~ 追悼 ~ Michael Jackson

訃報を知った朝、時間の許す限り『とくダネ!』を観ていました。
第一報はNHK、7時のニュースのトップ。その時点では「心肺停止状態で病院
に運ばれた」というものでしたが・・・。「80年代が終わったんだ」。そう思った。
美空ひばりさんが亡くなったとき、メディアは「昭和という時代が終わった」と
報じていて。その当時の私は、実感としてそのことの意味がよくわからなかった
のだけれど・・・。
今回、「ああ、こういうことだったのか」と腑に落ちました。その時代をリアルに
生きた者だけが、得られる感覚だったのだと。
近年の彼は、ステージとは程遠い場所で、迷子のように見えた。奇行を繰り返
し、本当の自分と、自分の居場所を探しているように。彼以外はみんなわかって
いたのにね、彼の生きる場所はステージ以外にはない、と。
しかし彼が偉大なシンガーであり、ダンサーであり、プロデューサーであり、
間違いなく一時代を築いた「THE KING OF POP」であることは、誰も否定でき
ないでしょう。
ひばりさんの死後、私が『川の流れのように』を聴いて衝撃を受けたように、
マイケルを知らない世代が彼を知り、またあの音楽--体が自然にステップ
を踏み、細胞の一つ一つが浮き立つような--が拡がって行くとうれしいな。
来月早々に、紙ジャケ仕様のCDが発売されるようです。『Off the Wall』
買う予定。RIP.

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テーマ : マイケル・ジャクソン
ジャンル : 音楽
朗読者~『愛を読むひと』

THE READER
1958年、西ドイツ。15歳の少年マイケル(デヴィッド・クロス)は、学校帰りに
体調を崩し、ある女性に助けられる。彼女の名はハンナ(ケイト・ウィンスレット)。
マイケルは、母親ほども年長のハンナの虜になってゆく・・・。
ドイツの作家、ベルンハルト・シュリンクの世界的ベストセラー『朗読者』待望
の映画化。原作に涙し、アンソニー・ミンゲラが映画化権を獲得したと知った日
から、長い長い間、待ち続けた作品。ミンゲラに代わり、スティーヴン・ダルド
リー&デヴィッド・ヘアの監督・脚本が決まり、やっと撮影が始まるとニコール
・キッドマンが降板。プロデュースに回ったミンゲラとシドニー・ポラックの急逝、
アカデミー賞出品を巡るゴタゴタと、気の遠くなるような紆余曲折があった本作。
しかし、結果的にはケイト・ウィンスレットに見事アカデミー主演女優賞をもた
らした、記憶に残る作品となった。ひとまずは、原作を忠実に映像化した作品と
なっていることを素直に喜びたい。出演者はもちろん、映像、衣装など全て一級
品の映画。天国のミンゲラとポラックも、きっと満足してるんじゃないだろうか。

先日、『リトル・ダンサー』(原題:ビリー・エリオット)の舞台化作品でトニー
賞を受賞したばかりのスティーヴン・ダルドリーは、本当に才能に溢れた演出家
なのだと思う。性的モラルの観点からは議論を呼ぶであろう本作を、安っぽいメ
ロドラマには決して終わらせていない力量は素晴らしい。追憶に生きるマイケル、
遠い記憶を辿るようなレイフ・ファインズの瞳が美しい。声も素敵で、「朗読者」の
タイトルロールの資質は十分! 羞恥心と怒り、困惑と諦念を同居させたケイト
・ウィンスレットも期待通りの熱演。ラスト近くの二人の再会場面は、映像で見
せられると堪らなくキツく、原作以上に悲しいものに感じられた。ハンナはね、
抱擁して欲しかったんだよね。。。「大きくなったわね、坊や」。原作を読んだとき、
この一文で涙が止まらなくなった。
感動した、という一言ですませてしまうにはあまりにも重く、哀しい物語だと
改めて思う。ほとんど泣きながらの鑑賞だったのだけれど、この涙は一体、何
に対する、何処から来る涙なのだろう? と、ふと思う。失われた時間、去らな
ければならなかった者、行き場のない怒り、無学ゆえに犯してしまった罪、忘
れられないひと・・・。
「朗読(者)」という自らの「流儀」を貫いたマイケルに、私は共感する。彼は
ハンナに会いに行くことも、手紙を書くこともしなかった。しかし、ハンナに物語
を読み聞かせること、それだけがマイケルにできることだった。言葉にできな
い想いを「朗読」という「行為」に託すことで、マイケルはハンナと共に生きて
いたのだと思う。そして他のどんな方法をもってしても、誰もハンナの自死を
止めることはできなかっただろう。それは彼女が自分の人生にオトシマエを
つける、唯一無二の路だったのだろうと思う。
ブルーノ・ガンツ、レナ・オリンなど、「大御所」の出演に驚き。ガンツの出演
は、製作者からドイツへの敬意かもしれないと思う。母子二役を演じたレナ・
オリンも素晴らしかった。原作にはない、マイケルと娘とのエピソードもいい。
娘ジュリアを演じたのは、『4分間のピアニスト』のハンナー・ヘルツシュプル
ング。

