『ブレンダンとケルズの秘密』 【字幕版】

THE SECRET OF KELLS
9世紀のアイルランド。高い塀に囲まれた修道院で暮らす少年僧ブレンダンは、
「ケルズの書」 を完成させるため、インクの材料となる植物の実を探して森へ入
る。
「ケルズの書」 って知っていますか? 恥ずかしながら、私は全く知らなかった。
この映画のことも全くノーマークだったのだけど、尊敬するブロガーさんの 「観逃
し厳禁リスト」 に入っていたのでチェック。すると昨年観逃して悔しい思いをした
『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』 の監督のデビュー作で、アカデミー賞にもノミ
ネートされた作品らしいではないか! お盆休み後半、しつこい風邪はもう治った
ことにして、久しぶりのシネ・リーブルへ。
ちなみに、この日は 「リーブルで4本観る!」 と意気込んで行ったのだけど、1本目の 『ファウンダー』
がまさかの満席で撃沈(笑)。しかしグランフロントの紀伊国屋で 「ケルズの書」 関連展示があると知り、
気を取り直して向かいました。この世に本屋さんがあってよかった。
色彩と光のつづれ織りにクラクラする。スビログラフで描いたような、紋様のよ
うな曲線も素晴らしい! 字幕版で観たけれど、画に集中するために吹替えで観
てもよかったかも? と思ったほど。「世界で最も美しい本」 と呼ばれる書の物語
にふさわしい、美しい美しいアニメーション。
オオカミの妖精・アシュリンには 『千と千尋の神隠し』 のハクを思い出すし、高
い塀といえば進撃だし。アニメって、世界中の作家たちがそれぞれの作品を尊重
しながら影響を与え合っているのだなぁ、としばし感動。これ実写化するなら、ブレ
ンダンは赤毛のアイリッシュ、ドーナル・グリーソンに演じてほしいな、と思っていた
らお父さんのブレンダン・グリーソンがボイスキャストにいた(笑)。
この日観てるのは大人ばっかりだったけど、こういう映画こそ小さな子どもたちに
観て欲しい。ストーリーは理解できなくても、美しい色彩や曲線の印象はちゃんと
残るんじゃないかな。

( 『ブレンダンとケルズの秘密』 監督・原案:トム・ムーア/
VC:エヴァン・マクガイア、ブレンダン・グリーソン/2009・仏、ベルギー、アイルランド)
人を壊すもの。~『ヒメアノ~ル』

ビル清掃のアルバイト青年・岡田(濱田岳)は、先輩の安藤さん(ムロツヨシ)
から 「僕の運命の女性を紹介する」 と言われる。安藤が見染めたカフェ店員
ユカ(佐津川愛美)は、金髪の不気味な男(森田剛)に付きまとわれていた。岡田
は、その男が高校の同級生で、いじめられっ子だった森田であることに気付く。
監督の吉田恵輔、主演の森田剛とも、作品を鑑賞するのは初めて。そしてとて
も驚かされた。特に森田剛は、(J)事務所的には大丈夫だったのだろうか? と
こちらが心配になるほどの猟奇的な演技を披露している。V6といえば岡田くんや
イノッチに目が行くので、今までほとんど彼のことを意識したことがなかったのだ
が、こんなポテンシャルを持った俳優さんだったとは・・・。(J)ってホント、あなど
れない。凄い。必見。
前半のライトなラブコメ調から、後半のシリアスなバイオレンス描写の落差た
るや・・・。闇夜に森田の姿が浮かび、心を掻き乱すような音楽とともに現れる
タイトルバック。その瞬間、ああここから物語が始まるのだと、それまではアヴァ
ンタイトルだったのだと気付き、震えるような寒気を覚える。森田の佇まいには、
何をしでかすかわからないような、過去も未来もない、刹那にしか生きていない
者の 「虚無」 が取り憑いている。
破壊と快楽(バイオレンスとセックスのカットバック!)が絶え間なく映し出され、
過去が回想されるうちに、森田が何故こういう生き方をしているのか、人生を諦
めているような、絶望しているような、生きながら 「死んでいる」 ようなのかが
わかってくる。彼を壊したものが何だったのか。同情も肯定もできはしない、ただ
辛く、苦しい思いが残る。
※ 以下、ラストに触れています ※
暴虐の限りを尽くし、怪物となった森田の心を呼び覚ましたのは白い犬だった。
生まれつきの悪者など、いないと信じたい。
◆◆◇ ◆◆◇ ◆◆◇ ◆◆◇
・ムロツヨシの超音波は笑えるが、森田剛の怪演の前ではいささか分が悪い。
・佐津川愛美、ただのブリっ子じゃありません!
・濱田岳は還暦過ぎても高校生役、できるんじゃないだろうか・・・。
・近年の邦画でのリリー・フランキー枠を、大竹まことが演じている。
( 『ヒメアノ~ル』 監督・脚本:吉田恵輔/
主演:森田剛、濱田岳、佐津川愛美、ムロツヨシ/2016・日本)
『スウィート17モンスター』

THE EDGE OF SEVENTEEN
17歳の高校生ネイディーン(ヘイリー・スタインフェルド)は、口が悪くて劣等
感の塊。イケメンでスポーツ万能、「勝ち組」 な兄ダリアン(ブレイク・ジェナー)
とは犬猿の仲なのに、たった一人の親友クリスタ(ヘイリー・ルー・リチャードソ
ン)が、その兄と付き合うことになり・・・。
うちにも一人いますから。ビター17モンスターが(笑)。
思春期って、こういう感じだよね~、と思う。自意識過剰で妄想激しくて。傷
つくことに敏感で。甘えたいくせに意地張って。本音は誰にも言えなくて。しか
しこういうモンスターが家にいたら、親は大変だよね、、、ってウチにもいるわ
(爆)。
◆◇ ラストシーンに言及しています
不安なんだと思う。いつまでも子どもではいられないし、いたくもない。親に
干渉されたくはないけど、自立できるわけもない。自分は何者なのか、どんな
価値があるのかもわからず、答えは何処にもないし誰も教えてくれない。一体、
何をどうすればいい?! って。でもネイディーンにはいたんだよね、ミスター・
ブルーナー(ウディ・ハレルソン)が。正直、ウディ・ハレルソンこんな演技でき
るんだ! って驚きだった。
ダリアンが 『エブリバディ・ウォンツ・サム!!』 (最高! リンクレイター万歳!)
のルーキーで眼福♪ 彼、マット・ディロンに似てると思ったけど本作ではジェイ
ク寄りだったわ~(嬉)。
しかし、ネイディーンがクラスメイトの韓国系男子のでっかいお家を見て 「な
んや、お金持ちやん」(関西弁に意訳してます) って言うところ、最高だった(笑)。
サイバラ先生が喜びそう。そうそう女の子たち、お金は大事だよ~。
ラストシーンはネイディーンの、笑顔のクローズアップ。アイデンティティの危機
にさらされ、自己崩壊スレスレだった主人公が映画に救われるなんて・・・。
思えば自分だって、彼女と似たような高校時代を過ごしてたな。エンドロールの
間中、涙が出て仕方ない元セブンティーンなのであった。

( 『スウィート17モンスター』 監督・脚本:ケリー・フレモン・クレイグ/
主演:ヘイリー・スタインフェルド、ウディ・ハレルソン/2016・米、中)
キャプテン・ファンタスティック~『はじまりへの旅』

