終わりなき受難~『ブラックブック』
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 ZWARTBOEK


 1944年9月。ナチス・ドイツ占領下のオランダで、隠遁生活を送るユダヤ人女性
ラヘル(カリス・ファン・ハウテン)。家族を殺され一人生き延びたラヘルは、髪の色
と名前を変え、エリス・デ・フリースとしてハーグのレジスタンス活動に加わる。
ナチス将校ムンツェ(セバスチャン・コッホ)に近付くエリスを待ち受けていた過酷な
運命とは・・・。


『氷の微笑』ポール・ヴァーホーヴェンが、母国オランダを舞台に描いた実話に基づ
サスペンス大作。戦時下に生きる様々な立場の人間が持つ悪意と善意、敵味方を
超えた愛と真実の物語。144分の長尺だが、スピーディな展開と魅力的な登場人物
たちによって、間延びのない秀作となりえている。しかしこれは、やはり劇場で観
たかった。

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 一番の見所は、主人公エリスを演じたカリス・ファン・ハウテンの熱演。光によっ
て微妙に変化する、ラピスラズリのような青い瞳、紅い唇が魅惑的。その美貌と脚線
美はもちろん、元歌手という役どころにぴったりな艶と湿り気のある声がいい。歌唱
場面は全て吹き替えなしで彼女が唄ったという。エロティックなシーンは敢えて抑え
気味のように感じられた。
 自らの美貌が一番の武器になり得ることを知っているエリスの、捨て身の言動
悲しくも魅力的に輝いている。「これ以上何を失う?」「(敵国ナチスの将校を)愛した
わ、それが何?」


 ムンツェとは敵・味方を超えて「一人で生き残った」辛さを分かち合う、同士の絆が生
まれたのだろう。小舟の中、つかの間の安息と知りつつ永遠を誓うムンツェ、「自由にな
るのが恐ろしい」
とつぶやくエリス。家族全員を喪っても「どうしても涙が出ないの」と
言った彼女が、ムンツェの最期を知らされて初めて泣く場面に胸を衝かれる。どんな
厳しい状況でも生きることを諦めない、朦朧とした意識の中でもチョコレートに手を
伸ばす、エリスの獰猛な生き方が私は好きだ。

 レジスタンスの中にも悪者はいたという真実は、どんでん返しのようでもいくつか
のヒントが散りばめられている。1956年10月から始まるこの長い長いエリスの物語、
様々な伏線が終盤にかけて効いてくる構造もいい。レジスタンスの人間だけではなく、
ユダヤ人を匿った者でもユダヤ人を蔑視した者はいたし、ナツスドイツに於いてさえ、
流血を拒む将校もいた。状況が変われば態度を一変させる集団心理もきちんと描かれ
ている。

 人間の持つ善意と悪意は表裏一体のコインのようなもの、ユートピアを夢見ても
現実はどこまでも厳しい。ラヘルの受難は尽きることがないのか、その後の物語にも
思いを馳せてしまうような、考えさせられるラストシーンだった。

『ブラックブック』監督・脚本:ポール・ヴァーホーヴェン
       主演:カリス・ファン・ハウテン、セバスチャン・コッホ
                    2006・オランダ、独、ベルギー)
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【2007/10/31 13:19】 | DVD | トラックバック(13) | コメント(12)
冷戦下の善き羊飼い~『グッド・シェパード』
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 THE GOOD SHEPHERD


 イェール大学に通い、詩を専攻する大学生エドワード(マット・デイモン)は、頭脳
明晰で冷静沈着な青年。大学内のエリート集団スカル&ボーンズのメンバーとなっ
た彼は、国家を裏で支える諜報活動にのめり込んでゆく。第二次大戦直前からキュ
ーバ危機を迎えるまでのアメリカ現代史の裏側
を、諜報活動に半生を捧げた一人の
男を通して描いた大作。監督はアメリカを代表する名優ロバート・デ・ニーロ、脚本
エリック・ロス。フランシス・F・コッポラが製作総指揮を担当している。予告を
含むと上映時間は3時間という長尺にも関わらず、全く飽きることも集中力が途切れ
ることもなく、濃密で緊迫したドラマを堪能した。

 デ・ニーロかまたはコッポラ人脈か、キャストがとにかく「これでもか!」と言う程
豪華さ。ウィリアム・ハート、アレック・ボールドウィン、マイケル・ガンボン
からドイツ人女優マルティナ・ゲデックまで、揃いも揃って演技合戦を披露してく
れる。これ程のアンサンブルはそうそう観られるものではないだろう。ティモシー
・ハットン
まで出ていることは、エンドロールを観るまで気付かなかった。

 イェール大学内のエリート集団、通称ボーンズは、秘密を共有し泥レスで全てを
さらけ出し、どことなく同性愛的雰囲気を醸し出しているように感じてしまった。
彼らは強い絆で結ばれた、同じ舟に乗った兄弟だとされる。しかし映画全体を通し
てそんな「男だけの世界」が持つ強固な仲間意識が浮かび上がることは決してない。
ロバート・デ・ニーロが演じるサリヴァン将軍はエドワードに繰り返し忠告する。
「誰も信用してはならぬ」

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 エドワードを演じたマット・デイモンがいい。今まで私は彼のよさがいまひとつ
わからなかったのだが、セリフの少ない、表情のみの抑えた演技が光る。観たこと
のない彼の代表作『ボーン』シリーズ、『アルティメイタム』は観なければ・・・。
彼の妻を演じたアンジーは演技力に申し分はないけれど、大きすぎる目と紅すぎる
唇が主張し過ぎていたような気がした。あの時代の「耐える」妻役には、もう少しクラ
シカルな容姿の女優
のほうがよかったのではないだろうか?またエドワードの息子
がイェール大学に入学し、ボーンズを経てCIAにリクルートされる、という設定は
疑問。息子は諜報員でなく全く別世界に生きる人間としたほうが、女スパイに取り
込まれる稚拙さにも納得できるのだけれど。。

 そして一番のハマリ役だった、エドワードの腹心の部下を演じたジョン・タトゥ
ーロ
。ソビエトからの亡命者を自白させようとする拷問シーンが凄まじい。
「ソビエトの脅威なんてお前らが作り出した幻想だ!」と叫ぶ亡命者。デ・ニーロは
本作について「あの時代がどんなものだったかきちんと伝えたかっただけ」と語ってい
るけれど、このセリフに「冷戦とは一体何だったのだ?」という作り手のメッセージ
込められている気がして最も印象的だった。多くの犠牲を払い、世界を不安に陥れ
続けた
、あまりにも長きに渡った冷たい戦争とは・・・。

 肩を落としたエドワードの寂しい後姿で終わるこの物語のその後を、冷戦終結か
ら現代に至るまでの第二部、第三部として製作する予定もあるらしい。壮大なトリ
ロジーの第一作
を、重厚で緻密な正攻法の演出で魅せたデ・ニーロに拍手!

『グッド・シェパード』監督・製作/ロバート・デ・ニーロ/2006・USA/
  主演:マット・デイモン、ウィリアム・ハート、アンジェリーナ・ジョリー)

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【2007/10/29 12:59】 | 映画 | トラックバック(18) | コメント(23)
「何も感じない」恐怖~『インベージョン』
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 THE INVASION


 ワシントンに住む精神科医キャロル(ニコール・キッドマン)は、一人息子オリバー
(ジャクソン・ボンド)
と暮らすシングルマザー。スペースシャトルが原因不明の墜落
事故
を起こした直後、疎遠だった元夫タッカー(ジェレミー・ノーサム)から息子との
面会権行使の連絡が入る。一方キャロルの患者は「夫が別人のようだ」と訴え、秘書
やオリバーの友人も、人が変わったように無表情になってゆく・・・。

 宇宙からの生命体が地球に「侵入」し、人間の感情・行動を遺伝子レベルで変質させ
てしまうウィルスとなって蔓延し始める。感情を失うことは、最愛の息子を失うこ
とに等しいと怖れるキャロルは、息子を守るため、自らも感染しながら闘う決心を
する。ドイツ出身のオリヴァー・ヒルシュビーゲル監督がハリウッドで初メガホン
を取った本作は、何度も映画化されているSF小説『盗まれた街』を原作とするスリラー
ニコール・キッドマン&ダニエル・クレイグ主演というだけで「観たい!」と劇場に足
を運んだけれど、物凄く怖かったです・・・。途中で出ようかと思ったほど。こういう
ジャンルは苦手! 情報を入れずに映画を観るのは基本だけれど、今回はちょっと
失敗したかも? しかしまぁ、ニコールの人間離れした美貌とスタイルを拝めただ
けでもよしとしよう。

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 ウィルスに感染したのち、レム睡眠中に遺伝子が変異を起こし、のようなネバ
ネバが身体中を覆う、これが気持ち悪かった!無表情な人たちがゾロゾロと街を練
り歩く様も不気味で異様。喜怒哀楽の人間の本能があるからこそ他人同士や国家間
のいがみ合いや殺戮も起こるのだろうけれど、感情が無くなった人間の集団なんて
なんだか恐ろしい
。でももし本当にこんな事が起きれば、寝坊な私は一番に感染・
変異してしまいそうだなとも思う。キャロルみたいに眠らないなんて絶対、無理!