どうしても書いておきたい苦言をいくつか。若き日のマイケルを演じたのは
ドイツの新人俳優デヴィッド・クロス。難役への果敢なチャレンジには拍手を
贈りたいけれど、レイフの分身には少し、荷が重かったかも・・・。そしてやは
り、マイケルではなく「ミヒャエル」であって欲しかった。そしてそして、一番
情け無いのが邦題・・・。初めて邦題を知ったときから、怒りの沸騰は継続中。
原作を愛している自分は、大切なものが踏みにじられたような気分になった。
『愛を読むひと』というタイトルに釣られて映画館に出掛ける人が、一体どれ
だけいるのだろう? 『朗読者』で、何がいけないのだ?! もういい加減に、
邦題、「愛」付けときました、みたいな流れからは転換して欲しい。
(『愛を読むひと』 監督:スティーヴン・ダルドリー/
原作:ベルンハルト・シュリンク『朗読者』/2008・米、独/
主演:ケイト・ウィンスレット、レイフ・ファインズ、デヴィッド・クロス)
閉じた街で~『森に眠る魚』

東京都心の街に住む5人の母親。子どもを介しての彼女たちの交流は、「お受験」
を意識し始めた頃から徐々に変容してゆく・・・。
『森に眠る魚』と聞いて、柳美里の『石に泳ぐ魚』を連想した。角田さんと柳氏は
交流があると聞いたことがあるので、影響されるところもあったのかな。
角田光代さんの著作を読むのは初めて。直木賞を受賞した人気作家であること
は十分わかっていたのだけれど、何故かこれまで触手が動かず・・・。しかし、本作
は是非読みたいと思い、図書館の長い長い予約リストに名を連ねたのです。
物語は冒頭、早いテンポで5人の登場人物が紹介される。繭子、容子、千花、瞳、
かおり(かおりは「江田かおり」なので、江國香織がモデル?と思ってしまった)。
それぞれに家庭を持ち、妻であり母である彼女たち。
ほんの数年前に「幼稚園ママ」の世界を卒業したばかりである自分には、痛々し
いほどリアルな物語だった。読んでいていささかゲンナリする小説ではあるのだけ
れど、夢中で読み耽る。私はどちらかというと付き合い下手で、踏み台にされがち
なタイプだったなぁ、と思いながら。デフォルメされているとはいえ、彼女たちのよう
な人、現実にいっぱいいると思う。
作者の人物造形で好ましいと思ったのは、主人公たち一人一人を平面的な人物
には描いていないこと。誰もが意識することなく持っている「表」と「裏」の顔。一人
ひとりを善玉/悪役という型にはめることなく、それぞれの人物の性格や状況を
多角的に描写してゆく。誰もが、この5人の誰かを「知っている」と思うだろうし、
誰かに「似ている」と感じるだろう。自分を重ね合わせる人もいるかもしれない。
なんだか、読んでいて「家庭って一体何だろう?」と思ってしまった。彼女たちは
一番身近なはずの「夫」に、何も話そうとしない。教育問題で意見が一致する夫婦
って、少ないのかな・・・。しかし本作に登場する旦那さんは、みんな「いい人」に描
かれている。モラハラ夫でも、DV夫でもない、やさしいお父さんなイメージ。それで
も、彼女たちの理解者にはなり得ないという、この不条理!
主人公が迷い込んだと感じる深い森。自分が生きるべきではない場所で、泳ぐ
こともできずに眠る魚。彼女たちが「水を得た魚」になれる日は、来るのかな・・・。
(『森に眠る魚』 角田光代・著/双葉社・2008)
救済/セカンド・チャンス~『ターミネーター4』

