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映画が大好きです。いつまでも青臭い映画好きでいたい。 記事は基本的にネタバレありです by 真紅 (言葉を探す人)   ★劇場鑑賞した映画は Instagram にアップしています @ruby_red66

廻る命の環~『星々の生まれるところ』

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 ニコール・キッドマンオスカーをもたらした映画『めぐりあう時間たち』の原作者、
マイケル・カニンガムの最新作。『この世の果ての家』を読んで以来、カニンガム
著作は翻訳されれば必ず読みたいと思っている。ピュリッツァ賞ペン/フォークナー賞
を受賞し、ミリオンセラーとなったという『めぐりあう時間たち』よりも『この世の果ての家
のほうが私は好きだ。翻訳文体の好みかも知れないけど・・。
本作の原題は『Specimen Days』(見本の日々)。

★以下ネタバレします★

 この作品は『機械の中』『少年十字軍』『美しさのような』というそれぞれ独立しつつ
共通点も持った三篇
からなる長編小説。三篇を貫いているのはアメリカの大詩人
ウォルト・ホイットマンの言葉だ。彼の代表作『草の葉』からの引用文が作品全体に
通奏低音として流れ、読む者にどこか現実離れした浮遊感を与えてくれる。三篇は
それぞれ過去(19世紀)、現代(9.11後)、未来(メルトダウンにより地球は汚染さ
れている)のニューヨークが舞台で、登場人物は設定は違えど、同じ名前を与えられ
ている。
 過去の偉大な文学作品に想を得、時間軸の異なる3つの物語から成る、と聞けば、
それは前作『めぐりあう時間たち』の二番煎じではないかと思ってしまうかもしれない
が、実際は前作とは全く異なる物語だと言っていいと思う。特に未来篇はSF的要素
濃い作品となっており、かなり奇異な印象を受ける。

 死と、死者のイメージが全編を覆っていることは前作と同じだけれど、本作では更
に「死は生の終わりではない」という輪廻転生に基づく死生観や、宇宙や星々も我々の
生の一部であるという哲学的思想が展開されている。

 一番小さな芽を見ても、死など本当は存在しないことがわかる

 僕に属する原子は全て君にも属する

 死ぬことは誰が考えたのとも違って、もっと幸運なことなのだ 

 これらホイットマン詩の引用は、三篇の中で繰り返し主人公達によって語られる。
サイモンを工場内の事故で亡くした弟ルークは機械の中に兄を感じ、兄の婚約者キャ
サリン
を救うため自らの命を差し出す。子どもを亡くした犯罪心理学者キャットは自責
の念から逃れられず、自爆テロ集団の少年に我が子と同じルークという名を与え、彼と
ともに生きる道を選ぶ。アーティフィシャル(人造人間)サイモンと異星人カタリーン
との旅は死への道程でもあり、新世界目指して宇宙船に乗り込む人々を見送った後、サ
イモンは馬を駆り西部へ向かう。カニンガムの作品に共通する、主人公が水に入る場面
は本作でも登場し、そこでまた主人公は「何か」を理解する。

 それらは死の用意をさせる、しかし、終わりではなく、むしろ出発だ

 それは人を、男も女も、終着点に連れて行きはしないし、満足させようともしない
 
 それらは連れて行く者を宇宙の空間に連れて行く、星々の誕生を見、世界の意味の
 一つを悟り、確固たる信念を持って船出し、休むことのない環を廻り行き、二度と
 ふたたびじっとしていることのないように


 現代篇でキャットが目を通すこの『草の葉』の一節をもう一度読めば、奇異に思えた
未来篇も、カニンガムホイットマンの詩を自分の言葉に置き換えたオマージュである
ことがわかるだろう。

 何故カニンガムに惹かれるのか。一言で表すとすれば、彼の作品が「美しい」から。
流麗でいて詩的、シュールでいて繊細な文体カニンガム節、と言ってもいい)は読む
ものを惹き付け、酔わせ、豊かな読後感を与えてくれる。9.11後のアメリカの小説と
して、アメリカが支配する世界を批判するメッセージも含まれてはいるが、作品自体
は決して政治的なものではなく、むしろ人間の普遍的な問い生と死、魂の行方、宇宙
の果てと人類の未来を見通そうとした意欲作
であると考えていいだろう。

