![]() BEHIND THE SUN 1910年、ブラジル。二つの家族の間で繰り返される、土地を巡る終わりなき争い。 敵対する一家への報復殺人を義務として課せられた美しい青年の運命と心の葛藤を、 乾いた大地と青空の中に映し出す、幻想的な作品。監督は『セントラル・ステーション』 『モーターサイクル・ダイアリーズ』の名匠ウォルター・サレス。主演は「ブラジルの宝石」 ことロドリゴ・サントロ。ややスローペースながら映像の美しさに息を呑み、残酷 で抽象的なラストに、言葉を失くして動けない。素晴らしい作品です。 少年のモノローグから物語は始まる。「これは僕の物語」。薄闇の中を進む少年から、 画面は乾いた血染めのシャツが風にはためく様を映し出す。射殺された長男が着てい たシャツ。 何世代にも渡って繰り返されてきた殺人、血で血を洗うかのような報復。救いのな い掟に縛られ、死者が支配する家で生まれ育ち、殺人を犯した青年トーニョ(ロドリゴ・ サントロ)に敵の長老は言う。「お前の人生を二つに裂く、恋も知らずに死ぬがいい」。 なんというおぞましい呪いの言葉だろう。20歳まで恋も他の土地も知らず、ただ牛の ように働き、生きてきたトーニョ。命の期限を知らされて初めて、彼は「外の世界」と向 き合おうとする。それは厳格で封建的な、父親への反抗も意味していた。 初めて「自由」を感じたときの、トーニョの表情がいい。馬車の荷台から青空を見上げ、 口元に浮かぶ微笑。ロドリゴ・サントロのどこか哀愁を帯びた美しさが際立つ。 ![]() 改めて強く感じたのは、人が何故、ファンタジーを必要とするのかということ。 名前のない末息子は、旅回りのサーカスの美しい女性クララ(フラヴィア・マルコ・アン トニオ)に出逢い、絵本を与えられ、すぐさまその虜になる。厳しい労働と貧しい生活 の中で、空想の世界へと逃避するかのように。母を亡くし、継父と旅を続けるクララ には、末息子にそれが必要だと理解していたのだろう。火を吹き、天空で回転し続け るクララ自身も、トーニョにとっては現実離れした美しいファンタジーそのものだ。 そして、この物語は時代設定も場所もストーリーも異にするけれど、どこか『パンズ・ ラビリンス』を想起させる。少年の姿がラストと繋がるオープニング、絵本の中か ら広がる空想の世界。命を賭けた戦い、兄弟の愛と自己犠牲、強権的な父なるもの。 争いの中で犠牲になる、不幸な子どもたち。どの時代、どの国においても人間同士 の争いは絶えることなく、憎しみの連鎖を生んでいる事実。どこかでそれを断ち切 るためには、無垢なるものの血が流されなければならないのだろうか? 黄色がかった、光と影の陰影が濃い映像も素晴らしい。ブラジルの乾いた大地、 青過ぎる空、浮かぶ白い雲。魂の川が干上がったどこでもない場所から、最後に トーニョが辿り着いたのはこの世の果てか、それともこの世界の始まりなのか。 風が吹き、波はいつまでも打ち寄せる。 (『ビハインド・ザ・サン』監督・脚本:ウォルター・サレス/ 主演:ロドリゴ・サントロ/2001・ブラジル、仏、スイス) ![]() |
![]() HAIRSPRAY 1962年、ボルチモアの太めな女子高生トレーシー(ニッキー・ブロンスキー)は、 地元ローカル局の人気番組「コーニー・コリンズ・ショー」が大好き。いつか自分も、 番組のレギュラーとして歌い踊ることを夢見ていた。JFKもジャッキーもいた頃の アメリカ。人種差別問題を背景に、意地悪な敵役の妨害工作にもめげず、夢を実現 しようと突き進むトレーシー。観ているこちらも笑顔が弾け、元気になれる最高の ミュージカル。この映画大・好きです! 大人気ブロードウェイ・ミュージカルの映画化だけれど、元はといえばカルト映画 監督ジョン・ウォーターズの作品がオリジナル。そちらも物凄く観たくなった。ちな みにジョン・ウォーターズもカメオ出演しているらしく、調べてみると「Flasher」 役。カメラのフラッシュ?と思って辞書を見たら「露出狂」って。。もう、バカウケ。 トレーシーは「太め」というよりも超オーバーサイズ。この年頃の普通の女の子な らばコンプレックスの塊になりそうなものだけれど、彼女はそんなことこれっぽ っちも感じていない。