侍の道~『十三人の刺客』

江戸時代末期。時の将軍の弟で、明石藩主である松平斉韶(稲垣吾郎)は極悪
非道な暴君。しかし、年明けには老中への就任が決まっている。御目付役・島田
新左衛門(役所広司)は斉韶暗殺の密命を受け、運命を共にする刺客を集める。
1963年に製作、公開された時代劇のリメイク。ヴェネチア映画祭のコンペにも
選ばれ、惜しくも受賞はならずも大喝采を受けたという話題作。オリジナルは未
見ですが、三池崇史監督作ということで観てきました。PG12指定だけに、グロい
残酷描写もあれど、、面白かった! 快作ですね。シアターは年配の方を中心に、
大入りでした。

日本の時代劇については知識もなく、さほど関心もないのですが、本作のよう
な単純明快、「斬って、斬って、斬りまくれ!!」な映画は面白く観られますね。
「いやいやこれが、結構深いのヨ」とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれません
が、私は本作、純粋に「勧善懲悪もの」と受け取りました。しかし、天下の暴君、
松平斉韶のキャスティングにはビックリ。。ジャ●ーズ事務所が、よくOKしたな、
って。しかもゴローちゃん、なかなかの怪演を披露してくれてます。
役所広司、市村正親、松方弘樹といった大御所から、伊原剛志(めちゃくちゃ
カッコイイ!)、光石研、古田新太らの中堅実力派、そして山田孝之、高岡蒼甫、
石垣佑磨らの若手もしっかりいい仕事をして。一番印象的だったのは、ただ一人
侍でない刺客、野人のような男を演じた伊勢谷友介。
少し前まで、彼のイメージは「棒読み」。カッコイイけど演技は下手な俳優さん
だと思っていました。でも、いつ頃からかな、、いい役者さんだな、と思い始めて。
今回の役どころは、何事にも、何ものにも囚われない自由人にして、生命力に
充ち溢れた山の民。最後には不死身にまでなってしまうという(笑)。美しい顔
を泥だらけにしながら、軽々と大立ち回りを演じてくれました。

「遅けりゃ次の盆には帰る」。全てを見届け、人生を賭けた大博打に勝った男の
生還。いいラストでした。
( 『十三人の刺客』 監督:三池崇史/2010・日本/
主演:役所広司、市村正親、稲垣吾郎、山田孝之、伊原剛志、伊勢谷友介)
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被害者にはなれない~『悪人』 #3

映画『悪人』を観たとき、何故か心に引っかかるシーンがあった。祐一の母(余貴
美子)が祐一の祖母(樹木希林)に詰め寄るシーン。祐一が、自らを捨てた母に会
っていたのかと驚く祖母に、母は言う。「あの子、ギリギリの生活しよる私から、会う
たんびに金せびるとよ。千円、二千円と」
どうして、祐一はそんなことしたんだろう? 母に償って欲しかったのか。それと
も母の狂言なのか。それとも、本当にお金が欲しかったのか・・・。映画を観終わっ
ても祐一を悪人だとは全く思わなかった私だけれど、このシーンの解釈だけは謎
だった。しかし原作を読んで、その謎が解けた。
祐一は佳乃や光代と会う前に、ファッション●ルス勤務の女性にのめり込んで
いた。その女性と互いの母親の話をしていたとき、祐一は言う。「欲しゅうもない
金、せびるの、つらかぁ」 「・・・でもさ、どっちも被害者にはなれんたい」と。
この場面は、妻夫木聡も「原作で一番好きなシーン」に挙げているように、極め
て重要な、本作の「肝」であると思う。祐一の母の嘆きと「対」になっていると言って
もいい。この言葉を知って初めて、それまでは推測に過ぎなかった祐一の思いが
わかる。彼が、何故光代を殺そうとしたのかが。
映画では、このヘ●ス嬢のエピソードを丸ごとカットしているため、祐一という
人間の不可解さが描き切れていないように思う。映画の尺を考えれば仕方のな
いことかもしれないが、せめて光代との会話に置き換えてでも取り入れて欲しか
った大切なセリフだ。
自らを犠牲にして、大切なものの立場や拠り所を守ろうとする祐一。それは
打算でも憐憫でも反省でもなく、彼自身の、自然な心のありようなのだ。