 キャロルの「親友」ベンを演じたダニエル・クレイグ、この人はとっても声がいい
だなと感じる。ベンがどの辺りで変異したのか、微妙に怪しいと思いつつ気付けな
かった。ジェフリー・ライトも重要な役どころで登場。

 しかしやはり、この映画の見所はなんと言ってもニコールの美しさだろう。グレ
ーのタートルネックセーターに黒のタイト、トレンチコート
。一つ間違えば地味な
OLファッションだけれど、ここまで美しくタートルを着こなせる女性はそうはいな
いと思う。自分と同じ人間とはとても思えない、この美貌とスタイルを保ち続ける
彼女はやっぱり大女優だなと思う。ラストシーン、世情を嘆くベンを見つめるキャ
ロルのまなざし
。感情を失くしたら人は人でなくなる、しかし人類のためにはその
ほうがよかったのか・・・と自問しているようだった。

『インベージョン』監督:オリヴァー・ヒルシュビーゲル/2007・USA/
           主演:ニコール・キッドマン、ダニエル・クレイグ

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【2007/10/25 21:47】 | 映画 | トラックバック(19) | コメント(18)
この世の果て、もしくは始まり~『ビハインド・ザ・サン』
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 BEHIND THE SUN


 1910年、ブラジル。二つの家族の間で繰り返される、土地を巡る終わりなき争い。
敵対する一家への報復殺人を義務として課せられた美しい青年の運命と心の葛藤を、
乾いた大地と青空の中に映し出す、幻想的な作品。監督は『セントラル・ステーション』
『モーターサイクル・ダイアリーズ』
の名匠ウォルター・サレス。主演は「ブラジルの宝石」
ことロドリゴ・サントロ。ややスローペースながら映像の美しさに息を呑み、残酷
で抽象的なラスト
に、言葉を失くして動けない。素晴らしい作品です。

 少年のモノローグから物語は始まる。「これは僕の物語」。薄闇の中を進む少年から、
画面は乾いた血染めのシャツが風にはためく様を映し出す。射殺された長男が着てい
たシャツ。
 何世代にも渡って繰り返されてきた殺人、血で血を洗うかのような報復。救いのな
に縛られ、死者が支配する家で生まれ育ち、殺人を犯した青年トーニョ(ロドリゴ・
サントロ)
に敵の長老は言う。「お前の人生を二つに裂く、恋も知らずに死ぬがいい」
なんというおぞましい呪いの言葉だろう。20歳まで恋も他の土地も知らず、ただ牛の
ように働き、生きてきたトーニョ。命の期限を知らされて初めて、彼は「外の世界」と向
き合おうとする。それは厳格で封建的な、父親への反抗も意味していた。
 初めて「自由」を感じたときの、トーニョの表情がいい。馬車の荷台から青空を見上げ、
口元に浮かぶ微笑。ロドリゴ・サントロのどこか哀愁を帯びた美しさが際立つ。

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 改めて強く感じたのは、人が何故、ファンタジーを必要とするのかということ。
名前のない末息子は、旅回りのサーカスの美しい女性クララ(フラヴィア・マルコ・アン
トニオ)
に出逢い、絵本を与えられ、すぐさまそのになる。厳しい労働と貧しい生活
の中で、空想の世界へと逃避するかのように。母を亡くし、継父と旅を続けるクララ
には、末息子にそれが必要だと理解していたのだろう。火を吹き、天空で回転し続け
るクララ自身も、トーニョにとっては現実離れした美しいファンタジーそのものだ。

 そして、この物語は時代設定も場所もストーリーも異にするけれど、どこかパンズ・
ラビリンス
を想起させる。少年の姿がラストと繋がるオープニング、絵本の中か
ら広がる空想の世界。命を賭けた戦い、兄弟の愛と自己犠牲強権的な父なるもの。
争いの中で犠牲になる、不幸な子どもたち。どの時代、どの国においても人間同士
の争いは絶えることなく、憎しみの連鎖を生んでいる事実。どこかでそれを断ち切
るためには、無垢なるものの血が流されなければならないのだろうか?

 黄色がかった、光と影の陰影が濃い映像も素晴らしい。ブラジルの乾いた大地、
青過ぎる空、浮かぶ白い雲。
魂の川が干上がったどこでもない場所から、最後に
トーニョが辿り着いたのはこの世の果てか、それともこの世界の始まりなのか。

 風が吹き、波はいつまでも打ち寄せる。

『ビハインド・ザ・サン』監督・脚本:ウォルター・サレス
        主演:ロドリゴ・サントロ/2001・ブラジル、仏、スイス)

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【2007/10/24 11:44】 | DVD | トラックバック(4) | コメント(8)
ミス・ポジティヴ・シンキング~『ヘアスプレー』
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 HAIRSPRAY


 1962年、ボルチモアの太めな女子高生トレーシー(ニッキー・ブロンスキー)は、
地元ローカル局の人気番組「コーニー・コリンズ・ショー」が大好き。いつか自分も、
番組のレギュラーとして歌い踊ることを夢見ていた。JFKもジャッキーもいた頃の
アメリカ。人種差別問題を背景に、意地悪な敵役の妨害工作にもめげず、夢を実現
しようと突き進むトレーシー。観ているこちらも笑顔が弾け、元気になれる最高の
ミュージカル。この映画大・好きです!


 大人気ブロードウェイ・ミュージカルの映画化だけれど、元はといえばカルト映画
監督ジョン・ウォーターズ
の作品がオリジナル。そちらも物凄く観たくなった。ちな
みにジョン・ウォーターズもカメオ出演しているらしく、調べてみると「Flasher」
役。カメラのフラッシュ?と思って辞書を見たら「露出狂」って。。もう、バカウケ。

 トレーシーは「太め」というよりも超オーバーサイズ。この年頃の普通の女の子な
らばコンプレックスの塊になりそうなものだけれど、彼女はそんなことこれっぽ
っちも感じていない。「私を見て~、いつか皆が私を見るわ~♪」映画冒頭の『GOOD
MORNING BALTIMORE』
ですでに、そのポジティヴ・シンキングぶりに度肝を抜か
れる。脇を固めるアンサンブルも、大ボケキャラのパパ・ウィルバークリストファー
・ウォーケン
、TV局の部長であり、White=Rightという差別的価値観の持ち主
ベルマ
ミシェル・ファイファー。悪役である彼女は物凄く重要な役どころであり、
メリル・ストリープやマドンナも候補だったらしいけれど、鶏ガラみたいなブロンド
美女
が最高にハマっていた。ちなみにウィルバー役にはビリー・クリスタルやジム
・ブロードベントも候補だったらしい。しかしこれはクリストファー・ウォーケン
カルト風味を醸し出していて大正解!その他大御所クィーン・ラティファ、「白い歯」
ジェームズ・マースデンらもさすがの風格。新鋭ザック・エフロンも小池徹平くん
のようなアイドル顔がかわいい。

 そして何と言っても、巨体のエドナママを演じたジョン・トラヴォルタ!ミュー
ジカル映画にウェルカムバックはいいけれど、何故に女役を彼にキャストしたのか?
という鑑賞前のは、ラスト近くで解けます。10年も自宅に引きこもっていたとは
とても思えないエドナの弾けるダンス!天晴れでした。

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 60年代といえば公民権運動が盛んな時期、彼らが立ち上がったデモもそのひとつ
だったのかな、と思う。肌の色で居住区やダンスフロアがで仕切られていたのに
は驚き。今年話題になったドリームガールズも同じく60年代が舞台だったけれど、
劇中コーニー・コリンズが「デトロイト・サウンド最高!」と言うとすかさずベルマが
「あんな犯罪都市!」と吐き捨てる。白人のモータウンへの蔑視を感じさせる場面だっ
た。

 しかし、人種差別問題は深刻に描かれることなく、映画はあくまでノリノリ、ハイ
テンションなナンバーのオンパレード
。そして大団円を迎える『YOU CAN'T STOP THE
BEAT』
では何故か涙が・・・。う~ん、ええ話や・・・。単純だけど多くの人に観て欲し
い、とっても素敵なビタミン・ムービーです! 