「私を見て〜、いつか皆が私を見るわ〜♪」映画冒頭の『GOOD MORNING BALTIMORE』ですでに、そのポジティヴ・シンキングぶりに度肝を抜か れる。脇を固めるアンサンブルも、大ボケキャラのパパ・ウィルバーにクリストファー ・ウォーケン、TV局の部長であり、White=Rightという差別的価値観の持ち主 ベルマにミシェル・ファイファー。悪役である彼女は物凄く重要な役どころであり、 メリル・ストリープやマドンナも候補だったらしいけれど、鶏ガラみたいなブロンド 美女が最高にハマっていた。ちなみにウィルバー役にはビリー・クリスタルやジム ・ブロードベントも候補だったらしい。しかしこれはクリストファー・ウォーケン がカルト風味を醸し出していて大正解!その他大御所クィーン・ラティファ、「白い歯」 ジェームズ・マースデンらもさすがの風格。新鋭ザック・エフロンも小池徹平くん のようなアイドル顔がかわいい。 そして何と言っても、巨体のエドナママを演じたジョン・トラヴォルタ!ミュー ジカル映画にウェルカムバックはいいけれど、何故に女役を彼にキャストしたのか? という鑑賞前の謎は、ラスト近くで解けます。10年も自宅に引きこもっていたとは とても思えないエドナの弾けるダンス!天晴れでした。 ![]() 60年代といえば公民権運動が盛んな時期、彼らが立ち上がったデモもそのひとつ だったのかな、と思う。肌の色で居住区やダンスフロアが柵で仕切られていたのに は驚き。今年話題になった『ドリームガールズ』も同じく60年代が舞台だったけれど、 劇中コーニー・コリンズが「デトロイト・サウンド最高!」と言うとすかさずベルマが 「あんな犯罪都市!」と吐き捨てる。白人のモータウンへの蔑視を感じさせる場面だっ た。 しかし、人種差別問題は深刻に描かれることなく、映画はあくまでノリノリ、ハイ テンションなナンバーのオンパレード。そして大団円を迎える『YOU CAN'T STOP THE BEAT』では何故か涙が・・・。う〜ん、ええ話や・・・。単純だけど多くの人に観て欲し い、とっても素敵なビタミン・ムービーです! ♪Oh, oh, oh... you can't stop today as it comes speeding down the track! (『ヘアスプレー』監督・製作総指揮・振付:アダム・シャンクマン/ 主演:ニッキー・ブロンスキー、ジョン・トラヴォルタ、ザック・エフロン/ 2007・USA、UK) ![]() |
![]() Songs From & Inspired By Hedwig & The Angry Inch ジョン、といってもLennonではなく、我が愛するジョン・キャメロン・ミッチェル (JCM、『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』『ショートバス』)のこと、念の為。 今年どうしても観たかった映画に、先月公開された『ヴォイス・オブ・ヘドウィグ』 があった。ニューヨークにある性的マイノリティのための学校ハーヴェイ・ミルク・ スクールの理念に賛同したJCMが、彼らのためにチャリティ・アルバムを製作する 過程を追ったドキュメンタリー。大好きな『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』 へのトリビュートアルバムだということでとても楽しみにしていたのだけれど、残念 ながらこちらではレイトのみの公開。泣く泣く鑑賞は断念したけれど、せめて音楽 だけでも、とそのチャリティ・アルバムを購入。こちらは運よくGETすることがで きた。 なんと言っても、1曲目がルーファス・ウェインライトによる『Origin of Love』! ルーファスといえば『ブロークバック・マウンテン』のエンドロールに流れた名曲 『The Maker Makes』で私たちの紅涙をしぼり、ジェイクも彼のライヴに飛び入り するくらい仲がいいらしい。風の音にギターの音が被るイントロは、ちょっとBBM を思い出させてドキリ・・・。あの気だるいヴォーカルがなんともいい味。他に有名 どころではシンディ・ローパー、ヨ・ラ・テンゴなどが参加。そして一番の大物アー ティストはヨーコ・オノ!