TERMINATOR SALVATION
I'll be back.
時は2018年、「審判の日」を生き延びた少数の人類はスカイネットへの抵抗軍
を組織、戦いを続けていた。
ジェームズ「キング・オブ・ザ・ワールド」キャメロンが創った『ターミネーター』
の新シリーズ。邦題には付いている「4」という数字が原題には無い。前シリーズ
の系譜ではありながら、全く新しい物語が展開するという宣言だろう。
『TDK』でそのカッコよさに開眼したクリスチャン・ベールがジョン・コナーを
演じる、と聞いてから、楽しみでたまらなかった本作。面白かった。核戦争後の
荒廃した地球、スカイネット率いる機械軍との死闘は迫力があり過ぎ、音響含め
て刺激が強すぎた感はあるけれど・・・。いや~、これ観たら久しく観てない『ター
ミネーター』が無性に観たくなった。カイル・リースはマイケル・ビーンが演じて
いたんだよなぁ。。(遠い目)。

しかし、期待に反してジョン・コナー中心に物語が展開するわけではなく、本作
の主人公は「心は人間、身体は機械」であるマーカス・ライト(サム・ワーシントン)。
2003年、死刑囚であった彼はサイバーダイン社と契約を結び、「セカンド・チャンス」
に懸ける。彼が目覚めたのは15年後、「審判の日」が過ぎた荒廃した世界であり、
彼を導いたのは後にジョン・コナーの父となる少年、カイル・リース(アントン・イェル
チン)だった。
懐かしいサラ・コナー(リンダ・ハミルトン)の声、名セリフ、某知事の登場と、旧作
のファンにも大いにサービスしてくれてうれしい。マーカスの苦悩、彼が第二の人生
では真っ当に生きようとし、「死の味」でなく「生の味」を知るラストは涙、涙・・・。
ジョンの妻ケイト(ブライス・ダラス・ハワード)が身重だったのは、新たな「父と子の
物語」が始まるということだろうか。
しかし、、クリスチャン・ベイルってカッコイイ。。あの昏い瞳が堪りません。
彼って、どこか影のある役柄が本当に似合う。人類の未来を背負って、救世主と
しての運命を受け入れたジョン・コナー。更なる続編に期待。

(『ターミネーター4』監督:マックG/2009・米、独、英、伊/
主演:クリスチャン・ベール、サム・ワーシントン、アントン・イェルチン)
有里ちゃんの今~『わたし、男子校出身です。』

モデル、タレントとして大活躍中の椿姫彩菜嬢による「早過ぎる」自叙伝。衝撃
的、かつこれ以上わかり易いタイトルはない。女の子の心を持って生まれてきた
男の子が、自分自身の人生を掴み取るまで。
彩菜嬢が出演した『情熱大陸』を観て、一番驚いたのは高校時代の文化祭、
演劇のビデオ。ヒロインを演じた彼女が登場するや否や、会場全体がどよめいた。
TVを観ていた私も、そのあまりにもリアルな「女の子っぷり」に度肝を抜かれた。
椿姫彩菜って、一体、どういう人なんだろう?? その思いから、どうしても
この本を読んでみたくなった。
幼少時からの苦悩や、家族、とりわけ母親との葛藤がストレートに語られる。
普通の女の子以上に内面はフェミニンに生まれついたのに、その「前についた
しっぽ」のある外見から「男の子」としてカテゴライズされる悲しみ、苦しみ。しか
し彼女は自力で「本当の自分」を手に入れる。
私は弱い人間なので、思いが叶わなかったりすると「来世で。」と思いこもうと
する。生まれ変わったら、きっと、、、と。しかし彼女は自分の意志と力で「生ま
れ変わった」のだ。なんて、強い人なんだろう・・・。
昔々に読んだ、『フィメールの逸話』という漫画を思い出す。女の子の心を持っ
て生まれてきた男の子が交通事故死し、その魂が自殺した少女の身体に入って
甦り、好きだった男の子に告白する、というお話。結末は苦いものだったけれど、
現代を自分の足で強く生きる椿姫彩菜=有里ちゃんの未来は、幸多かれと祈り
たい。
尚、本書はコミック版も発刊されたそう。多くの方に読んでいただきたい。