CAPTAIN FANTASTIC
人里離れた森の中で6人の子どもたちと自給自足で暮らすベン(ヴィゴ・モーテ
ンセン)は、入院中だった妻が自ら命を絶ったことを知る。母親の死を嘆き悲しむ
子どもたちを連れ、ベンは妻の故郷を目指すのだが・・・。
アカデミー賞主演男優賞ノミネート、カンヌ映画祭 「ある視点」 部門監督賞
受賞作。一応、ヴィゴファンですから公開初日、映画の日に鑑賞。長男ボウ(ジョ
ージ・マッケイ)が 『パレードへようこそ』 の気弱な兄ちゃんだ! と気付いて、
のっけからめっちゃテンション上がった(笑)。
どちらかと言うと、各方面大絶賛、批評家が 「五千億点」 とか公言するよう
な映画より、賛否両論ある映画のほうが好きかもしれない。この映画もそう。し
かしこの邦題では、この映画のよさが全く伝わってこない。いっそ原題そのまま
のほうがいいのでは? と思うレベルで残念。
ベンも亡くなった妻も、相当頭のよい人だったんだろうな。しかもオールマイ
ティに。芸術もスポーツも科学も、全てバランスよく子どもたちに体得させるな
んて、並大抵ではないですよ。もちろん子どもたちも皆、聡明で健康だったの
だと思う。
しかしね、、、家族以外と接触することなく育つっていうのは、やっぱり無理
があるんじゃないかと思う。スーパーでドロボウするのを 「○○を救え!」 っ
ていやいやアナタ、それ犯罪ですから(汗)。一番違和感があったのは、ベンが
子に合衆国憲法を暗唱させるところ。イタイケな幼子が、「合衆国憲法修正第何
条ハ、、、」 って気持ち悪いよ! 正気か? 「チョムスキーの誕生日を祝うなん
て、変だよ?」 って言う次男クンの気持ち、私はわかるなぁ。
その次男の反発や、長女の大怪我があり、ベンの信念も揺らぎ始める。この辺
りのヴィゴの演技がもう、素晴らしいのです・・・。子育てに悩まない親、後悔のひ
とつもしない親なんて、私はどうかと思うね。いくら自らの遺伝子を継ぐとはいえ、
子どもは自分とは違う、一人の人間なのだから。親の思い通りになんて、育てら
れるわけがない。そこに至る苦悩の表情がもう、、、素敵すぎるの! しかも柄の
シャツに真っ赤なスーツって(笑)。ヴィゴって特別な種別だよね、人類の。ヴィゴ
属的な。
最終的にこの家族は町に下りて生活することを選ぶのだけど、学ぶ場所が森か
ら学校に変わっただけ。スクールバスが到着するまでの数分間、食卓の風景を捉
えたラストショットが忘れられない余韻。上の娘ふたりが赤毛なのもナイス。色彩が
美しい映画だったな、緑に映えてね。
◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇
実は、この映画にはある衝撃を受けた。それはアカデミー賞授賞式。主演男優賞
にノミネートされて最前列に座るヴィゴの隣に、ロンゲで小太りのオッサン(失礼)
が。親しげにヴィゴの肩に手をまわして、テンション高め。そう、JBみたい。「誰?」
後で知ったらそのオッサン(失礼)、なんとヴィゴの息子さんなんだって・・・。
えええええ~??? ちょ全然似てないんですけど。。。
お~い、ヴィゴの遺伝子や~い。どこ行った?

( 『はじまりへの旅』 監督・脚本:マット・ロス/2016・USA/
主演:ヴィゴ・モーテンセン、フランク・ランジェラ、ジョージ・マッケイ)
女たちよ~『20センチュリー・ウーマン』

20TH CENTURY WOMEN
1979年、カリフォルニア州サンタバーバラ。55歳のシングルマザー、ドロシア
(アネット・ベニング)は、思春期を迎えた15歳の一人息子ジェイミー(ルーカス・
ジェイド・ズマン)と向き合うことに限界を感じていた。
初日にシネコンで鑑賞。昼の回だったのに、観客が5人だったことに衝撃(?)
を受けた。しかも全員おひとり様。確かにこの作品、ミニシアター案件ではある
と思うのだがあまりに寂しい。アカデミー賞で脚本賞にもノミネートされていたの
にね。セリフがいいし、登場人物それぞれの人生を俯瞰する構成もいい。マイク
・ミルズのフェミニズム講座、そしてTシャツ映画でもある。
母は何故、かくも息子を愛するのか? 或いは息子は何故、かくも母を想うのか。
才人マイク・ミルズの前作 『人生はビギナーズ』 はとても素敵な映画だった。
確かその年のマイベスト10にも入れたと思う。前作では父が、本作では母が描か
れている。そしてもちろん、本作も今年のベスト作の一本になりそう。
正直、、、身につまされる。私はドロシアほど(精神的にも経済的にも)自立した
女性ではない。しかし、一人息子の思春期に戸惑い、悩み、心配が尽きないと嘆
く姿は、自らを鏡で見ているようだった。
アネット・ベニング、年とったなぁ。そしてそれを全く隠さないところが潔い。売れっ
子エルちゃん。すっかり脇役界の大御所(?)となった感のビリー・クラダップ兄貴。
そして正直、あまり好きな女優ではなかったグレタ・ガーウィグが今回、赤毛でいい
感じ。キャストがいい味。
実は初めて知ったけど、マイク・ミルズってミランダ・ジュライと結婚しているんです
ね! ビックリ・・・。すごいアート系カップル。
近頃は、反抗期のない子どもが増えているらしい。ずーーーっと可愛く、聞き分け
のいいままでいてくれたら、子育ても楽だろうなぁ。息子に嫌われているんです、と
悲しがっていたら、「今はそう見えても二十歳過ぎたら、男の子は母親のことが愛お
しくなるものだよ」 と言ってもらったことがある(慰めてくれただけかもしれないけど)。
自分が死んでから、息子にこの映画のように回想してもらえたら・・・。最高だよね。

( 『20センチュリー・ウーマン』 監督・脚本:マイク・ミルズ/
主演:アネット・ベニング、ルーカス・ジェイド・ズマン/2016・USA)
あなたの人生の物語~『メッセージ』

ARRIVAL
ある日突然、巨大な未確認飛行物体が地球上の12の地点に現れる。言語学者
のルイーズ(エイミー・アダムス)は軍に請われ、理論物理学者のイアン(ジェレミー
・レナー)とともに飛行物体内部の生命体と接触を試みる。
感動に打ち震えた。ノン・ゼロサムゲーム。
ドゥニ・ヴィルヌーヴ、、、やはり彼の映画は凄い。観終わってすぐに原作(『あな
たの人生の物語』by テッド・チャン)を読んだが、この映画化は天晴れと言うしか
ない。
そう 私たちは知っている
私たちがどこから来て どこへ行くのかを
何を見 何を聴き 何を為すのかを
”Come back to me.”
Hannah.
円環。
私たちの思考、知覚は 「言語」 に規定されている。私たちの世界では、時間は
「流れてゆく」 もの。しかし彼らの世界では、時間は 「そこにある」 もの。
それでも人生に 「Yes」 と言う。
ジェレミー・レナーが、今まで観たどの映画より素敵に見えた。エイミー・アダムス、
今回は惜しかったけどいつかはオスカー、獲れますように。