それは、永遠のはじめ~『ハルフウェイ』

秋の北海道、小樽。高校三年生のヒロ(北乃きい)は、片思いしていた同級生の
シュウ(岡田将生)に告白され、付き合うようになる。有頂天のヒロだったが、彼が
早稲田大学を受験すると知り、ショックを受ける。
「東京行くのに、どうして告ったの?」
この作品の劇場予告は何度も観ていて、その度に涙が出そうになるほど胸が
キュンキュンした。劇場鑑賞するチャンスはもちろんあったのだけれど、なんだか
怖気づいてしまって観に行けず。そして正直、人気脚本家・北川悦吏子氏の第一
回監督作品、というキャッチにも、引っかかるところはあった。DVDになってもず
っと、借りる勇気もなかった。

ヒロの立ち振る舞いを観ていて、「今どきの女子高校生ってこんなに幼い?」と
かなり違和感。シュウに対して「早稲田止めてよ」なんて言えることが信じられな
かった。カップルになる前はあんなにシュウのことが好きだったのに、両想いに
なった途端、彼女の中では独占欲ばかりが肥大してしまったのかな。めちゃめち
ゃ可愛い女の子なんだ、っていうのは理解できるけれど、彼女のキャラクターが、
どうしても好きにはなれなかった。
そんなヒロに振り回されながらも、「やっぱりお前のこと好きだ」なんてサラリ
と言えてしまうシュウ。ヒロが好きなんだけど、上京するっていう夢もやっぱり
捨て難く彼の中にあり。。ああ、高校三年生。イチャツイテナイデベンキョウシロ
怪しい書道教師(大沢たかお)の言う、「後先考えて行動する男なんて、男じゃ
ないよ」っていうセリフ、好きだなぁ。成宮先生は、ちょっとミスキャストじゃない
ですかね(汗)。そして最後の音楽準備室でのシーン、あれは蛇足だと個人的
には思う。ホームでの別れ、暗転、salyuのエンディングテーマ。これだけで
十分、だったんじゃないだろうか。

憧れの北の大地、北海道の雄大な景色が素晴らしい。このロケーションだけで
も、この映画を観る価値はあると思えるほど。やっぱり、映画館で観ればよかっ
たな。しかし、何度も繰り返し観たい映画じゃない。岡田くんは素敵だったけど。
( 『ハルフウェイ』 監督・脚本:北川悦吏子/主演:北乃きい、岡田将生/2009・日本)
一緒にいたかった~『悪人』