♪Oh, oh, oh... you can't stop today as it comes speeding down the track!

『ヘアスプレー』監督・製作総指揮・振付:アダム・シャンクマン/
  主演:ニッキー・ブロンスキー、ジョン・トラヴォルタ、ザック・エフロン/
                            2007・USA、UK)

テーマ:ヘアスプレー - ジャンル:映画

【2007/10/23 14:59】 | 映画 | トラックバック(29) | コメント(21)
ジョンの魂~『Wig in a Box』
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 Songs From & Inspired By
 Hedwig & The Angry Inch



 ジョン、といってもLennonではなく、我が愛するジョン・キャメロン・ミッチェル
JCMヘドウィグ・アンド・アングリーインチショートバス)のこと、念の為。

 今年どうしても観たかった映画に、先月公開された『ヴォイス・オブ・ヘドウィグ』
があった。ニューヨークにある性的マイノリティのための学校ハーヴェイ・ミルク・
スクールの理念に賛同したJCMが、彼らのためにチャリティ・アルバムを製作する
過程を追ったドキュメンタリー
。大好きな『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』
へのトリビュートアルバムだということでとても楽しみにしていたのだけれど、残念
ながらこちらではレイトのみの公開。泣く泣く鑑賞は断念したけれど、せめて音楽
だけでも、とそのチャリティ・アルバムを購入。こちらは運よくGETすることがで
きた。

 なんと言っても、1曲目がルーファス・ウェインライトによる『Origin of Love』!
ルーファスといえばブロークバック・マウンテンエンドロールに流れた名曲
『The Maker Makes』で私たちの紅涙をしぼり、ジェイクも彼のライヴに飛び入り
するくらい仲がいいらしい。風の音にギターの音が被るイントロは、ちょっとBBM
を思い出させてドキリ・・・。あの気だるいヴォーカルがなんともいい味。他に有名
どころではシンディ・ローパー、ヨ・ラ・テンゴなどが参加。そして一番の大物アー
ティストはヨーコ・オノ『Midnight Radio』でJCMが称えた彼女が参加している
ことは、素晴らしいサプライズだと思う。JCMとスティーヴン・トラスクによる新曲
『Milford Lake』も、JCMの歌声が沁みる、沁みる・・・。

 私は音楽に全く造詣が深くないのだけれど、名曲揃い『ヘドウィグ・アンド・アング
リーインチ』
だけに、アルバム自体の完成度もとても高いと思う。
ジョン・キャメロン・ミッチェルのピュアな魂の叫びが、様々なアーティストたち
によって情感溢れる音楽となり、私の心に響く。至福のメロディーたちよ、ありが
とう。。映画『ヴォイス・オブ・ヘドウィグ』もDVDレンタルされることを祈りつつ、
楽しみに待ちたい。

1. The Origin Of Love - Rufus Wainwright    
2. Angry Inch - Sleater-Kinney    
3. The Long Grift - They Might Be Giants    
4. Sugar Daddy - Frank Black    
5. City Of Women - Robyn Hitchcock    
6. Freaks - Imperial Teen    
7. Wicked Little Town (Hedwig Version) - The Breeders    
8. Nailed - Bob Mould    
9. Wig In A Box - The Polyphonic Spree    
10. Milford Lake - John Cameron Mitchell & Stephen Trask    
11. Ladies & Gentlemen - Stephen Colbert    
12. Tear Me Down - Spoon    
13. Hedwig's Lament/Exquisite Corpse - Yoko Ono & Yo La Tengo    
14. Wicked Little Town (Tommy Gnosis Version) - Ben Folds & Ben Lee   
15. Midnight Radio - Cyndi Lauper & The Minus5   
16. The Origin Of Love - Jonathan Richman

テーマ:映画音楽 - ジャンル:映画

【2007/10/22 09:51】 | 映画音楽 | トラックバック(1) | コメント(2)
現実と空想を繋ぐもの~『パンズ・ラビリンス』その2
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 2007年も残すところあと2ヶ月余り。たくさんの映画を観てきたが、今年のベスト
だと思える作品に出会えた。パンズ・ラビリンス。メキシコ三羽烏のひとり、
ギレルモ・デル・トロによるダーク・ファンタジー。映像と美術、音楽の類い稀なる
融合によって、残酷で暗いストーリーでありながらも衝撃的な感動を与えてくれる
激震映画だ。初見時の感想はこちら⇒

 しかし、あまりにも痛々しい描写と、バッドエンドともハッピー・エンドとも取れ
るラストシーン、主人公の運命に対する捉え方の違いなどから「期待外れ」「二度と観た
くない」
などの意見も目にする。もちろん、私だって痛いのも気持ち悪いのも大嫌い。
しかし、この映画は不思議と、そういった身体感覚を超えて惹きつけられてしまった。
鑑賞後、自分の中で整理がつかないままに「今年のベスト」として感じたままを書いた
記事
をアップしたけれど、もやもやは晴れない。どうしてこんなにも毀誉褒貶の激し
い、この映画に惹きつけられるのか。それが知りたくて、『キングダム/見えざる敵』
ペンディングにしての再見。解釈する、読み解くというよりは、やはり感じたままの
感想になってしまうけれど、もう一度書き留めておきたい。

★以下、ネタバレ&長文失礼します★

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 初見時の印象よりも、映像もストーリーも随分暗いことに驚いた。だがそれ故に、
ラストシーンの光り輝く美しさが心に残るのかもしれない。雨が降るシーンも多い。
これはラスト近く、迷宮の入り口で満月を水溜りに映すためだったのか、と思ったり
もした。

 気になっていたのは、オフェリアと母カルメン、メルセデスの関係。身重のカルメ
ンの意識がお腹の子と再婚相手であるビダル大尉に向いていたのは仕方ないにしても、
カルメンよりはメルセデスのほうに「母性」を感じた。それは静かな女性メルセデスの、
エプロンの下にナイフを隠し持つような強さ、弟ペドロに対するの強さでもある。
ひょとして、ペドロはメルセデスの弟でなく息子なのかも・・などという思いも掠める。
彼女が出産の大変さを知っていること、カルメンの出産に立ち会っていることも、
何らかの経験を感じさせる。「ここを出たい」と泣くオフェリアを助けようとするのは
カルメンでなくメルセデスであり、オフェリアに子守唄を歌うのもメルセデスなのだ。

 オフェリアの持つ白紙の本が、子宮の形で血に染まる場面は強烈な印象を残す。「少女
の初潮の予感」
と解釈されている方も多いけれど、私はオフェリアの「出産への恐怖」
より強く感じた。これは私自身が妊娠・出産にずっと恐怖感を抱いていたせいもある
と思うけれど、「一生産まないわ」と泣くオフェリアに、共感や愛情に似た「懐かしさ」
を感じてしまった。
 初潮も出産も女性が担う重要な役割の一つであり、大人への成長の為に避けては通
れない。王女のままで永遠の命を得ることは、大尉(ファシズム)の支配する現実世界
生き続けるよりも、オフェリアにとっては幸せだったのか。最後に開いた白い花、空想
世界では王国へ帰還し、モアナ王女となったオフェリアのが、現実世界に輪廻した
ような・・。

