また一つ、忘れられない本に出逢った。『めぐりあう時間たち』の著者、マイケル・
カニンガムの長編第二作『この世の果ての家』。流れるような美しい文体の中に主人公 達の数十年間を包み込んだ、心に深くやさしく沁み入るような物語だ。 ジョナサンとボビー。この二人の主人公が出会い、離れ、再び出会い生活を共に し、紆余曲折を経て最後には自分達の居場所を見つける。物語はこの二人とジョナ サンの母アリス、二人のパートナーである年上の女性クレアのそれぞれ四つの視点 から語られ、オハイオ州クリーブランドからニューヨーク、アリゾナそしてウッドストック 近郊へと舞台を移しながら進んでいく。 読み進むうち、着ていたTシャツの胸に大きなシミができるほど泣いた。著者の カニンガムは同性愛者であることをカミングアウトしているゲイ男性であるが、 よくぞここまでと思えるほど、女性−若さを失いつつある、母親として妻としての 自分にリアリティが持てない−の感情を描写しているし、ゲイであるジョナサンの 苦悩もセクシャリティに去来するものというよりは、自分の人生が生きられないと 悩む全ての者に普遍的な苦悩に映る。私が一番泣いたのも、同性であるクレアや アリスよりもジョナサンにシンクロしてしまった箇所だ。 ジョナサンとボビー。さやの中の豆のような二人。お互いを半身だと感じ、愛よ りも強いなにかで結びついている二人。子どもの頃、一人は兄を、もう一人は生ま れてくるはずだった赤ん坊を失うというトラウマを背負ったこの二人は、生者の外 の世界に強い愛着を感じ、少年のような大人に成長する。この二人にクレアを加え た三人で一旦は家族と言う形態を作り上げ、レベッカという娘まで成したにもかか わらず、それは崩壊する。クレアがレベッカにしたことは、母親の本能からという よりも、利己的な遺伝子のなせる業のようにも映るし、結局はジョナサンとボビー、 二人以外は何も誰も入り込めない関係からの逃避とも言えるだろう。 そしてやはり既読の傑作『めぐりあう時間たち』に言及しないわけにはいかないだろ う。『めぐりあう時間たち』の三人の主人公のうち、ローラとクラリッサのキャラクタ ーはアリスの対極として描かれているように思える。二人目の子どもの母親になる ことを望まず、夫との結婚生活に疑問を感じつつもそこから逃れられないアリスに 対し、「自分の人生は自分のもの」という心の声に従ったローラ。一人息子に病の兆候 を感じつつ、別れ際「軽く、だがちゃんと唇に」キスをするアリス、エイズに冒された 友人リチャードの唇にキスできなかったクラリッサ。しかしカニンガムはどちらが より正しく、どちらが間違っていると主張するわけではない。どちらにもいくばく かの後悔と失われたものへの執着があり、「ふつう」の日々、「ふつう」の女性など実は あり得ないのだ、という静かなメッセージを置くにとどめている。 物語を彩る音楽も、洋楽好きな読者にはたまらないだろう。アーティスト名、曲名 を聴いてピンと来ない自分が本当にうらめしかった。『海辺のカフカ』(村上春樹著)を 読んだ時にも強く感じたことだが、映画のサントラのように、本にもコンピレーション アルバムがあればいいのに。 少年の頃、四月の冷たい水に飛び込むことで自らのセクシャリティを自覚し、同時に 人生に迷い続けたジョナサン。彼が少年の頃と同じようにまだ冷たい四月の湖に浸る ことで、自分の人生が何であったかを悟るラストには、潮が満ちるような感動を覚え る。そして、この物語を読んでいる間中どうしても頭から離れないのが、ブローク バックでのもう一つのさやの中の豆たち、イニスとジャックだ。 声に出して朗読したいほど(そして実際に朗読したほど)美しい文体、それを違和感 なく訳出した翻訳文が素晴らしい。単行本の初版発行から14年もの時を経て今この 時期、『ブロークバック・マウンテン』に出逢った後にこの名作を手に取れたことに、 心から感謝したい。 ★追記:マイケル・カニンガム脚本によって、2004年本作が映画化された。 コリン・ファレル主演、邦題『イノセント・ラブ』感想はこちら⇒ (『この世の果ての家』マイケル・カニンガム著/飛田野裕子・訳/角川書店H4年・初版、 『A Home At The End Of The World』by Michael Cunningham/1990/USA) ![]() |