映画感想: 『悪人』 『悪人 #2』
朝日新聞紙上に連載され、毎日出版文化賞と大佛次郎賞を受賞し、映画化され
たベストセラー長編。文庫本にて読了。上下巻を一気に読んでしまった。
映画を先に観ていたことで、物語が既に自分の中に取り込まれていたけれど、
映像からもたらされる感情以上の何かが揺り動かされるような。。映画の追体験
にとどまらない、貴重な読書体験だった。未読の方々は是非。
李相日監督による映画は、とても丁寧に、真摯に作られたことが伺える良作だ
った。「心が震えるような感動は得られなかった」などという浅はかな感想を書い
てしまったけれど、観た後、何日経っても様々なシーンがフラッシュバックして、
自分ももう一度、あの灯台に戻りたいと感じてしまうような作品だった。祐一と光
代の姿が、心から離れないのだ。
しかし、原作を先に読んで映画を観た人は納得しただろうか? もし原作が先
だったとしたら、私も祐一のキャスティングにはブーイングだったかもしれない。
原作者の吉田修一は、そんな読み手のイメージを「意味がない」とバッサリ斬る
けれども、それは個人の「思い入れ」なのだから、原作に傾倒した人ほど強いは
ず。意味のない感情だとは、私は思わない。たとえキャスティングに反感を持っ
て映画を観たとしても、先入観を持って鑑賞したことを恥じるほどの熱演を役者
が見せてくれれば、潔く称賛するだけのことなのだから。
読みながら、祐一のやさしいが故の弱さと孤独に、胸が痛む。光代は、そんな
祐一を包み込むように愛しながら、結局彼にすがって逃げる。二分できない、表
裏一体となった善と悪。加害者であり、尚且つ被害者でもある祐一と光代。遅過
ぎた出逢いは孤独な魂を引き寄せ、打算のない愛と、新たな罪を生む。
地方都市に生きる、社会的弱者たちの閉塞感や、絶望感がどうしようもなく胸
に迫る。祐一が犯した罪を肯定するわけでは決してないけれども、読めば読む
ほど、私には祐一が悪人だとは、どうしても思えない。彼は「罪人(つみびと)」
ではあるけれども、悪人ではない。弱い人間を利用したり、あざ笑ったり、晒し
ものにしたりする「彼ら」のほうが、よっぽど悪人だと思うのだ。殺された佳乃の
父の怒りが、祐一でなく増尾に向いたのも納得できる。
幸せになりたかっただけなのに。祐一も、光代も、上手く生きられなかったん
だと思う。ただただ、悲しいけれど。
( 『悪人』 吉田修一・著/朝日新聞出版・2009)
分別と情感~『勝手にふるえてろ』

中学2年で出会った「イチ」を想い続け、26歳経理課OLの今も、男性経験ナシ
の良香。そんな彼女に言い寄る営業課の「ニ」が現れて、良香は揺れ始める。
寡作な美人作家、綿矢りさ3年ぶりの新作。前作『夢を与える』から、文体も作風
もガラリと変えてきた(ちょっと山崎ナオコーラ入ってる?)本作は、「結婚と恋愛は
別なのか?」という永遠の命題がテーマ。一般職の平凡なOL良香は、ライフワー
ク化した永年の片思いに終止符を打ち、結婚することができるのか。相手は生ま
れて初めて「付き合おう」と言ってくれた、好きでも何でもない「コンソメスープのよ
うな体臭」の男。
前半ちょっともたつきますが、良香の生態(本人曰く「絶滅危惧種」、私から見た
ら「突然変異種」)が珍しくて、面白くて、思わず一気読み。ラストは、う~ん、やっ
ぱりそう来たか!
ただ、この本タイトルが今一つのような気が・・・。もうちょっと、オトメゴコロをくす
ぐるキャッチでもよかったんじゃないかな。取りあえず、今後の作品にも期待です。
( 『勝手にふるえてろ』 綿矢りさ・著/文藝春秋社・2010)
悪役~『悪人』 #2

映画『悪人』の中で、誰もが嫌悪感を憶えるであろう典型的な「悪役」増尾圭吾
を演じた岡田将生。人懐っこくも、頼りなげにも、草食系にも見える彼が、冷淡
で酷薄で、最後まで反省しないお坊ちゃん大学生を演じて、これがハマり役。岡
田くんの演技力を、改めて感じることができた作品だった。
今年の邦画を代表するであろう二作、片やアカデミー賞外国語映画賞に日本代
表としてエントリーする『告白』、片やモントリオール国際映画祭受賞作の『悪人』、
両作に重要な役どころで出演していることも、今の彼の勢いや運、実力を感じさ
せる。
『悪人』は脇役の一人一人に至るまで、本当にいい仕事をしていた作品だと思う。
個人的に大好きな光石研、胡散臭さ全開の松尾スズキ、運転手さんのでんでん、
いかにも捜査一課の刑事らしい塩見三省。永山絢斗の大学生も、余貴美子の勝手
な母親も。それぞれがきっちりと役割を果たし、この映画の質を上げていると思う。
セリフの少ない役だったからか、主役のはずの妻夫木聡が一番難しく、損な(わ
かりにくい)役回りだったかも。しかし、彼の熱意や葛藤は、その瞳から十分に伝
わってきたのだった。
芥川賞はじめ数々の受賞歴があり、映像化も多数されている吉田修一作品に
触れたのは本作が初めて。次はまず、この映画の原作小説を読んでみたい。