 哀切な子守唄の旋律が流れるエンドロール。深い感動と余韻の中で、じんわりと涙
が滲む。無垢なるものが生まれるとき、痛みが伴い、血が流されなければならない。
子どもは本能的に、現実の厳しさや死の恐怖を知っているのかもしれない、だから
ファンタジーというものが、この騒々しい世界には必要不可欠なのだろう。

 久々に、考えることを止められない映画に出会った気がする。毎週公開される新作
や、続々とレンタルされるDVDをただ消費するように観続けるだけでなく、こうした
記憶に残る作品に出会い、じっくりと考えを巡らせることに改めて喜びを感じてしま
った。

テーマ:パンズ・ラビリンス - ジャンル:映画

【2007/10/21 00:41】 | 映画 | トラックバック(3) | コメント(12)
生きていれば、きっと~『旅立ちの時』
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 RUNNING ON EMPTY


 元ベトナム反戦運動家であり、爆破事件の実行犯としてFBIに指名手配中の両親
に育てられ、共に逃亡生活を送る少年ダニー(リヴァー・フェニックス)。名前と髪の
色を変え、全米各地を転々とする日々を送る彼は、転校先のニュージャージーで
音楽教師にピアノの才能を認められ、名門ジュリアード音楽院への進学のチャンス
を得る。家族と恋人、将来の夢の間で揺れ動くダニーと、あくまで家族の絆を重
んじながら、自らの理想と信念に疲弊し始めた両親。何よりも愛する子の巣立ち
を迎えた親と、羽ばたきたいと念じながらも親を思う子の心情、家族の真の愛を
描いた佳作。感動しました。

 監督はシドニー・ルメット、脚本はご存知マギー&ジェイク・ジレンホールの
御母堂ナオミ・フォナー
。ダニーを演じた故リヴァー・フェニックスは、本作の
演技によりアカデミー助演男優賞にノミネートされている。

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 14年もの間、親と接触を断ち、名前を変えながら地下に潜り、支援者のカンパ
で家族と共に逃げ続ける・・・。本当に、こんな人たちがいるのだろうか、と信じ
難い気持ち
で観ていた。犬を捨てる場面が受け入れ難く、悲しい気分にさせられ
たからかもしれない。しかし、日本でもまだ容疑者が指名手配中の未解決事件が
あることを考えると、広大な国土を持つアメリカでは大いに有り得る話なのかも
しれない。

 成長していく息子の人格を無視して、家族は団結し、行動を共にすべきだと強制
する父アーサー(ジャド・ハーシュ)に対しては、ずっと懐疑的だった。彼は自らの
理想と信念のために、家族に犠牲を強いているのではないかと。しかし、彼が最後
に下した決断に安堵した後では、会えないままに最愛の母を亡くした悲しみの中で、
彼にとって家族が唯一の拠り所であり、「一緒にいること」に固執したのだと理解できる。

 息子が成長し、将来を考えた時に初めて、自らの親の心情を知る母アニー(クリス
ティーン・ラーチ)
。自分が失ったを息子に託すべく、疎遠にならざるを得なか
った父と再会し、和解する場面は感動的だ。ダニーの世代、アニーの世代、その
親の世代、三世代それぞれの視点と心情が描き分けられた演出と脚本が素晴らし
い。
もし公開当時にこの映画を観ていたなら、間違いなくダニーとその恋人ローナ
(マーサ・プリンプトン)に感情移入していただろう。しかし、20年近く経った今で
は、アニーの立場でこの映画を観ている自分がいた。

 繊細で内向的で、才能に溢れたダニーをハマリ役で演じるリヴァー・フェニッ
クスがまた、忘れ難い印象を残す。少し斜に構えた物憂げな瞳、ローナに本当の
自分を打ち明けるときの必死の表情、自転車に乗れと言う父に戸惑いながら「一緒に
行くよ」とすがり、「愛しているよ」と言われてゆがむ泣き顔。彼の周りを名残惜し
げにくるくる回るトラックを見送る柔らかな表情に、家族の歌声が重なるエンデ
ィング。


 いつか必ず、君に会えると信じている--。

『旅立ちの時』監督:シドニー・ルメット/脚本・製作総指揮:ナオミ・フォナー
  主演:リヴァー・フェニックス、クリスティン・ラーチ、マーサ・プリンプトン/
                                 1988・USA)

テーマ:心に残る映画 - ジャンル:映画

【2007/10/19 09:45】 | DVD | トラックバック(2) | コメント(8)
王女の帰還~『パンズ・ラビリンス』
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 EL LABERINTO DEL FAUNO

 PAN'S LABYRINTH



 1944年、スペイン。内戦で父を亡くした少女オフェリア(イバナ・バケロ)は、
臨月の母の再婚相手であるヴィダル大尉(セルジ・ロペス)の駐屯する、山深い村へと
やってくる。月の夜、村の入り口で出会った不思議な昆虫がオフェリアの枕元を訪
れ、妖精に姿を変えて地下の迷宮へとオフェリアを導いた。そこで彼女を待ってい
たのはパン(牧神)。「あなたはこの王国のプリンセス。3つの試練を乗り越えて、扉を
開きなさい」


 今年2月のアカデミー賞で外国語映画賞は惜しくも逃したものの、撮影、美術、
メイクアップ
の各賞を受賞、カンヌをはじめ各国の映画祭でも絶賛された話題作。
メキシコのスリー・アミーゴスの一角、ギレルモ・デル・トロが製作・監督・脚本
を手がけたダーク・ファンタジー。ギレルモ監督の作品は初の鑑賞。こ、これはしかし・・・。
凄いものを観てしまった。悲しくも美しい、悪夢のような大傑作。今年観た作品の
中でベストかもしれない。

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 当時のスペインでは、独裁者フランコの圧政に反発するレジスタンスの人々が、
内戦終結後も山間部でゲリラ活動を続けていた。ヴィダル大尉の元で働きながら、
レジスタンスを密かに支援している医者や、家政婦メルセデス(マリベル・ベルドゥ
『天国の口、終わりの楽園。』でガエルやディエゴ・ルナと旅をする女性の役が印象的)
のエピソードが、物語のもう一つのとして濃い影を落とす。

 戦争、親の死や再婚といった運命に翻弄されながらも、空想の世界に救いを見
出そうとするオフェリア。シェークスピア悲劇のヒロインの名前を与えられたこ
の少女を演じたイバナ・バケロが、パーフェクトにこの幻想世界にフィットして
いる。漆黒の瞳、厚みのある紅い唇、細い手足に膨らみかけた胸。物語(ファンタジー)
の中に自分の生きる道を模索する彼女とは対照的に、現実は残酷で悲しいものだ
と言い、物語の力を否定する母。彼女は、モンスターのように残虐なヴィダルに
すがるしか生きる術を知らない、か弱い存在として描かれる。そこに母性の強さ
は感じられない。「子守唄を知ってる?」「一曲だけ」偶然にも題名のない子守唄
と同じこの会話はオフェリアとメルセデスの間に交わされ、印象的な旋律が耳に
残る。

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 PG-12に指定されているだけに、残酷で痛々しく、グロテスクな描写は正視
できないほど強烈で、正直叫びそうにもなった。しかしそのことを差し引いても、
寓話的脚本、音楽、美術、衣装などのマジカルな完成度は見事。オフェリアと一緒に、
スクリーンの中の迷宮世界に入って行きたいと願ってしまったし、実際に映像の
世界の中に迷い込んでしまったような、不思議な感覚を憶えた。「正しい選択」をし
たオフェリアが、最後に辿り着いた世界の何と輝かしいことか・・・!