『Midnight Radio』でJCMが称えた彼女が参加している ことは、素晴らしいサプライズだと思う。JCMとスティーヴン・トラスクによる新曲 『Milford Lake』も、JCMの歌声が沁みる、沁みる・・・。 私は音楽に全く造詣が深くないのだけれど、名曲揃いの『ヘドウィグ・アンド・アング リーインチ』だけに、アルバム自体の完成度もとても高いと思う。 ジョン・キャメロン・ミッチェルのピュアな魂の叫びが、様々なアーティストたち によって情感溢れる音楽となり、私の心に響く。至福のメロディーたちよ、ありが とう。。映画『ヴォイス・オブ・ヘドウィグ』もDVDレンタルされることを祈りつつ、 楽しみに待ちたい。 1. The Origin Of Love - Rufus Wainwright 2. Angry Inch - Sleater-Kinney 3. The Long Grift - They Might Be Giants 4. Sugar Daddy - Frank Black 5. City Of Women - Robyn Hitchcock 6. Freaks - Imperial Teen 7. Wicked Little Town (Hedwig Version) - The Breeders 8. Nailed - Bob Mould 9. Wig In A Box - The Polyphonic Spree 10. Milford Lake - John Cameron Mitchell & Stephen Trask 11. Ladies & Gentlemen - Stephen Colbert 12. Tear Me Down - Spoon 13. Hedwig's Lament/Exquisite Corpse - Yoko Ono & Yo La Tengo 14. Wicked Little Town (Tommy Gnosis Version) - Ben Folds & Ben Lee 15. Midnight Radio - Cyndi Lauper & The Minus5 16. The Origin Of Love - Jonathan Richman ![]() |
![]() 2007年も残すところあと2ヶ月余り。たくさんの映画を観てきたが、今年のベスト 作だと思える作品に出会えた。『パンズ・ラビリンス』。メキシコ三羽烏のひとり、 ギレルモ・デル・トロによるダーク・ファンタジー。映像と美術、音楽の類い稀なる 融合によって、残酷で暗いストーリーでありながらも衝撃的な感動を与えてくれる 激震映画だ。初見時の感想はこちら⇒ しかし、あまりにも痛々しい描写と、バッドエンドともハッピー・エンドとも取れ るラストシーン、主人公の運命に対する捉え方の違いなどから「期待外れ」「二度と観た くない」などの意見も目にする。もちろん、私だって痛いのも気持ち悪いのも大嫌い。 しかし、この映画は不思議と、そういった身体感覚を超えて惹きつけられてしまった。 鑑賞後、自分の中で整理がつかないままに「今年のベスト」として感じたままを書いた 記事をアップしたけれど、もやもやは晴れない。どうしてこんなにも毀誉褒貶の激し い、この映画に惹きつけられるのか。それが知りたくて、『キングダム/見えざる敵』を ペンディングにしての再見。解釈する、読み解くというよりは、やはり感じたままの 感想になってしまうけれど、もう一度書き留めておきたい。 ★以下、ネタバレ&長文失礼します★ ![]() 初見時の印象よりも、映像もストーリーも随分暗いことに驚いた。だがそれ故に、 ラストシーンの光り輝く美しさが心に残るのかもしれない。雨が降るシーンも多い。 これはラスト近く、迷宮の入り口で満月を水溜りに映すためだったのか、と思ったり もした。 気になっていたのは、オフェリアと母カルメン、メルセデスの関係。身重のカルメ ンの意識がお腹の子と再婚相手であるビダル大尉に向いていたのは仕方ないにしても、 カルメンよりはメルセデスのほうに「母性」を感じた。それは静かな女性メルセデスの、 エプロンの下にナイフを隠し持つような強さ、弟ペドロに対する愛の強さでもある。 ひょとして、ペドロはメルセデスの弟でなく息子なのかも・・などという思いも掠める。 