淋しい人間が多過ぎる~『悪人』

長崎の寂れた漁村に祖父母と暮らす祐一(妻夫木聡)は、解体作業員として働く
孤独な青年。彼は出会●系サイトで知り合った保険外交員の佳乃(満島ひかり)を、
衝動的に殺してしまう。
第34回モントリオール世界映画祭において、深津絵里が最優秀女優賞を受賞し、
話題の本作。好青年の代名詞のような(初日舞台挨拶での涙がまたその株を上げ
た)妻夫木聡が、初の悪役に挑んだことでも注目されている。劇場は大入りでした。
そして139分間、皆が静かにスクリーンを見つめる、心地よい緊張感があった。
「本気で、誰かと出逢いたくて」

「誰が本当の”悪人”なのか?」というのがこの映画の公式なキャッチコピーな
のだけれど、私にはこの映画はそんな”悪人探し”の物語だとは思えなかった。
世間的、法律的には、殺人を犯しながら逃亡した祐一が一番の「悪人」なのだろ
うけれど、私には彼が一番、悪人には見えなかった。
幼い頃、母(余貴美子)に捨てられ、「お母ちゃんは戻ってくる」という言葉を誰
にも信じてもらえず、言葉を失ってしまった祐一。半分死んでいるような暗い目
をして、孤独の中で、漂うように生きている。そんな彼が、同じように孤独な日々
を生きる光代(深津絵里)と出逢い、少しづつ感情を取り戻してゆく。
自首しようとした祐一を引き留め、「一緒に逃げよう」と言った光代。祐一と出
逢って、「初めて幸せになれると思った」光代。彼女が生きてきた砂を噛むよう
な日々を思うと、胸が痛む。
「大切な人がおらん人間が多過ぎる」と佳乃の父(柄本明)は言う。一人娘とし
て、両親に大切に育てられたのであろう佳乃は、どうしてもっと自分を大切にで
きなかったんだろう? 峠で彼女を蹴り出し、置き去りにした増尾(岡田将生)に
は、罪の意識はないのか? 彼に罪がないのなら、法律って何なんだろう。饒舌
な彼も、半分死んでいる人間に私には見えた。

残念だったのは、祐一の祖母(樹木希林)のエピソードが蛇足に思えたこと。樹
木希林の演技力は言うまでもなく、その存在感はただでさえ大きいのに、祖母の
描写が膨らみ過ぎ、消化不良に終わってしまった気がした。
祐一が光代に最後にしたこと。祐一は光代を、共犯者でなく被害者にしておい
てやりたかったのだと思う。人を殺めた自分を、何年でも待つと言ってくれた光代
に、自分を忘れさせたくて、「いい思い出」にしたくなくて・・・。
主演の二人はもちろん、脇役の一人一人に至るまで納得の演技。よくこれだけ
のキャストを揃えたな、と思う。しかしこの作品には期待し過ぎてしまったせいか、
心が震えるような感動は得られなかった。というのが、正直な感想だったりする。
( 『悪人』 監督・共同脚本:李相日/原作・共同脚本:吉田修一/
主演:妻夫木聡、深津絵里、岡田将生、満島ひかり、樹木希林、柄本明/2010・日本)
最強の夫婦~『ストーリー・セラー』