「人は、一度巡りあった人と二度と別れることはできない」。これは大好きな小説
『パイロットフィッシュ』(大崎善生著)の冒頭。人間は記憶の集合体であり、過去の 記憶はすべて心の中の湖の底に沈んでいる・・。その記憶を消し去ることが出来る としたら? 怪作『マルコヴィッチの穴』の脚本家チャーリー・カウフマンと、映像作家ミシェル・ ゴンドリーが組んだ『エターナル・サンシャイン』は、人間が持つ記憶と感情の永遠 を謳い上げた心に沁み入るラブストーリーだ。 或る朝、目覚めたジョエル(ジム・キャリー)は衝動的に会社をサボリ、反対方向 行きの電車に飛び乗って海辺の町モントークへ向かう。浜辺で出逢ったのは青い髪に オレンジのパーカを来た、綺麗だけどちょっとイカれたクレメンタイン(ケイト・ウィ ンスレット)。偶然同じ街に住んでいた二人は・・・。というところでいきなり画面 が切り替わってクレジットが始まるので、狐につままれたような気分になる。それで も主演二人と、豪華な脇役たち(イライジャ・ウッド、キルスティン・ダンスト、マーク ・ラファロ、トム・ウィルキンソン!)の演技に引きつけられ、過去と現在が交錯し ながら進んでいくストーリーに引き込まれる。そしてある時点で「あ!」とばかりに プロローグの仕掛けに気付かされるのだ。なんともニクイ創り。ヤラレタ。ちょっと 『シックス・センス』みたい。(ちなみに最後までブルース・ウィルスが○○だとわから なかった自分は、バカなのかなぁ・・としばらく落ち込んだものです) ジム・キャリーは、「(イニスほどではないにしろ)退屈で面白くない男」ジョエルを 演じて魅力たっぷり。背が高くてハンサムで、ジム・キャリーってこんなにカッコ よかったんだ・・・と惚れそうだった。得意の「顔芸」も、ちょっとだけ見せてくれる。 「いつ観てもギリシャ彫刻」なケイト・ウィンスレットも、彼女のイメージとはちょっと かけ離れた、衝動的で気まぐれな女の子クレメンタインを違和感なく演じている。この 演技でオスカー候補にもなったらしい。 彼女とのナイスバディ・対決が素晴らしい(?)キルスティン・ダンストも、この作品 ではエロかわいさ爆発。そして「ケイト以上にギリシャ彫刻」なイライジャ、私はちょっと 苦手なマーク・ラファロ(彼は”Zodiac”でジェイクと競演している模様)もいい味 出している。この三人は記憶除去を専門とするラクーナ医院のスタッフという役どころ。 中でもケイト演じるクレメンタインのキャラクターに凄く共感した。二十歳前後の 自分も、彼女のように衝動的で気まぐれで、安らぎを求めては不安定になっていたも のだ。ラストでは、「ジョエルを離したらダメよ〜〜〜!」と叫び出したくなった。 彼女にと言うよりは、あの頃の自分に向かって。 ハッピーエンドというよりも、余韻の残るラスト。感動させようとか、泣かせよう とかいう製作側の意図は微塵も感じられない。でも心に沁みる沁みるラスト。 ”Everybody's got to learn sometime・・・” 観終わった時、絶対にもう一度始めから観直したくなる作品。オススメです。 ★追記:2007年2月17日:DVDを買って再見、感想はコチラ⇒★ (『エターナル・サンシャイン』監督/ミシェル・ゴンドリー、 主演/ジム・キャリー、ケイト・ウィンスレット/2004・USA) ![]() |
ジェイクが2006 MTV Movie Awardsのbest performance & best kiss賞