 それがたとえ彼女の想像の産物であったとしても、これほど悲しくも美しく、
心震えるラストシーンはめったにお目にかかれるものではない。ファンタジーだ
と侮ることなかれ。「気持ち悪いのは苦手」なんて言ってる場合じゃない!これは
間違いなく映画史クラスの慈愛に満ちた衝撃を与えてくれる、豊穣なる希少な
ギフト。必見。


★再見後の感想をUPしました:『パンズ・ラビリンス その2』★

『パンズ・ラビリンス』監督・脚本:ギレルモ・デル・トロ
     製作:ギレルモ・デル・トロ、アルフォンソ・キュアロン/
     主演:イバナ・バケロ、セルジ・ロペス、マリベル・ベルドゥ/
                    2006・メキシコ、スペイン、米)

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【2007/10/17 10:16】 | 映画 | トラックバック(32) | コメント(26)
碧い瞳~『スターリングラード』
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 ENEMY AT THE GATES


 1942年9月、ナチス・ドイツの進軍は衰えを見せず、ソビエトの街・スターリン
グラード
まで迫っていた。指導者「スターリン」の名を冠するこの街を絶対に陥落させ
てはならじと、ソビエト軍は多数の兵士を送り込む。その中には、後に伝説的
スナイパー
として名を残す、ヴァシリ・ザイツェフ(ジュード・ロウ)もいた。

 ジャン・ジャック・アノーが監督・脚本・製作を手がけた大作戦争映画。以前、
スマ×2にジュードが出演したとき、「ジュードさんの映画はほとんど観てます。
『スターリングラード』が素晴らしかった」とゴローちゃんが語っていて、気になる
作品ではあった。そして先日観て大感動した愛より強くビロル・ユーネルが出演
していると知り、やっと鑑賞。ビロルは一瞬しか出番のない、船上の上官という
チョイ役だったが、作品自体は予想以上に素晴らしかった。今まで観た中でも、
一番好きな戦争映画
だと思う、を描いた映画でもあるから。

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 映画が始まって数十分間の戦闘シーンが凄まじい。考えられないほどの死体の数、
廃墟寸前の街並み。一瞬の、数十センチの差で生死が分かたれる戦場にいて、正気
を保ち生き延びるとはどういう心理状態なのだろう。そんな中で出逢ったヴァシリ
ダニロフ(ジョセフ・ファインズ)インテリなダニロフは、無学だけれど正確無比
な射撃の腕
を持つヴァシリを、戦意高揚のためのヒーローに作り上げていく。

 戦場で出会った二人の友情と、ターニャ(レイチェル・ワイズ)を巡る。そして
圧巻はやはり、ドイツ軍少佐(エド・ハリス)とヴァシリとの、スナイパー同士の誇り
と意地を賭けた息詰まる闘い
。標的をロックするジュードの瞳!美しすぎる・・・。

 俳優たちの演技が皆、素晴らしい。洟を垂らしたサーシャを演じた子役もかわい
かったし、ジュードをはじめジョセフもエド・ハリスもさすが、貫禄の演技。中で
も、特によかったのはレイチェル・ワイズ。初めて彼女のことを、心からいい女優
さんだな・・・と思えた。

 自国の理想を信じ続けたダニロフが、最期に「平等な社会なんてない」と述懐し、共産
主義を批判
する場面がいい。しかし彼の心の中には、ターニャの愛を得られなかっ
敗者としての惨めさが渦巻いている。言葉は無くとも、戦友のその心中を理解
ているヴァシリの表情も泣かせる。ジェームズ・ホーナーの音楽も文句なし。ロシア
語のキリル文字に似せた、クレジットの字体も凝っている。

 しかしただ一点、ロシア人とドイツ人であるはずの登場人物たちが皆、英語をしゃ
べっているのが興醒め寸前だった。ダニロフの作る新聞はロシア語で書かれていた
だけに、手紙のスペルも英語であったことが残念。そんなことはどうでもいいくら
い、素晴らしい映画であることは間違いないのだけれど。

『スターリングラード』監督・製作・脚本:ジャン・ジャック・アノー
  主演:ジュード・ロウ、レイチェル・ワイズ、ジョセフ・ファインズ、
           エド・ハリス
/2001・米、独、英、アイルランド)

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【2007/10/16 09:25】 | DVD | トラックバック(5) | コメント(16)
それでも生きる動物たち~『北極のナヌー』
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 ARCTIC TALE


 今年度のノーベル平和賞に映画『不都合な真実』における啓蒙活動が評価され、アル
・ゴア
氏が選出された。再び地球温暖化阻止のための議論が活性化されるだろうか。

 現状のまま地球温暖化が進行した場合、今から約30年後の2040年には、北極の
海氷は全て融けてなくなってしまう
という試算があるらしい。知っていましたか?
北極に氷がなくなれば、そこで生きる動物たちはどうなってしまうのだろう・・・。

 本作は、海洋研究家でもある映像作家のアダム・ラヴェッチとパートナーのサラ・
ロバートソン
が、10年以上に渡って北極圏で撮影したフィルムを基に製作したドキュ
メンタリー。
ホッキョクグマの子「ナヌー」とセイウチの子「シーラ」を主人公に、激変
する厳しい自然環境
の中、地球のてっぺんで逞しく生き抜こうとする動物たちの姿を
追った感動作。「一体どうやって撮影したんだろう?」と思わずにいられない驚異の映像
の数々と、命のバトンを繋げようとする動物たちのありのままの生態。これは是非
とも多くの人に、とりわけ子どもたちに観て欲しい。

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 地球と、そこに生きる動植物が今危機に瀕している、というのは紛れもない事実
だろう。この作品は地球温暖化の犯人探しをするわけでも、誰かを告発するわけで
もない。けれど、動物たちの生きる姿、弱肉強食という厳しい掟の中で生き抜こう
とするありのままの彼らの姿から、命の尊さが自然と伝わり、胸を衝かれる。この
地球で、私たちがこうして生きていることの奇跡を思う。10年後も、100年後も、
この「命のバトン」を繋ぐために、私たちが今、すべきことは何なのだろう。

 ナレーション脚本には、アル・ゴア氏の娘、クリスティン・ゴアも参加している。
日本語版ナレーションは稲垣吾朗、悪くはないができれば字幕で、クイーン・ラティ
ファ
の声が聴きたかった気もする。

『北極のナヌー』監督:アダム・ラヴェッチ、サラ・ロバートソン/
           日本語版ナレーション:稲垣吾朗/2007・USA)

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【2007/10/15 09:27】 | 映画 | トラックバック(1) | コメント(2)
こわれゆくものたち~『キャンディ』
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 CANDY


「私たちはジャンキー、私は娼婦、彼はロクデナシ」

 詩人志望のダン(ヒース・レジャー)と画家志望のキャンディ(アビー・コーニッシュ)。
若く美しい二人は出逢い、愛し合い、結婚する。しかし、ダンがアディクトしていた
ドラッグは二人から全てを奪い、破滅へと転落させてゆく。その過程を「天国」「地上」
「地獄」
の三部構成で描いた佳作。監督はオーストラリアの著名な舞台演出家ニール・
アームフィールド
。トリップした彼らに同化しない、抑えた演出(ヌードはあるがセックス
シーンはない)で、壊れゆく男と女の悲劇を静謐に表現している。

「昔々、キャンディとダンがいた」

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 これは「損なわれた美しいもの」の物語なのだろうか? それとも、ただの「愚かもの」
の物語なのだろうか。損なわれたのはキャンディで、愚かなのはダンなのか?