プレゼント包装された美しい装丁のこの本は、ライトノベル作家・有川浩さん
の新作。「面白い物語を売る」というコンセプトで作られたアンソロジーに提供
された「Side:A」と、単行本化にあたり書き下ろされた「Side:B」の二篇から成
る。どちらも夫婦の物語で、作家の妻と彼女を支える献身的な夫、という設定。
有川さんは以前NHKの『トップランナー』に出演したとき、自ら夫のことを「あ
の人私の外付けハードディスクなんですよ」とノロケていた。本作を読みながら、
この作品は有川さん夫婦がモデルなのでは、、と誰もが思うのではないだろうか。
最愛の伴侶の死、というショッキングな出来事はフィクションであるとしても(いや、
絶対にそうだと願うが)、主人公の「彼女」が夫に向ける感謝のまなざしや、「彼」
が妻を思う愛の深さは、トゥルー・ストーリーなんじゃないかと思う。
「書ける側」、翼を持って飛ぶことができたものの心労や払った代償もリアルに
描かれていて、有名税とはこれほど過酷なものなのかと胸が痛む。
有川さん、逆夢は起こせましたか。
( 『ストーリー・セラー』 有川浩・著/新潮社・2010)
情熱の行方~『瞳の奥の秘密』

EL SECRETO DE SUS OJOS
THE SECRET IN THEIR EYES
裁判所を定年退職し、孤独な日々を送るベンハミン・エスポシト(リカルド・ダ
リン)は、25年前に担当したある事件を題材に小説を書こうとする。
アルゼンチンにオスカーをもたらした、2009年度アカデミー外国語映画賞受
賞作。封印したはずの過去の記憶を辿る男が、凄惨な事件を巡る隠された真
実と、目を背け続けてきた愛に向き合うサスペンス。大きなスクリーンに映し出
される、彼らの瞳が語りかけてくる。ある者は狂気と絶望を秘め、ある者はたっ
た一つの愛を渇望しながら。沁みました。今年のベスト作の一本。素晴らしい
作品です。
過去と現在を交錯させながら伏線を散りばめ、謎解きの中で主人公たちの
心理が巧みに描かれる構成の脚本。クローズアップを多用しながら、奥行き
を感じさせる画面設計。25年の年月を演じ分ける俳優たちの力量。情感溢れ
るピアノの旋律。ラストの余韻に、涙が止まらなくなった。

出逢った瞬間、イレーネ(ソレダ・ビジャミル)に恋するベンハミン。学歴や出身
階級の違いから、彼はその想いを口に出すことができない。それが「人生のす
べて」だとわかっていたのに。25年の歳月が過ぎても、ベンハミンは「モラレス
事件」に囚われ続ける。あの事件こそが、全ての始まりだったから。
「過去は私の管轄じゃないわ」。検事に昇進し、二児の母となり、割り切った
態度のイレーネも、ベンハミンの書く「小説」に導かれ、あの時間へと心を戻し
てゆく。
情熱だけは変えられない。それが狂気と紙一重の危険な感情であったとして
も。写真の中でさえイレーネを追うベンハミンには、暴行殺人犯ゴメス(ハビエル
・ゴディーノ)の情熱が、理性でなく直感として理解できたのだろう。若く美しい最
愛の妻を亡くし、情熱の行き場を失くしたモラレス(パブロ・ラゴ)の、永遠に止ま
った時間。「何故、生きていられる?」 過去の囚われ人として生きるしかなかっ
た彼の執念に、息を呑む。

最後のピースを見つけ、パブロ(ギレルモ・フランセーヤ)の墓に参り、小説を
脱稿したベンハミン。25年前から”A”の打てなかったタイプライター、彼に欠け
ていたもの。「簡単じゃないわよ」 「構わない」 「扉を閉めて」。恋人にしか見せ
ないと言った、「最高の笑顔」がそこにある。
( 『瞳の奥の秘密』 監督・製作・脚本・編集/フアン・ホセ・カンパネラ/
主演:リカルド・ダリン、ソレダ・ビジャミル/2009・アルゼンチン、スペイン)
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「自分」って何なんだ?~『俺俺』