(『わたし、男子校出身です。』椿姫彩菜・著/ポプラ社・2008)
ここでしか生きられない~『レスラー』

THE WRESTLER
80年代に栄華を誇り、今は落ちぶれたトレイラーパーク暮らしのプロレスラー、
ランディ”ザ・ラム”ロビンソン(ミッキー・ローク)。プロモーターから20年前の
「伝説の一戦」のリマッチを提案されるが、彼は長年の無理がたたり、心臓
発作を起こしてしまう・・・。
ダーレン・アロノフスキーが「ミッキー・ローク主演」に拘ったという人生ドラマ。
かつての「セクシー・スター」の大復活劇にも驚いたが、あの『ファウンテン』
のダーレン・アロノフスキーが、こんなにもストレートに心震わせる映画を作っ
たことにも驚かされた。第65回ヴェネツィア映画祭金獅子賞受賞を皮切りに、
世界中で多くの映画賞を受賞している。
この映画について語る前に、6月13日、まさに本作公開日に亡くなったプロレ
スラー、ノア社長にして2代目タイガーマスクこと三沢光晴さんについて触れな
いわけにはいかないだろう。謹んでご冥福をお祈りします。

80年代という時代をリアルに生きてきたか、そうでないかで、もしかすると
この映画から受ける印象は変わってくるのかもしれない。実は私は、中高生
の頃マット・ディロンの大ファンで、なんとファンクラブにも入会していた(私設
だったのですぐに解散したのだが)。マット見たさに出かけた『ランブルフィッ
シュ』で、ミッキー・ロークという俳優を知った。
甘くかすれた囁くような声、ニヒルなようで愛嬌のある瞳。コッポラによって
「発見」された彼のその後の活躍は目覚まし、く『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』
『ナインハーフ』『エンゼル・ハート』などは全てリアルタイムで観ている。
彼の転落の原因は何だったのか。ボクサーになってみたり、整形疑惑が取り
沙汰されたり。真相は定かでないが、近年の彼は俳優というよりは「キワモノ」
的な扱いをされていたように思う。そんな彼が身体を張って演じたからこそ、こ
の作品には映画というフェイク以上の何かが宿っているように見えた。

監督は、ミッキー・ローク=ランディの背中をひたすら追う。家族もなく、
孤独と貧困にまみれながら、プロレスラーとしての誇りだけは失っていない
一人の男。満身創痍で、片耳には補聴器、膝にも肘にもサポーターをグル
グル巻きにして、それでも彼の居場所は四角いリングしかない。
一度スポットライトを浴びた人間は、その恍惚を忘れ難いものなのだろう。
いや、ランディが忘れようとしても忘れられなかったのは、血を流し、痛め
つけられながらも、ひたすらリングの上で闘ってこそ得られる高揚感だった
のかもしれない。
命知らずだと人は言う。過酷な人生だと人は言う。それでも、どれほどの
血を流そうと、プロレスラーとしてしか生きられない男の生き様はどうだ!
不器用でバカな奴だと、嗤うやつは嗤うがいい。父親でもなく、惣菜売場
の店員でもなく、俺はただ「レスラー」なんだと。たとえ惚れた女が止めよ
うと、生きることは止められない。リング以外の「外の世界」で生きることは、
彼にとっては「死」に等しいのだから。
情の深いスト●ッパー、キャシディ=パムを演じたマリサ・トメイがまた、
素晴らしい。『その土曜日、7時58分』に続いて、セ●シー過ぎる肢体を晒
しての大熱演。本作を観て、ショーン・ペンでなく、ミッキー・ロークにこそ
オスカーをあげるべきだったと思ったし、マリサ・トメイも、助演女優賞に
値する名演技だったと思う。彼女が演じたのは、9歳の男の子を持つシング
ルマザーであり、トウの立ったス●リッパー。ランディへの想いに揺れなが
らも公私に一線を引き、懸命に自らのプライドを守ろうとする姿が胸を打つ。
この映画のマイサ・トメイは、働く母親に必要なのは「勇気と自己犠牲」だと
教えてくれた、とティルダ・スゥイントンが語ったように。
ランディの渾身の(そして恐らく最後の)跳躍をスローモーションで捕らえ、
スクリーンは暗転する。「ボス」ブルース・スプリングスティーンが無償で提供
したという主題歌が流れる間、誰も席を立たなかった。そして劇場が明るく
なっても、私はしばらく動けなかった。
(『レスラー』監督・製作:ダーレン・アロノフスキー/2008・米、仏/
主演:ミッキー・ローク、マリサ・トメイ、エヴァン・レイチェル・ウッド)
旅するコーラ~『男と点と線』