 尚、この作品もスコット・ルーディン(『めぐりあう時間たち』のプロデューサー)が
映画化権を獲得した模様。監督やキャストは不明だが、この壮大でシュールな小説
世界
がどんな風に映像化されるのか、今から楽しみです。

(『星々の生まれるところマイケル・カニンガム著/南條竹則・訳/集英社・2006
  "Specimen Days" by Micheal Cunningham/2005・USA)
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ジャンル : 小説・文学

2006-11-01 : 読書 : コメント : 4 : トラックバック : 2
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真紅さん、こんばんは。
この本、とても興味を惹かれました。ちょっとSFぽい設定ですね。記事を拝見しましたら私の好きな「幼年期の終わり」というSFを思い出しました。読んでみたいです。ご紹介ありがとうございます。
ところでカニンガムの「この世の果ての家」まだ半分しか読んでいない(なさけない~)のに今日amazonからDVD(イノセント・ラブ)の発送通知が来ました。今からあせってもしょうがないんですが、、、小説、とても良いです。私好みで、じっくり味わって読んでたら、DVDの発売日になってしまったという感じです。風邪で喉が痛くて熱っぽいし、気ばかり焦ってます。早く寝るに限ると分かってるんですが、「トニー・レオン様」のお顔を拝見しちゃったので、そちらにもちょっとお邪魔させてくださいませ。
2006-11-03 21:39 : kママ URL : 編集
kママさま、こんにちは。コメントありがとうございます。
朝晩冷え込みますから、体調管理が一番難しい時期ですね。
どうぞご自愛下さいませ。
さて。この作品、ちょっと変わった趣向で楽しめました。カニンガム節も健在ですし。
ただ、かなりシュールなので、読者は選ぶかもしれません。
是非読んでみて下さいね。
で、『この世の果ての家』ですが、わかります、ゆっくり読みたい気持ち!
ラストには潮が満ちるような感動が待っておりますので、どうぞ焦らず、じっくり小説世界を味わって下さい。
DVDはお預けですか? いいですね~、私は購入してないのですが、レンタルに出るかしらん?
何としても観たいと思います。
ではでは、またお話しましょう。ありがとうございました。
2006-11-04 00:09 : 真紅 URL : 編集
この作品も好きです。
「めぐりあう時間たち」の、翻訳が気に入らないとおっしゃっていましたよね。
私は英語を読めないので、そういうことは一切分からないんですが、私はこの「星々の生まれるところ」だけは、訳者とそりが合いませんでした。
漢字のセンスが首をかしげるかんじで、文法としても、同じ文のなかでここは彼女と訳してておいて、ここでキャットと訳すのは何人称なんだ? っていうかんじでした。
私は、「めぐりあう時間たち」が一番好きです。
もちろん「この世の果ての家」も好きですが。
ノーベル賞でも取って欲しいです。
世界中の人がもっともっと注目すべき作家です。
2007-08-04 12:33 : 牧場主 URL : 編集
牧場主さま、こんにちは。コメントありがとうございます。
いえ、そんな。。「気に入らない」などと畏れ多い感じではなく、ちょっと合わないかな~、くらいのニュアンスで受け取っていただければ(汗)
ただ、なんとなく、なんとなくもう少し、言葉の選び方なんかが違和感あるかな、という感じで・・・。
私も原文を読んだわけではないので、偉そうなことは言えないのですが・・。
ただ、私は『この世の果ての家』が一番好きで、訳の感じも好きでした。
あくまで私の感じたことですが。

ノーベル賞も、きっと地域的なバランスなども考慮されているのでしょうね。
アメリカの作家が前にいつ受賞したか知らないのですが、私もカニンガムがもし、ノーベル賞を受賞したらとってもうれしいと思います。
泣くかも(笑)。
ではでは、またです。
2007-08-04 21:05 : 真紅 URL : 編集
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