪ めっちゃ満足でした。『ソルト』より断然、こっち
が面白い! トム&キャムの個性が引き立って、二人の良いところが活かせて
いる感じ。
トムは『M;I』シリーズの延長線上のような役どころだけれど、どんな時もお得
意のハリウッド・スマイル全開、一体何食べてるんだ?と思ってしまうほど元気
溌剌、パワー全開。キャムもやっぱり、『私の中のあなた』のようなシリアスな役
どころよりも、本作のような元気キャラがハマってる。『チャリエン』シリーズ、も
うやらないのかな~、やって欲しいな~。

世界を股にかける敏腕スパイが、永久電池を軍事利用しようとする組織に
一人、立ち向かい、そこに巻き込まれるヒロイン、というわかり易い(あっても
なくてもいいような)ストーリー。世界各地の景観も楽しめるし、アクションが
ノンストップで、「あり得ねーーー!」んだけど許せてしまう。ロイとジューン
のロマンスや、謎めいたロイの出自なんかもサラリと描かれていて嫌味がな
い。
脇を固める俳優も、ピーター・サースガード(ロイを追うCIA捜査官)、ヴィオ
ラ・デイヴィス(ロイの上司)、ポール・ダノ(ロイが守ろうとする天才的な頭脳
を持つ若者)と、豪華で楽しめる。特に、ポール・ダノお得意の変キャラが効い
ている。
しかし、、30代後半と40代後半になっても、こういう映画で堂々主役を張れる
お二人・・・。天晴れ!

( 『ナイト&デイ』 監督:ジェームズ・マンゴールド/
主演:トム・クルーズ、キャメロン・ディアス/2010・USA)
女の業~『団地の女学生』

38歳の独身女性・美弥は、ミュージシャンになる夢に破れ、生まれ育ち、今も
暮らす団地でホームヘルパーとして働いている。
伏見憲明さんの作品は、文藝賞を受賞した『魔女の息子』以来。「爪を噛む女」
と、表題作の二編が収録されている。可愛らしい装丁とは裏腹に、女友達に対す
る嫉妬や失望、愛憎半ばするドロドロした感情がリアルに描かれていて、何とも
痛い! 表題作よりも、「爪を噛む女」の方がボリュームがあり、印象に残る。
自分が主人公に、より共感できたせいかもしれないけれど。
若い頃は自分が世界の中心のように生きていたのに、実は自分だけが蚊帳の
外だったと、20年経って思い知らされたとしたら。恋人も就職したこともなく、老
いた母を抱えて「ホームレス」になる自分を想像してしまう美弥。忍び寄る更年期、
見下していた友の成功、夢破れて乗り遅れた現実・・・。痛い、痛すぎる。女が生
きて行くって、ホントに、つくづく、ややこしい。
二編ともに団地という生活圏を舞台に、高齢化社会の厳しい現実も描かれてい
る。「遠くの親戚より近くの他人」。血縁の情がアテにならなくなった社会を嘆きな
がら、同時にささやかな希望も提示されている。やり直せないことなんかない、
黄昏どきには、なくなったものは必ず姿を現す、と。
( 『団地の女学生』 伏見憲明・著/集英社・2010)
「美しさ」という才能~『シングルマン』

A SINGLE MAN
1962年、ロサンゼルス。16年間連れ添った恋人を交通事故で亡くし、失意
のどん底にある大学教授ジョージ(コリン・ファース)。ある金曜日の朝、いつも
の夢に目覚めた彼は、追憶に生きるよりも死を選ぼうと決意する。
ダニエル「ジェームズ・ボンド」クレイグの衣装でお馴染み、ファッションデザ
イナー、トム・フォードの監督デビュー作。孤独と喪失感に耐えかねた一人の
男の、人生最後の一日を描く。監督自ら、脚色も担当している。
コリン・ファースがヴェネチア映画祭で男優賞を受賞してから、ずっと公開を
心待ちにしていた作品。期待に違わず、トム・フォードの美意識(趣味?)が炸
裂した秀作となっている。
アート映画のような映像美を湛えながら、エンタメ作品としても観る者を魅了
する。処女作には、その作家の全てが詰まっていると言うけれど、、トム・フォ
ード恐るべし! この匂い立つような色気は何なんだろう? とにかく、登場
する男たちが美しい。マシュー・グード、リー・ペイス(この二人はタイプが似
ている)、ジョン・コルタハレナはトモ・フォードのモデルだし。そしてコリン・ファ
ースの表情演技がまた、素晴らしいんです・・・。身辺整理をし、死に装束の
タイの結び方まで指定する、徹底した完璧主義のジョージ。彼はもしかした
ら、トム・フォードの分身なのかもしれない。