( 『メッセージ』 監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ/2016・USA/
主演:エイミー・アダムス、ジェレミー・レナー)
破壊(と再生)~『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』

DEMOLITION
突然の事故で妻を亡くしたエリート銀行員のデイヴィス(ジェイク・ジレンホール)。
しかし、彼は自分に妻の死を悲しむ感情がないことに気づく。
この映画をヒースに見せたかった。
ジェイクとナオミ・ワッツ×クリス・クーパーとかもうね、、、涙腺崩壊ですよ。
ジャン=マルク・ヴァレの映画はやはりいい。どん底から這い上がる、逞しくも
繊細な主人公たち。映像は登場人物のクローズアップが多いにも関わらず、押
しつけがましさがなく、やわらかい。ノクターンで始まるサウンドトラックも最高。
思春期真っ盛り、中二病全開のクリス(ジュダ・ルイス)がかわいい。そしてこ
の映画、実は手紙の映画でもあるのだった。テキストメッセージが当たり前の
時代、手書きの文字が登場する映画は今や貴重かも。Warmest regards,
しかし相変わらず邦題は酷いですね。(個人の感想です)

( 『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』 監督:ジャン=マルク・ヴァレ/
主演:ジェイク・ジレンホール、ナオミ・ワッツ、ジェダ・ルイス/2015・USA)
『マンチェスター・バイ・ザ・シー』

MANCHESTER BY THE SEA
ボストン郊外。アパートの便利屋として世捨て人のように孤独に生きるリー
(ケイシー・アフレック)のもとへ、兄ジョー(カイル・チャンドラー)の訃報が届
く。帰郷したリーは、兄が遺した息子パトリック(ルーカス・ヘッジズ)の後見
人に、自分が指名されていることを知る。
マンチェスター・バイ・ザ・シーは、マサチューセッツ州の北岸に実在する
港町。5月13日、公開初日に鑑賞。
”ケイシー、ケイシー、ケイシー・アフレック”. (by ケネス・ロナーガン)
『ムーンライト』 よりも 『ラ・ラ・ランド』 贔屓の私だけれど、今はこの作品
がアカデミー賞作品賞でもよかったのでは? と思っている。小さな、しかし
美しい港町の海と空が、いつまでも胸に残る名作。思い返すだけで、涙が溢
れてくる。
◆◇ ラストシーンに言及しています
今までずっと、なぜ芸術作品には 「死」 を扱ったものがこれほど多いのか、
自分は理解できていなかったと思う。しかし、今ならわかる。人は、ごく身近な
愛する者の死を受け入れ難く、「なぜ?」 と自問し続けずにはいられない。答
えなどないとわかっていても。だから非日常であり、現実ではない芸術に、救
いや共感や、癒しを求めるのだと。(これは 「芸術」 を 「宗教」 と言い換える
こともできるだろう。私は映画という芸術を 「信仰」 しているのかもしれない)
”I can't beat it. I can't beat it.”
終盤、リーが絞り出すこのセリフはある意味衝撃であり、救いであり、真理で
あると思う。乗り越えられない、、乗り越えられるわけがない! それでも時は
流れ、人生は続く。「死なないで!」 リーの元妻ランディ(ミシェル・ウィリアムズ)
の慟哭。そう、生きていてくれるだけでいい。
永遠の弟キャラ、ケイシー・アフレック。本作のキャストは全て素晴らしいと感
じたが、特にケイシーは各演技賞総なめも納得の演技。しかしオスカー授賞セ
レモニーで、なぜか微妙な会場の雰囲気を感じてしまった。そしてそれが、彼が
過去に起こしたスキャンダルが原因であることを知るのに、さほど時間はかから
なかった。
この映画が描いている通り、「起きてしまったこと」 を 「なかったこと」 にする
ことはできない。人生には乗り越えられない悲劇も、生涯背負わなければならな
い過ちもあるだろう。全ての俳優が、善良で模範的な社会人であるべき、とは必
ずしも思わない。それでもケイシーには、自分が数々の栄誉にふさわしい人間
であると、これからの人生と、その演技で示してほしいと思う。

( 『マンチェスター・バイ・ザ・シー』 監督・脚本:ケネス・ロナーガン/
主演:ケイシー・アフレック、ミシェル・ウィリアムズ、ルーカス・ヘッジズ/2016・USA)
Hello, stranger/Happy Together ~『ムーンライト』

MOONLIGHT
"In moonlight, black boys look blue".
マイアミの貧困地区に暮らすシャロン(トレヴァンテ・ローズ、アシュトン・サン
ダーズ、アレックス・ヒバート)は麻薬中毒の母(ナオミ・ハリス)に育児放棄され、
学校ではいじめられていた。学校帰りに逃げ込んだ廃屋で、シャロンはドラッグ
・ディーラーのフアン(マハーシャラ・アリ)に助けられる。
第89回アカデミー賞作品賞受賞作。公開日翌日に鑑賞。美しく切ない映画で
ある。あまりにも純情な初恋を描いた映画である。地味ながら、タブーに切り込
んだ勇敢な映画でもある。しかし、私が観た直後の感想はこうだ。
「こ、これは・・・。あまりにも、あまりにも 『ブエノスアイレス』 じゃないか!」
バリー・ジェンキンズ監督自身がウォン・カーウァイの影響を公言しているらし
いが、正直 「これがオスカーなら、王家衛は3、4本オスカー像手にしてないと
おかしくない?」 と思った。エンドロールの曲も、いっそ「Happy Together」
にすればよかったのに、とか。実際、観終わってしばらく私の頭の中では、あの
曲がグルグル回っていた。もちろん、フランク・ザッパで。
Imagine me and you,
I do,
I think about you day and night
It's only right,
To think about the boy you love
And hold him tight,
So happy together…
まぁウォン・カーウァイはカンヌに愛されていたから、アカデミーにはスルーさ
れていたのだろうけれど。単にマーケティングの問題なのだろうというのは重々、
わかっているけれども。
短い出演時間ながら、マハーシャラ・アリの存在感はこの作品に最後まで深い
余韻を残す。授賞式での紳士的な佇まいにはときめいた。しかしそれでも、作品
賞は 『ラ・ラ・ランド』 に授けてほしかったなぁ。

( 『ムーンライト』 監督・脚本:バリー・ジェンキンズ/2016・USA/
主演:トレヴァンテ・ローズ、アシュトン・サンダーズ、アレックス・ヒバート、
マハーシャラ・アリ、ジャネール・モネイ、ナオミ・ハリス)
夢追い人~『ラ・ラ・ランド』