彼女が出産の大変さを知っていること、カルメンの出産に立ち会っていることも、 何らかの経験を感じさせる。「ここを出たい」と泣くオフェリアを助けようとするのは カルメンでなくメルセデスであり、オフェリアに子守唄を歌うのもメルセデスなのだ。 オフェリアの持つ白紙の本が、子宮の形で血に染まる場面は強烈な印象を残す。「少女 の初潮の予感」と解釈されている方も多いけれど、私はオフェリアの「出産への恐怖」を より強く感じた。これは私自身が妊娠・出産にずっと恐怖感を抱いていたせいもある と思うけれど、「一生産まないわ」と泣くオフェリアに、共感や愛情に似た「懐かしさ」 を感じてしまった。 初潮も出産も女性が担う重要な役割の一つであり、大人への成長の為に避けては通 れない。王女のままで永遠の命を得ることは、大尉(ファシズム)の支配する現実世界で 生き続けるよりも、オフェリアにとっては幸せだったのか。最後に開いた白い花、空想 世界では王国へ帰還し、モアナ王女となったオフェリアの魂が、現実世界に輪廻した ような・・。 哀切な子守唄の旋律が流れるエンドロール。深い感動と余韻の中で、じんわりと涙 が滲む。無垢なるものが生まれるとき、痛みが伴い、血が流されなければならない。 子どもは本能的に、現実の厳しさや死の恐怖を知っているのかもしれない、だから ファンタジーというものが、この騒々しい世界には必要不可欠なのだろう。 久々に、考えることを止められない映画に出会った気がする。毎週公開される新作 や、続々とレンタルされるDVDをただ消費するように観続けるだけでなく、こうした 記憶に残る作品に出会い、じっくりと考えを巡らせることに改めて喜びを感じてしま った。 ![]() |
![]() EL LABERINTO DEL FAUNO PAN'S LABYRINTH 1944年、スペイン。内戦で父を亡くした少女オフェリア(イバナ・バケロ)は、 臨月の母の再婚相手であるヴィダル大尉(セルジ・ロペス)の駐屯する、山深い村へと やってくる。月の夜、村の入り口で出会った不思議な昆虫がオフェリアの枕元を訪 れ、妖精に姿を変えて地下の迷宮へとオフェリアを導いた。そこで彼女を待ってい たのはパン(牧神)。「あなたはこの王国のプリンセス。3つの試練を乗り越えて、扉を 開きなさい」 今年2月のアカデミー賞で外国語映画賞は惜しくも逃したものの、撮影、美術、 メイクアップの各賞を受賞、カンヌをはじめ各国の映画祭でも絶賛された話題作。 メキシコのスリー・アミーゴスの一角、ギレルモ・デル・トロが製作・監督・脚本 を手がけたダーク・ファンタジー。ギレルモ監督の作品は初の鑑賞。こ、これはしかし・・・。 凄いものを観てしまった。悲しくも美しい、悪夢のような大傑作。今年観た作品の 中でベストかもしれない。 ![]() 当時のスペインでは、独裁者フランコの圧政に反発するレジスタンスの人々が、 内戦終結後も山間部でゲリラ活動を続けていた。ヴィダル大尉の元で働きながら、 レジスタンスを密かに支援している医者や、家政婦メルセデス(マリベル・ベルドゥ、 『天国の口、終わりの楽園。』でガエルやディエゴ・ルナと旅をする女性の役が印象的) のエピソードが、物語のもう一つの核として濃い影を落とす。 戦争、親の死や再婚といった運命に翻弄されながらも、空想の世界に救いを見 出そうとするオフェリア。シェークスピア悲劇のヒロインの名前を与えられたこ の少女を演じたイバナ・バケロが、パーフェクトにこの幻想世界にフィットして いる。漆黒の瞳、厚みのある紅い唇、細い手足に膨らみかけた胸。物語(ファンタジー) の中に自分の生きる道を模索する彼女とは対照的に、現実は残酷で悲しいものだ と言い、物語の力を否定する母。彼女は、モンスターのように残虐なヴィダルに すがるしか生きる術を知らない、か弱い存在として描かれる。そこに母性の強さ は感じられない。「子守唄を知ってる?」「一曲だけ」偶然にも『題名のない子守唄』 と同じこの会話はオフェリアとメルセデスの間に交わされ、印象的な旋律が耳に 残る。 ![]() PG-12に指定されているだけに、残酷で痛々しく、グロテスクな描写は正視 できないほど強烈で、正直叫びそうにもなった。