LAが舞台のアメリカ映画なのに、英国映画だと思って観ていた。登場する俳優
たちは、英国出身者が多い。中でも、ジョージの教え子ケニーを演じたニコラス・
ホルトは、あの『アバウト・ア・ボーイ』の子役。「まず散髪に連れて行け!」と画面
に突っ込んでしまうほどダサダサだったのに、信じられないような変貌ぶり。これ
はヒュー・グラントもビックリでしょう(笑)。
62年と言えば、キューバ危機のあった年。東西冷戦の中、深刻な核の脅威も
叫ばれていた。そんな時代は、現在より遥かに、死の影が濃かったのだろう。死
と向き合った時、初めてジョージの「生」が輝き始めるのは皮肉。リカーショップで
出逢ったカルロス(ジョン・コルタハレナ)との束の間の交感は、ゾクゾクするほど
エロティック。ケニーがジョージに向ける真っ直ぐな視線、「異端」という共通語で、
通じ合う男たち。濃いアイラインでジョージの愛を乞うチャーリー(ジュリアン・ムー
ア)は、まるで道化のようで・・・。
そう、トム・フォードの「世界」では、どこまでも女は蚊帳の外、なのだ。溜息。

( 『シングルマン』 監督・製作・共同脚本:トム・フォード/2009・USA/
主演:コリン・ファース、ジュリアン・ムーア、マシュー・グード、ニコラス・ホルト)
映画館の出身です!~『もぎりよ今夜も有難う』

「みずからの出自を問われたら、「映画館の出身です!」と胸張ってこたえたい」
俳優・片桐はいりによるエッセイ集。キネマ旬報に連載されていた当時は、読者
賞を受賞するほどの人気だったらしい。若い頃、映画館(今のシネスイッチ銀座)
でもぎり嬢として過ごした日々、俳優として全国を巡る旅の途中に出逢った、愛し
の映画館たちについて。文章毎に映画の題名をもじったタイトルがつけられてい
るのも楽しい。
『わたしのマトカ』 『グアテマラの弟』でも感じたことだが、はいりさんの行動力
と好奇心には脱帽する。加えて、彼女の生真面目な性格が伺えるエッセイでも
あった。
シネコン全盛の現在とは全く違う貌を持つ、個性溢れる映画館での日々を綴っ
た前半の文章が、抜群に面白い。中でも、かの人間国宝とバトルを演じ、劇場か
ら追い出した(正確には怒って出て行かれたのだが)エピソードには、もう爆笑。
そんなはいりさん、今でも時々、もぎり嬢として映画館に出没しているらしい。
本当に、映画と映画館がお好きなんだな~、となんだか涙ぐんでしまう。学生の
頃から私もよく映画は観たけれど、映画館で働く、っていう発想はなかったなぁ。。
今になって、それをかなり後悔しています。
( 『もぎりよ今夜も有難う』 片桐はいり・著/キネマ旬報社・2010)
スプーン一杯の孤独~『スープ・オペラ』

35歳のルイ(坂井真紀)は大学図書館に勤め、叔母のトバちゃん(加賀まりこ)と
二人、古い日本家屋に暮らす独身女性。何の憂いも、不安もない平和な日々を過
ごしていたルイだったが、ある日突然、トバちゃんが結婚して家を出て行ってしまっ
た・・・。
阿川佐和子の同名小説を原作とする、ファンタジックかつシュールなドラマ。疑似
家族の温もり、30代半ばの独身女性の孤独、それを癒す「食」の尊さを、やさしい
視線で描いた佳作。ああ、またまた近頃よくある「おいしいもので癒されましょう」的
な映画か~、と思っていたら、、これはプレノンアッシュ配給じゃありませんか!
これは観に行かねば、と思ってしまった。篠原弘子さんには、大恩がありますから
ね。素敵な作品でしたよ。是非、劇場でご覧下さい。
蔦の絡まるメリー・ゴーランドの前に、一人のバンドネオン奏者が現れる。この、
ちょっと風変わりなオープニングから、「あ、好き」と思えた。

