普遍的な愛の物語~『ブロークバック・マウンテン』
 夜明け、ヘッドライトの一条の光。どこまでも広大な空、山々、一本の道。
トラックから降り立つ一人のカウボーイ、イニス・デルマー

 私にとってヒース・レジャーという俳優は、全く未知といっていい。
チョコレート』は観たが印象は薄く、名前も初めて聞いた。しかし、
このファースト・シーンの彼の立ち姿にはどうしようもなく惹かれた。
初めて会った時、サイドミラー越しに彼を見つめ、既に恋に落ちていた
ジャックジェイク・ギレンホール)と同じように。

 男達が愛を求め、彷徨う純粋なラブ・ストーリーであると同時に、この
映画は愛に傷ついた妻達の物語でもある。それでも私が一度も女性の立場
からこの映画を批判する気持ちになれなかったのは、ジャックに感情移入
し、彼の視点から映画を観てしまったからだろう。

 男達は、結局男同士でつるんでいるのが一番楽しいのだろう、とずっと
昔から思っていた。狭いアパートで、妻や赤ん坊の相手をするよりも、
自然の中で男同士、素っ裸で川にダイヴするほうが楽しいに決まっている。
(このシーンだけは、女性として彼らに嫉妬していたかもしれない)

 三番目の主役であるブロークバックの大自然は、たとえようも無いほど
雄大で美しい。自然に抱かれながら愛し合うことは、彼らにとって本当の
意味で「自然」なことだったのだろう。テントで起こった最初の交わりは、
肉体に関する「衝動」には疎い自分には理解し難いことだったけれど・・・。
 イニスの前で裸にもなれず、沐浴するイニスのほうを振り向くことすら
できなかったジャックには、「肉体」の前に精神的な愛の意識があったの
だろう。一方イニスは、衝動が起こって初めて、「肉体」の後に愛に気付く。
そしてこの関係(わかっていたジャック、何かが起こって初めてわかる
イニス)は、終生続くことになる。
 それにしても、イニスを見つめるジャックの瞳の切なさはどうだろう?
若い彼らにはわからなかったのだろう、二十歳前に生まれた愛が、終生
自分達の心の居場所となることを。何を犠牲にしても、全てを捨てても
つかむべき愛があることを。私だってわからなかった

 彼らの最後の逢瀬となる場面から涙は表面張力となり、イニスがジャック
の生家を訪れる頃にはすっかり張力を無くし、嗚咽が漏れないようにハン
カチを口に当てることしかできなかった。あの夏と同じ青い色を身に付ける
ことにこだわったジャック、メキシコ行きは言えても、他の男と通じている
とは言えないジャック。ジャックが結婚していること、他の女と寝ることは
平気でも、たとえ男娼でも男と寝るジャックを「殺してやる」と言うイニス。
恋焦がれ、求め続けながらも、失うことでしか得られなかった永遠の愛

 この映画を観せてくれた全ての人に感謝したい。全身全霊で恋心を体現し
たヒースとジェイクの勇気に、脚本家ダイアナ・オサナの慧眼に、原作者
アニー・プルーの孤高の精神に。そして監督アン・リー。彼の偉業に心から、
絶賛の拍手を贈りたい。完璧

(『ブロークバック・マウンテン』監督/アン・リー、
   主演/ヒース・レジャー、ジェイク・ギレンホール、2005・USA)
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【2006/03/23 12:23】 | ブロークバック・マウンテン | トラックバック(8) | コメント(6)
これが私の生きる道~『いつか読書する日』
 一般論として、この物語は悲劇と捉えられるのだと思う。一般論として、
主人公が少し前に流行った『負け犬』という名でカテゴライズされるのと
同じ意味合いで。私もラストシーン、「なんて酷い終わり方なんだ」と思
いながら観ていた。
 しかし、大写しになった大場美奈子(田中裕子)の表情からは、否定的
なものは一切読み取れない。控えめだけれども、何かを「成し遂げた」も
のだけが作ることができる至福の笑顔がそこにある。