その場のなりゆきで、マクドナルドで隣の席の男の携帯を盗んでしまった「俺」。
携帯の着信に出てしまい、そのままオレオレ詐欺をしてしまった。。そして「俺」
は、成りすましたはずの俺になっていた。
読み進むうちに、なんとも言えない恐怖を感じる作品だった。引きずり込まれ
るように読み始めたが、中盤は苦痛さえ憶える。
「お前は誰だ?」と問われたとき、自分の心さえ自分が何者であるかを証明で
きない恐怖。自意識は集合的無意識に融け、出会うもの全てが「俺」になる。
記憶は混濁し、名前も、経歴も、家族さえ意味をなさない世界。人間が人間性
を失い、集団が個にとって代わり、互いに「削除」し合う社会が描かれる。
私たちが生きているこの世界の秩序は、人間が人間であるが故に保たれて
いる。しかし、いつかそれが呆気なく崩れていく可能性も、無くはないのではな
いか。そんな不安に駆られる、リアルに残酷な物語だった。
( 『俺俺』 星野智幸・著/新潮社・2010)
人生はやり直せない~『セブンティーン・アゲイン』

17 AGAIN
バスケ部の花形選手である17歳のマイク(ザック・エフロン)は、恋人スカーレ
ットが妊娠していることを知り、バスケを諦めて結婚する。20年後、出世にも家族
にも見放された37歳のマイク(マシュー・ペリー)は、ある日容姿だけが17歳当時
に戻ってしまう。
ご存じ、ザッくんことザック・エフロン主演の青春ファンタジー。若き日の決断を
悔やむさえない中年男が、青春を生き直そうとする中で、自分にとって一番大切
なものを再発見する。『素晴らしき哉、人生!』と『バック・トゥ・ザ・フューチャー』
を足したような映画。あの名作のエッセンスと、今を時めくザックが主演で、面白
くない映画なわけがない! もう、これ最高に楽しかったです。冒頭はHSMのノリ
で、テンション上がるわ~♪

ザックは、切ない表情や恋してる時の感情表現が本当に巧い。若者らしい溌剌
としたエネルギーに溢れていて、アイドルの範疇にあるのだろうけれど実は地力の
ある役者さんなんじゃないかと思う。もちろんファン目線ですが、これからもずっと
注目していきたいな。ただ、いっつも髪型がイマイチなんだよね(笑)。
マイクの親友、ネッド(トーマス・レノン)には、もう最高に笑わせていただきまし
た。もう、どんだけ~、なオタクと大金持ちぶり。エルフ語でしゃべるわ、独特の
ファッションセンスと強引過ぎる口説き、面白過ぎ! マイクと二人で「I LOVE
YOU」って言い合うところもよかったな~、さり気なく二人の固い友情を感じさせ
てくれて。

マイクは20年間、ず~っと後悔し続けていたんだね。あの時試合を放棄していな
ければ、大学に進学していれば、自分にはもっと素晴らしい人生が待っていたに違
いないと。過去に囚われていてもいいことなんか一つもないんだけど、人間は過去
の積み重ねで今があるわけだから、過去に囚われるのはある程度自然なことだと
も思う。でも、どんなに悔やんでも、たとえ守護天使のはからいで身体だけ若くなれ
ても、人生ってやり直すことはできないんだ。時間を戻すことだけは、誰にもできな
いからね。でも、人生を見つめ直すことは誰にでもできる。気の持ちよう、心のあり
よう、って言うけど、自分や周囲を別の角度から見直すことって、人生に時々必要
なんだね。
( 『セブンティーン・アゲイン』 監督:バー・スティアーズ/
主演:ザック・エフロン、マシュー・ペリー、トーマス・レノン/2009・USA)
ばーちゃん、クール!~『トイレット』

今日、ママが死んだ。そう大きくない家と、猫のセンセーと、日本から来たばー
ちゃんを遺して・・・。
スローで、ロハスで、クールな荻上直子監督の新作。衝撃的(?)なタイトルの
由来は、あのマドンナも絶賛した日本のテクノロジーの結晶から。引きこもりで
パニック障害を患う長男モーリー、プラモデルオタクの次男レイ、小生意気な大
学生の末っ子リサ。冴えない三人と、日本から来た祖母のばーちゃんとの、束
の間の心の交流を描く。監督のミューズ、もたいまさこ以外は全く無名の出演者
たちが、全編英語で繰り広げる、ちょっとシュールな味わいの作品。評価が分か
れるタイプの映画だと思うけれど、私は面白く観られました。フードスタイリストが
「空きっ腹の敵」こと飯島奈美さんと知り、しっかり食事を摂ってから観ましたが
眠くもならず。ただ、自分含めて観客が3人だった。。新記録かも。