を受賞した模様。彼は"This is a real honor,"と語ったらしい。 MTV Movie Awardsはファン投票に基づいた賞なので、今やジェイクは人気・実力ともに トップ俳優の一人として認知されたと言っていいのだろうか。 best performanceは男優・女優の区別なく一人だけ選ばれる(Comedic performance 枠は別にあるが)。オスカー受賞したリース・ウィザースプーンを退けての受賞! ジェイク、本当におめでとう。 動画ではグレーのシャツに相変わらずの「もじゃらんこ」状態で、ラフな感じのジェイクだった。 (かなり画面がボケボケで、細かい表情などは確認できず) イニスという人について、私も自分なりに考えてみた。初見からジャックに感情移入 し、ジャック=ジェイクが大好きな私であるが、やっぱりイニスも嫌いになれない。 (ヒースはもちろん大好き)いや、むしろ、私にとっては好き/嫌い、許す/許さない、 悪い/悪くないといった「評価」を超越したところにイニスはいるような気がする。 イニスとジャックの辿った時間を考えるとき、いつも浮かぶのはイニスが初めて打 ち解けて、ジャックに自分の生い立ちを語るシーン。ロデオの話になり、ジャックが ふざけてすっ転び、イニスは言う。「親父は正しかった」 このセリフがジャックの末路を暗示しているようでもあり、イニスは自分の発したこ の言葉に縛られ続けたようでもある。幼いイニスに同性愛=死という恐怖を植え付け、 彼を抑圧し続けた父。父が死んでも、大人になってもイニスはその呪縛から解き放た れることなく、自己矛盾の無限ループが終ることはなかった、ジャックを喪うまで。 そして何度も書いているようだが、あの時代、中西部ワイオミングという土地柄で、 結婚して家庭を持ち、家族と暮らすという以外の選択肢が果たして現実的であったの かどうか。勇気を持って、ジャックとの愛を信じて行動すれば出来たはず、という 意見ももちろんあるだろう。確かにイニスは現状維持しかできない、怖がりで神経質 な「ヘタレ」野郎かもしれない。それでも私はイニスを責められない。彼がカッコイイ から?そうじゃない。彼はジャックが愛した人だから?それもある。本当の理由は、 自分の中にもイニスはいるから。自分自身にも、イニス的な部分を感じているから。 これも以前に書いたことだが、私は自分の母にさえBBMにアディクトしていると 言うのを躊躇するくらいのヘタレだ。私だってヒースが言い切ったように「自分なら ジャックと一緒に行くよ!」と言いたいと思う。でも実際は、そうはできないだろう。 恋愛期間中のことを考えても、ついつい相手に甘えてしまうところはよくわかる。 ラリーンが言うように「不公平」だと頭ではわかってはいても、相手が来てくれるの なら甘えてしまおう、という自分勝手さ。本当に好きな、大切な相手だとわかってい ながら離れてしまい、気が付いたらお互いに子持ちの家庭人になっていた、というの もよくある話かもしれない。そこで家庭を捨てられるのか?私だったらやっぱりノー、 だろう。そして一生悔やみ続けるのかもしれない、手にすることができなかった愛を。 「時々無性にお前に会いたくて堪らなくなる」と、泣きそうな声で言うジャックを観る のは確かに辛すぎる。しかし最後の逢瀬の後、ダイナーで独りアップルパイをぐじゃ ぐじゃと食べるイニスの侘しさはどうだ。彼もまたジャックへの愛と、ジャックを愛 してしまった自分への憎悪に引き裂かれ続けている。「身から出た錆」と言われても 仕方がないかもしれない。ズタボロになっても、「もうこれ以上耐えられない」と泣き つつも、それでも「11月に会おう」とハガキを出さずにいられないイニス。彼には、 結局ジャックが人生のすべてだったのだろう。 若さとともにイニスが失ったもの、それは私たちが失っていくものとイコールである。 純粋さ、夢、たったひとつの愛。それらを時に懐かしく、時に苦々しく思い出すよう に、この物語はいつまでも胸に残るのだろう。張り裂けそうな痛みを伴いながら・・。 テーマ:ブロークバック・マウンテン - ジャンル:映画 ![]() |
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