山崎ナオコーラの新作は、六編からなる短編集。「今も、世界中で、男と女が
出会っている」というフレーズが軸になっているらしい。
山崎ナオコーラは、とにかく文章が巧い。と言うか、私は彼女の文体をすごく
気に入っているのだ。短いセンテンスで、物事の核心を容赦なく描写していく。
まったりとした作風に、その文体の勢いがアンバランスなようでもあり、不思議
な読後感を覚える。取り留めのないことを書いているようで、ハッとさせられる
名言がいきなり差し出されることも、しばしば。これが人生の、人間の本質なん
じゃないですか?と。
物語の舞台は世界の様々な都市で、登場人物の年齢も様々。六編の題名は
以下で、カッコ内は私が勝手にサブタイトルをつけてみました。なかなかオスス
メな作品ですよ。
慧眼:クアラルンプール (菩薩と老人)
スカートのすそをふんで歩く女:パリ (女子大生の長い終わりの始まり)
邂逅:上海 (コーラの胡蝶の夢)
膨張する話:東京 (草食系男子の色即ぜねれいしょん)
男と点と線:ニューヨーク (40男の初恋貫徹宣言)
物語の完結:ウシュアイア&ブエノスアイレス (モラトリアムな物書きの憂鬱)
(『男と点と線』 山崎ナオコーラ・著/新潮社・2009)
受難~『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』

I COME WITH THE RAIN
LAに住む元刑事のクライン(ジョシュ・ハートネット)は、世界有数の製薬企業
オーナーから、行方不明の息子シタオ(木村拓哉)を探して欲しいと依頼される。
クラインはLAからフィリピンへ、更に香港へとシタオを追うのだが・・・。
『ノルウェイの森』を監督するというニュースで俄然、有名になった感のある監督、
トラン・アン・ユンの最新作。ここで懺悔します。ずっと昔、トニーが出ているという
ので『シクロ』を観ようとしたんですが、トニーが出ているシーン以外は早送りして
しまいました。監督、ゆ、許して・・・。音楽に、グスターボ・サンタオラヤさんが参加
しているのですね。字幕は太田直子さん。
天下の大スター、木村拓哉の世界進出映画第二弾ということで大注目の本作。
朝一のシネコンは妙齢のお嬢さん方の熱気と、化粧の匂いでむせ返るよう。上映
前は予告篇の終了まで賑やかなおしゃべりが止まなかったのに、上映中は凍りつ
いたように静かでした・・・。

フランス映画なのだけど、舞台は主にアジアで、フランス語は一言も発せられ
ない。なんだか不思議な感じ。主演俳優も国際色豊かで、アメリカ、日本、韓国、
香港のトップスターが揃い踏み。これは世界マーケットを意識したキャスティン
グなのだろうか?
物語は、トラウマを抱えた元刑事クラインと、香港マフィアのドン、ドンポ(イ・
ビョンホン)がともに「地獄を見たもの」としてシタオを探す、という一見単純な
もので、難解さはない。しかし、監督が提示する「痛み」と「復活」、そして「受難」
を理解するには、相当高いハードルを越えなければならないだろう。血糊とウジ
虫だらけのシタオや、おぞましい死体のオブジェは観るに堪えず。。この映画で
は正直、木村拓哉を見直した。演技も悪くないと思ったし、身体を張って汚れ役
を頑張っていたと思う。イ・ビョンホンの英語の巧さにも驚き。「どこかで観た女優
さん」だと思ったドンポの情婦にして最愛の女リリは、監督の奥様だそう。なるほ
ど、なんとも美しく撮られていた。
クラインの記憶がフラッシュバックの形で何度も挿入され、彼が抱えてしまっ
た怪物のような衝動が次第に明らかにされてゆく。ドンポの一途な愛、その合わ
せ鏡のような過剰な暴力性。全ての痛みを引き受けようとする、シタオの受難・・・。
理解したとはとても言えないけれど、アジアのまとわりつくような湿気とともに、
彼らの痛みは十分過ぎるほど伝わってきたのだった。

私はキリスト教徒ではないが、エルサレムには一度行ってみたいと改めて思っ
た。そして、『ノルウェイの森』は・・・。うーん、正直、微妙かも?
(『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』監督・脚本:トラン・アン・ユン/
主演:ジョシュ・ハートネット、木村拓哉、イ・ビョンホン/2009・仏)
It's Only A Paper Moon ~『1Q84』 【BOOK1】【BOOK2】