前提も状況説明も省いて、いきなり非日常空間で物語が展開し始める荻上ワ
ールド。そんな監督の世界観に一番フィットする女優さんが、もたいまさこなの
でしょうね。今回はアメリカ(の家族)が舞台、セリフは当然英語、もたいさん扮
するばーちゃんは、一言もしゃべりません。このまま無言を貫き通すのかと思い
きや、、。リサにお金を貸すときの、上目遣いのいたずらっぽい表情がよかった
な。
三兄弟はそれぞれ居場所があるような無いような、中途半端な若者たち。レイ
とモーリーのエピソードはよかったけど、末っ子リサがエアギター、というのは
ちょっと取ってつけたようで説得力がなかったかな。ばーちゃんに借りたお金を
どう遣ったのかもわからなかったし。エンドロールの映像は面白かったけど。
冒頭で、「そう大きくもない家」なんてレイは謙遜していたけれど、ママが遺し
たのは重厚感のある、素敵なお家でした。暖炉と煙突がステキ! 足踏みミシ
ンが懐かしかった!

兄弟の中で一人だけ直毛で、一人だけばーちゃんにお金を借りなかったレイ。
でも、彼は「ウォシュレット」という日本の優れた文化をばーちゃんから受け継い
だんだ。お金を払ったのはレイだけどね、、あ、あれは火災保険か。
( 『トイレット』 監督・脚本:荻上直子/2010・日本、カナダ/
主演:もたいまさこ、アレックス・ハウス、タチアナ・マズラニー、デヴィッド・レンドル)
永遠に、清く楽しく美しい~『原宿百景』

雑誌『SWITCH』連載の、小泉今日子によるフォトエッセイ集。原宿近辺を背景
に撮り下ろされた写真と、「まだ何ものでもなかった」頃の思い出を綴ったエッセイ、
ゲスト達との対談で構成されている。私は彼女とそのまんま同世代なので、トシ
ちゃんとかタイマンとか不良とか、同じキーワードを共有している。男の子たちは、
み~んなキョンキョンに夢中だったなぁ。。青いバスタオルを巻いた霧ヶ峰のCM
や、魚拓ならぬ人拓とか。懐かしい。
この本を読むと、小泉今日子はアイドル時代から、メインストリームとサブカル
の間に位置する「触媒」であり続けていることがよくわかる。生まれ持った容姿や
オーラは「何てったってアイドル」に違いないけれど、彼女の内面は複雑でいつ
も揺らいでいて、その瞳は驚くほど昏い。末っ子なのに何故か姉御肌な理由も、
生い立ちを巡るエッセイを読めば合点がいく。
将来は、故・沢村貞子さんのように文筆業に専念したいと語っていたキョンキ
ョン。きっとそうなるだろうし、私はずっと、彼女の愛読者でいるだろうと思う。
( 『原宿百景』 小泉今日子・著/スイッチパブリッシング・2010)
DRAGON RIDERS ~『ヒックとドラゴン』 【2D・吹き替え版】

HOW TO TRAIN YOUR DRAGON
ドラゴンと闘うバイキングが暮らすバーク島。リーダーであるストイックの息子
として生まれながら、少年ヒックは気弱な性格と細身の身体の持ち主。皆から
疎まれていた彼は、ある日傷ついて飛べなくなったドラゴンを見つける。
ドリームワークスによるCGアニメ。よく練られたシンプルなストーリーに、ダイ
ナミックかつ繊細な映像がマッチした、素晴らしい作品でした。ドラゴンに乗って
ヒックが大空を駆けるシーンのスピード感、臨場感、浮遊感は筆舌に尽くしがた
い。ドラゴンの造形をはじめ、多分に『アバター』を連想させる作品ではあるけれ
ども、世界的に大ヒットしたあの映画にも、負けず劣らずの傑作。大きなスクリ
ーンで観られて、本当に幸せでした。