LA LA LAND
LAで女優を目指し、オーディションを受け続けるウェイトレスのミア(エマ・
ストーン)は、ピアノマンのセブ(ライアン・ゴズリング)と出逢う。彼は 「瀕死
の」 ジャズを愛し、好きな時に、好きな曲を、好きなように演奏できる自分の
店を開くという夢を持っていた。
公開日翌日に1回目、観た直後に買ったサントラを聴き込んで、2週間後に
IMAXで2回目。そして5月の終わり、ムーブオーバーしたミニシアターで3回
目を鑑賞。ブログを始めてから、映画館で3回以上観た映画は必ず年間マイ
ベストワンになっている。だから今年も本作がベスト1はほぼ確定ですね(笑)。
理由は、、、
この映画最高じゃないですか? はっきり言って。
冒頭、ハイウェイのミュージカルシーンで心掴まれ、ある意味古典的なストー
リーに 「夢を見ていた」。季節は流れ、ミアの 「オーディション」 から 「もし
も、あの時・・・」 な終盤、二人が視線を交わす無言のラストシーンまで、もう
滂沱の涙。「これは私の映画だな」 って。
2回目を観た後、なかなか3回目が観られなかったのですが、一番発見があ
った、というかシミジミ映画を味わえたのはやはり3回目でした。予告終わりに
スクリーンがシネスコサイズにガガ~って変わったことにもう、既に感動してた
もんね。さすがシネマート心斎橋さん! シネコンでは、今はもうスクリーンカー
テンを動かさないからね。。
初見時、エンドロールに”Japanese Folk song by Rentarou Taki”
の文字を見つけて 「えええええ~~、ど、どこに??」 と驚いたのですが、
3回目でようやくわかった!(遅) 耳の良い方は初見でおわかりになると思
います。ライトハウスでテーブルに着くとき、ミアが指輪をテーブルに落とし、
セブがキャッチしてそのまま演技を続けている、っていうのも確認できた。
あと、ミアの働くコーヒーショップのクレーマー(グルテンフリー?)が監督の
彼女だ、ってのも(笑)。
この映画のストーリーをなぞるように昇りつめた感のあるエマ・ストーンです
が、彼女の成功はライアン・ゴズリングがいてこそ、なんだよね、ゴズりんって、
本当に共演した女優さんを輝かせる。3回目の鑑賞では、ゴズりんがスクリーン
から飛び出してきて 「君、何度も観てるけどそんなにこの映画が好きなの?」
って話しかけてくるかと。。気分は 『カイロの紫のバラ』 のヒロインよ(笑)。
しかしこの映画、絶賛ばかりでなくかなり否定的意見もありますよね。うちの
母も 「物足りない」 ってLINEしてくるし・・・(汗)。特に、映画をたくさん観てい
る方に否定的意見が多い気がする。確かに青臭いミュージカルではあると思う。
しかし、あの若い監督デイミアン・チャゼルの 「こういう映画を作りたいんだ!」
っていう俺様猪突猛進な情熱を、ストレートに受け止めたいと私は思う。
万感胸に迫るラストは悲恋物語のようでいて、実は極上の 「ハッピー・エン
ディング」 なのかもしれない。人生のひと時、ともに生きた男女が歩む 「それ
ぞれの道」。それは確かに、二人で見た夢の続き・・・。

( 『ラ・ラ・ランド』 監督・脚本:デイミアン・チャゼル/
主演:ライアン・ゴズリング、エマ・ストーン/2016・USA)
『牯嶺街少年殺人事件』

A BRIGHTER SUMMER DAY
1960年代初頭の台北。本省人と外省人はそれぞれにコミュニティを形成し、
子どもたちはそんな大人社会の微妙な空気を感じ取りながら成長していた。
建国中学昼間部の受験に失敗した小四(張震チャン・チェン)は夜間部に入学し、
小明(楊静怡リサ・ヤン)と出逢う。
長らくDVD化も再上映もされなかった 「伝説の映画」 を、4Kレストア・デジ
タルリマスター、3間56分版にて劇場鑑賞。恋焦がれた作品を観られる高揚感
はありつつも、約4時間というランタイムに多少身構えていたが、全く長さは感
じなかった。敢えて前知識はほとんど入れず、ネタバレの類も一切スルーして
鑑賞したためか、衝撃的な終盤の展開に混乱し、しばし感情の整理が難しかっ
た。唯一無二、傑作中の大傑作と言われ続けてきた本作は、今回の再上映で
その評価をますます揺るぎないものにするのだと思う。私にとっても、生涯ベスト
の一本となった。
◆◇ 以下、内容とラストに言及しています
闇に明りが灯るファーストシーンから、この映画は一貫して 「光と闇の拮抗」
を描いている。光と闇、昼間部と夜間部、富める者と貧しい者。懐中電灯をお守り
のように手にする小四は、闇に必死で抗いながら生きるが、最後の最後で光を手
放し、闇の中へ堕ちてしまう。
小四を演じ、本作で銀幕デビューした張震チャン・チェンは、初登場シーンから
ただならぬオーラを放つ。隠しようのない膝の長さと腰の高さ、小さな顔。声には
幼さが残るものの、眉間に寄る皺は40歳になった今と変わらない。思春期に本名
で実在の役、しかも非常に特異な役柄を演じた彼に、アイデンティティの危機は無
かったのだろうか。「僕が君を守るよ!」 という小四の叫びには、『リリィ・シュシュ
のすべて』 や 『高校教師』 を思い浮かべてしまった。しかしこの映画、一体どれ
ほどのフォロワーを生んだことだろう。
どちらかといえば大人しく、成績も家族仲もよかった 「普通」 の少年。恋した
少女の不遇を嘆き、世の不平等、不公平を嘆いたやさしい彼が、一瞬、磔にされ
たイエス・キリストのように映るシーンがある。彼は自らを犠牲にしてでも、少女を
救いたかった。彼は決して小明を傷つけるつもりなどなかった。なのに、なぜ?
私にはわからない。終盤、それまでほとんど登場しなかった信心深い次姉が小四
と関わり始めることが、鍵のような気がするのだけれど・・・。
今は亡き監督、楊徳昌エドワード・ヤン。彼が一体どんな思いで、ラストシーンに
至る小四を撮ったのか聞いてみたい。監督は、自らを小四に投影しているに違い
ないから。
もし、私がこの映画を25年前に観ることができていたならば、何をどう感じただ
ろう? 多分、次々に男を渡り歩いているように見える小明を、好きにはなれなか
ったと思う。しかし、今ならばわかる。彼女が生きてゆくためには、そうするしかな
かったのだということが。裕福な小馬の広い邸で、銃を手に無邪気に笑う小明を
見つめながら、私は理解した。この子はきっと、次は小馬の下へ行くのだろうと。
それは正しいことではないのかもしれない、しかし許されるべきことだと、今の私
ならわかる。
子どもらしく、無邪気に恋することよりも、早く大人になることを求められた少女。
そして25年前ならば、これほどラストシーンに胸を締め付けられることもなかった
だろう。「89086」 と胸元に刺繍されたシャツを、じっと見つめる小四の母。日常的
な風景の中で、動かず、物言わぬその背中から溢れる絶対的な悲しみに、ただ涙
するしかなかった。
台北の緑風、遠景からぼんやりと浮かび上がる2台の自転車。活き活きと描かれ
る脇役の少年少女たち。アーチ型の窓から差し込む陽光、日本家屋。私の大好き
な台湾映画は、全てこの映画と地続きなのだ。光と闇、それはまさしく 「映画その
もの」 であり、私は確信した。渇望され続けたこの映画こそが、「真の映画」 なの
だと。

( 『牯嶺街少年殺人事件』 監督・共同脚本:楊徳昌エドワード・ヤン/
主演:張震チャン・チェン、楊静怡リサ・ヤン/1991・台湾)
テーマ : ☆.。.:*・゚中国・香港・台湾映画゚・*:.。.☆
ジャンル : 映画
The shape of voice 『聲の形』