しかしそのことを差し引いても、 寓話的脚本、音楽、美術、衣装などのマジカルな完成度は見事。オフェリアと一緒に、 スクリーンの中の迷宮世界に入って行きたいと願ってしまったし、実際に映像の 世界の中に迷い込んでしまったような、不思議な感覚を憶えた。「正しい選択」をし たオフェリアが、最後に辿り着いた世界の何と輝かしいことか・・・! それがたとえ彼女の想像の産物であったとしても、これほど悲しくも美しく、 心震えるラストシーンはめったにお目にかかれるものではない。ファンタジーだ と侮ることなかれ。「気持ち悪いのは苦手」なんて言ってる場合じゃない!これは 間違いなく映画史クラスの慈愛に満ちた衝撃を与えてくれる、豊穣なる希少な ギフト。必見。 ★再見後の感想をUPしました:『パンズ・ラビリンス その2』★ (『パンズ・ラビリンス』監督・脚本:ギレルモ・デル・トロ/ 製作:ギレルモ・デル・トロ、アルフォンソ・キュアロン/ 主演:イバナ・バケロ、セルジ・ロペス、マリベル・ベルドゥ/ 2006・メキシコ、スペイン、米) ![]() |
![]() ENEMY AT THE GATES 1942年9月、ナチス・ドイツの進軍は衰えを見せず、ソビエトの街・スターリン グラードまで迫っていた。指導者「スターリン」の名を冠するこの街を絶対に陥落させ てはならじと、ソビエト軍は多数の兵士を送り込む。その中には、後に伝説的 スナイパーとして名を残す、ヴァシリ・ザイツェフ(ジュード・ロウ)もいた。 ジャン・ジャック・アノーが監督・脚本・製作を手がけた大作戦争映画。以前、 スマ×2にジュードが出演したとき、「ジュードさんの映画はほとんど観てます。 『スターリングラード』が素晴らしかった」とゴローちゃんが語っていて、気になる 作品ではあった。そして先日観て大感動した『愛より強く』のビロル・ユーネルが出演 していると知り、やっと鑑賞。ビロルは一瞬しか出番のない、船上の上官という チョイ役だったが、作品自体は予想以上に素晴らしかった。今まで観た中でも、 一番好きな戦争映画だと思う、愛を描いた映画でもあるから。 ![]() 映画が始まって数十分間の戦闘シーンが凄まじい。考えられないほどの死体の数、 廃墟寸前の街並み。一瞬の、数十センチの差で生死が分かたれる戦場にいて、正気 を保ち生き延びるとはどういう心理状態なのだろう。そんな中で出逢ったヴァシリ とダニロフ(ジョセフ・ファインズ)。インテリなダニロフは、無学だけれど正確無比 な射撃の腕を持つヴァシリを、戦意高揚のためのヒーローに作り上げていく。 戦場で出会った二人の友情と、ターニャ(レイチェル・ワイズ)を巡る恋。そして 圧巻はやはり、ドイツ軍少佐(エド・ハリス)とヴァシリとの、スナイパー同士の誇り と意地を賭けた息詰まる闘い。標的をロックするジュードの瞳!美しすぎる・・・。 俳優たちの演技が皆、素晴らしい。洟を垂らしたサーシャを演じた子役もかわい かったし、ジュードをはじめジョセフもエド・ハリスもさすが、貫禄の演技。中で も、特によかったのはレイチェル・ワイズ。初めて彼女のことを、心からいい女優 さんだな・・・と思えた。 自国の理想を信じ続けたダニロフが、最期に「平等な社会なんてない」と述懐し、共産 主義を批判する場面がいい。しかし彼の心の中には、ターニャの愛を得られなかっ た敗者としての惨めさが渦巻いている。言葉は無くとも、戦友のその心中を理解し ているヴァシリの表情も泣かせる。ジェームズ・ホーナーの音楽も文句なし。ロシア 語のキリル文字に似せた、クレジットの字体も凝っている。 しかしただ一点、ロシア人とドイツ人であるはずの登場人物たちが皆、英語をしゃ べっているのが興醒め寸前だった。ダニロフの作る新聞はロシア語で書かれていた だけに、手紙のスペルも英語であったことが残念。そんなことはどうでもいいくら い、素晴らしい映画であることは間違いないのだけれど。 (『スターリングラード』監督・製作・脚本:ジャン・ジャック・アノー/ 主演:ジュード・ロウ、レイチェル・ワイズ、ジョセフ・ファインズ、 エド・ハリス/2001・米、独、英、アイルランド) ![]() |