両親を知らずに育ったルイは、やや天然ボケ、不思議ちゃんな雰囲気の女性。
清潔感のある(色気がないとも言う)坂井真紀がとってもハマっている。彼女の周
りの人たち、親友の編集者(鈴木砂羽)、館長(塩見三省)、タロット占いが大好き
な教授(菅原大吉)は、みんな一癖も二癖もある愉快な人々。いつも汗だくのトバ
ちゃんの夫(萩原聖人)や、愛欲作家(平泉成)もみんなみんな、キャラが立って
いて楽しい。鈴木砂羽っていいですね、もう、ムチムチで(笑)。加賀まりこがすっ
かりおばあちゃんになっていて、最近こういう役って余貴美子の独壇場だな、と思
っていたらやっぱり余さん、登場するんだもの~、ハハハ。。
そして、アロハにデッキシューズの不良老年、自称画家のトニーさん。お年を
召されても、鍛えてるな~、色気あるな~、藤竜也。こういう自由人って憧れます
ね。

トニーさんと康介(西島隆弘)との思わぬ三人暮らしの顛末に、ルイの「父親」
を巡る謎が侵入して、物語は意外な方向に。再び一人になったルイの、最後の
「夢」の場面が、綺麗だったけどちょっと冗長だったかな。
ルイの家の内装(ステンドグラスがはめ込んである窓、タイルのお風呂や台所)
がとっても素敵だった。古めかしいけど清潔に保たれていて、康介じゃなくても
住みたくなる。調度品や食器も、思わず目を奪われる。朽ち果てた遊園地も、
風情があってイイ。
金色に輝く透明なスープ。薄味だけど、実はいろんな滋養が含まれてる。派
手さはないけれど、一口飲めば明日もきっと大丈夫、と思えそう。そんな映画
です。
( 『スープ・オペラ』 監督:瀧本智行/原作:阿川佐和子/2010・日本/
企画・製作:篠原弘子/主演:坂井真紀、藤竜也、西島隆弘、加賀まりこ)
調和と解放~『食べて、祈って、恋をして』

EAT PRAY LOVE
ニューヨークに住む人気作家のリズ(ジュリア・ロバーツ)は、8年間の結婚
生活に終止符を打つ。年下の恋人(ジェームズ・フランコ)と暮らし始めるも、
長年の恋愛依存体質に嫌気がさした彼女は、イタリア、インド、バリを巡る一
年間の旅に出る。
どう考えても主人公に共感できそうになかったので、観るのを随分迷った
作品。しかし映画の日に観て来ました。ジェームズ・フランコは相変わらず
素敵でしたが、すみません途中寝てしまいました・・・。退屈だったな~。

そもそも、リズが旅に出た理由って、「恋愛依存体質と決別して、自分を見つ
ける!」ためじゃなかったの? まぁタイトルが『~、恋をして』だから最終的に
恋バナで終わるのはわかり切ってはいたのですが、結局ソレ? という感じ。し
かもフェリペ(ハビエル・バルデム)に求婚された時、いきなり怒り出すリズが謎
でした。
う~ん、最終的には恋愛しかないんだろうか? 人生の糧って。リズほどに
自立した(経済力のある)女性ならば、もうちょっと何かなかったんだろうか。。
これでは余りにも、余りにもありきたりな気がする。残念。
音楽はよかった。ボサノヴァとか。ジェームズ・フランコ 、リチャード・ジェン
キンス、ヴィオラ・デイヴィス、ビリー・クラダップ。無駄と思えるほど、キャス
トも豪華だった。映像ももちろん、美しかった。それでも、「全然足りない」気
がしてしょうがない。

まぁ、久々の洋画だし、物凄く期待&楽しみにしてる『ソーシャル・ネットワーク』
の予告が観られたから、よしとしますか・・・ブツブツ
( 『食べて、祈って、恋をして』 監督・脚本:ライアン・マーフィー/
主演:ジュリア・ロバーツ、ハビエル・バルデム/2010・USA)
「女は一人にかぎる」のか? ~『言い寄る』 『私的生活』 『苺をつぶしながら』