アニメばかり観ているわけではないのですが・・・。ちなみに京アニ初めて観ました。
これも必見の作品です。原作は未読、しかし昨年の漫画賞受賞のニュースはチェックしていました。
友だちとは?
自己顕示欲と自己嫌悪。
トラウマ。
贖罪。
学校という場所にいたことがある人、つまり全てのひとに刺さる部分がある作品だと思います。
公開週の全国週末興行成績は、『君の名は。』とワンツー。
安易には描けない、重いテーマの作品です。そしてそういう作品に、多くの若い人たちが詰め掛けたことに、希望を感じました。
ちなみに、私の左隣は小学生(低学年)の女の子がひとりで観に来ていました。
同じくひとりで来て、泣きじゃくっている 「隣のおばさん」 に、何度も視線を寄越していました(笑)。
YOUR NAME.
2016-08-31 :
映画 :
破壊の申し子~『ディストラクション・ベイビーズ』

松山市西部の港町・三津浜。そこでケンカに明け暮れていた泰良(柳楽優弥)
は、ある日突然姿を消す。弟の将太(村上虹郎)は兄を探して、松山の繁華街へ
と向かう。
「楽しければええけん」
街を彷徨い、とり憑かれたように殴り殴られ、血を流しても、倒れても何度で
も喧嘩を吹っ掛ける。そこには大義名分どころか、言葉も理由もない。ただ殴り、
ただ殴られるだけ。そんな怪物のような男と、その男に魅入られた少年。理解を
超えた 「暴力」 の凄まじさと、人間の業について否応なく考えさせられる作品。
過激で不気味な主人公を、ほとんどセリフのない柳楽優弥が怪演し、その主人
公の威を借って粗暴な行動をエスカレートさせてゆく高校生・裕也を菅田将暉が
演じている。彼らの犯罪に巻き込まれるキャバ嬢・那奈を小松菜奈。女優開眼
かな。身寄りのない兄弟を引き取り、住まわせていた男を演じたでんでんも貫禄
たっぷり。他に池松壮亮の顔も。豪華キャストを束ねた監督は真利子哲也。
「あんた、スゲエな! 俺と面白いことしようや」

不協和音とともに始まるオープニングは、不快で不穏な物語を予感させる。
『ブラタモリ』 にも登場した渡しが今も残る、田舎の小さな港町。松山は、四国
の中でも瀬戸内側の温暖な風土で、太平洋に面した高知や徳島よりも穏やか
な印象がある。どちらかと言えば、小説 『坊ちゃん』 や 『坂の上の雲』、俳句
甲子園など、文学的なイメージが強い。その街で、真利子監督が強烈なバイオ
レンスを感じ取り、この映画を全編オールロケで撮った、というのはとても興味
深い。もしかしたら、私が感じている 「イメージ」 とは、対外的に 「造られた」
ものなのかもしれない。
本作を語る評の多くが、「衝動」 という言葉を使っていることに、私は違和感
を覚える。衝動? 登場人物たちは、全くの本能のみで動いているように見え
た。理解不能な、破壊の申し子たち。彼らを肯定はできないけれど、この映画
を否定することはできない。

むき出しの暴力を描きながら、性的な暴力表現は避けているところに、監督
の青さや善性があるようで、私は好感する。観る人を選ぶ映画ではあるけれど、
観る価値のある映画だと、私は思う。
( 『ディストラクション・ベイビーズ』 監督・共同脚本:真利子哲也/
主演:柳楽優弥、菅田将暉、小松菜奈、村上虹郎/2016・日本)
テーマ : この映画がすごい!!
ジャンル : 映画
予言~『マクベス』

MACBETH
中世スコットランド。グラミスの領主マクベス(マイケル・ファスベンダー)
は内戦に勝利し、魔女から 「スコットランドの王になる」 と予言を授けられ
る。マクベス夫人(マリオン・コティヤール)は夫の王位獲得のため、ダンカン
王暗殺を夫に迫る。
四大悲劇のひとつ、ウィリアム・シェイクスピアの同名戯曲の映画化。マイ
ケル・ファスベンダー&マリオン・コティヤールがマクベス夫妻を演じると知
り、ずっと楽しみにしていた作品。しかし、公開日前日に演出家・蜷川幸雄氏
が亡くなり、悲しい気持ちを引きずっての鑑賞となってしまった。氏のご冥福
をお祈りします。

この世とあの世の境目があいまいで、亡霊や魔女の存在が当たり前に描か
れるシェイクスピアの幻想的世界。荒涼たるスコットランドの大地に描き出され
た映像が素晴らしい。あまりにも有名な、文学的なセリフを語るファッシーとマ
リオンにゾクゾクする。フランス人であるマリオン・コティヤールの英語ってどう
なんだろう? 完璧なんだろうな。マクベスの戦友バンクォーを演じたのはパデ
ィ・コンシダイン。大好きな映画 『思秋期』 の監督でもある彼には、また映画
を撮ってほしいと思う。
予言にとり憑かれ、狂気に苛まれるマクベスと、常軌を逸してゆく夫に為す
すべもない妻。血の色の赤に染まる大地と空、頂点に上り詰めた瞬間、二人
の終わりは始まっていた。

ところでこの映画の監督ジャスティン・カーゼルと、主演の二人は 『アサ
シン クリード』 で再タッグを組むらしい! ゲームの実写映画化ってなか
なかのチャレンジだと思うけど、期待しています♪
( 『マクベス』 監督:ジャスティン・カーゼル/2015・英、仏、米/
主演:マイケル・ファスベンダー、マリオン・コティヤール)
映画万歳!~『ヘイル、シーザー!』

HAIL, CAESAR
1950年代のハリウッド。エディ・マニックス(ジョシュ・ブローリン)は、映画撮影
スタジオで起こる様々な揉め事や困り事を調停するフィクサーとして、多忙な日
々を送っていた。ある日、大作映画 「ヘイル、シーザー!」 の撮影中、主演
俳優のベアード・ウィットロック(ジョージ・クルーニー)が誘拐される。早速解決
に乗り出すマニックスだったが、彼はそのマネジメント能力を買われ、ロッキード
社にヘッドハンティングされていた。
今やハリウッドを代表する巨匠となり、撮りたい映画を潤沢な予算で撮ること
ができるコーエン兄弟が、その映画愛を爆発させている 「だけ」 に見える映画。
だからこそ素晴らしい。原題は、映画内映画のタイトルのひとつ。光で綴られた
永遠の物語について。

煌めくスターたち--ジョシュ・ブローリン、ジョージ・クルーニー、レイフ・ファ
インズ、ジョナ・ヒル、スカーレット・ヨハンソン、フランシス・マクドーマンド、ティ
ルダ・スウィントン--を観ているだけで楽しい。SWのスピンオフで若き日の
ハン・ソロを演じるらしいオールデン・エアエンライクの身体能力には注目だし、
マジック・マイクでポパイみたいなセイラーマン、チャニング・テイタムも最高に
楽しい! みんな、コーエン兄弟に声を掛けられたらもう、二つ返事で出演OK
するんだろうな、なんて思いながら。ウディ・アレンの映画で印象に残っていた
アリソン・ピルも出ていたな~、彼女がジョシュ・ブローリンの妻、ってちょっと
年下過ぎるでしょとは思ったけど(笑)。