1984年、東京。首都高の渋滞にはまった青豆は、タクシーを降りて非常階段
に向かう。小説を書きながら予備校の数学教師をしている天吾は、敏腕編集者
の小松から、ある小説のリライトを依頼される。
村上春樹による7年ぶりの長編小説。発売前から増刷され、新聞記事でさえも
「バカ売れ」と書き、出版社も「極めて異例」と言うほど、超・品薄状態のベストセ
ラー。「秘密厳守」で「飢餓感」を煽る販売戦略、などと書かれているけれど、これ
はハルキさんの「予断を持たずに読んで欲しい」という希望に沿ったもの。ただ売
りたいだけなら、普通はもっともっと宣伝するでしょう。
ここ数年の「ノーベル賞候補」騒動は凄かったし、イスラエルでのハルキさんの
スピーチがTVのニュース映像でも大きく取り上げられたりして、初めて村上春樹
を読んでみようか、と考えた人も多かったんじゃないかな。
「どこを切っても村上春樹」だなぁとうれしく思いながら、ゆっくり、じっくり読み
進む。小説を、こんなにスローペースで読んだのは初めてかもしれない。全て
の文章に「血が通っている」この感じ。もっと、ずっと、ず~っと読んでいたかっ
た。そう、この小説、ちょっと短い。BOOK 5くらいまであってもよかったのに。
実は私は『海辺のカフカ』がそれほど(比較的、という意味で)好きではなかっ
たので、『ねじまき鳥クロニクル』寄りの本作はとても好き。クラシック音楽が鳴
り、古いジャズと映画があって、孤独な主人公が「もう一つ別の世界」に足を踏
み入れる、村上春樹のセカイ。ジョージ・オーウェルの近未来小説『1984』は
未読ゆえ、この近過去小説が『1984』とどう関連付けられるのかわからないのが
残念でもあり、どうでもいいことのようにも思える。そして、ハルキさんがこの小説
を「日本語」で書いてくれたことが一番うれしかった。近年の、わけのわからない
カタカナ英語の頻出には辟易していたので、それが注意深く避けられていること
が。「9」を「Q」とした言葉遊びも、日本語ならでこそ、だと思うから。
ある意味、この小説はハルキさんにとっての「集大成」なんじゃないかと思う。
父との確執を抱え、母を求める主人公は『海辺のカフカ』、カルト教団について
の考察は『アンダーグラウンド』。少女が少年の手を取るのは『国境の南、太陽
の西』。青豆とあゆみがチームを組んで「ハンティング」に出るのは『ノルウェイの
森』の僕と永沢。闇からの使者・牛河が登場するのは『ねじまき鳥クロニクル』。
小松には故・安原顕さんの人物像が少なからず反映されていそうだし、文壇と
いうものをはっきりと、手厳しく批判しているのも、ハルキさんの「覚悟」のようで
興味深い。美しい悪魔のような比喩、そして主人公は「やれやれ」と溜め息をつく。
80年代とは、(私を含む)多くの人々にとって「明るく、軽い価値観が幅を利
かせた時代」だったのではないだろうか。テレビも映画も音楽も前向きに「この
素晴らしい世界」を謳歌し、キラキラ輝いて見えた。「失われた」90年代に起こ
った数々の暗い事件の萌芽を、あの時代に感じ取ることができていた人はいる
のだろうか?
謎だらけのミステリアスな展開が、次第に大きな「二つの世界」を描き出しな
がら、ハルキさんは様々なメッセージを「パシヴァ」として提示する。そして読み
手が「レシヴァ」であれば、その一見荒唐無稽な「見世物の世界」を受け入れる
ことができるだろう。
「一人でもいいから、心から誰かを愛することができれば、人生には救いがある。
たとえその人と一緒になることができなくても」
BOOK 1を読みながら、青豆と天吾を会わせてあげたくてたまらなかった。しか
し、結末はどうであろうと、青豆の中に愛がある限り、彼女は救われている。死
は終わりではない。それでも、どう肯定的に考えても、青豆が可哀想で仕方なか
った。そんな風に思われるのは、彼女の本意ではないとわかっていながら・・。
きっとこの小説も、ベストセラーの宿命として毀誉褒貶の嵐にさらされるのだ
ろう。しかし、ハルキさんにはきっとそんなことは折り込み済だろう。冒頭に掲
げられた「It's Only A Paper Moon」の詞。そして作中に登場する、別のパート
の詞。
Without your love, It's a honky-tonk parade
君の愛がなければ、それはただの安物芝居に過ぎない
そう。その「愛」とは、私たち読み手の愛にほかならないのだから。
(『1Q84』 BOOK 1・BOOK 2 村上春樹・著/新潮社・2009)
科学と宗教~『天使と悪魔』