![]() LA MOME LA VIE EN ROSE 世界的に知られたフランスのシャンソン歌手、エディット・ピアフ。彼女の波乱 に満ちた、激動の生涯を描く伝記映画。シャンソンに興味がなくとも、ピアフの名 や名曲『愛の讃歌』『バラ色の人生』など、誰でも必ず耳にしたことがあるだろう。 「パリの魂」「本物の歌」と称えられた空前絶後の歌い手は、パリの路上から生まれた。 祖母の経営する娼館での幼少期、失明、大道芸人だった父との生活、初めて人前で 唄った「ラ・マルセイエーズ」。やがてパリのクラブ支配人に見出され、彼女はスター への階段を昇り始めるが・・・。 フランスでは、国民の10人に1人が観たという話題作。ピアフの20歳から、47歳 で生涯を閉じるまでを演じたマリオン・コティヤールの演技が壮絶で素晴らしい。 撮影は永田鉄男氏が担当。エンドロールで彼の名前を見つけたとき、なんだか誇ら しい気分になってしまった。エマニュエル・セニエ、ジェラール・ドパルデューら 有名どころも出演している。 ![]() ピアフという稀代の歌姫の、なんと破天荒な人生だろう。ピアフというのは「雀」と いう意味らしいが、日本の国民的歌手であった美空「ひばり」嬢と同じく、鳥の名前で あるところが面白い。演じたマリオン・コティヤールは、『ビッグ・フィッシュ』など にも出演しているらしいが全く記憶に残っていない。しかし彼女の演技は「演じている」 というレベルも枠も遥かに超越している。身も心もピアフに成り切り、生き切って いると言っても過言ではないだろう。歌はほぼ吹き替えということだが、口パクに ありがちな違和感など全くない。そして凄みさえ感じさせるのが晩年の演技。40代 後半にして老婆のようなその容姿、丸めた背中、リウマチによる曲がった指、歩行 さえ困難なほど衰弱しながら、新曲を聴いて輝く瞳。「私は後悔しない」と唄う彼女の、 なんと神々しいことか! エキセントリックで我がまま放題、しかし誰よりも正直に自分の求めるものだけ を欲したその人生は、私のような凡人からすれば息苦しささえ感じるほど。それで も、ドクターストップがかかっても聴衆の前に立ち、歌い手である自分の存在意義 を確かめようとする、全身全霊を賭けてどこまでも「歌」を追い求めようとするその姿 に涙が止まらない。 物語は時間軸に沿って進まず、縦横無尽に様々な時代、場所へ飛ぶ。そのため、 やや分かり辛い印象を受けるのが惜しい。彼女が歌う愛の唄の数々、その愛のエピ ソードをもう少し掘り下げて欲しかったような気もする。しかし、この作品が伝記 映画の傑作と成り得ていることに疑いはないだろう。 シャンソンにも、ピアフにも思い入れは全くないけれど、歌と愛に生きたという エディット・ピアフという女性と彼女の歌について、もっと深く知りたくなった。 (『エディット・ピアフ 愛の讃歌』監督・脚本:オリヴィエ・ダアン/ 主演:マリオン・コティヤール/2007・仏、英、チェコ) テーマ:この映画がすごい!! - ジャンル:映画 ![]() |
![]() NO RESERVATIONS NYの人気レストランでシェフとして働くケイト(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)は、 ウズラ料理で評判の料理人。腕はいいが、完璧主義が高じて謙虚さを失っている。 そんな彼女が、姉の事故死により姪のゾーイ(アビゲイル・ブレスリン)と生活を共 にすることになる。混乱する彼女に追い討ちをかけるように、厨房には新しく副 シェフ・ニック(アーロン・エッカート)が雇われ、規律正しかったケイトと彼女の 厨房が変わり始める・・・。 ドイツ映画の小品『マーサの幸せレシピ』のハリウッドリメイク作。オリジナルが 素晴らしいからリメイクが生まれるわけだけれど、リメイクの出来は良いものも 不出来なものもある。しかし本作はまずキャスティングで、既に成功している作品 かも。 まずオスカー女優キャサリン・ゼタ=ジョーンズが、ツンデレシェフにピッタリ。 スマスマでは「私、繊細な女の子なの」と語っていた彼女だが、やっぱり女王様気質と 見た(笑)。陽気なイタリア系シェフを演じたアーロン・エッカートも、決してハンサム ではないのだけど、さり気ないやさしさや引きのテクニックがニクイ。ニックは相当 の恋愛巧者だと思う。クロックスのオレンジを履いていたのがツボ。