お金や安定のためだけじゃなく、苦労は多くても映画にまつわる仕事に魅せら
れているマニックスが素敵。彼の秘書になりたい私なのだった。



( 『ヘイル、シーザー!』 2016・英、米、日本/
監督・製作・脚本・編集:ジョエル&イーサン・コーエン/
主演:ジョシュ・ブローリン、ジョージ・クルーニー、オールデン・エアエンライク)
キャプテン VS.社長~『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』

CAPTAIN AMERICA: CIVIL WAR
「地球最強軍団」 としてスーパーヒーローたちが結集していたアベンジャー
ズ。しかし彼らは人類の危機を救う反面、闘いの中で多大な被害を出してい
ることが問題視され始める。
前作 『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』 が自分としては今ひ
とつだったので、アベンジャーズとは決別しようと 『アベンジャーズ/エイジ・
オブ・ウルトロン』 は観ていない。しかし、本作(タイトル、何故キャプテン・ア
メリカがシビル・ウォーの後ろなんだろう?)はやたら評判がいいので、結局
観てしまった。いやこれ、今までのシリーズ、もちろんアベンジャーズも含め
の中で、一番わかりやすくて面白かったんじゃないだろうか? AOUを観て
いないので、ヴィジョン(ポール・ベタニー)が何者かとか、細かい部分はわか
らなかったけども。

「街を救うはずが、逆に街を破壊している」 っていう矛盾は、『バットマン vs
スーパーマン ジャスティスの誕生』 と同じ。これはスーパーヒーローが抱え
る宿業ですね。国連の監視下に置かれることを受け入れるトニー/アイアン
マン(ロバート・ダウニー・Jr)と、拒むスティーブ/キャプテン・アメリカ(クリス
・エヴァンス)。それぞれ、スパイダーマン(トム・ホランド!)とアントマン(ポー
ル・ラッド)という助っ人を得ての大バトル。ソーとハルクがいないのは、やっぱ
りちょっと寂しいかな。ウィンター・ソルジャー(セバスチャン・スタン)、最近観
た、何かで観た、、と思ったら、『幸せをつかむ歌』 でメリルの長男を演じてい
た彼だった。

しかし、これはまだまだシリーズ続くよね。まずは 『スパイダーマン』 です
か。アンドリュー・ガーフィールドのアメイジング版が打ち切られたのはブー
イングだったけど、トム・ホランド君は大歓迎。若返ったメイおばさん(マリサ・
トメイ)に期待(笑)。
( 『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』 監督:アンソニー&ジョー・ルッソ/
主演:クリス・エヴァンス、ロバート・ダウニー・Jr/2016・米、独)
動物たちの国~『ズートピア』 【字幕版】

ZOOTOPIA
頑張り屋のウサギのジュディは、動物たちの楽園 「ズートピア」 で警察官
になるという夢を叶える。しかし彼女にあてがわれたのは駐車違反の切符切
り係。街に出た彼女は詐欺師のキツネ、ニック・ワイルドと出逢う。
本国でも日本でも大ヒット中のディズニーの新作。なんとかチケットを取り、
字幕版で鑑賞。アニメ映画を吹替えで観ることにあまり抵抗はないが、それ
は選択肢がほぼ無いから。選べるならオリジナル音声で観たいですよね?
上映館も上映時間(一日一回とか)も限られているため、GWは満席続出。
なんとかチケットを入手して劇場へ!
併映短編がなく、いきなり本編が始まるので 「あれ?」 と思ってしまった
けれど、これは 「ディズニー」 映画なんですね。ピクサーじゃないんだなぁ。

もう、本当に心から 「素晴らしい! オススメ!」 って言える映画でした。
アニメは子ども向け、と考えて観ない方も多いと思うけど、下手したら実写映
画より断然クオリティも高いし、感情移入できるし、心揺さぶられる作品にな
っていると思う。監督が、大・大・大好きだった 『塔の上のラプンツェル』 の
バイロン・ハワードと、 『シュガー・ラッシュ』 のリッチ・ムーアのコンビなの
ですね。それは納得です。
ボイスキャストは、キツネのニック・ワイルドを演じたジェイソン・ベイトマン
が巧い! 巧過ぎる! 日本で言うと故・山田康雄さんや、山寺さんレベル
ですよ! 声でわかったのはJ・K・シモンズだけだったけど、変にハリウッド
スターが吹き替えてないほうがいいのかも。エンドロールがちょっと愛想が
なかったことだけが心残り。

ナマケモノの言動に大笑いしつつ、人間の
や偏見、共存について考えさせられもする映画。必見ですね。
( 『ズートピア』 監督:バイロン・ハワード&リッチ・ムーア/2016・USA)
大暴走~『COP CAR/コップ・カー』

COP CAR
コロラドの大平原。家出した二人の少年、やんちゃなトラヴィス(ジェームズ・
フリードソン=ジャクソン)と慎重なハリソン(ヘイズ・ウェルフォード)は、放置
されたCOP CAR、パトカーを見つける。それが悪徳保安官(ケヴィン・ベーコ
ン)の車だとも知らず、キーを見つけ走らせてしまう二人だったが・・・。
「悪いほう」 のケヴィン・ベーコンと、悪ガキ二人が大暴走するサスペンス・
カーアクション。製作総指揮も兼ねた主演のケヴィン以外はスターもいない、
低予算のB級映画。しかし90分弱という尺で、ハラハラドキドキが駆け抜ける
演出は見事。保安官と無線で応答する女性が、ケヴィンの妻キーラ・セジウィ
ックとは! ホントに素敵なご夫婦だな~。

しかし、ケヴィン・ベーコンの若々しさよ・・・。50代後半とは思えない、引き締ま
った肉体。昔から彼の印象がほとんど変わらないのは、体型が変わらないせい
だと思う(顔も変わらないけど)。演じる役の幅も大きいし、コンスタントに出演作
が続くのは本人の努力のたまものだろう。素晴らしい俳優さんです。
子役二人も巧い。やんちゃで小憎らしいトラヴィスが、後半本気でビビって泣
きそうな表情なんて、もう最高。非常食を隠し持つような慎重なハリソンと彼が、
後半は立場が逆転するのも面白い。運転は 「マリオカートで憶えた」 なんて、
任天堂、やるな!

軽い気持ちで起こした行動が、とんでもない事態を招くことだってある。自由
には責任と、時には代償を伴うこと。悪ガキふたりは十分、思い知らされたと
思うから、間に合うといいけれど。
あの空と雲、あの平原、どこまでも続く道路。アメリカ中西部の風景だなぁ、
としみじみ思う。トラヴィスって名前で、思わず 『パリ、テキイサス』 を連想
したり。
( 『COP CAR/コップ・カー』
監督・製作・共同脚本:ジョン・ワッツ/主演:ケヴィン・ベーコン/2015・USA)
受難/寛容/再生~『孤独のススメ』

MATTERHORN
オランダの小さな村で独り暮らすフレッド(トン・カス)は、バッハを聴き、毎日
定刻に食事し、日曜には教会に行く。いかにも厳格で堅物な彼のところに、
テオ(ルネ・ファント・ホフ)という謎の男がやってくる・・・。
「演奏は難しくはない。しかるべき時に、しかるべき鍵盤を叩きさえすればいいのだ」
(ヨハン・ゼバスティアン・バッハ) いやいやバッハさん、そんな簡単に言われても・・・。
合作でないオランダ映画、って初めて観たかもしれない。劇場で見かけた
(カウリスマキっぽい)フライヤーは気になっていたが、ある方のTwitterで
のオススメを読んでGWに鑑賞。原題は「マッターホルン」。邦題とは真逆の、
人生における受難と寛容、再生の物語。オススメ!