心やさしく、天然ボケなヒック。彼が尾翼を傷つけてしまったドラゴンに近づき、
距離を縮めて「相棒」となる。このドラゴンをヒックがどうして「トゥース」と呼ぶよ
うになったのかが今一つわからなかったのだが、言葉を介さない彼らのコミュニ
ケーションと、友情には泣かされた。
敵対していたドラゴンと、人間の少年の友情物語であると同時に、これは偉大
な父とその息子の物語でもある。新しい価値観を持つ息子を受け入れられない、
マッチョな父。しかし紆余曲折のうちに彼らは和解し、共同体には新しい秩序が
生まれる。息子の価値観を、若い世代の仲間たちがいち早く受け入れていたの
も印象的だった。
しかし、そこには大きな犠牲が払われている。一瞬の憂いの後に、自らの運命
を受け容れるヒック。彼を嗤うものは、もうどこにもいない。

もはや実写以上に美しく、繊細なアニメの映像表現には感嘆する。髪の毛や
皮膚の質感、バイキングの船にフジツボを描く細やかさ。白眉である飛行シーン、
観ているだけで涙が溢れてくる。心奪われるとは、こういう映画を言うのだろう。
( 『ヒックとドラゴン』 監督・脚本:クリス・サンダース&ディーン・デュボア/2010・USA)
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僕が僕であるために~『カラフル』

黄泉の国への入り口で「プラプラ」と名乗る少年に呼び止められた「僕」。抽選
により、輪廻のサイクルへの再挑戦が認められたのだという。それは小林真とい
う瀕死の中学生の魂に入り込み、「ホームステイ」して自らの犯した罪を思い出す
と言う修行だった。
森絵都の小説を原作とする、原恵一監督によるアニメ映画。原恵一と言えば、
『河童のクゥと夏休み』の監督・脚本を担当した方。あの作品は自宅鑑賞だった
のだけれど、本当にいい映画に画面の大きさなんか関係ない、とつくづく思わせ
てくれた名作だった。そして期待通り、本作も胸にグッとくる映画でした。ハンカ
チ必須。中学生以上は必見です。
「小林くんは、いつも一番深いところを見つめていた。この世界の悲しみの
全てを受け止めていた」

いじめや背が低いことへのコンプレックスに悩み、母の不倫現場を目撃したこ
とで衝動的に自殺してしまった真。もう一度人生を生き直すことで、彼は「人生
は明日があるだけで素晴らしい」という、当たり前過ぎてなかなか気付けない、
大切なことを学んでゆく。学校の行き帰りや昼休み、挨拶したり、誰かと肩を並
べて歩けるだけで、心が震えるほどうれしいと感じる真。ずっと、ずーーーっと、
君は寂しかったんだね。そんな真には、コンビニの前で友だちと食べる肉まん
とフライドチキンが、何ものにも代え難い御馳走になるのだ。
最後にプラプラは正体を明かすけれど、ラストシーン、真の「初めての友だち」
早乙女くんこそが、真の守護天使なんじゃないかと思った。
「生きてるよ、ちゃんと」
声優さんも皆いい仕事をしていたと思う。真の両親、麻生久美子さんと高橋克
実さんはさすがにすぐわかった! そして驚いたのは真をずっと見ていたメガネ
少女(大木凡人似)・佐野唱子。なんと、宮崎あおいちゃんだったとは・・・。全然
わからなかった。彼女、やっぱり巧い女優さんなんですね。そしてこれは『クゥ』
でも感じたことなのだけれど、唯一の難は絵がかわいくないこと! これは好み
ですから仕方ないですね。

どんなに孤独であろうと、人は決して一人で生きているわけではない。誰かに
支えられて、誰かの支えになって生きているんだ。中学時代って、なんだかいろ
いろあって難しいけど、誰もが通る道だから。エンディングテーマもよかったけれ
ど、何故か私の頭の中ではミスチルの『彩り』が回っているのだった。
( 『カラフル』 監督:原恵一/2010・日本)