ANGELS & DEMONS
教皇選挙(コンクラーベ)が行われようとしているヴァチカンで、秘密結社イルミ
ナティによる枢機卿誘拐と爆破予告がなされる。協力要請を受けたハーヴァード
大学教授にして宗教象徴学者ロバート・ラングドン(トム・ハンクス)はローマに
飛ぶ。
印象には残っているけれど、記憶には全く残っていない大作『ダ・ヴィンチ・コー
ド』から早3年。ラングドン教授がロン・ハワード監督とともに帰って来た。舞台を
パリからローマに移し、暗号を授けるはダ・ヴィンチに代わりガリレオ。スイスの
研究所から盗み出された「反物質」と4人の枢機卿を救うべく、ローマの街をラン
グドンが疾走する。
面白かったのだけど、土・空気・火・水の4元素のうち、空気の記憶がございま
せん。。ガリレオの古文書を「ビリリ」のシーンで、ちょっと興醒めしてしまったの
が悪かったのかもしれない。

この映画の一番の見所は、サン・ピエトロ寺院をはじめとするローマの街並み
だろう。ヴァチカンは、一切の撮影協力を拒んだということだけれど、むべなる
かな。。私的には、ニコライ・リー・コスが出ていたことが最大のサプライズ!
さすがハリウッド、目ざとい!! キーマンの一人、シュトラウス枢機卿に悪役
のイメージが強いアーミン・ミューラー=スタールをキャスティングするところ
も、観客のミスリードに一役買っているかも。
タイトルが「VS」ではなくて「&」なのが、この映画のポイントなのだろうと思
う。ラストでシュトラウス枢機卿は言う、人間に欠点があるように、宗教にも欠点
はあると。科学=善(または悪)、宗教=悪(または善)という捉え方ではなく、
表があれば必ず裏があるように、全ての事象には善いところも、悪いところも
あるということ。英雄的行為も、見方によっては自己保身に映るように。
しかし、胡散臭いな~、と思ったカメルレンゴ(ユアン・マクレガー)がやはり、
というどんでん返しはサスペンスの王道か。人が死に過ぎるのと、「反物質」の
爆発によるヴァチカンの被害はどうなったのかが気になるところだった。あと、
トム・ハンクスの増毛加減が。。

(『天使と悪魔』監督・製作:ロン・ハワード/原作・製作総指揮:ダン・ブラウン/
主演:トム・ハンクス、アイェレット・ゾラー、ユアン・マクレガー/2009・USA)
はっぴいえんど~『おと・な・り』

カメラマンの野島聡(岡田准一)は、風景写真を撮りたいと願いつつ、高校時代か
らの親友でトップモデルのシンゴ(池内博之)の専属カメラマンに甘んじていた。彼
の安らぎは、アパートの隣室から壁越しに聞こえてくる生活音。隣には、フラワー
デザイナーを目指す七緒(麻生久美子)が暮らしていた。
「♪街のはずれの 背伸びした路地を・・」
顔を合わせたこともない隣同士に住む男女が、互いの生み出す「音」に惹かれ、
安らぎを見出してゆくラブ・ストーリー。アートな仕事を生業とする二人がこだわる
住居は、外観は鎌倉にあるホテルだという古いけれど何とも味わいのあるアパー
ト。自転車や小さなインテリアに至るまで、考えつくされたのであろう美術が素敵。
大きな夢を持ちながらも、ささやかに控えめに暮らす男女の「はっぴいえんど」が
うれしい。映画を観終わって、本屋に寄ってブラブラしながら家に帰り着くまで、思
い出し笑いをかみ殺すのに苦労した。すっごく幸せな気分にさせてくれる、映画で
す。そしてコーヒーが飲みたくなる。豆から挽いたおいしいコーヒーが。