食事の前には必ず祈りを捧げ、壁の写真を見上げるフレッド。そこには、
美しい妻とまだ幼い息子がいる。妻は事故死し、息子は家を出たらしい。
椅子にきちんと腰かけ、マタイ受難曲を再生しているテープには 「ヨハン
8歳」 という文字が読みとれる。 「息子は天使の声を持っていた」
氏素性はおろか、言葉もろくに発しないテオを家に招き入れたフレッドは、
寂しかったのだろうか。テオの身なりを整えてやり、「善きサマリア人だな」
と嫌味を言われながらも、教会に連れて行く。テオにサッカーを教え、テー
ブルマナーを教え、エコバッグ(かわいい!)を持ってバスに乗り、スーパー
マーケットへお買い物に行く。子どもたちを前に余興を披露するふたり。
しかし、小さく閉鎖的な村で、人々は二人を好奇の眼差しで見ていた。「ソ
ドムとゴモラ」。

フレッドとテオ、それぞれの事情が徐々に明らかになり、フレッドが抱え
ていた苦しみは 「This is My Life」 の歌声と共に解放される。テオは
天使ではない。しかし彼と出逢い、フレッドは宗教も世間体も超えて、人を
愛することを理解したのだ。ありのままに、心に従えばいいのだと。これも
また、父と息子の物語だといえるだろう。
しかしこの邦題は一体・・・。意味不明。酷過ぎる。
( 『孤独のススメ』 監督・脚本:ディーデリク・エビンゲ/
主演:トン・カス、ルネ・ファント・ホフ/2013・オランダ)
青木ヶ原樹海~『追憶の森』

THE SEA OF TREES
アメリカから片道切符で日本にやってきたアーサー(マシュー・マコノヒー)
は、富士山麓の青木ヶ原樹海にやってくる。そこで彼は、満身創痍で道に迷
い、助けを求めるナカムラ・タクミと名乗る男(渡辺謙)と出逢い、森の出口を
探して行動を共にするのだが・・・。
カンヌ映画祭で悪評が立ち、本国アメリカでは公開日が未定だという本作。
しかしガス・ヴァン・サントは好きな監督だし、主演がマシュー・マコノヒーなら
ばそんなに酷い代物にはなるはずがない、と信じて鑑賞。う~ん、私は観た
映画の点数は付けないけれど、10点満点で5点という感じかな。嫌いではな
いけどオススメもしない。敢えて言うなら、ちょっと 「弱い」 作品ですね。

樹海で彷徨うアーサーは、過ぎた日々を回想する。アルコール依存症の妻
ジョーン(ナオミ・ワッツ)は、酔っては夫を罵倒していた。大学教師のアーサー
に対し、稼ぎが悪い、アカデミックな仕事? 年収2万ドルのくせにふざけんな
よ、と。何この奥さん? と眉をひそめて観ていると、実は彼女の怒りはお金
の問題ではなく、アーサーの過去の浮気が元凶なのだとわかってくる。
私がこの作品を 「弱い」 と感じた理由はいろいろある。ジョーンの病気が
発覚した途端、瞬く間に修復する夫婦関係。生徒たちに慕われ、やりがいの
ある仕事を放棄してまで、アーサーは死のうとするだろうか? 妻の好きな季
節や、好きな色を知らなかったというだけの理由で? しかもネットでたまたま
見つけた、遥か遠くの日本まで来て。更に困ったことに、アーサーは樹海でナ
カムラ・タクミに出逢った瞬間、死ぬ気が失せているように見える。登場人物
の行動の動機が弱く、観ていてあまり居心地がよくないのだ。

ナカムラ・タクミが 「煉獄」 だと言う青木ヶ原樹海。自殺が多いとは知っ
ていたけれど、あんな風に遺体が放置されている様はショッキングだった。
人は死んでも、愛する人の側にいる--。映画で伝えたいメッセージと、
自死を選んだ人々とのギャップを感じて、少しやるせない。
( 『追憶の森』 監督:ガス・ヴァン・サント/2015・USA/
主演:マシュー・マコノヒー、渡辺謙、ナオミ・ワッツ)
闇にさす光~『スポットライト 世紀のスクープ』

SPOTLIGHT
2001年。ウォルター・ロビー(マイケル・キートン)をリーダーとするボストン
・グローブ紙の調査報道特集「スポットライト」チームは、新任の編集局長マ
ーティ・バロン(リーヴ・シュレイバー)から、カソリック神父による少年らへの
性的虐待事件を追うよう命ぜられる。
第88回アカデミー賞において、作品賞と脚本賞を受賞した実話ドラマ。新
聞記者が主人公のこの地味な作品がオスカーを受賞したことは驚きであり、
また素晴らしくもある。トム・マッカーシー監督の、誠実に真実を描こうとする
姿勢、適材適所のアンサンブルキャスト。隠匿されてきた悲劇を地道に調査
し、伝えようとしたこのチームそのもののような佳作。

キャストが物凄くよかった。特にマイケル・キートン。オスカー寸前まで行っ
た 『バードマン』 よりいい演技だったんじゃないかなぁ。有名人の成り切
りじゃなく、こういった市井の人の演技がもうちょっと評価されてもいいので
は、と個人的には思う。ロビーの表情の奥に、ずっと隠されていた 「事実」
が明かされる終幕の、なんとも言えない苦味。ただの成功譚に終わらせな
いところが好感度大。
ユダヤ人の新参者を演じたリーヴ・シュレイバーも、今まで観てきた作品
の中では一番印象的だったかも。彼はどうしても 「ナオミ・ワッツの旦那」
っていうイメージがあるのだが、本作では観たことのない貌をしていた。虐
待を暴く記事が掲載された日曜の朝、オフィスに向かうロビーとマイク(マ
ーク・ラファロ)の先に、既に出勤している局長が遠景で映し出されている
場面は感動モノ。紅一点のレイチェル・マクアダムスと、チーム内で恋愛要
素が正真正銘ゼロ、なのもイイ!

カソリック教会全体を 「システム」 と呼ぶ記者たち。小説 『ノルウェイの森』
で永沢の言ったシステムという言葉の意味が、この映画を観てやっと腑に落ち
た気がした。
それが正しいことなのかわからないまま、闇の中を歩いていると突然光がさす。
仕事っていいな、と改めて思う。ジャーナリズムという仕事が大好きな新聞記者
たち。働きマン万歳! 私もがんばろう、と思うのだった。
( 『スポットライト 世紀のスクープ』 監督・共同脚本:トム・マッカーシー/
主演:マーク・ラファロ、マイケル・キートン、レイチェル・マクアダムス/2015・米、加)
若さ~『グランドフィナーレ』

YOUTH
世界的な英国人音楽家フレッド・バリンジャー(マイケル・ケイン)は、表舞台
から引退し、スイスアルプスの高級リゾートで悠々自適な日々を送っていた。
そんな彼のもとに、英国女王の使者が訪れる。代表曲を指揮して欲しいという
女王たっての依頼を、フレッドは頑なに固辞するのだったが・・・。
パオロ・ソレンティーノ監督の前作 『グレート・ビューティー/追憶のローマ』
は評判がよかったにも関わらず観逃してしまったので、この映画は是非とも観
たかった。スイスアルプスのリゾートホテルを舞台に、肉体は老いても枯れない、
「若さ」 についての物語。マイケル・ケインが見事なハマり役。