そしてアビゲ イル・ブレスリンちゃんは、『リトル・ミス・サンシャイン』でのオスカーノミニーが 決してフロックでないことを証明してくれました、その繊細な演技に拍手!おじい ちゃん直伝の、あの「アニマルセクシーダンス」も披露(?)していて笑ってしまった。 その他、ベリーショートで妊婦のリーアやビジネスライクな店長も、オリジナルの イメージ通りでうれしくなった。 ![]() オリジナルも音楽が素敵だったけれど、こちらはオペラ。先日惜しまれながら この世を去った、ルチアーノ・パヴァロッティ氏の美声がたっぷり。そしてハリ ウッドらしく、フィリップ・グラスの煽り系サウンドでエンタメ色の濃い味付け となっている。 ストーリーは、オリジナルで大きなエピソードだったゾーイの父親に関する部分 がバッサリと切られ、ケイトとニックの恋愛により重点を置いた印象。その他、あ のシーンは残して欲しかったとか、ついオリジナルと比較してしまいそうになるけ れど、それはまた別の話。おいしそうな料理の数々に、空きっ腹でなくても目眩が すること間違いなし。 ラストが『レミーのおいしいレストラン』とかぶってしまったのが残念な気もする けれど、心温まる映画です。上映終了後「パスタが食べたい!」という声が聞こえ てきました。 (『幸せのレシピ』監督:スコット・ヒックス/音楽:フィリップ・グラス/ 主演:キャサリン・ゼタ=ジョーンズ、アーロン・エッカート/2007・米、豪) ![]() |
![]() THE GOOD GERMAN 1945年7月。戦火の爪痕深いドイツ・ベルリンに、アメリカ人ジャーナリスト のジェイク(ジョージ・クルーニー)が降り立つ。戦前、ベルリンで記者をしていた 彼は、アシスタントの人妻レーナ(ケイト・ブランシェット)と不倫関係にあった。 思いがけない再会を果たす二人だったが、レーナはジェイクの運転手タリー(トビー ・マグワイア)の情婦となっていた・・・。 全編モノクロ、40年代のクラシック映画を意識した作りのラブ・サスペンス。 と言うか、ほとんど『カサブランカ』的雰囲気。特にラストは「そっくり」。 しかし、この映画はただの悲恋ラブストーリーではない。 監督のスティーヴン・ソダーバーグは、ピーター・アンドリュース名義で撮影を、 メアリー・アン・バーナード名義で編集も担当している。『オーシャンズ』の合間(?) にこんな映画も撮っているから、ソダーバーグ&クルーニーは目が離せない。 ![]() ジェイクは、ハンサムで正義感は強いが腕っ節は滅法弱い。果敢に向かって は行くが、分かり易い小悪党タリーにすらノされる。そして、謎めいたレーナ に翻弄されまくる。彼があそこまでレーナを守ろうとしたのは、ユダヤ人であ りながら戦乱のベルリンを生き抜いた彼女に対する、愛情というよりも憐憫に 近い感情だった、と言ったら言い過ぎだろうか? レーナの心情が観ているこ ちらにもなかなか読めず、ストーリーが分かり辛かったのが残念。 しかしこの映画、レーナを演じたケイト・ブランシェットがとにかく最高! なのだ。低い声、娼婦らしく濃く塗られたルージュ、「スキニー・レーナ」と仲間 の娼婦が言う、細くてしなやかな肢体。男に頼っている振りをしながら狡猾に 利用し、危険となれば殺しも厭わない。生き延びるためには平気で嘘をつき、 決して本心は明かさない。その存在感は、最早往年の大女優マレーネ・デート リッヒ級と言ってもいいのではないだろうか。いや、絶対意識してるよね・・。 ケイトの演技を観るためだけに劇場に足を運んだとしても、損をしたとは決し て感じないだろう。 ![]() 少年の言った「流れはポツダムで渦になる」というセリフが印象的。戦後処理の 只中で、大国同士の思惑や取引が交錯する場所。同じ時期に、遠く離れた極東 の島国日本だけが、孤立無援の戦いをしていた事実に虚しさと悲しみを憶える。 「生き延びるために何でもした」というレーナ。彼女を一体、誰が責められるだろ う?戦争の狂気に翻弄され、逃げ場のない波に襲われたとき、正気を保てると 誰が言い切れるだろうか。原題は「よきドイツ人」。レーナは、夫が戦時中の真実 を語ろうとしているとして「彼は善良なドイツ人よ」と言う。しかし、この題名が 指すところに、あの戦争で起こった |