 ダンはキャンディに何も強要していない、ヘロインも、売春も。キャンディは自ら
奈落へ堕ちようとしたように見えた、「ほどけない拳」から逃れるために。しかしそこは
誰にも予測できない「地獄」。ドラッグからも愛からも逃れられず、彼女は壊れていく
「仕事のせいで画が描けない」彼女がダンに残したものが画ではなく、壁いっぱいの文字
だったことが切ない。

「いつかは終わるわ」「終わらない」

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 キャンディを演じたオーストラリアの新進女優アビー・コーニッシュは、ニコール・
キッドマンとシャーリーズ・セロン
を合わせたような美貌の持ち主。その確かな演技
も、オスカー女優である二人に決して引けを取らないだろう。典型的なヒモ男ダン
を演じたヒース・レジャーも、ジャンキーでありながら決してオーバーアクトに陥ら
ない、自然体の演技を披露してくれる(ファンの贔屓目なしでも)。ただ、冒頭シーンで
首筋のタトゥーに目が離せなくなったのは残念。彼らの「保護者」であり、地獄へのナビ
ゲイターでもあるゲイの大学教授キャスパーを演じるはジェフリー・ラッシュ。息子
のような存在であるダンを生へと導いた、彼の最期も印象的。

 ラスト、自らを浄化するかのように水を飲むダン。エンドロールに流れる音楽と、
キャンディのモノローグがいつまでも耳に残る。「昔々、キャンディとダンがいた」

 彼女は最後にHappy ever afterとつぶやいたのだろうか。

『キャンディ』監督:ニール・アームフィールド/原作:ルーク・デイヴィス/
     脚本:ニール・アームフィールド、ルーク・デイヴィス/2006・豪/
     主演:ヒース・レジャー、アビー・コーニッシュ、ジェフリー・ラッシュ)

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【2007/10/13 09:35】 | 映画 | トラックバック(21) | コメント(25)
夢と偽りと賭け、そして、愛の物語~『オスカーとルシンダ』
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 OSCAR AND LUCINDA


 19世紀半ば、英国の田舎町に生まれた敬虔な牧師オスカー(レイフ・ファインズ)と、
オーストラリア・ニューサウスウェールズのガラス工場経営者ルシンダ(ケイト・ブラン
シェット)
。英国からオーストラリアへ向かう船上で出逢った二人が、愛と信仰と
人生を賭けたゲーム
に挑む。英国のブッカー賞を受賞した、ピーター・ケアリーの小説
の映画化。主人公オスカーは原作者の曽祖父であり、原作者が物語る形でストーリー
が展開する。ナレーションはオーストラリアの名優ジェフリー・ラッシュ。実は最初
に声を聴いて「ケイン爺やだ!」と思い込んでしまったので、エンドロールの最初に
ジェフリー・ラッシュの名前が登場し、驚きつつも納得。間違いなく現代最高の女優
の一人であるケイト・ブランシェットの、映画主演デビュー作でもある素晴らしい作品
思わず続けて二度観てしまった。

 オスカーを演じたレイフ・ファインズ。私は特に彼のファンというわけではないし、
出演作品全て観ているわけでもないが、Myレイフ史上「最好」のキャラクターだった。
控えめで無垢で信心深く、欲や悪意から最も遠いところにいるオスカー。それ故、人
は彼を「変人」と呼び遠ざける。まばたきや落ち着きのない動作の細部にまで神経の行き
届いた、レイフの繊細な演技が素晴らしい。そんな彼がギャンブルに出会い、持って
生まれた才能と運でギャンブルにのめり込んでゆくのだから、人生とは不思議なもの。
 対するルシンダは、自立心旺盛で資産家の工場経営者。信心深いとも思えず、ギャ
ンブルにはまる自分に罪悪感があるようでもない。そんな彼女が、徐々にオスカーの
心の美しさに触れ、次第に彼に惹かれてゆく。しかし、自分の好きな事柄に正直で真
っすぐな彼女も、恋愛上手というわけではなかった。

 この二人が、結ばれなかったらどうしよう。いや、オスカーの子孫がいるなら二人
は必ず結ばれたはず。どうかハッピーエンドを迎えられますように・・・。祈るような気持
で観ていた。

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 お互いに惹かれ合いながらも、賭けに出ることでしか愛を確かめられない二人が何
とももどかしい。二人が夢を託したガラスの教会は、幼い頃からガラスを愛したルシ
ンダと、信心深く繊細で壊れ易いオスカーを象徴しているかのようだ。緑の谷を背景
「天使の家のような」ガラスの教会が、ゆっくりと水の上を流れる風景は、荘厳な夢の
ように美しい。

 そしてこの物語は、神の存在抜きには語れないだろう。自分の犯した(と思い込んで
いる)を、神に許しを請うオスカー。宗教が罪びとのものであるならば、最後に神が
オスカーに下したことは、罰ではなく赦しなのか。私にはわからない。ただオスカー
の苦しみを思い、泣くことしかできなかった。

 水に入ったルシンダが仰向けに顔を出す、二つのシーンが印象的。ガラスと水は透明
で何色にも染まり、時には人を傷つける。
水を怖れたオスカーと、水が好きだったルシ
ンダ。泥で濁っていた水が最後には透明に澄んでいたのは、二人が犯した「罪」と呼ぶべ
きもの
、それらが浄化されたことの暗示だろうか。

『オスカーとルシンダ』監督:ジリアン・アームストロング/1997・米、豪、英/
      主演:レイフ・ファインズ、ケイト・ブランシェット

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【2007/10/12 08:52】 | DVD | トラックバック(4) | コメント(6)
白鳥の歌なんか聞こえない~『スワンソング』
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 出版社で編集者として働く25歳の篠原は、同期の由香と恋愛関係にあったが、
アルバイトとして入社した21歳の由布子に惹かれる。由香にはっきりと別れを
告げられないまま由布子と付き合い始める篠原
。三角関係、悲劇の始まり・・・。
 大崎善生氏による久々の恋愛長編児玉清氏も大絶賛という評判に、私の期待
値も相当、高かったのだけれど・・・。

 正直、私はこの小説に乗れなかった。今まで、大崎氏の小説は短編にしろ長編
にしろ、それなりのアベレージは保っていたと思うし、本作も然り。しかも読む
人によっては「涙、涙の感動作」になるだろうとも思う。でも私は、残念ながらいた
だけなかった。


 篠原と由香、由布子の関係は、どこにでもあるありふれた職場内三角関係。それ
がたとえ結婚を前提とした付き合いであったとしても、20代前半の年頃であれば
くっついたり、別れたりは日常茶飯事のはず。

 それなのに、由香と由布子の常軌を逸した行動は何だろう。女は、こんな弱い
生き物じゃありませんよ。
バリバリのキャリア編集者だった由香が、どんなに篠原
を好きだったにしろ、こんな行動に走るだろうか。由布子だってそうだ。これじゃ
『働きマン』が怒るゾ。
そして篠原は、どうして由香にもっと早く別れを告げないんだろう。思いやりと
優柔不断を勘違いしないで欲しい。
自分が悪者になりたくないだけじゃないの?

 物語の中で印象的に語られる「アルマジェミア=双子の魂」というエピソードも、
登場人物たちにそこまでの深い魂の繋がりのようなものを、私は感じ取ることが
できなかった。

 大崎善生氏の小説は、出版されると必ず楽しみに読んでいた。次の小説では、
人生を決して諦めない、自分を放棄しない生き方を描いて欲しいと思う。生きる
ことの大切さや、前向きに生きる人生の素晴らしさを感じられるような。

『スワンソング』大崎善生・著/角川書店・2007)

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【2007/10/09 23:53】 | 読書 | トラックバック(1) | コメント(4)
魔都の異邦人たち~『上海の伯爵夫人』
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 THE WHITE COUNTESS


「今まで、君がこんなに美しいと知らなかった」

 1936年、上海。亡命したロシア貴族元伯爵夫人のソフィア(ナターシャ・
リチャードソン)
は、一家を支えるために夜のクラブでホステスとして働いていた。
彼女はある夜、視力と家族を失い、抜け殻のように生きる元外交官のジャクソン
(レイフ・ファインズ)
と出逢う。「君は完璧だ」
 マーチャント/アイヴォリー製作、脚本はカズオ・イシグロ、撮影はクリストファー
・ドイル
という豪華な製作陣の大作。劇場鑑賞は叶わず、DVDにてやっと鑑賞。
映像や美術が一級品なのは言うまでもなく、大人だからこそ出来る、たしなみ深
い抑制された愛情
が全編を貫き、胸が熱い。この「抑制された」表現こそが、カズオ
・イシグロ
の特徴であり魅力ではないだろうか。もしかしたら、そこに物足りな
を感じる向きもあるかもしれない。

 日本生まれの英国人作家であるカズオ・イシグロの父は、上海生まれなのだと
いう。
「父は上海生まれです。私たち一家が日本を離れて英国に渡った後、父が持ってきた
 家族のアルバムをよく見ました。多くは祖父の上海の会社関係の写真でしたが、
 緊張に満ちた30年代の上海は魅惑的に思えました」
(朝日新聞インタビューより)