大阪のマンションで一人暮らす31歳のデザイナー、乃里子を主人公にした三部
作。彼女の結婚前の独身生活、結婚生活、離婚後の独身生活が、軽妙洒脱な大
阪弁で活き活きと描かれる。初出は30年以上前で、2007年に講談社から復刻出
版されたもの。そんな昔(?)の物語だとは信じ難いほど、ここに描かれる男女の
心の機微は、現代に通じると思う。
あるブロガーさんが紹介されていて、田辺聖子を何十年ぶりかで読んだ。登場
人物たちが、本当にこの街で生きているように、自分の知り合いのように思えて
くる。大阪という土地と、方言への愛情も嬉しい。
自他共に認める「いい女」の乃里子は、怖いものなしの発展家。自由奔放に、自
らの欲望に忠実に生きる姿が眩しくて仕方がない。怖がりで臆病で、冒険を避け
てきた自分の生き方が、情けなくて悔しいよ・・・。
しかしそんな乃里子でも、恋い焦がれた五郎にはついに言い寄れず、「相性」の
いい財閥の御曹司・剛と結婚する。剛は乃里子より二つ年下の色男。東神戸の海
が見えるマンションでの新婚生活は、芸術家仲間と疎遠になり、嫉妬深い剛に半
ば監禁されている状態。そんな「刑務所」から「出所」し、「看守」の剛と乃里子は
別れる。「人間が幸福になるには離婚すべきだ」。再び人生を謳歌する乃里子だっ
たが、大雨のある日、剛と偶然再会する・・・。
してもしなくても後悔するのが結婚、とは昔々から言われ続けている。どうして
結婚したら、ときめきや幸福感が消えてしまうんだろう。女は、結婚したら大抵苗
字が変わるわけで、結婚相手の家族とも良好な関係を築かねばならない。それ
が案外難しくて、ストレスを感じないわけがない。係累の煩わしさに疲れるのは、
女だけなんだろうか。
一人を満喫しながら、それは一人で死んで行くことだと気付く乃里子。再会し
た剛と、あわや元サヤか? というギリギリのところで、物語はやわらかく着地
する。男と女を巡る、普遍的な真理。読み終わったとき、古い唄が胸の奥から
聴こえてきた。
思い出を燃やし尽くしたら 男と女には 友情が残るはず
( 『言い寄る』 『私的生活』 『苺をつぶしながら』 田辺聖子・著/2007・講談社)
軍神の妻~『キャタピラー』

第二次大戦中の日本。静かな村に、中国戦線に出征していた久蔵(大西信満)
が帰って来る。四肢を失くし、顔は焼けただれ、言葉も失った久蔵を、受け入れる
しか術のない妻・シゲ子(寺島しのぶ)だったが・・・。
ベルリン国際映画祭にて、主演の寺島しのぶが最優秀女優賞(銀熊賞)を受賞
した話題作。観に行きたい、行かねばと思いつつ、酷暑を言い訳に延ばし延ばし
にしていた。超ヘビー級であろう本作の衝撃と痛みを受け止める覚悟もないまま、
観てきました。
予想通りの、あまりにも酷く強烈な、原始的とも言える夫婦の愛憎に、身も心も
固まってしまった感じ。涙も同情も、恐怖も怒りも吹っ飛ばす、甘さのカケラもな
い反戦映画。ガツンと来ました、これは厳しい。若松孝二監督作品は、DVDも含
めて初鑑賞。

考えてみれば、寺島しのぶの映像作品を観るのも初めてなのだった。舞台での
彼女はかなり以前に二度ほど観たことがあるが、梨園のお嬢様らしからぬその脱
ぎっぷり、スッピンで文字通り素顔を晒しての大熱演は、素直に拍手を贈りたいと
思う。
そしてシゲ子の夫を演じた大西信満も、負けず劣らず、真剣勝負の大熱演。そ
の体当たりの演技なしにはこの映画自体が成立しなかったし、寺島しのぶの受賞
もなかったに違いない。
この夫婦の間に流れるヒリヒリとした緊迫感、加虐と被虐、恍惚と悲惨が一瞬で
引っくり返る危うさに、グッタリと消耗してしまった。
「食べて寝て、食べて、寝て、食べて、寝て。それだけでいいじゃない」
逃げ場のない密室で進行する過酷な物語の中で、赤い着物で道化を演じる、画
面の隅にいる男(篠原勝之)の存在だけが、唯一の救いだった。

タイトルの「キャタピラー:Caterpillar」とは、戦車ではなく「芋虫」のことだと
観終わって知り、改めて衝撃を受ける。戦争とは、犠牲者しか生まない不毛の
極みだ。勝者も敗者も、ましてや神もない。この映画を観たなら、もう説明も
解説も説教も要らない。兎に角、戦争はイヤだ。
( 『キャタピラー』 監督:若松孝二/主演:寺島しのぶ、大西信満/2010・日本)