「生まれ育ったこの町で生きていく」15歳のときに立てた自分の未来予
想図に、忠実に生きる美奈子。独身を通し、牛乳配達とスーパーのレジ、
夜のラジオと読書が彼女の生活の全てだ。しかし、彼女は心の中に秘めた
思いを抱え、それが彼女を動かしていると言っても過言ではない。
 ある意味、これは「理想の人生」と言えるのではないだろうか? 自分
のやりたいことだけをやり、好きなものだけに囲まれている。時には興味
本位の、心無いセクハラ発言に傷つき、涙する夜もあるだろう。しかし、
それでも彼女は自分の生きる道を貫く。並大抵の意志ではない。

「平凡な人生」など無いのだというのが監督のメッセージであろう。人が
100人いれば100通りのドラマがあり、いいことばかりも無ければ悪いこと
ばかりでもない。みんなみんな、心の中には様々な思いを抱えて生きてい
るのだ。

 黙々と自転車を漕ぎ、坂道の階段を駆け上がる田中裕子の姿。それだけ
でも感嘆するが、彼女の抑えた演技は素晴らしいの一言。初めて田中裕子
という女優の魅力が理解できた気がする。仁科亜季子も負けず劣らず、驚
くべき名演技と美しさ。
 個人的には認知症の元英文学者のエピソードが少し長いのでは、と感じ
たが、キネマ旬報ベストテン第三位も納得の佳作、一人でも多くの人に観
てもらいたい作品だ。

(『いつか読書する日』監督・緒方明/主演・田中裕子、岸部一徳/2004・日本)

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【2006/03/21 01:59】 | DVD | トラックバック(2) | コメント(4)
No Border サッカーは世界と繋がる~『オシムの言葉』
 Jリーグがスタートして多くの日本人が俄かサッカーファンになった時、赤い
ユニをまとった金髪の妖精に魅せられた。ピクシー;ドラガン・ストイコビッチ
彼の半生を描いた『誇り ドラガン・ストイコビッチの軌跡』、彼を生んだユーゴ
サッカー、バルカンの歴史と現状を公平な目線で綴った『悪者見参 ユーゴ
スラビアサッカー戦記
』、そして本書が木村元彦氏のユーゴサッカー三部作
である。

 旧ユーゴスラビア。5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字を内包
する多民族融和の国がかつてあった。そしてそこは美しいサッカーと才能溢れる
タレントの宝庫でもあった。90年代の内戦を経てユーゴは解体するが、その最後を
知る元代表監督がオシムである。90年イタリアW杯、PKを外して敗れはしたが
ユーゴサッカーが、ピクシーが最も輝きを放った時の監督が、オシムなのである。
 ジェフの監督で、語録がちょっと話題の人、くらいの気持ちで読み始めたが、
すぐに5年以上前に読んだ前2作が思い出され、しばし感慨に耽る。

サッカーは世界の言語」と言われるが、私にとっては世界に繋がる窓だ。
もしサッカーというスポーツがなかったら、Jリーグがなかったら、遥か彼方
バルカンの歴史や現状に思いを馳せることがあっただろうか。たった一人の
サッカー選手に魅せられることで、多分一生訪れることもない、言葉を解する
こともない国を知ろうとする自分がいる。木村元彦というジャーナリストの
情熱によってその想いは叶えられ、ピクシーが日本を去っても彼のプレー、
彼の国への想いは私の胸に残る。

 そして今、日本にはオシムがいるのだ

 彼は強い人間だ。天性の頭脳、指導力、ユーモア。彼を作ったのがバルカンの
過酷な環境と歴史であることは皮肉だが、運命が彼を極東の地に誘い、新しい
サッカーが生まれようとしていることを喜ぶのははしたないことだろうか。
こうなったら、青いドレスのオシム・ジャパンを見てみたいと思う。それは
贅沢すぎる、しかし叶わずにはいられない夢だ。

もうすぐ、06ドイツW杯が始まる。

(『オシムの言葉―フィールドの向こうに人生が見える』2005
 『悪者見参―ユーゴスラビアサッカー戦記』2000
 『誇り―ドラガン・ストイコビッチの軌跡』1998・木村元彦著・集英社)