 この映画は、マーチャント/アイヴォリーの映画であるよりもむしろ、カズオ
・イシグロの記憶の中の写真から紡がれた物語なのだと、私は思う。

 盲目となり、聴覚が鋭敏化したジャクソンは、ソフィアの声から彼女の抱える
哀しみ、苦しみ、愛情深さを瞬時に読み取ったのだろう。この人だけが、自分を
ありのままで受け入れてくれる、質問も答えもなしでも、きっと理解してくれる。
そんな風に感じたのかもしれない。
 元エリートで、「国連最後の希望の星」とまで言われたジャクソンを、レイフ・ファ
インズ
ハマリ役で演じている(アメリカ人には見えない気もしたけれど)。
彼と「雇い主と従業員」以上の友情で結ばれるソフィアにはナターシャ・リチャード
ソン
。元ロシア貴族の高貴な雰囲気を醸し出す、完璧な美しさ。ヴァネッサ・レッ
ドグレーヴの娘だと言われてみれば、どことなく似ている。彼女を食い物にした
挙句、置き去りにした家族たちには、身体が震えるほどの怒りを憶えた。

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 そしてもう一人の主要人物、ジャクソンの夢のバー「白い伯爵夫人(THE WHITE
COUNTESS)」
政治的混沌を持ち込む謎の日本人、松田(真田広之)。ほとんど
レイフとの二人芝居で、真田広之が膨大な英語台詞を澱みなくこなしていて感心
する。しかし、時折挿入された戦局を伝える新聞記事と、聴こえてくる日本語に
憂鬱な気分になる。同じく1920年代の上海を舞台にしたアン・リーの最新作
『色、戒/ラスト・コーション(仮題)』でも、同じような気分を味わうことになる
のだろうか?

「一緒にいる」と約束した同胞のホステスが、雨の街で客引きをする姿を見かけ、
ソフィアが身を隠す場面が印象的。あの時代、誰もが疚しさなしには生きられな
かったのだろう。賑わうダンスフロアで、クーニャン同士のカップルが愛おしげ
に見つめあうショットも見逃せない。さすがマーチャント/アイヴォリー!
 理不尽な運命と時代の波に翻弄され、故国や家族を失っても、ジャクソンと
ソフィアはをその手につかむことができた。家柄や名誉よりも大切な、心から
の愛。彼らの「約束の旅路」、船は穏やかに進んでいく。

『上海の伯爵夫人』監督:ジェームズ・アイヴォリー/脚本:カズオ・イシグロ
       製作:イスマイル・マーチャント/撮影:クリストファー・ドイル
         主演:レイフ・ファインズ、ナターシャ・リチャードソン
                     真田広之/2005・英、米、仏、中国)

テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

【2007/10/08 22:17】 | DVD | トラックバック(5) | コメント(8)
私には歌がある~『エディット・ピアフ 愛の讃歌』
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 LA MOME

 LA VIE EN ROSE



 世界的に知られたフランスのシャンソン歌手、エディット・ピアフ。彼女の波乱
に満ちた、激動の生涯を描く伝記映画。シャンソンに興味がなくとも、ピアフの名
や名曲『愛の讃歌』『バラ色の人生』など、誰でも必ず耳にしたことがあるだろう。
「パリの魂」「本物の歌」と称えられた空前絶後の歌い手は、パリの路上から生まれた。
祖母の経営する娼館での幼少期、失明、大道芸人だった父との生活、初めて人前で
唄った「ラ・マルセイエーズ」。やがてパリのクラブ支配人に見出され、彼女はスター
への階段を昇り始めるが・・・。
 フランスでは、国民の10人に1人が観たという話題作。ピアフの20歳から、47歳
で生涯を閉じるまでを演じたマリオン・コティヤールの演技が壮絶で素晴らしい。
撮影は永田鉄男氏が担当。エンドロールで彼の名前を見つけたとき、なんだか誇ら
しい気分になってしまった。エマニュエル・セニエ、ジェラール・ドパルデュー
有名どころも出演している。

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 ピアフという稀代の歌姫の、なんと破天荒な人生だろう。ピアフというのは「雀」
いう意味らしいが、日本の国民的歌手であった美空「ひばり」嬢と同じく、鳥の名前で
あるところが面白い。演じたマリオン・コティヤールは、『ビッグ・フィッシュ』など
にも出演しているらしいが全く記憶に残っていない。しかし彼女の演技は「演じている」
というレベルも枠も遥かに超越している。身も心もピアフに成り切り、生き切って
いると言っても過言ではないだろう。歌はほぼ吹き替えということだが、口パクに
ありがちな違和感など全くない。そして凄みさえ感じさせるのが晩年の演技。40代
後半にして老婆のようなその容姿、丸めた背中、リウマチによる曲がった指、歩行
さえ困難なほど衰弱しながら、新曲を聴いて輝く瞳「私は後悔しない」と唄う彼女の、
なんと神々しいことか!

 エキセントリックで我がまま放題、しかし誰よりも正直に自分の求めるものだけ
を欲したその人生は、私のような凡人からすれば息苦しささえ感じるほど。それで
も、ドクターストップがかかっても聴衆の前に立ち、歌い手である自分の存在意義
を確かめようとする、全身全霊を賭けてどこまでも「歌」を追い求めようとするその姿
に涙が止まらない。

 物語は時間軸に沿って進まず、縦横無尽に様々な時代、場所へ飛ぶ。そのため、
やや分かり辛い印象を受けるのが惜しい。彼女が歌う愛の唄の数々、そののエピ
ソードをもう少し掘り下げて欲しかったような気もする。しかし、この作品が伝記
映画の傑作
と成り得ていることに疑いはないだろう。

 シャンソンにも、ピアフにも思い入れは全くないけれど、歌と愛に生きたという
エディット・ピアフという女性と彼女の歌について、もっと深く知りたくなった。

『エディット・ピアフ 愛の讃歌』監督・脚本:オリヴィエ・ダアン/
         主演:マリオン・コティヤール/2007・仏、英、チェコ)

テーマ:この映画がすごい!! - ジャンル:映画

【2007/10/05 13:30】 | 映画 | トラックバック(24) | コメント(22)
見知らぬ女~『題名のない子守唄』
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 LA SCONOSCIUTA


 北イタリアの街にやってきたウクライナ移民のイレーナ(クセニア・ラパポルト)
は、金細工商を営む裕福なアダケル家の家政婦となる。彼女の目的は何なのか?
やがて、イレーナの周囲に不気味な影が落ち始める・・・。
 下着姿の仮面の女たちの「オーディション」という衝撃的な場面で幕を開けるこの
映画は、イタリアの名匠ジュゼッペ・トルナトーレ6年ぶりの新作。冷たい灰色
の街並み、時折フラッシュバックされるイレーナの過去、彼女の謎めいた行動
観るものに緊張を強いる。ヨーロッパの移民社会の現実と、そこに巣食うおぞま
しいまでの搾取、そして「母性」という「後天的本能」を描いた、壮絶なサスペンス
音楽はご存知エンニオ・モリコーネ。

 映画を観た後は、いつもならすぐにでも感想が書きたい気分になる。しかし、
この作品はそうではなかった。イレーナのしたことや過去についていつまでも考
えさせられ、あまりの衝撃に鑑賞した夜はなかなか寝付けなかったほど。こんな
映画を観たのは本当に久しぶりだ。

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 イレーナはアダケル家の娘テア(クララ・ドッセーナ)に会ってしばらくは、固い
表情を崩さない。しかしテアが心を開き、信頼関係が生まれてからのイレーナは、
厳しすぎるほどの情熱を持ってテアに「強さ」を授けようとする。奴隷として生きる
しか術のなかった自分とは違う人生を、テアに与えるために。女は誰でも、子を
産んだだけで母性に目覚めるわけではないと思う。子と心を交わし、人生を共に
し、互いに「与え合う」ことで初めて、母性が生まれるのではないだろうか。出産を
経験していないアダケル夫人も、テアに深い愛情と母性を感じていたのだから。

 イレーナの時間は、恋人をゴミ廃棄場で見つけた日から止まっていたのだろう。
子を探し出して一緒にいたい、それは後に彼女自身が語ったように「父親に似ている
ところを探したかった」、自分と恋人が愛し合ったをこの目で確かめたい、という
願望に過ぎなかったように思う、母性ではなく。