しかし中盤、シンゴの恋人・茜(谷村美月)が聡の部屋に押し掛ける場面は最悪。
ずうずうしくて無遠慮な女って、どうしていつも関西弁キャラなのさ!? 怒りを通り
越して、悲しくなった。それでも、この映画をDVDで観る方々には、どうかこの場面
で停止ボタンを押さないで、とお願いしたい。最後まで観ればきっと、茜も本当は
素直で、いじらしい女の子なんだとわかるから。
しかし、、岡田くんの美しいこと! 美しいのだけれど、決してナルでなく、自身
の生き方に確たる自信が持てない等身大の青年を自然体で演じていて、素晴ら
しい。声も低音で響きがいいし、耳にしたら絶対、惹かれてしまうと思う。麻生久
美子も同じく。特別なオーラを持った女優さんではないと思いつつ、微妙な年齢
に差し掛かった女性特有の「揺れ」を巧く表現していたと思う。彼女の出演作は
今までほとんど観たことがなかったけど、『ウルトラ・ミラクル・ラブストーリー』が
ますます観たくなってきた。。若手の脇役俳優ナンバーワン(?)の「第三の岡田
くん」こと岡田義徳も、結構スキ。

二人が出会うラストカット、その後に音だけで表現される二人の「未来」。神様に
感謝したいような、幸福感に満たされる。たとえそれが、予め約束された「運命」で
あったとしても。
(『おと・な・り』監督:熊澤尚人/
主演:岡田准一、麻生久美子/2009・日本)
陰謀の構図~『消されたヘッドライン』

STATE OF PLAY
ワシントンDC。新進気鋭の若手代議士スティーヴン(ベン・アフレック)の秘書
が地下鉄で事故死する。マスコミは不倫の果ての自殺だと報道するが、スティー
ヴンの大学時代のルームメイト、ワシントン・グローブ紙記者のカル(ラッセル・
クロウ)だけは、事件の裏にある陰謀に近づこうとしていた。
原題「STATE OF PLAY」には聞き覚えがある。NHKBSで放映されていたBBC
製作ドラマのリメイクらしい。ドラマ版は残念ながら未見、しかし純粋に映画として
十分に楽しめる、上質のサスペンスだった。面白かった&観てよかった! 原題
は訳すのが難しいけれど、一筋縄ではいかない人間関係や、国家の成り立ちの
表と裏を巧く表現したタイトルだと思う。それに比べて邦題は・・・? カルの書い
た「ヘッドライン」は消されてなかったと思うのだけど。。観客をミスリードさせるの
が目的のタイトルなのだろうか。監督はケヴィン・マクドナルド、オリジナルドラマ
の出来の良さもあるのだろう、しかしここまで良質の映画に仕上がったのは、
脚色に参加したトニー・ギルロイの手腕もあるのかも。

そして豪華なのはキャスト陣。『ワールド・オブ・ライズ』では、やる気ゼロが見え
見えだったラッセル・クロウ。久々に彼の演技力を堪能したような気がする。
とても好きな俳優だとは言えないけれど、やっぱり巧いな、と。大好きなレイチェル
・マクアダムスは相変わらずの「でこっぱち」。でも可愛い♪ ウェブ版のブログ
記事を最新型のアップルでアップする彼女と、年代もののPCで地道に取材を重
ね、粘り強くヤマを追うカルとの対比が面白い。反目し合っていた二人が互いを
認め、次第に寄り添う姿もうれしい。
泣く子も黙る鬼編集局長を演じるは「女王」ヘレン・ミレン。この役、オリジナル
ではビル・ナイが演じていたのだとか・・・。そそられます。しかし明らかにミスキ
ャストだと思われるのはロビン・ライト・ペン。綺麗だけど、どう見てもベンアフと
同級生には見えないし、あの夫婦全然似合ってないよ(笑)。あ、ラッセル・クロ
ウとベンアフも全く同級生には見えないな~、ということはベンアフがミスなの
か?? いや、彼はスーツ姿がカッコよかったから、いいんです!

軍事産業と政治の癒着がターゲットかと思いきや、物語は大・どんでん返しで
幕を閉じる。カルの親友への想い、愛する人への想いは全て裏切られる。代議士
とその妻なら、ジャーナリストの親友を利用したあの程度の芝居は屁でもないだ
ろう。涙を浮かべながらキーを叩くカル、しかし正義を貫き通した彼には、肩を並
べて歩く新しい同志がいる。苦い幕切れに、ほんのひとかけらの希望が救いに
なった。
(『消されたヘッドライン』監督:ケヴィン・マクドナルド/2009・米、英、仏/
主演:ラッセル・クロウ、ベン・アフレック、レイチェル・マクアダムス)