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【2006/03/10 02:46】 | 読書 | トラックバック(0) | コメント(3)
何は無くてもソル・ギョング~『力道山』
これは本当に韓国映画なのか」。『力道山』を観て衝撃を受けた。
セリフの90%以上は日本語、キャストも日本人がズラリ(というか主演の
ソル・ギョング以外のメインキャストは全て日本人俳優)。そして何より、
日本を描いた作品でありながら日本を批判するような表現は皆無である。
 韓国ではヒットもしなかったし、批評家にも受けは良くなかったと思われ
る。『不朽の名作』とか『今年のベストテン』と言われるような出来の作品で
もないだろう。しかし韓国でこの映画が作られたということ、それだけでも
大きな意義があるのではないだろうか。
 この映画の魅力を挙げるとすれば、「何は無くてもソル・ギョング」。
私は格闘技ファンでも、力道山全盛時代を懐かしむ年齢でもない。ただ
ソル・ギョングをスクリーンで観たいがためだけに劇場に足を運んだ。
彼は以前のインタビューで「(オファーを)断ったけれど、『お前以外に誰が
この役をやるんだ』と言われてイヤイヤ体重を増やしている」と語っていたが、
まさしく「彼にしかできない」役であろう。ファンの贔屓目抜きでも、この
作品はソル・ギョングを観るためにある。
 最初のうちは、「お、ソルさん日本語頑張ってるやん」くらいの感じだった
のが、徐々に彼の中に力道山が宿るのがわかる。
 関取時代、管野会長の気を惹こうと川の中で軍歌を唄う場面では、彼がどんな
気持ちで唄っているのかと思うと泣けてくる。しかし、レスラーとして成功し、
テレビ番組で「王将」を唄う頃には彼は完全に力道山に「成って」いた。
 彼を「演技の神に愛された」特異な俳優だと賞賛するのはたやすい。しかしその
演技の裏にある命懸けの努力、そしてそれを覆い隠してあまりある俳優としての
オーラ
に感嘆する。
格闘技場面も、半端ない迫力。ソル・ギョングにただただ拍手!! 

(『力道山』監督・ソン・ヘソン/主演・ソル・ギョング/2004・韓国)

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【2006/03/09 00:45】 | 映画 | トラックバック(3) | コメント(4)
本物の夕日の美しさ~『Always 三丁目の夕日』
 東京タワー、昭和30年代ブームの象徴とも言われる本作。予告編の段階で
涙ぐんでしまい、観たいと思っていたらあれよあれよの大ヒット。多くの観客
に支持されただけでなく、批評家筋にも評価され、先日の日本アカデミー賞で
も主演女優賞以外は独占した。まさに映画賞総ナメ状態である。
 主演の吉岡秀隆を始め出演者皆が巧く自然で、子役もかわいらしい。笑い
(「戦争も行ってないくせに!」「ロシア文学も読んだことないくせに!」)
(「俺とお前は赤の他人なんだからな」「子どもの顔が見たくない親なん
て、いるわけないじゃない?」)の群像劇である。

 スクリーンを前に、「これは本当に日本の話なのか?本当に、こんな時代が
日本にあったのか?
」とほとんど信じがたい思いだった。
 中卒で上京して就職、氷で冷やす冷蔵庫、テレビが来ると近所中の人が
集まりおしゃれして鑑賞。夢中になるのはプロレス中継。往診してくれる町の
お医者さん、三輪トラック・・・。全て21世紀の日本では消えてしまったもの
だし、私の記憶にも存在しない。しかしこの時代を生きてきた人たちにとって
は、リアリティのある映像なのだろう。
 そして、それ以上に今と違うのは夕日町の住人たちの心のあり方。彼らは
「これからどんどん日本はよくなるんだ!会社も大きくなるんだ!」という
前向きなエネルギーに満ちあふれ、未来の輝きを信じているように見える。
ラストシーンで鈴木一家が夕日の輝きを美しいと感じ、それが永遠に続くと
信じていたように。。

 どこまでが実写でどこからがVFXなのか判別不能なほど映像も素晴らしい。
しかし一番印象深く美しかったラストの夕日は本物で、「映画の神様から祝福
された感じ
」と言った監督のコメントが印象深かった。

(『Always三丁目の夕日』監督・山崎貴/主演・吉岡秀隆、堤真一/2005 日本)

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【2006/03/06 09:43】 | 映画 | トラックバック(3) | コメント(2)
真紅のthinkingdays


いつまでも青臭い映画好きでいたい。愛おしい映画と、忘れがたき本たち。ときどきカフェとか。 記事は基本的にネタバレあり。 どうぞご贔屓に♪

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