「ああしないと私は死んでいた」意識のないジーナに語りかけ続けたのは、イレーナ
なりの贖罪であり、神を知らない彼女の懺悔だったのだろう。女が、「産む性」とし
ての「女性」性を食いものにされ、尊厳を踏みにじられながら搾取される世界。あま
りにも悲惨なイレーナの過去に、感情移入する余地はなく、涙も出ない。

 様々な伏線が徐々に収束し、「黒カビ」が付けていたネックレスの刻印で真実が明
かされる仕掛けは圧巻。しかしわからない部分もある。イレーナは、忌まわしい
記憶であるはずの赤いハイヒールを、どうして後生大事に持っていたのか。植木
鉢と同じように、そこに何かが隠されていたのか? ジーナは初めから意識はあ
ったのか、イレーナがジーナにしたことはに問われたのか? 時折、意味あり
気な暗い表情でイレーナを見ていたアダケル氏は、何かを知っていたのか。イレ
ーナが電話口で歌った子守唄を聴いて、管理人は何に気付いたのだろう・・・。

 ラストシーン、この容赦なく哀切な物語の中で初めて、明るい太陽の日差しが
イレーナを包む。エンニオ・モリコーネの美しい旋律が流れるエンドロールに、
初めてがじわりと溢れた。

『題名のない子守唄』監督・脚本:ジュゼッペ・トルナトーレ/2006・伊/
       音楽:エンニオ・モリコーネ/主演:クセニア・ラパポルト

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【2007/10/04 09:00】 | 映画 | トラックバック(20) | コメント(30)
ビストロで会いましょう~『幸せのレシピ』
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 NO RESERVATIONS


 NYの人気レストランでシェフとして働くケイト(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)は、
ウズラ料理で評判の料理人。腕はいいが、完璧主義が高じて謙虚さを失っている。
そんな彼女が、姉の事故死により姪のゾーイ(アビゲイル・ブレスリン)と生活を共
にすることになる。混乱する彼女に追い討ちをかけるように、厨房には新しく
シェフ・ニック(アーロン・エッカート)
が雇われ、規律正しかったケイトと彼女の
厨房が変わり始める・・・。
 ドイツ映画の小品マーサの幸せレシピハリウッドリメイク作。オリジナルが
素晴らしいからリメイクが生まれるわけだけれど、リメイクの出来は良いものも
不出来なものもある。しかし本作はまずキャスティングで、既に成功している作品
かも。

 まずオスカー女優キャサリン・ゼタ=ジョーンズが、ツンデレシェフにピッタリ。
スマスマでは「私、繊細な女の子なの」と語っていた彼女だが、やっぱり女王様気質
見た(笑)。陽気なイタリア系シェフを演じたアーロン・エッカートも、決してハンサム
ではないのだけど、さり気ないやさしさや引きのテクニックがニクイ。ニックは相当
恋愛巧者だと思う。クロックスのオレンジを履いていたのがツボ。そしてアビゲ
イル・ブレスリン
ちゃんは、リトル・ミス・サンシャインでのオスカーノミニー
決してフロックでないことを証明してくれました、その繊細な演技に拍手!おじい
ちゃん直伝の、あの「アニマルセクシーダンス」も披露(?)していて笑ってしまった。
その他、ベリーショートで妊婦のリーアビジネスライクな店長も、オリジナルの
イメージ通りでうれしくなった。

20071003091553.jpg

 オリジナルも音楽が素敵だったけれど、こちらはオペラ。先日惜しまれながら
この世を去った、ルチアーノ・パヴァロッティ氏の美声がたっぷり。そしてハリ
ウッドらしく、フィリップ・グラスの煽り系サウンドでエンタメ色の濃い味付け
となっている。

 ストーリーは、オリジナルで大きなエピソードだったゾーイの父親に関する部分
がバッサリと切られ、ケイトとニックの恋愛により重点を置いた印象。その他、あ
のシーンは残して欲しかったとか、ついオリジナルと比較してしまいそうになるけ
れど、それはまた別の話。おいしそうな料理の数々に、空きっ腹でなくても目眩
すること間違いなし。
 ラストがレミーのおいしいレストランとかぶってしまったのが残念な気もする
けれど、心温まる映画です。上映終了後「パスタが食べたい!」という声が聞こえ
てきました。

『幸せのレシピ』監督:スコット・ヒックス/音楽:フィリップ・グラス/
  主演:キャサリン・ゼタ=ジョーンズ、アーロン・エッカート/2007・米、豪)

テーマ:幸せのレシピ - ジャンル:映画

【2007/10/03 09:24】 | 映画 | トラックバック(14) | コメント(8)
善良なドイツ人~『さらば、ベルリン』
20071001212924.jpg


 THE GOOD GERMAN


 1945年7月。戦火の爪痕深いドイツ・ベルリンに、アメリカ人ジャーナリスト
ジェイク(ジョージ・クルーニー)が降り立つ。戦前、ベルリンで記者をしていた
彼は、アシスタントの人妻レーナ(ケイト・ブランシェット)と不倫関係にあった。
思いがけない再会を果たす二人だったが、レーナはジェイクの運転手タリー(トビー
・マグワイア)
の情婦となっていた・・・。
 全編モノクロ、40年代のクラシック映画を意識した作りのラブ・サスペンス。
と言うか、ほとんど『カサブランカ』的雰囲気。特にラストは「そっくり」。
しかし、この映画はただの悲恋ラブストーリーではない。
監督のスティーヴン・ソダーバーグは、ピーター・アンドリュース名義で撮影を、
メアリー・アン・バーナード名義で編集も担当している。オーシャンズの合間(?)
にこんな映画も撮っているから、ソダーバーグ&クルーニーは目が離せない。

20071001213026.jpg

 ジェイクは、ハンサムで正義感は強いが腕っ節は滅法弱い。果敢に向かって
は行くが、分かり易い小悪党タリーにすらノされる。そして、謎めいたレーナ
翻弄されまくる。彼があそこまでレーナを守ろうとしたのは、ユダヤ人であ
りながら戦乱のベルリンを生き抜いた
彼女に対する、愛情というよりも憐憫
近い感情だった、と言ったら言い過ぎだろうか? レーナの心情が観ているこ
ちらにもなかなか読めず、ストーリーが分かり辛かったのが残念

 しかしこの映画、レーナを演じたケイト・ブランシェットがとにかく最高!
なのだ。低い声、娼婦らしく濃く塗られたルージュ、「スキニー・レーナ」と仲間
の娼婦が言う、細くてしなやかな肢体。男に頼っている振りをしながら狡猾
利用し、危険となれば殺しも厭わない。生き延びるためには平気でをつき、
決して本心は明かさない。その存在感は、最早往年の大女優マレーネ・デート
リッヒ
級と言ってもいいのではないだろうか。いや、絶対意識してるよね・・。
ケイトの演技を観るためだけに劇場に足を運んだとしても、損をしたとは決し
て感じないだろう。

20071001213118.jpg

 少年の言った「流れはポツダムで渦になる」というセリフが印象的。戦後処理
只中で、大国同士の思惑や取引が交錯する場所。同じ時期に、遠く離れた極東
の島国日本だけが、孤立無援の戦いをしていた事実に虚しさと悲しみを憶える。
「生き延びるために何でもした」というレーナ。彼女を一体、誰が責められるだろ
う?戦争の狂気に翻弄され、逃げ場のない波に襲われたとき、正気を保てると
誰が言い切れるだろうか。原題は「よきドイツ人」。レーナは、夫が戦時中の真実
を語ろうとしているとして「彼は善良なドイツ人よ」と言う。しかし、この題名
指すところに、あの戦争で起こった悲劇が内包されているようだ。

『さらば、ベルリン』監督:スティーヴン・ソダーバーグ/2006・米/
        主演:ジョージ・クルーニー、ケイト・ブランシェット

テーマ:考えさせられた映画 - ジャンル:映画

【2007/10/01 21:38】 | 映画 | トラックバック(6) | コメント(17)
真紅のthinkingdays


いつまでも青臭い映画好きでいたい。愛おしい映画と、忘れがたき本たち。ときどきカフェとか。 記事は基本的にネタバレあり。 どうぞご贔屓に♪

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