マイケル・ケインとハーヴェイ・カイテルの2ショットは初めて観た気がするが、
意外としっくり来ていたと思う。引退を公言し、表舞台から退こうとしているフレ
ッドに対し、ハーヴェイ・カイテル演じる脚本家ミック・ボイルは現役にこだわり、
若い弟子たちを従えて新作の執筆に集中している。その創作意欲は衰えるこ
とが無いように映る。対照的な生き方を選んでいるふたり。
彼らと同宿しているハリウッド俳優ジミーを演じるポール・ダノがまた、全く引
かずに自分の演技を展開している。いい役者なのは知っての通りだけど、彼
なかなかやりますね。
フレッドとミックの 「夢の女」 ブレンダ・モレルにはジェーン・フォンダ。ワー
クアウトな日々は遠く、鳥ガラのように痩せた彼女が少し、哀しかった。

「左利き」 だと 「世界中が知っている」 あのサッカー選手(のそっくりさん)
や、超現実的なスタイルのミス・ユニバースなど、濃淡のくっきりとした映像は
観ていて全く飽きることがない。生きてるうちが花なのさ、死んだらそれまで。
映像と音楽と、大自然と美女に酔いしれましょう、な映画だった。しかしラスト
近く、ミックが取った行動は衝動なのか、それとも彼の 「若さゆえ」 なのか。
それだけは、少し考えあぐねている。
( 『グランドフィナーレ』 監督・脚本:パオロ・ソレンティーノ/
主演:マイケル・ケイン、ハーヴェイ・カイテル/2015・伊、仏、英、スイス)
神の手~『レヴェナント:蘇えりし者』

THE REVENANT
19世紀、雪深いアメリカ北西部。ヒュー・グラス(レオナルド・ディカプリオ)は
原住民の妻との間にもうけた息子ホーク(フォレスト・グッドラッグ)と共に、狩猟
団の一員として原野を旅していた。
レオが6度目のノミネートにして、遂にオスカーを手にした話題作。監督のア
レハンドロ・G・イニャリトゥは2年連続、撮影のエマニュエル・ルベツキも3年
連続のオスカーに輝いている。この、おそらく完璧主義者なのであろう三人の、
作品に賭ける執念(いやむしろ怨念)、美意識、理想が渾然一体となって作品
に乗り移ったかのような、スピリチュアルな吸引力を感じさせる傑作。間違いな
く今年のベスト作の一本。必見。

レオは演技と言うより、最早サバイバル。クマに襲われ、生き埋めにされ、崖
から落ち、川に流され素手で魚を獲り、馬の内臓を取り出して代わりに裸で入
り、暖を取る。こう書いているだけで呆れるほどのダメージだが、ヒュー・グラス
は無口な男で、ほとんどセリフはない。彼の息子を殺し、瀕死の彼を置き去り
にした敵役フィッツジェラルド(トム・ハーディ)のほうがはるかにしゃべっている。
この二人に関して、「レオがトムに喰われている」 という意地悪な観方や色々
な噂も耳にしたが、そんなことは全くどうでもよく、意味がない(ただ聞く分には
面白いけど)。子役から常に第一線で主役を張り続ける天才・レオと、マッドマ
ックスな旬のトム・ハーディ。この二人の再共演、ガチバトルが観られるだけで
も、この映画最高、と言い切ってもいい。
そして、演技以上に素晴らしいとしか言いようがないのが、名手エマニュエル
・ルベツキによる驚異の映像美。私は2D版で観たのだが、それでも没入感は
半端なかった。IMAX版だと一体、どんな体感になるのか? 想像するだけで
震える。

ヒュー・グラスを捉えていたカメラがパンして彼の視点になり、再び彼の表情
を捉える。流れるようでいて、実は超絶技巧なカメラワークだ。フィッツジェラル
ドに息子を殺され、瀕死で動けないヒュー・グラスの怒りが森の木々を震わせ
る場面は鳥肌が立った。太陽の明りだけで大自然を映し出し、演技よりも、音
楽よりも雄弁なカメラ。これからも、撮影監督がエマニュエル・ルベツキならば、
どんな映画でも観たいと思う。
息子を殺された男の復讐劇ではある。登場人物たちは 「神」 という言葉を
多用するが、自然の中に身を置くとき、そこに神の存在を感じるのは当たり前
の感覚だと思える。復讐だけでなく、生きることも、死ぬことも、全ては神の手
に委ねられている。そして、この映画もまた神の領域にある。
( 『レヴェナント:蘇えりし者』 監督・共同脚本:アレハンドロ・G・イニャリトゥ/
主演:レオナルド・ディカプリオ、トム・ハーディ/2015・米、香港、台湾、加)
煙が目にしみる~『さざなみ』

45 YEARS
英国の田舎町に暮らすケイト(シャーロット・ランプリング)とジェフ(トム・コー
トネイ)は、次の土曜日に結婚45周年のパーティを控えたおしどり夫婦。しかし
月曜の朝、ジェフ宛てに一通の手紙が届く。それは、50年前の山岳事故で亡
くなったジェフの元恋人・カチャの遺体が発見されたという、スイス警察からの
報せだった。
予告だけでも、シャーロット・ランプリングの震えるような演技は伝わってきて
いた。セリフは少ないが、表情とその立ち姿だけで内面を表現する様はまさに
「ザ・映画女優」。なんとも苦く、残酷でリアルな映画だった。必見。
★ 以下、ネタバレ。ラストに触れています。★

極めて繊細な内容を孕んだ映画なので、感想を書くのを少し、躊躇してしまっ
たほど。ここまで冷徹に夫婦というもの、男と女について描き切るアンドリュー・
ヘイ監督、厳しいなと正直思う。
ケイトは夫の元恋人に 「嫉妬」 しているのではなく、夫に対して 「怒り」 を
感じているのだと思う。「僕のカチャ」 という一言、元恋人と 「結婚するつもり
だった」 と即答する無神経さ。枕を並べる妻に、元恋人について語る厚顔。あ
まりにも酷い振舞いではないか。夫婦であれ親子であれ、どんな関係において
も 「言ってはいけないこと」 ってあると思う。そしてケイトを更に打ちのめした
のは、カチャが妊娠していた、という事実。
映画の冒頭、ケイトは散歩の途中で元教え子と出会い、産まれたばかりの彼
の赤ん坊について話をする。娘のいる友人と会い、「私たちに写真が少ないの
は、子どもがいないからね」 と言う。夫は、妻である自分の写真を撮らなかった。
それなのに元恋人の写真は、屋根裏に大切に保管している。45年間、自分は
元恋人の 「代用品」 だったのか?
ケイトがジェフとの間に、子どもを望んでいたのか、そうでないかはわからな
い。あるのは、元恋人は身ごもっていた、という事実だけ。それがケイトの心に
さざなみを立て、夫によるパーティのスピーチで荒波に変わる。

夫とのダンスを拒否するケイトの表情で、この映画は断ち切るように終わる。
この夫婦は、この後どうなったのだろう? それはエンドロールに流れる曲を
聞けば明らかだ。Go Now.
( 『さざなみ』 監督・脚本:アンドリュー・ヘイ/2015・UK/
主演:シャーロット・ランプリング、トム・コートネイ)